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神隠しが起こる村 埒外編  作者: 密室天使
第一章 【虚飾症】
13/39

第十三話 〃  13

 『柚子原堂』を跡にした俺は路地の隅にいた。

 汚れた壁に背中を預ける。近くから旺盛な客引きの声。威勢のいいかけ声が行きかっていた。

 なんだか世界から切り離された気分。疎外感にも似たものを感じる。

「――おまえ、篝火白夜だろ」

 と。

 尖った声が聞こえた。

 視線をスライドさせると、長髪の男がいた。その横には短髪の男が一人。そして、茶髪の男。三人ともだらしなく着崩している。

 暗みに立つ三人の男。背後から気配がすると思ったら、もう三人。俺を挟み打ちする形でいた。

 計六人、俺は六人の男たちに囲まれていた。

 お決まりのパターンだな、と自嘲する。

 そのうちのリーダー格らしき男が一歩前に出た。先ほど俺の名をいった長髪だ。

「ちょっと、金貸してほしいんだ」

 長髪の男が俺をねめつけ回した。脅すように前に詰め寄る。

 条件反射的に身構える。男たちの視線が獰悪だったからだろう。

「そんなに構えるなって。ほら、穏便に行こうぜ」

 短髪の男が甘い口調でいった。へらへらと薄い笑みを張りつけながら。

 どくろが刺繍されたパーカー。露出した素肌は小麦色に焼けていた。筋肉が隆起している。

 気力のこもらない目で男たちを一瞥する。

 無関心な態度が(かん)に障ったのか、ピクリと唇が痙攣した。短髪の男はポケットに手を突っ込んで、厳めしい面を作った。

「金、貸せっていってるだろ」と長髪がいった。

 動かない俺。何もしない。

「おい、聞こえねーのか?」

「金貸してほしいっていってるんだけど。穏便に」

「そうそう、早く貸してくれたらいいからさ」

「悪いことはしねーって」

 短髪が目の前に迫ってきている。そのまま俺の襟を掴んだ。口臭は酒精交じりだった。臭くて濁っている。

 距離を詰められる。やがて六人の男たちに包囲された。

 俺は、篝火白夜は、そのことを他人事のように考える。

 男に腹を殴られると、衝撃で地面に突っ伏した。情けない呻き声を漏らす。男たちは優越感を浮かべていた。

「よっ、よええ」

「うわうわうわ、クリーンヒットじゃん!」

「たった一発でこれかよ」

「クソざこいなあ。つまんねーんだよ、こういうの」

 男たちは不快そうな表情で俺を見下していた。

 感情を押し殺す。面倒。早く立ち去ってほしい。

 そう思ったままじっとしていると、不意に長髪がいった。「そういえば、こいつ。佩刀歪と付き合ってるらしいぜ」

「……それ、マジかよ!」

「いや、全然マジ。俺、見たぜ。こいつと佩刀歪が歩いてるとこ」

 聞き覚えのある固有名詞が男の口から出てくることに驚く。なぜそれを知っているのか。なぜそんなことをいうのか。

「信じらんねーくらい似合わねーよなあ」

「だな。こんなクズじゃあなあ」

 短髪は俺を蹴りあげた。転がって壁に激突する。

 どうやらこの連中は同じ高校の生徒らしい、と見当をつける。

「なんだよ、張り合いねーな、篝火白夜はつえーのなんのって噂だろ」

「ああ、めちゃくちゃつえーって噂だぜ」

「あのバカ強い名伽狭霧とやり合えるほどの奴だ。つえーはずなんだが……」

「噂は噂ってことだろ。信用ならねーな」

「もしかして本気だしてねーんじゃねーの?」

 ははははと笑声。俺を嘲笑する軽薄な響き。黙って地面に倒れる。

 俺の首を狙いに来たのだろうか。篝火白夜のネームバリューが欲しいのか。

「ならよ。本気、ださせてやろうぜ」

「どうやって?」

「そうだな……。犯すか、佩刀歪」と軽い口調で誰かがいった。「そうすりゃ、こいつも本気だしてくれるだろ」

 言葉を失ってしまう。

 やめろよ。佩刀歪は健気な女だぞ。心が綺麗でかわいい子なんだぞ。なんでそんなことがいえるんだ。どうして簡単に犯すとかいうんだ。佩刀歪は関係ないだろ。

「……それいいな。佩刀歪強姦作戦」

「佩刀もクソつえーらしいが、しょせんは女だ。六人がかりで襲えばヤれるだろ」

「まわすのか?」

「ああ。しょせん女なんてただの道具さ。男のいうとおりによがってりゃいい」

「ははは、またそれかよ」

 男たちは下卑たる笑い声を上げた。選民意識に酔いしれた顔。そして、ついでのように俺の脇腹を蹴りたくった。

 気がつけば、拳を作っていた。

 なぜそうしたのかは分からない。

 起き上がる。そして、偶然近くにいた男を殴った。体がくの字に折れ曲がり、吐血する。俺の拳を受けた男はどさりと路地裏に横たわった。体中の筋肉は弛緩しており、軟体動物のように脱力している。

 先ほどの痛覚は消え失せていた。結構殴られたり蹴られたりしたのだが、全て消滅している。

「て、てめえ!」

 短髪が殴りかかってくる。俺はそのパンチを流して、男の真横にならんだ。首筋に手刀を入れる。糸の切れた操り人形のように倒れ込む短髪。意識がないのか、受け身を取らないまま落ちていった。どさりと派手な音がする。

 かぶせるように四人のうち一人が動き出す。ポケットから鋭く光る何か。腕に刺繍をした男がナイフを向けてきた。

 刃渡りの長いサバイバルナイフ。横薙ぎのナイフが弧を描く。その一瞬に、右手に持っていた本を投擲。男の視界を遮断。その軌道が俺の体を通過する前に、刺繍の男の腕を掴む。

 そのまま。

 くるりと。

 回す。

 空中で半回転し、刺繍の男は倒れた。同時に『壺中の天』とナイフがアスファルトに落ちた。

「ぶっ殺してやる!」

 刺繍の男と挟撃するつもりだったのだろう。俺の背後を取った男は重厚なバールを振りかざした。

 後ろを見ずに手でバールを掴む。冷たい感触。男たちが息を飲む音が聞こえた。

 そのままバールを腕力だけで奪う。たたらを踏む男。適当に足払いして、胴体を蹴りあげた。激しく壁にぶつかる男。だらしなく唾液を垂らし、失神した。

 無気力な目で残りの二人を見る。戦慄に身をすくませる二人。唇をわななかせ、足を震わせていた。

「なっ、つ……、強すぎだろ……。ムム、ムチャクチャだ」

 長髪の視線は伏した仲間に向けられ、やがて俺のほうに動いた。目が合うと怯えたように目を泳がせる。

 俺は脇に転がる本を手に取った。本を片手で抱える。もう一方の手はバールを握っていて、それを男たちに向けた。

「歪には手を出すな」

 と。

 いった。

「うわわわわわわわわわわわわわわわ」

 男たちは体を反転させた。そのまま猛烈なスピードで逃げだす。

 別に追うつもりはない。それなりの恐怖を与えておいたから報復には来ないだろう。連中は俺の知名度に釣られた不良、その一角に過ぎない。適度にサンドバックになって、敵を叩き伏せる。そうすれば、相手にも俺と渡り合った、という自負心が芽生える。それに満足して俺には手を出してこない。向こうは俺を強襲しなくなり、俺が迷惑をこうむることはなくなる。双方に損害のない、理想的な展開。それが俺なりの流儀であり、処世術だった。

 逃げ出す男たちを目で追う。必死に足を動かす二人。仲間なんか二の次で、まず自分の身の安全から。

 薄情な奴らだ。

 と。

 思った。

 その時だろうか。

 男たちが舞ったのは。

 信じられないくらい鮮やかに吹っ飛ぶ二人。二人の体は宙に滞空し、すぐさま地面に叩きつけられた。

 瞠目してしまう。成人男性と変わらぬ体格の男が二人いっぺんに飛んだのだ。それも綺麗な軌跡を描いて。

 表通りの光が路地裏に差しこむ。逆光で顔は分からないが、誰かがいることは分かった。輪郭は不明瞭だが、見覚えのある形。

 そいつは傘を差していた。

 草鞋(わらじ)を履いた足で悠然と闊歩する。紅梅の着物に身を包んだ肢体はたおやかだった。さながら大和撫子のようで、気品に溢れている。

 そいつは倒れ込む不良たちを見て慨嘆した。仙骨とした容貌が妖艶とたわむ。

 風に乗って銀髪がなびく。

「男のくせに弱い奴らだ」

 名伽狭霧は嘆くようにいった。




   ○○○




 喫茶店『ヘルツ』は落ち着いた内装だった。

 名伽狭霧に連れられた俺は、なぜかコーヒーを啜っていた。

 『柚子原堂』で譲渡された書物はソファーにうもれている。テーブルに置いてもいいのだが、なんとなく恥ずかしかった。

 おまえ、そんな崇高な趣味があったのか。

 なんていわれるのがオチだ。面映ゆい。

 ……いや、待てよ。

 決めた。新しい趣味は読書にしよう。これも何かの縁だと思って、読んでみるか。

 読書は価値観が広がるといわれている。事実、科学的な根拠も上がっているのだ。愚鈍な俺にはおあつらえ向きだろう。

「まったくひどい話があるものだな。大人数でいたいけな女を襲おうと画策するとは。男とは概してああいったものなのか」

 和服に身を包んだ名伽狭霧は悲しげな表情で茶を飲んだ。ソファーの脇には日笠が立てかけてある。振袖から見える肌は新雪のようだった。髪が銀髪であるからか、名伽狭霧は透徹とした印象を受ける。全体的に清涼としていて凛々しい。

 どうやら佩刀歪のくだりを聞いていたらしい。入店した直後、男として答えずらい質問をされた。

 そこにいたのなら、なぜ助けに来てくれなかったのか。そう思ったが口には出さなかった。

 しばし黙考。男という人種がどのようであるかを分析する。

「情けないことに」と躊躇うも、「そうなってる」と続ける。

 名伽狭霧は儚い吐息をついた。爾後、上目遣いに俺を見る。名伽狭霧は確認するようにいった。「その中にお前も含まれているのか」

「俺も例外じゃない」

 そうなのか、といってソファーに背を預ける。そのしぐさに敏感に反応する男性客。頬を赤く染めて陶然としている。だが俺を見る時の表情は親の仇といわんばかりに陰険だった。憎悪が含有された嫉視が突き刺さる。それを受け流す俺。佩刀や練絹の時に散々味わったから耐性がついたらしい。

 人に恨まれるのは慣れてる。嫉妬であろうと憎悪であろうと、俺に不快な感情を抱いているということに変わりはない。

 名伽狭霧は常時着物を着る。季節にそった振袖に身を包み、赤い鼻緒のついた草鞋を履く。日差しが強ければ和傘を持っていくし、場合によっては木刀を携帯することもある。名伽狭霧の服装は時代錯誤甚だしい。

「そういうわりに性欲はないようだな」

「……どういう意味だ」

「佩刀歪を見てどうも思わぬ辺り、一つくらい、次元を超越しておる」

 梅雨利東子のいうように、名伽狭霧は生徒会役員らしかった。同じ生徒会として佩刀歪と交流があるのだろう。

「そういう対象じゃない」

「ならなんなのだ。都合のいい道具か。それとも恭順な世話係か」

 名伽狭霧の言及は静かながらも迫力があった、図らずも口を閉ざしてしまう。

 佩刀歪。

 一考してみると、確かに不明確だった。

 篝火白夜にとって佩刀歪はどのような存在なのか。

 悪い感情を抱いているわけでもないし、不平不満もない。佩刀の恩恵で助かることも多々ある。

 佩刀歪は篝火白夜に潤いを与えてくれる人間だ。しかし、その関係性を言語を持って表すのは難しい。

 都合のいい道具か。

 恭順な世話係か。

「どっちも違う」

「ならなんだ」

「……分からない」 

 名伽狭霧は複雑そうな顔をした。「分からない、とくるか。佩刀の言い分というか……、意見は聞いておるだろうな」

「飽きるほど聞かされてる」

「……やはり叩いても響かぬようだな。佩刀の健闘空しく、といったところか」と小さくいった。「佩刀のこと、大切にしてやるのだぞ。相当おまえに入れ込んでおるからな」

「どれくらい?」

「常におまえの自慢話ばかりして、周囲を困惑させるくらいだ」

 重症だな……。

 俺は心の中で長大息(ちょうたいそく)をついた。

「やれ白夜様は素晴らしいお方だの、高潔なお方だの、顔を突き合わせるたびにそういった講釈を垂れるのだ。それがあまりにも病的故か、周りはますますお前に猜疑を抱いておる。おまえからも注意してやってくれ。いらぬ助太刀をしたのも、茶屋に誘ったのもそれが主な理由だ」

 なるほど、と頷く。

 去る者を追わずの名伽狭霧が、助太刀――というか、後始末をしたのにはそういった事由があったかららしい。もっとも、あの助太刀はするだけ無用な気もするが。

 そういった趣旨のことを問うてみる、すると名伽狭霧は憤慨した様子で語った。

「……天誅?」

「いかにも。ああいった輩にはきついお灸をすえてやる必要があるのだ。身を持って痛みを経験せねば、他者の痛みは分からぬ。……付言しておくが、暴力を肯定しているわけではないぞ」

 名伽狭霧はそれほど暴悪的ではない。黙って首肯する。

「こういう時にこそ木刀があればよいのだが……。まあ、奴らが幸運だったというわけだ」

 さらりとそんなことをいえるのも、名伽狭霧らしい。勧善懲悪を掲げる名伽狭霧にとって、あの手の一派が許せないのだろう。

 しかるべき手段を持って断罪する。そこに躊躇などなく、冷徹に人を壊すことができる。

 ……いっておくが、名伽狭霧は過剰な正義を行使する分からず屋ではない。情状酌量の余地があれば、それなりの対応を取る。その判断に狂いはなく、臨機応変だ。名伽狭霧ほど鋭敏な慧眼を持つものはいないだろう。

 聖人君子のような女だ、と思う。名伽狭霧ほど慈悲深く、生一本な人間はいない。

「どうかしたのか」と問いかけられる。

 なんでもない、と呟いて頬杖をつく。

 窓には不景気そうな面が映っていた。染められた金髪。切れ長の目。睡眠時間は多いはずだが、表情に生気はない。

「……大丈夫だよな」

 一人言のつもりだったが、ことのほか大きく響いた。

「何がだ」

「歪のことだ。もしものことがあったら、腹を切るぞ、俺は」

 今の関心事はそれだけだった。本気でするつもりはないだろうが、万が一、という場合もある。そうなったら悔やんでも悔やみきれない。絶対に阻止すべきことだ。

「……なるほど。なかなかいい奴ではないか」

「誰かが傷つくのが嫌なんだ」

「……時々お前が分からなくなるよ。ダメな奴だと思ったら、とたんに器量の広さを見せる」

「そんな高尚なもんじゃない」

「そうであってもなくても心配はいらぬ。佩刀はあの程度の奴らには屈せぬ」

「強いのか」

「強い。少なくともお前よりは強いし、実力は私とほぼ拮抗する」

 それならば杞憂に終わるだろう。名伽狭霧と同等の力量を持つなら大丈夫だ。

 梅雨利東子に稀代の武門と形容される名伽家。それはまんざら嘘でもなく、名伽の家系は尋常じゃなく強い。それは目の前の存在が証明している。

 名伽狭霧の太鼓判ももらった。十中八九佩刀に危険が及ぶことはない。――ないとは思うが、理性とは別のところで佩刀が心配だった。

 そのことを話すと笑われるだけだった。

 どうやら雨が降ってきたらしい。

 窓の景色は風雨で荒れていた。

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