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神隠しが起こる村 埒外編  作者: 密室天使
第二章 【似非合同】 
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第十九話  〃   2

 五月になっても桜は満開だった。

 雨稜高校の校庭には巨大な桜が植樹されている。今日も儚げに花びらを散らしていた。

「……綺麗だな」と柄にもないことを口にする。

「桜の花は日本人が一番美しいと感じる花ですから」

 深々と降り落ちる。どことなく風流だ。

 だからか、「風流だな」と気がついたら口にしていた。

 俺の独白に気づいたのか、歪は雅やかな笑みを浮かべていた。「白夜様は粋人でございますね」

 風流だなといった程度で、粋人を名乗れるとは思わなかったが、「ああ」ととりあえず答えておく。

 今まで桜といった風雅なものに目をとめたことはあまりなかった。俺が無粋な人間だったからだろうか。しかし、こう改めてみると美意識を刺激するものはある。

 これまでの人生で見てきたものはおおむね背景に過ぎなかった。桜に限らず、動物や人でさえも風景の一部だった。何かに注目することがなかったからだろうか。一つのものに執着して考えるということに慣れていない。

 それでも。

 歪と出会ってから、物事を深く考えるようになっていた。気のせいかもしれない。けれど、その実感はある。この桜のように。

 それに桜には特別な思い出があった。

 ドライブの途中だっただろうか。まだ両親が存命だったころ、よく花見に行っていた。父はドライブの場に山を選ぶことが多かったので、春になれば山間の桜を見に行くこともあった。

 そんな感慨に耽る。俺はぽつりといった。「もう五月か。花見の季節じゃないな」

「学校の桜は咲き誇っていますよ。今からでも十分に間に合います」

「学校が許可しないだろ。多分、無理だと思う」

「では日和見神社の神苑(しんえん)はいかがでしょうか。あそこならまだ桜は咲いていますし、誰も咎めるものもいません」

 それもそうだろう。日和見神社の神主は佩刀家の人間なのだ。佩刀の口添えがあれば、ことなきを得る。

「俺と、おまえで?」

 歪は物憂いとした表情を作った。「ご不満ですか……」

「いや、そうなると二人っきりになるな、と思ってな」

「私は二人っきりがいいです」と歪は無表情のままいった。「ずっと白夜様のお傍で過ごしていたいです」

「……はあ」

「白夜様のお世話は私でないと務まりません。白夜様と一緒にいていいのは私だけです。ですから、お花見のさいには私と白夜様のみでやるべきです」

 歪と目が合う。すると手に温かい感触がした。「まだ肌寒い季節です。こうしていれば温かいでございましょう」

 指同士が深く絡み合う。歪の力は思いのほか強く、はずそうにもはずれなかった。

「もっと体を近づけてください。そう……肩が触れ合うくらいです。でないと寒いでしょう」

「……こんなに近づく必要、あるか?」

「ありますよ」

「なんだよ?」

「私が幸せな気持ちになります」




   ○○○




 歪と一緒に登校していると、奇妙な人だかりがあった。その大半は雨稜高校の生徒で構成されている。時折近隣の住民が不審そうに眉をひそめていた。しかし、人だかりが邪魔で何がどうなっているのかは分からず、後ろ髪を引かれながらも去っていった。

 人の群れは正門を栓のようにせき止めていて、通行が困難だった。やむを得ず、その手前で立ち止まる。

「何かあったのでしょうか」

「さあな」

 正門の手前で佇立する二人。なぜ生徒たちがひしめいているのだろうか。

 ……というか、さっさと通せよ。

 何かが起こっているらしいことは、周囲の反応で分かる。変異に群がってしまう人間の習性も分かる。

 しかし、それとこれとは話は別。そんなことよりも学校に入れないことのほうが気がかりだった。

 埒が明かないと思い、「裏門に回るぞ」と歪にいった。

「その必要はないっスよ」

 と。

 俺でも歪でもない声が返ってきた。

 それはどこか幼げな調子で、なぜか聞き覚えがあった。

「あれの正体、知りたいっスか?」

 声のするほうに体を向けると、昨日の少女が立っているのが視認できた。天真爛漫とした様子で、同じ制服を着ている。

 少女はニコニコと絶えず笑みを浮かべていた。

 対する歪は輪にかけて無表情だった。唇をきつく閉ざし、鵜の目鷹の目で少女を睨みつける。含むところがあるのか、なんとなく不機嫌そうだった。

「白夜様」

「なんだ」

「この子とは、どういう関係なのですか?」

 歪の視線は少女に固定されている。この子とはつまり、眼前の少女のことを指すのだろう。

 ……なんといえばいいのだろうか。

 少女との関係が曖昧だったからだろうか。答えらしい答えは出ない。そもそも少女と出会ったのは昨日だ。少女に関する情報は皆無といっていい。

 どう答えればいいのか考えあぐねていると、先刻の少女が一歩前に出た。「お久しぶりっスね、先輩」

「……昨日会ったばかりじゃないのか」

「それはごもっともっス。私、忘れっぽい性格なんスよ」

「それは極端だな。病気か否かのレベルだろ」

「それはひどいいいかたっス! 人を人とも思っていないような、悪鬼羅刹のようなものいいっスよ! 私をなんだと思ってるんスか」とものすごい勢いで、罵言をあびせかけた。ポカポカと殴りかかってくる。

 と。

 ぐいと少女の体が浮遊する。ふわりと浮いたかと思うと、引きはがされるように後ろに退いた。何事かと小動物のようにきょろきょろと周りを見渡す。

 その視線は歪のとかち合った。

「白夜様から離れてください」と能面のような表情でいう。

「いいじゃないスか。別にへるもんじゃないし」

「白夜様がお疲れになります。これ以上白夜様に近づかないでください」

「これくらいで疲れたら、病気か否かのレベルっスよ」

「ふざけないでください」

「ふざけてないっス。私は大真面目っスよ、佩刀先輩?」

「そういう態度がふざけているんですよ、棗ちゃん」

 ラリーの応酬。歪はいつにも増して無表情。転寝とかいう少女は、やはり朗笑していた。

 しかし。

 なんだか尋常でない雰囲気である。両者とも妙な気配をほとばしらせている。そのせいか周囲の生徒も、両名を避けるようにして通っていた。名状しがたい表情で、対峙する二人を遠巻きに眺めていた。

 学校の玄関前と正門前。

 奇妙なことに、この二か所に人が集まっていた。

 いうまでもないが、俺は蚊帳の外だ。

 驚いたことに、歪はこの少女を知っているらしかった。ということは、少女はやはり転寝の人間なのだろう。

 転寝。

 転寝家といえば、耳朶(じだ)に触れた名だ。四月の中旬。ちょうど練絹の凶行にまで遡る。練絹玉梓の凶行を隠蔽した家系だ。

「歪」と声をかける。

「なんでしょうか」

「その、知り合いなのか」

「知り合いというより、親戚のようなものです」

「親戚、なのか」

「親戚というより、同朋――でしょうか。名伽、佩刀、転寝とくれば、日和見村の礎を築いた三大名家。とくれば、ある程度の繋がりはあります」

「そういうことなんですね」と転寝が合いの手を入れた。

 正門の前。俺たちはいつの間にか鼎談する形となっていた。

 篝火白夜。

 佩刀歪。

 転寝棗。

「転寝」と場を改めるつもりで声をかける。「その必要はないってどういうことだ? おまえ、何か知ってるのか」

「勿論知ってますよ。あれはですね、怪異っス」

「怪異?」

「そうなんスよ。あれはどこからどう見ても怪異っスよ。百パーセント怪異、みたいな」と笑った後、「正門の近くにある桜は知ってますよね」と尋ねた。

「一応な」

「その桜にですね、吊り下げられてたんスよ。――人の形をしたものが」

 転寝は暫時時間を開けた。唇には薄ら笑いを浮かべ、上目遣いで俺と歪を見た。やけに大仰な口ぶりだったので、わけもなく構えてしまう。

 人の形をしたもの。

 嫌な予感がする。学校の敷地内。桜の木に吊り下げられた何か。人の形。――人間。

「死体――です」

「なっ、んな――」

「嘘ですよ。そんなわけないじゃないっスか」と転寝は舌を出して、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ま、紛らわしいこというな」

「すみません。けどあながちはずれてるわけでもないんスよ。なんでも桜の木に人体模型がぶら下がってあったそうで。たぶん生物室の奴だと思うっス。で、それは真っ赤なペンキで塗りたくってあって、それはもう血まみれといったありさま。本当シュールな光景だったっス。なんたって血だらけの人体模型が桜に自殺者よろしく吊り下がってたんスから。それは騒ぎにもなりますよねぇ。無理もないっス。普通、樹木にぶら下がった人体模型なんて拝めるもんじゃないですし。――後ですね、先輩」と転寝は声のトーンを下げた。

 転寝の膨大な会話量に押されながらも、「なんだ」とかろうじて返答する。

 転寝はふざけるような様子で、「佩刀先輩とはできてるんスか?」といった。「だとしたらスクープっスよねぇ。なんかその、現実味に欠けるっス。それで佩刀先輩は篝火先輩をどう思ってるんスか?」

「そういうことを訊くのは無粋だと思いますが」と思いのほか普通な受け答えをしたが、「それ以前に私と白夜様は心から愛し合っています」と突飛なことをいった。

「…………」

「そんなこと訊くまでもないことでしょう」

「ははーん。篝火先輩に首ったけのようっスね。よかったじゃないですか、こんな美人な彼女がいて」

「あのなあ……」

「二人の噂は入学当時から聞き知っていましたけど……。あはは、ラブラブなんスね、ご両人! まさか、数ある男をことごとく粉砕してきた、あの身持ちの硬い佩刀先輩に恋人が出来るなんて!」 

「恋人ではありません」と首を横に振る。「夫婦です」

「……ふうふ? うおおぉ、お二人の関係はそこまでいっちゃったんスか! 大人っス! 大人に階段上っちゃったっス!」

「これから上る予定です。後は白夜様がゴーサインを出すだけですよ」

「いや、上らないから。そんなわけないからな、二人とも」と静止を掛ける。文字通り、生死を賭ける。

 正門のほうに目を凝らす。生徒の隙間から高松先生が出張っているのが見えた。それと――生物の先生だろうか。転寝の証言通り、赤く染まった人体模型を抱えていた。白衣を着ているので、返り血を浴びた殺人鬼に見えなくもない。

 高松先生は矍鑠(かくしゃく)とした動作で、生徒に解散するよう呼びかけている。それを受けた生徒たちも、だんだんと散っていった。

 歪と転寝棗は相変わらず漫才のような会話をしていた。しきりに、愛だの、夫婦だのといっている。てっきり仲が悪いのかと思っていたが、そうでもないらしかった。

 愛。

 愛がなければ人生は空虚なもの、なんていう。小説やドラマで愛を扱う作品も多い。だから愛というのは大切な概念なのだろう。生物学的に見えても、人間しか持ち得ない感情の動きだ。

 誰かを愛せない人間は誰かに愛される資格がない、ともいう。

 愛には資格がいる。

 だとすれば、自分はどうだろうか。

 餌を待つ雛鳥に相違ない。口を開けて、色々なものを待つ。待っているだけで何もしない。

 結果――地を這う。脆弱な翼では空も飛べない。空を飛ぼうものなら、すぐに墜落して、地面に叩きつけられる。かろうじて生き延びても、狼や鷲がその肉を貪る。翼はもがれ、(くちばし)は折れ、羽は砕ける。そうして人生の幕が閉じる。あっけない。這いつくばって死ぬ。

 あるいは。

 永遠に籠の中、という場合もある。この場合、飛ぶことすらできない。羽ばたけない。一生を籠の中で過ごす。

 ただ、いらぬ刺激も衝撃もない。それは日々が安泰ということだ。取り繕われた安泰。穴だらけの楽園。きっとそういうことなのだろう。

 それも悪くない。そういう人生も悪くない。きつくなさそうだ。

 無気力。

 無感動。

 無意義。

 無鉄砲。

 篝火白夜は、そんな人生を送る。

 そんな予感はいつでもあって、同時に予定調和であることにも気づく。

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