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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第一章 学園の王子様には秘密がある
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7 不器用な恋心

 翌朝、(りん)は憂鬱な気持ちで教室に向かっていた。

 (いと)に会うのが怖い。彼と、これまで通り親友でいられるか不安で怖い。

 なんで好きって認めてしまったんだろう。


 そんな(りん)の気持ちはつゆ知らず、廊下を歩く生徒達は彼女を見て感嘆の溜息をつくのだった。


(りん)様、なんだか今日はしっとりしてる」

「美しいわ」

「ほんと、涼風(すずかぜ)さんは綺麗だよな」

「さすが、王子様って感じだな」


 そうやって、周りに「王子様」と思っていて欲しかったはずなのに、それが今はこんなに苦しい。本当に、このままずっと周囲の期待に応え続けなければならないのか。可愛いもの好きなのも隠して、(いと)が好きなのも隠して……。


 (りん)は胸の痛みに顔をしかめながら、教室のドアを開ける。すると教室の中では、賑やかに談笑する生徒達の輪から少し離れて、(いと)が自分の席でワイヤレスイヤホンを耳に入れたまま目を閉じていた。

 寝ているのだろうか。もしそうなら、起こさないようにしないと。

 (りん)は静かに自分の席に着き、鞄から文庫本を出して開く。パラパラとページを捲っていくが、隣の(いと)が気になって集中できず、文字が滑った。


 それから数分経って、(いと)がゆっくりとイヤホンを外す。目を開けてぼんやりと宙を見上げた後、(りん)の方を見て「ふーりん」と声を掛けた。


「おはよ」

 

 いつもと変わらないぶっきらぼうな顔で、でも優しい声でそう挨拶してくる。昨日あんなことがあったばかりなのに、普段通りの(いと)に胸が苦しくなった。

 ——気にしているのは私だけなの? (りん)は表情を曇らせる。


「ふーりん?」

「あ……おはよう、いと君」


 (りん)は慌てて笑顔を作った。きっと、(いと)からすれば見るに堪えない王子スマイルだったのだと思う。彼の顔が少し歪んだ。


「ふーりん、その笑顔……」

「ん?」

「……いや、何でもねー」


 (いと)は頬杖を付きながら、(りん)から目を逸らした。


(……好きだからとか関係なく、ふつーに笑って欲しいだけなんだけどな)


 心の中で呟く。でも、どうしたらいいのか分からない。

 (りん)は、どうしたら心の底から笑ってくれるのだろう。可愛いものを用意したら、笑ってくれるだろうか。……いや、それだと(りん)は困るだろう。だって、(りん)は王子様でありたいと思っているのだから。


(ふーりんが王子様でいられるように、秘密を守ってやること。それしかねーのかな)


 それだと彼女の本当の笑顔を抑え込んでしまう、ということは分かっている。でも、周囲の期待に背いてしまったら、それこそ(りん)は喜ばない。それは嫌だ。だったら、王子スマイルでもいいから笑っていて欲しい。


(……ふーりんの気持ちを優先すんのが最重要事項だ。ふーりんのために、できる限りのことをしてやるんだ)


 (いと)は心の中でそう決めて、彼女の横顔をチラリと見た。やはり先ほどと同様、浮かない顔をしている。


「ふーりん」

「な、何?」

「なんか困ってたら相談しろ。俺ら親友だろうが」

「あ……うん。ありがとう」


 (りん)は何とか笑顔を作って頷き、彼から目を逸らした。

 ——親友。その言葉が(りん)の胸に突き刺さる。好きなのに、報われない。こんなに好きなのに、想いを伝えることができない。もどかしくて、苦しい。

 きっと、(りん)に告白する前の(いと)もこんな気持ちだったんだろう。彼が抱えていたであろうモヤモヤを実感して、「私、ずるかったんだな」と(りん)は切ない顔で文庫本に目を落とした。


 二人の気持ちが噛み合わないまま、朝の時間が緩やかに過ぎていった。


* * *


 一限目は数学だった。

 (りん)(いと)のクラスは文系クラスのため、理系がやるような高度な数学は勉強しないし、習熟度別にクラスも分かれたりすることもない。よって席順が変わることもなく、(いと)の隣は(りん)のままだった。

 この授業では、まず教師が提示した問題を生徒たちが自分で解いてみる。その後、ペアで解き方が正しいか話し合う。そして最後に、教師が正解を示す。そういう流れで授業が進んでいく。


 今日の問題は式と証明についてだ。生徒達は、ノートにaとbを用いた数式を書いて証明を進めていく。(いと)も、頭を悩ませながらもなんとか式を書き進めていった。


「十分経ったな。今の問題について、ペアで話し合ってみなさい」


 教師の言葉を聞き、(いと)は綺麗な文字でまとめられたノートを(りん)に見せた。


「俺、こーなったんだけど、ふーりんはどうだ?」


 尋ねると、(りん)は苦笑いしながら「分からなかったんだ」と白紙のノートを見せる。それを聞いて、(いと)は目を丸くした。だって、あの(りん)にも分からない問題がある、なんてことが信じられなかったのだ。

 (りん)(いと)よりずっと勉強ができて、いつもペアワークの時に(いと)を助けてくれていた。多少の間違いはあれども、彼女のノートが白紙なことは今まで一度もなかった。


「ふーりん」


 大丈夫か? 何か悩んでるのか? と喋りそうになって、(いと)は口を噤んだ。ここは教室だ。下手に喋ったら(りん)の弱みが他の生徒に知られてしまう。それはダメだ。

 (いと)は機転を利かせて、自分のノートに「何に悩んでる?」と書いて彼女に見せた。すると、(りん)は一瞬驚いた顔を見せた後、自分の真っ白なノートにサラサラと文字を書いて(いと)に見せた。


 ——昨日はごめん。私、いと君の気持ちに応えられなかったのが悲しいんだ。


 私に、もっと勇気があったら。いと君の好意を堂々と受け取れて、「私も好き」だと言える勇気があったら……。(りん)はそう思い、悲しそうに目を伏せる。

 しかし、(いと)は彼女の気持ちを誤解してしまった。


 ——気にすんな。俺はお前が好きだけど、お前の悲しむ顔は見たくねーんだ。


 そう書いて見せた後、(いと)はもう一度ノートに素早くペンを走らせる。


 ——ふーりんが王子のままでいたいなら、俺はそれを応援する。もうお前の気持ちを無視したりしない。だから笑ってくれ。


 それを見せて、(いと)は優しい笑顔を作った。

 その笑顔を見て(りん)が更に悲しそうな顔をするのだから、(いと)はいよいよ自分がどうしたらいいのか分からなくなる。——俺は何を間違った? なんで、ふーりんは笑ってくれない? そう考えて、結局、告白してしまったのが間違いだったんだ、としか思えなかった。

 ——あれさえなければ、俺たちは今まで通り親友でいられたんじゃねーか。ほんと、バカだ。(いと)はノートを机に置き、眉間に皺を寄せる。


 そうしているうちに、ペアワークの時間が終わった。教師の「答え合わせをするぞ。よく聞きなさい」という声で、生徒たちが一斉に黒板を注目した。

 しかし、(いと)は集中して話を聞くことができなかった。

 頭の中で、「もう、ふーりんとは元に戻れないんだ」という諦めと後悔が、繰り返し思考の邪魔をする。結局、授業が終わるチャイムが鳴るまで、(いと)(りん)とのことで頭がいっぱいだった。


* * *


 その後の授業でも、二人のやりとりはぎこちないまま進み、あっという間に今日が終わってしまった。

 放課後になり、(りん)は図書部に向かうべく荷物を鞄にまとめる。その後、教室を出るまで(いと)の顔は一度も見なかった。

 挨拶もなく去ってしまった(りん)の後ろ姿を目で追い、(いと)は小さく溜息を吐く。吐く息と共に、胸がズキズキと痛んだ。


(俺とは一緒にいたくねーって感じか? まあ、そりゃそうだよな。俺がふーりんを好きでいる限り、ふーりんは俺に気を遣うんだから)


 ふーりんは優しいから、これからもきっと俺と周りの期待の板挟みになって苦しむだろう。だから、もう一緒にいない方がいいのかもしれない。でも、彼女への想いを消すなんて無理だし、彼女のためにできることはこれからもしていきたかった。我ながらしつこすぎて笑える――なんて(いと)は苦笑いする。


(……ここでウダウダしてても仕方ねー。帰ってピアノの練習でもすっか)


 (いと)は鞄に荷物を詰めて立ち上がり、スタスタと教室から出た。

 しかし、その時。


「きゃっ!?」


 タイミング悪く、教室に駆け込んできた三つ編みの女子生徒とぶつかってしまった。その拍子に、彼女が持っていた手帳が床に落ち、それに挟まっていた写真が数枚、パラパラと散らばる。


「うおっ!? わ、わりい。大丈夫か……」


 (いと)は慌ててその写真を拾い……目を、見開いた。


 その写真に写っていたのが、自分と、可愛い緑色のワンピースを着た(りん)だったからだ。

 昨日の木崎駅でのイベントの後、二人で話していたところを撮られていた——。


「おい、この写真……どうするつもりだ?」


 (いと)の声が低くなる。眉間に皺が寄り、見るもの全てを怯えさせるほどの形相で、(いと)は女子生徒を睨みつけた。


「俺はともかく、ふーりんに迷惑かけたら、女子でも容赦しねーぞ」

「……ふっ」


 (いと)に凄まれた女子生徒は、怯える素振りも見せずにクスリと笑って立ち上がる。


「やっぱり、私の思った通りでしたね。……日和(ひより)君と涼風(すずかぜ)さんは、両想い。学園の王子様二人は、恋人同士!」


 女子生徒の思いもよらない反応に、(いと)はあっけにとられてしまった。自分に怯まない女子は(りん)だけだと思っていたが、まさかこんなところにもいたなんて。

 そう呆然としていたのも束の間、すぐに我に返って否定する。


「俺とふーりんは付き合ってねーよ。第一、俺の片思いだ。だから、ふーりんを巻き込むな!」

 そう言って再度睨みつけるが、彼女は全くもって意に介さない。

「あら、そうでしょうか。私は、そうは思いませんけどね。もちろん、根拠となる証拠もありますが……」


 そう言いながら、女子生徒は写真を一枚、裏返しにした状態でピラピラと(いと)に見せびらかす。


「これをお見せする前に、日和(ひより)君には取材させていただきたいのです」

「ああ? 取材だあ?」

「ええ。簡単なインタビューです。学園の王子様であるあなたのことは、私も常々興味深く感じていたので」


 女子生徒の言葉に、(いと)は舌打ちした。

 (りん)ほど葛藤はないが、やはり「学園の王子様」という他人が勝手に貼り付けたレッテルで自分を推し量られるのはいい気分ではない。鬱陶しい。

 しかし、女子生徒は(いと)の気持ちを察したのか、挑発的な笑顔を彼に向けて続けた。


涼風(すずかぜ)さんが、あなたを好いている、という考えの根拠、あなたも知りたいんじゃありません?」

「ぐ……」


 (いと)は図星をつかれて嫌な顔をする。

 たしかに、彼女の言う通り(りん)の気持ちは気になる。そして、もし彼女が自分を好きだと分かったら、心の底から嬉しい。もしそうなら、きっと前のように親しい仲に戻れるはずだし、そのために何をすれば良いか考えることもできるだろう。


「チッ……分かったよ。お前の話に乗ってやる」

「ありがとうございます。ああ、そうそう。「お前」ではなくて、私にも名前があるんですよ」


 女子生徒は眼鏡をくいっと持ち上げて、不敵に微笑んだ。


「新聞部二年、(かなどめ)しらべ。よろしくお願いしますね、日和弦(ひよりいと)君」

 

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