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神隠しが起こる村 埒外編  作者: 密室天使
第一章 【虚飾症】
14/39

第十四話 〃  14

 朝。

 インターホンが鳴った。扉を開けると佩刀歪が立っている。

 目が合うと、「おはようございます」と一礼された。ただその爾後、申し訳なさそうに目を伏せられる。

 気にしているのだろうか。

 硬直状態のまま、数秒が過ぎる。

「入らないのか」

「入らせていただきます」

 二人で廊下を歩く。始終無言で、何も交わされない。

 卓袱台で向かい合う。佩刀は相も変わらず直立不動。対する俺はゆったり姿勢を崩した。

 登校まで三十分ほど時間がある。

 静寂。

 それを破ったのは佩刀だった。

「昨日はいかがなされたのですか」とそう尋ねられる。

 喫茶店『ヘルツ』でのことだ。名伽狭霧と別れる前に、佩刀家の電話番号を教えてもらった。

 喫茶店の電話機を借りて、佩刀の家に電話する。なんコールかした後、佩刀歪が出てきた。後々考えれば、家族親類が出てこなかったことが幸いだったと思う。

 佩刀に今いる場所を問う。佩刀にしては珍しく戸惑った様子で、自宅にいます、と答えた。

 自宅なら大丈夫、と踏んで、一日中家にいるよう伝え、電話を切った。その様相を名伽狭霧は呆れたように見ていたのを思い出す。

 きっとそのことだろう。

 返答に窮する。理由をいったら笑われる気がした。

 押し黙っていると、「いえ、なんでもございません」と佩刀の声。

 助かった、と思う。佩刀は深く詮索してこないのだ。

「白夜様……。そちらのものは?」

 佩刀は不思議そうにそれを見た。卓袱台の足の近くには、昨日受け取った『壺中の天』があった。唐草模様で彩られた表紙は、やはり埃がついている。

 試しに昨晩読んでみたのだが、物の数分で辞退した。どうも文章が硬すぎるのだ。今どき使う機会のないであろう難解な文字が、微に入り細を穿っている。それに本の状態も劣悪なので、読み難いこと一入である。

「貰ったんだ」

「誰にですか」

「……さあ、誰だったかな」と答えをはぐらかす。その状況が説明しずらい。いっても信じてくれるかどうか。

「そうでございますか」と曖昧な答えに納得する。

 佩刀歪はなによりも篝火白夜の意志を尊重する。俺がいいずらそうな表情をすれば、その意向を汲み取ってくれる。

 自分がダメになっていく。そんな予感がした。佩刀は俺にとって都合のいい存在だ。俺を否定もせず拒絶もしない。

 人は過剰に守られすぎると腐り、淀んでいく。周りからの悪意や害意の耐性が消えていくからだ。箱庭育ちの奴に暴力や無視の恐ろしさが分かるはずもない。そういう奴はいざという時に破綻する。矢面に立たされれば、あっという間に崩れさる。

 佩刀歪が悪いわけではない。悪いのはそれを享受する篝火白夜。労せず甘い蜜を啜る俺こそが卑小なのだ。

 梅雨利東子も、女を食い物にする男は嫌いだといっていた。俺はそれに近いのではないだろうか。佩刀の好意を食い物にしているだけではないだろうか。

 俺は名伽狭霧の問いに答えられたのか。佩刀をどういう風に捉えているのかどうか、きちんと考えていたのか。

 このまま曖昧な関係を引きずっていくつもりなのか、俺は。

「随分と古い本ですね」

「少なくとも平成じゃないだろうな。作者は不明だ」

「それは怪しげですね……」

 佩刀は目を凝らした。興味深そうに古書を熟視する。何かいいたそうな表情だった。

「……読みたいなら貸してやろうか」

「い、いいのですか!」

「別にいい。俺には読めそうもない」

 それが本音だった。まだ俺には早い。もう少し簡単なものから着手すべきだろう。今まで読書というものをしたことのない俺には、三百ページは荷が重いのだ。

「ありがとうございます」

 佩刀は嬉しそうに『壺中の天』を手に取った。

 どうやらお眼鏡に叶ったらしい。こんな煉瓦本のどこに惹かれるというのか。

「気にいったのか」

「それはもう、一見してこれだと思いました」

「結構本を読むのか」

「はい。自宅の書庫は汗牛充棟としております」

「……かんぎゅうじゅうとう?」

「汗牛充棟とは、蔵書の数が非常に多いことのたとえです」

「なるほど」

 佩刀は懇切丁寧に説明してくれた。

 なんだか情けなくなった。やはり両名の間には致命的な隔たりがあるようだった。

 前々から思っていたのだが、俺がこの女よりも勝るところがあるのだろうか。

「おまえ、苦手なことあるか」と訊いてみる。

 佩刀はううと沈思した。首をかわいらしく捻って、真剣に考えている。「そうですね……やはり料理でしょうか」

「……料理? 料理が苦手なのか」

「はい。私がまだ小学生だった頃は、いつも母上に叱られていました」と佩刀はうなだれた。

 んなバカな。

 もし佩刀が料理を苦手とするなら、俺の場合、苦手どころでは済まされないだろう。

 佩刀は謙虚な奴だ。自らの技量を平均よりも下に見せる。過大評価が甚だしいのも困るが、過小評価が過ぎるのも考えものだ。

 それでも。

 自身の力量を正確に把握しているだろうが。

 厳格な家風故か、調理のほうもハードルが高いのだろう。世間の標準に照らし合わせてみても、佩刀の食事は十分おいしい。

「……本当にそうなのか?」

「私はどう思っています」

「俺は好きだぞ。おまえの料理」

 佩刀の頬に赤みが差す。




   ○○○




 泥土を歩いていると、おもむろに金曜日のことが頭に浮かんだ。傍から見れば、生徒間のいさかいと暴力事件。クラスの代表が不良に正論を述べ、いかれた不良が先生を殴るってだけのくだらない話。先生の計らいにより、その不良は表面上無罪放免になった。ただ、周囲の評判はますます悪くなった。あいつはそこまで堕ちたのか。人を平気で殴るのか。そういった悪評が絶えない。

 誰が悪いのか。

 何が悪いのか。

 篝火白夜か、長広舌を振るった男か、眉村という教師か、それとも腐敗した社会なのか。

 分からない。

 俺には分からない。

 誰が正しくて誰が間違っているのか。

 何が正しくて何が間違っているのか。

 程度の低い頭では思いつかない。

 もし篝火白夜と佩刀歪を天秤にかけたらどうなるだろうか。

 考えていくうちに気分が沈んでいった。そんなの分かり切っている。自明の理だ。

 離れたほうがいいんじゃないのか、と思った。佩刀歪から離れたほうがいいのかもしれない。きっとそれが正解。誰もが喜ぶ結末。

 しかし心のどこかで手放したくないと思う自分もいた。この関係性はすごくいい。とても楽だ。きつくない。

 ほら、やっぱり。

 俺は軟弱になっていく。他人を欲する。前まではそんなことなかった。一人でも耐えれた。

 だが、今ではどうだ。

 佩刀が生活の一部に組み込まれた日々。何をするにしても佩刀が一緒。佩刀がいなければ何も出来ない。どんどん弱くなっていく篝火白夜。

 前までは他者との関わりなんてお断りだった。不快とは思わないが、面倒だった。幼少期のトラウマだろうか。コミュニケーション能力のない俺は、そうやって生きてきた。

 田畑が茫漠と広がっていた。

 それを横目に歩き続ける。佩刀は一歩下がって随行していた。

 前よりも距離が近くなってる、と思った。以前までは一メートルくらい間があった。しかし今では、三十センチもない。体をずらせば十分接触するだけの距離だ。

 これをどう解釈するか。

 どうでもいい、と一蹴。考えるだけ面倒くさい。だから放棄。それが一番。

 佩刀から離れる、という案は昏愚だった。俺から離れなくとも、佩刀はいずれ失望する。篝火白夜に幻滅して、離れていくのを待てばいい。簡単なことだ。何も自分から働きかける必要はない。

 それは胸襟のどこかで、佩刀歪を出来る限りとどまらせておきたい、と思っているのかもしれない。希少価値が高いからだろうか。篝火白夜に優しくしてくれる人間は稀有だ。

 幸せを追い求める。誰かといることに固執する。

 それはなにも佩刀歪にのみ向けられたものではない。

 練絹玉梓や梅雨利東子にだって当てはまる。もしかしたら名伽狭霧にもそういった認識で捉えているかもしれない。

「歪」

「いかがいたしましたか」

 俺は佩刀の目を見ずに、「俺といて楽しいか」といった。

 佩刀は緘黙(かんもく)した。

 だよな、と思った。諦めが胸中を支配した。

 佩刀は俺の予想通りのことをいった。

「……楽しい、というわけではありません」

「……そうか」

「というよりも充実感、でしょうか。私の心は幸福で満ちています」

「……幸福?」

「はい。私は恐れ多くも、白夜様のお世話をさせていただいております。それはとても幸せで尊いことです。私は白夜様との毎日が幸福で仕方ありません」

 視線を佩刀に向ける。

 佩刀は続けた。

「勿論楽しいと思う時もあります。ただそれ以上に幸せや満足感。そういったものがまず湧き上がるのです。それと発見もあります」

 発見。

 発展性のない俺とはほど遠い言葉だ。

 そんな俺といて新しいことを発見できるのだろうか。

「どういう発見だ」

「白夜様はお考えになる時、瞬きの回数が通常よりも三回ほど増えます。また、お食事のさいにはまずご飯から召し上がります。次いで、白夜様はつむじの位置がやや後ろにあります。靴は右からお履きになりますし、脱ぐときは左から。ご存知でしたか」

「いや、知らなかったけど……」

「それが発見です。私の知らない白夜様を知ることへの喜び。私の中に白夜様が蓄積されていく。そのような白夜様との積み重ね、遍歴。それは私が持つ代替不可能の宝物です」

「なんだそりゃ」

「古い言い回しだったでしょうか。当意即妙だと思いますが」

「そんなことじゃなくて……、その、本気か、それ」

「当然です。私は白夜様を誰よりも愛している自信があります。なんせ、白夜様に惚れてからずっとストーキング行為をしていましたから。白夜様が寝入っている真夜中に、白夜様の家に無断で入ったことも一度や二度ではありません」と饒舌に語るが、自分が何を話しているのを自覚したらしく、慌てて口を噤んだ。恍惚とした表情もしまった、といった表情に変わっている。「そそ、その、そういうことがしたかったから、ではありませんよ?」

 そういうこと。

 一瞬、不埒な考えが浮かんだ。一応俺も男だから、“そういうこと”の知識は多少なりともある。

 そんなわけない、とは思いながらも、「夜這い、なんて」といってみる。

 だが案の定、佩刀は狼狽した。普段は冷静沈着なのに、この時だけ激しく焦っていた。

「いえ、そういうわけではありません! それはまあ、したいとは思いましたが……、なんとか理性を押さえましたよ。白状すれば、白夜様の寝顔を写真に収めるにとどめました。それと……」

 佩刀はいい淀む。その様子はいかにも不審げだ。

 というか。

 ……不法侵入は一度だけじゃなかったのか。

「それと……、なんだよ?」

 そう追及すると、佩刀は呻いた。いうべきかどうか迷っているようである。「いっ、いわなくてはいけませんか?」

「気になる」

「……引くかもしれませんよ?」

 佩刀は上目遣いを向けた。うるうると潤んだ瞳で小動物のようにたじろいでいる。

 引かない、と何度もいうと、決心したのか、一転佩刀はどこか嬉しそうに口を開けた。それは自分を知ってもらえる喜びに満ちていた。

「それと、よくゴミ箱の中を漁ったり、お風呂場にも入りました」

「……なんで?」

「それは……、白夜様の私生活が知りたかったからです。レシートを見れば、白夜様がどういった生活を送られているのかが分かりますし、使い終わった割り箸や食べかけのものがあれば、回収できましたから。お風呂も少々ぬるかったですが、気持ち良かったです。白夜様が入浴したお風呂でしたから、こう、全身が白夜様のエキスで染み渡っていくように感じました」

「…………」

「そそ、そんな表情をしないでください! その、私がいいたいのは……それくらい白夜様のことが好きだった、ということです」

 相手のことが好きで、その人について知りたい、と思うのはさして変ではない。誰だって持ちえる欲求の一つだ。

 ただ、愛が行き過ぎれば別のものに変わる。

 佩刀歪の奇態をどう表現すべきか迷う。なんだか普通ではない。

 話に聞く限り、佩刀の奇行は少しばかり偏執的だ。それもどこか思い当たる節がある。ゴミ箱の位置が妙にずれていたり、風呂の水かさが減っていたり、カーテンが開いていたことは割とあった。たんなる違和感と切り捨てていたが、まさかそんな裏があったとは。尋常でない意志を感じて、どことなく怖い。

「愛がその、重いな」とはぐらかすようにいう。しいていうなら、こういった形容に落ち着くだろう。

「そうやって発散しておかないと、発狂寸前でしたから」

 愛に狂う。

 そう一笑に付すが、佩刀の表情を見ていると、それが冗談でないことに気づく。

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