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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
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53 ありのままの君との約束

 瑞葉(みずは)の車に乗って、四人は島で写真を撮りに出かけた。

 手始めに入ったのは、瑞葉(みずは)の行きつけのカフェだ。

 ここにはテラス席があり、青と白のパラソルの下に白い丸テーブルと椅子がある。海らしい色合いが涼し気だ。

 瑞葉(みずは)が撮影許可を取りに店主に話しかけに行く。


青埜(あおの)さん、ブランドの写真撮りに来たんだけど、テラス席借りていいですか? もちろん、スイーツは注文しますんで!」


 瑞葉(みずは)が調子よく尋ねると、店主の恰幅の良い女性が大らかに笑ってくれた。


「どうぞ。ちなみに、今日のお勧めはハロハロね」

「了解です! じゃ、それにしまーす!」

「いくつ?」

「もち、四つで!」


 瑞葉(みずは)が注文を終え、(いと)(りん)をテラス席へと連れて行く。


「じゃ、二人はここに座ってね。ハロハロが来たら、仲良く食べて」

「食べる? 写真は?」


 不思議そうな顔で聞き返す(いと)に、瑞葉(みずは)はカラリと笑って答える。


「仲良く食べてるところ撮るの! 大切な思い出の一ページを更新するつもりで、二人にはなるべく自然体で観光を楽しんで欲しいんだ。そう言うコンセプトの服だから。じゃ、よろしく!」


 瑞葉(みずは)はそう言うと、二人からは少し離れた席に座ってウキウキとハロハロを待ち始める。

 それを微笑ましそうに見ていた耀太(ようた)だったが、すぐに(いと)のネクタイの乱れに気付いて彼に歩み寄っていった。


(いと)君、ちょっとごめんね」


 耀太(ようた)は柔らかい声で謝り、(いと)の赤い縦ストライプ柄のニットネクタイを締め直す。

 今の彼の服装は、ハイウェストの青いワイドデニムに白い半そでワイシャツを着て、それにネクタイを合わせたコーデだった。

 ハイウェストのパンツは普段の(いと)も穿くし、ワイシャツも割かし着る。

 しかし、ネクタイは……あまり好きではなかった。


「締め付けられんの嫌だ……」


 (いと)は苦い顔でネクタイの裾を持つ。

 そんな彼を、耀太(ようた)は優しい笑顔で「今だけだから我慢して」と諭す。


「ちゃんと締まってた方が格好いいから。ピアノの衣装もそうでしょう」

「まあ、それはそうだけど……」

「この撮影が終わったら別の服に着替えることになってるから、少しだけの辛抱。ね?」


 耀太(ようた)に穏やかな声色で我慢を頼まれ、(いと)は断ることなんてできずに渋々頷く。

 瑞葉(みずは)の時とは違うが、こんな(いと)もまた弟らしい。

 やはり、家族のことで悩むことはあれども、(いと)日和(ひより)家の人達から愛されてきたのだろう。だからこそ、その期待に応えようと必死に努力していたのかもしれない、なんて思って(りん)は微笑む。

 (いと)の衣装が整い、(りん)(いと)は向かい合わせに席に座る。

 ちなみに、(りん)の今の服装はリボンベルト付きの紺色のロングスカートと白いノースリーブシャツのドッキングワンピースだ。

 (りん)の色白でスラリとした腕が露わになっている状況も相まって、(いと)は気恥ずかしさからより暑く感じ、やっぱりネクタイを緩めたくなってしまうのだった。

 ネクタイの結び目に手を掛ける(いと)を見て、(りん)は慌てて彼を止める。


「いと君、我慢我慢」

「チッ……暑苦しくて鬱陶しいんだよ。ネクタイって」

「ああ、確かに学校の制服も緩く着崩してるもんね。あれ、暑いからなんだ」

「まあ、それもあるけど……そっちの方が女子にたかられなくて済むんだよ。不良みたいで怖いからな」


 (いと)はぶっきらぼうな顔で腕を組む。

 そんな彼に、(りん)は「たしかにそうかもね」と笑った。


「あ、でも……そういう不良みたいな格好だけど、たまに優しくてピアノが上手ないと君にギャップ萌えしてときめいてた女の子も多かったよ?」

「ああ? なんだそれ。興味ねえな」

「ふふ、そうなの?」

「お前が俺のこと好きでいてくれたら、他の人には興味ねーよ。中二の時からずっとそう。知ってんだろ、そのぐらい」


 (いと)は照れくさそうに頭をガシガシかきながら、(りん)から顔を逸らす。

 恥ずかしいのをおして素直に気持ちを伝えてくれる辺りが、なんだか(いと)らしくて(りん)は笑みを零した。


「そうだったね。……いと君、ありがとう」


 (りん)の嬉しそうな笑顔を見て、(いと)は頬を緩めた。

 そうしているうちに、ハロハロが運ばれてきた。

 バニラアイスの下に、マンゴーやカラフルなゼリーがゴロゴロ入っている。他にもコンフレークや豆のようなものも入っており、上には練乳がかけられていた。かなり本場寄りだ。


「早く食ってネクタイから解放されるぞ」

「味わって食べようよ、いと君」

「分かってるよ。迅速に、でも味わって食べる。うまそうだしな」


 二人は「いただきます」と手を合わせ、スプーンでアイスを掬った。


「ん、うまい」


 (いと)は顔を綻ばせながら、どんどんと食べ進めていく。

 (りん)は、ふと彼の口元に練乳がついていることに気が付いた。


「あ、いと君」

「ん?」

「ちょっと動かないでね」


 (りん)はハロハロと共に運ばれてきていたナプキンを手に取ると、それで彼の口元を拭った。


「ふふ、練乳ついてたよ」

「なっ……!」


 (いと)の顔が一瞬で真っ赤になる。

 そしてその瞬間。カメラのシャッターを切る音が聞こえた。


「あはは、可愛いのが撮れたなあ」


 耀太(ようた)がニコニコしながら二人を見ている。

 そんな彼に、(いと)は慌てて叫ぶ。


「兄ちゃん、その写真絶対に使うなよ!」

「それは姉さん次第かな」

「う……姉ちゃんなら使いかねない……(りん)! お前も口に練乳つけろ! 俺が拭うからそっちの写真使って貰う!」

「ええ……急に言われても」


 (りん)は苦笑いしながらナプキンを畳んだ。

 そんな二人を遠くから見ていた瑞葉(みずは)は、「ようちゃん、後でその写真見せてね! 可愛い予感がするから!」と大きな声で笑った。

 そんな姉を一睨みし、(いと)は不機嫌そうにハロハロを掬って口に運ぶ。

 驚くほど甘くて、心がとろけるような味だ。

 向かい側の(りん)を見ると、彼女も美しい所作でハロハロを口に運んでいた。

 くっきりとした綺麗な顔立ち、美しく食事をとるその様子。周囲が彼女を「王子様」ともてはやしたくなる理由が、(いと)にもよく分かった。

 しかし、今の彼女の格好はどこからどうみても可愛らしい女の子だ。

 以前の彼女なら、絶対に自分の前では見せてくれなかったであろう姿。そのありのままの自分が好きな姿で、(りん)が目の前にいてくれている。そのことが、(いと)は何にも代えがたいぐらいに嬉しかった。

 (いと)は「早く食べ終わろう」という気持ちを忘れて、愛おしそうに彼女を見つめる。

 幸せそうな弟の横顔を、耀太(ようた)は迷うことなくカメラに収めたのだった。


 カフェで写真を撮り終わった後、四人は島中を歩いて写真を撮って回った。

 眼前に海が見える白い家のようなオブジェの前に二人で座ったり、カラフルな家の並ぶ住宅街で並んで歩いたり。

 三つ目の写真が撮り終わった後。四人で向かった花屋で、(いと)(りん)が鮮やかな夏の花を選ぶ姿を撮ったりもした。


「あ、この青い薔薇、(りん)に似合うんじゃねえか?」

「そうかな。私には綺麗すぎるんじゃ……」

「こんくらい綺麗じゃなきゃ(りん)は飾れねーよ。ああ、でも……可愛い格好してる時ならこっちのピンクのもいいんじゃね?」

「ガーベラ? ふふ、たしかに可愛いね」


 (りん)が微笑む横で、(いと)は「ドレスによるかもな……」と真剣に呟いていた。

 頭の中で、ウェディングドレスを着た彼女がブーケを持っているのを想像する。

 (りん)はスタイルがいいから何を着ても似合いそうだが、やはり彼女の好みとなると可愛い系だろうか。スカートがふんわりしているものとか、いかにも好きそうだが、だとしたらブーケはピンクやオレンジの方が良いのだろうか……と(いと)は熱心に考えていた。

 (いと)の脳内が分からない(りん)は、一体何をそんなに一生懸命考えているのか少し不思議で首を傾げる。

 すると、(りん)の横顔を撮っていた耀太(ようた)が、彼女にこそりと耳打ちした。


(いと)君、もしかして結婚式のブーケの妄想してる?」

「そうなんですか!?」

「いやあ、(いと)君って、素直で結構ロマンチストなところがあるからさ。考えてそうだなって」

「ええ……」


 耀太(ようた)に微笑まれ、(りん)は思わずはにかんだ。

 二人の会話に気が付かない(いと)は、まだ真剣に花を見ている。

 「その時が来たらもう一回考えるか……」なんて呟いているものだから、(りん)耀太(ようた)の言っていることが正しそうな気がして赤面してしまう。


「いと君……」

「あ、何だ?」

「式のお花、決める時は一緒に決めようね」


 (りん)が照れ笑いしながらそう言うと、(いと)は真っ赤な顔で口を開けたまま固まってしまった。


「な、な、何だよ急に! まだプロポーズもしてねえんだぞ!」

「結婚式のお花のこと考えてたのかなって耀太(ようた)さんと話しててさ、違うの?」

「う、ち、ちが……もうこの話やめるぞ! とにかく、お前は俺からプロポーズされるの待ってろ! ぜってーすごいプロポーズにしてやるからな!」

「あ、あはは……分かった」


 あまりにも素直すぎる言葉を掛けられ、(りん)は面白さ半分照れくささ半分で顔が真っ赤だった。

 二人のやり取りを聞いていた耀太(ようた)も、「それはもうプロポーズなんじゃないか……?」ともらい赤面する始末だ。

 そんな三人に、後ろから瑞葉(みずは)が大きな声で呼びかける。


「みんな、最後は海辺で撮ろー! (りん)ちゃん、着替えにおいで」

「あ、はい!」


 (りん)が慌てて瑞葉(みずは)の車に着替えに向かう。

 その後ろ姿を恥ずかしそうに睨み、(いと)は溜息を吐いた。


「ドキドキされっぱなしなのが気に食わねえ……」

「ふふ。(りん)さんって、不思議な子だね。控えめそうに見えるのに、(いと)君相手だと結構大胆なのかな?」

「いや、あいつは割と普段からあんな感じだよ。無自覚に優しくて、色んな人の心を惹きつけるすげー人だ。おまけに、文武両道で美人で……そんなあいつに並びたくて、俺、ずっと必死だった」


 (いと)は赤い顔で頭を掻きながら俯く。

 そんな様子の(いと)を見て、耀太(ようた)はクスリと笑いながら彼の肩をポンポンと叩く。


「そんな風に努力家だから、(りん)ちゃんは君を選んだのかもね」

「……そうなのかな」

「うん。なんだか、そんな気がするんだ。(りん)ちゃんは、(いと)君の本当の姿をよく見てる気がする。それは(いと)君も同じ。だからかな。二人の表情って、信頼感に満ちてるんだ」


 耀太(ようた)はこれまでに撮った写真データを見返しながら微笑む。


「ありのままの笑顔を、安心して見せられる相手。二人の関係は、そんな感じがするな」

「そっか……そうだといいな」


 照れくさそうに頬をかく(いと)を見て、耀太(ようた)は「でも」と続ける。


「あんなに素敵な子、一人にしておいたら誰かに狙われちゃいそうだね」

「う……」

「何か対策したら?」


 耀太(ようた)(いと)に朗らかに笑いかける。言ってることと表情が微妙に合っていない感じがして、(いと)は眉間に皺を寄せた。

 (いと)の知る耀太(ようた)はいつもそうなのだ。優しい言葉も鋭いアドバイスも、柔らかな笑顔と共にしてくる。いつだって笑顔だが、発言の方は容赦が無いことも少なくない。

 しかし、そんな兄のアドバイスに外れは無いのだ。


「……そうだな。兄ちゃん、ちょっと俺、隣の店行ってくる」

「隣の店? たしかアクセサリー系のお土産屋さんだったかな」

「おう。なるべく急ぐから。姉ちゃんにも言っておいて」

「ふふ、了解」


 (いと)は頷き、花屋の隣にあるアクセサリー屋へと走っていった。


* * *


 着替えを終えた四人は、小夏島の白い砂浜へとやってきた。

 時刻は既に夕方で、ピンクがかった空と海が美しく広がっている。

 波の音が穏やかに聞こえる中、(りん)(いと)は砂浜を歩いていた。

 今朝がた(りん)が着ていた透け感のある白いカーディガンが風で靡いて揺れている。その様子は、やはりウェディングベールのようで綺麗だった。


「もう夕方かあ。なんだかあっという間だったな」


 (りん)の明るい笑顔が夕日に照らされている。


「モデルって聞いてたから緊張しちゃってたけど、君との思い出がたくさん作れて嬉しかった」

「ああ、俺も同感だな。姉ちゃんの思い付きに振り回される形にはなったけど、なんだかんだ楽しかった」


 (いと)はそう言うと、立ち止まって水平線を眺める。


「向こうで海見るたびに思い出すのかな。今日のこと」


 (いと)の透き通った茶色い瞳に、穏やかな夕焼けの海が映り込む。


「きっと、何年経っても忘れねーんだろうな。俺とお前の関係が、時間を経て形を変えても」

「いと君……」


 (りん)(いと)の隣に歩み寄り、海を見つめながら彼と手を繋いだ。


「私、思うんだ。君との関係は、出会った時の頃から今までずっと繋がってて……親友になった日から恋人になった今まで、関係の名前は変わっても、私達はずっと私達なんだなって」


 (りん)は幸せな色の海を美しい黒い瞳に映しながら続ける。


「王子様しながら君の隣に立ってた私も、君が受け入れてくれた可愛いもの好きな私も、君に恋してる私も、全部君が大切に想ってくれた私なんだ。これから時間が経って新しい関係になっても、それは何も変わらなくて……今、君が好きな私は消えたりしないんだと思う。今までみたいに、ずっと先の未来の私まで、今日の私は繋がっていくから」

「……そうだな。俺も、お前に初めて会った日から、これから先の人生ずっと、お前のこと大事なんだろうなって思うよ」


 (いと)は微笑むと、(りん)の手を離して彼女と向き合った。


「今日の気持ち、ずっと忘れんなよ。俺もずっと覚えてるから」

「うん。ずっと忘れないよ」


 (りん)が優しく微笑うのを見て、(いと)は幸せそうに目を細める。

 彼女が、こうして自分の好きな格好で自然体に笑えるようになって、心の底から嬉しかった。


「お前の笑顔がたくさん見られて幸せだよ、俺。これからも、そうやって自分らしく笑ってろよ。俺は傍にいてやれないけど、お前が笑顔でいてくれること、ずっと祈ってるからな」

「……うん」

「まあ、辛かったり寂しかったりしたら、これ見て俺のこと思い出してくれよ」


 (いと)はそう言うと、履いていた白いストレートパンツからキラリと輝くものを取り出した。


「いと君、それは?」

「ペンダント。さっき買った。着けてやるからちょっと後ろ向け」


 (りん)(いと)に言われた通り、彼に背を向ける。

 (いと)は手早くペンダントの金具を着けると、「ペンダントトップ見てみろよ」と穏やかに笑った。


「これ……なんだろう。ツバメ?」

「おーよく分かったな。幸せを運ぶ渡り鳥で有名なあいつだ」

「ふふ、そういえば、そんな話があったかも」


 (りん)がクスリと笑う。


「すごく可愛いね。ツバメのシルバーペンダント。素敵なものをありがとう、いと君——」

(りん)


 (いと)は彼女が振り返る前に、彼女を後ろから抱きしめた。

 急に力強く腕を回されて、(りん)は顔を赤くする。

 しかし、(りん)は照れながらも(いと)の手に触れてはにかんだ。


「あのさ、俺の昔の苗字、凪鳥(なぎどり)って言うんだ。水凪鳥(みずなぎどり)って鳥の名前の一部。そいつも渡り鳥だ。……俺も将来、そいつみたいに世界中飛び回りながらピアノ弾くのかもしれない。でも……俺が帰る場所はお前の隣だ。だから、俺のこと覚えててよ。ずっと」

「……忘れないよ」


 (りん)は目を潤ませながら笑顔を作って、(いと)の手を大切そうに包む。


「君がくれた全部が、今の私を作ってるんだよ。忘れる訳ないでしょ」

「……ああ、そうだな」

「いと君も忘れないでよ。私のこと」

「忘れる訳ねーだろ。俺だって、お前がいてくれたから今の俺があるんだからさ」


 (いと)の耳のアマゾナイトが、夕日に照らされて優しく輝く。


「お前のこと大好きだよ、ずっと」


 (いと)の優しい声に、(りん)は頷く。


「私もだよ」


 お互いの存在を確かめ合う二人のことを、穏やかな夕焼けが包み込んでくれていた。

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