表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
52/54

52 君に見惚れて

 八月二日土曜日、(りん)(いと)瑞葉(みずは)と共に小舟で海を渡っていた。

 もともとは日和(ひより)家の事業でよく利用している船と運転手を手配してもらう予定だったのだが、予定が合わずにそれができなかったのだ。

 しかし、それだけの理由で計画を頓挫させるほど瑞葉(みずは)の頭は悪くない。もともと瑞葉(みずは)は小舟の運転免許を持っており、大きな船と運転手が手配できなかった時は自分で運転するという

代替案をとるつもりでいたのだ。

 よって、ブランドの新作の写真を撮る旅行は無事に決行できたのだが……。


「姉ちゃん運転荒い……酔う……」

「だって大きい船は借りられなかったんだもん。小さくて軽い舟の分、多少の揺れは我慢して!」

「多少ってレベルじゃねえよ……」


 瑞葉(みずは)の運転は、控えめに言っても荒いものだったのだ。

 (いと)が舟のヘリに掴まって手で口を覆っているのを見て、(りん)は苦笑いしながら景色を見渡す。

 どこまでも広がる青い太平洋。そして、入道雲が遠くに見える晴れた夏空。

 爽やかな夏の青色と潮の香りが(りん)を包み込んでいる。


(いい空気だなあ……)


 船酔いに苦しむ(いと)の向かい側で、(りん)は船旅を満喫していた。

 しばらくして、前方の方に島が見えてくる。


「あ、見えて来た。もうちょいで着くから! いっくん、ラストスパート!」

「早く着いて欲しい……」

「分かってる。じゃ、スピード上げるから!」

「姉ちゃん! 揺れがやべーって! うう、気持ち悪……」


 (いと)の限界が来るギリギリで、舟は小さな島の港に到着したのだった。

 ふらふらとしながら下船する(いと)を支えながら、(りん)は眼前に広がる景色を見て目を輝かせた。

 港から見える住宅街は、鮮やかな色の家々で彩られていて異国情緒がある。

 それに調和するように、道に暖かい地域に生える変わった形の木々が植わっている。まるで南国のリゾート地のようだ。

 港ではウミネコが羽を休めている。こんな風景も、海の無い木崎市ではおおよそ目にすることはできない。

 ワクワクした様子の(りん)を見て、瑞葉(みずは)はニィっと笑いながら彼女の前に躍り出る。


「小夏島へようこそ! 短い間だけど、ぜひ満喫していってね!」


 瑞葉(みずは)に案内され、(りん)(いと)を支えながら彼女のアトリエへと歩き出した。


* * *


 瑞葉(みずは)のアトリエは、島の住宅街の奥にある三階建ての白い塔のような家だった。


「私達のアトリエへようこそ! とりあえず上がって」

「は、はい!」


 (りん)(いと)と共に玄関を上がる。どうやら、一階はリビング兼キッチンになっているようだった。

 オレンジ色のマットに白を基調とした椅子やテーブルが置かれているリビングと、ダイニングキッチンが一緒になっている。冷蔵庫も電子レンジも(りん)の家の物より大きく、ミキサーなど(りん)の家では使わない家電もあった。それを見て、(りん)は改めて日和(ひより)家の豊かさを実感した。


「長旅で疲れただろうし、二人共とりあえず座って。飲み物出してあげる。バナナジュースとブドウミックスどっちがいい?」

「えっと、じゃあブドウの方で……」


 (りん)が答える。その隣で、(いと)はぐったりと机に突っ伏しながら「水でいい……」と呟いていた。


「おっけー。……いっくん、すごく酔っちゃったんだね」

「誰のせいだよ……」

「ごめんごめん! 水飲んだら少し横になったら? ゲストルームのベッド、ようちゃんが整えてくれてたはずだし」

「そうする……」


 瑞葉(みずは)は力なく頷く(いと)の前にグラスに入った水を出してあげた。

 (いと)はそれを飲み、三階のゲストルームへ向かって階段を上って行ってしまう。

 それを心配そうに見ていた(りん)の前に、瑞葉(みずは)がブドウミックスジュースを出して微笑んでくれた。


「おまたせ。どうぞ」

「ありがとうございます」


 (りん)はぺこりと頭を下げ、ジュースを一口飲む。

 瑞葉(みずは)はバナナジュースをコップに入れて、(りん)の向かい側に座った。


「いっくん、昔からよく乗り物酔いしてたんだよね。でも、毎回楽しいことがあるとすぐ復活してたから、あんまり心配しないでね」

「あはは……あ、そういえば、中学の修学旅行もそうだったかも」

「お! そうなの?」

「はい。いと君、奈良に行く途中のバスで酔っちゃったみたいで、自主見学前は顔色悪かったんです。でも、公園で鹿を見た途端に元気になって……」

「あはは! 何それ! いっくん鹿が好きなんだ。可愛いー!」


 瑞葉(みずは)が大爆笑するのを見て、(りん)もつられてクスリと笑う。


「ふふ、いと君って、そういうところが素直ですよね。だからかな。一緒にいて、すごく落ち着くんです」

「ほほう、そうなんだ。確かに、いっくんを見てる(りん)ちゃんは超穏やかな笑顔だね?」

「あ……ほんとですか?」

「うん! 端から見たら付き合いの長い熟年カップルって感じ!」


 瑞葉(みずは)の言葉を聞いて、(りん)は頬を染めながら照れ笑いした。


「熟年カップル……確かに付き合い自体は長いけど、恋人になったのは今年に入ってからなので……」

「え! そうなの? うーん、じゃあ、二人の関係値は昔からの積み重ねだったのかあ。ふふ、なんだか素敵だね」

「えへへ……ありがとうございます」

「二人のこれから、姉として楽しみにしてるから! さて、手始めにウェディングフォトの予行練習からね。素敵な服着て、いっくんの船酔い治してあげよう!」

「ふふ、はい」


 二人は飲み物を飲み終えた後、二階にある瑞葉(みずは)のアトリエへと向かった。


* * *


 塔の二階は中央をパーテーションで仕切られていた。向かって右側には色とりどりの服が掛かったハンガーラックと大きな机にミシン、試着室があり、向かって左側では、様々な風景写真が飾られた壁に囲まれて、長い黒髪を下の方で纏めた男の人が熱心にパソコンを操作していた。


「ようちゃん、ただいまー!」


 瑞葉(みずは)が声を掛けると、「ようちゃん」と呼ばれた男の人が振り返って切れ長な目で微笑んだ。


「姉さん、おかえり。あ、その子が(いと)君の彼女さん?」

「そうだよ! (りん)ちゃんっていうの。(りん)ちゃん、彼、私の弟の耀太(ようた)。今回写真を撮ってくれることになってるんだ」


 瑞葉(みずは)に紹介された耀太(ようた)は、(とおる)とよく似た優しい笑顔でお辞儀をした。


「はじめまして。写真家の日和耀太(ひよりようた)です。普段はこの島の風景を撮ってます。たまに海外に行って写真を撮ることもあるよ。今日はよろしくね」


 姉とは対照的に穏やかな雰囲気の耀太(ようた)を見て、(りん)もリラックスしながら頭を下げる。


涼風鈴(すずかぜりん)です。よろしくお願いします」

「よし! 挨拶も済んだことだし、早速私の服を着てもらおっかな!」


 瑞葉(みずは)はパチンと指を鳴らして、(りん)の背中を押しながら自身のアトリエへ向かう。

 ハンガーラックに掛けられている服を物色しながら、瑞葉(みずは)は「むむむ……」と唸った。


「新作全部着て欲しいけど、時間的に多くて五着ぐらいかなあ。あ、今日はブランドの新しいシリーズの写真が撮りたいんだ。来年の夏に発売するシリーズの告知で使いたいから、写真のお披露目も来年になるんだけど……」

「新しいシリーズって、どういうものなんですか?」

「『Vivid Memories』っていう名前のシリーズなんだ。コンセプトは、『大切な人と過ごす思い出の一ページ』。かけがえのない一瞬を彩るようなイメージで作った服ばっかりだから、(りん)ちゃんが知ってるうちのブランドの服と比べてドラマチックなものが多いかもね」


 瑞葉(みずは)はそう言いながら、透け感のある白い七分袖カーディガンと、水色のサンドレスを手に取った。


「これ、試着してみてくれる?」

「あ、分かりました!」


 (りん)瑞葉(みずは)から服を受け取り、試着室の中で服を着替え始めた。

 水色のサンドレスは深い青のグラデーションが入っており、上が薄く、下が濃い色になっている。まるで、ここに来るまでの海を切り取って洋服にしたようだ。

 そして白いカーディガンは軽く透け感のある素材で作られており、膝裏まで丈がある。風に靡いたらきっと美しいだろう。それこそ、ウェディングベールのようにロマンチックであるに違いない。

 (りん)は胸をときめかせながら着替え終え、試着室のカーテンを開ける。


瑞葉(みずは)さん、どうですか?」


 (りん)が尋ねると、瑞葉(みずは)は目をキラキラと輝かせながら小さくジャンプした。


「すごい! めっちゃ似合ってる! この服って(りん)ちゃんみたいな子に着てもらうために生まれてきたんじゃない!?」


 すっかり興奮してしている瑞葉(みずは)を見て、(りん)は恥ずかしさのあまりはにかんだ。


「あ、ありがとうございます……」

「うんうん! こちらこそ感謝感激! これはいっくんに見て貰わなきゃ! 三階行こ!」

「あ、ああ……はい」


 瑞葉(みずは)の勢いに気圧されながらも、(りん)は三階のゲストルームに向かった。

 部屋に入ると、一台あるベッドの上で(いと)がぐったりと横向きで眠っていた。

 流石に起こすのはまずいかも……(りん)がそう思ったのも束の間、瑞葉(みずは)(いと)の身体をガンガンと揺さぶる。


「いっくん! 起きて!」

「う、うう……」


 苦しそうに呻く(いと)が可哀そうで、(りん)は慌てて止めに入る。


瑞葉(みずは)さん、もう少し寝かせてあげた方が……」

「ん……(りん)……? どうかしたのか?」


 (りん)の声を聞いた(いと)が、頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。

 そして、まだ少し青い顔で(りん)のことを見つめて……目を丸くした。


「綺麗だ……」

「へ……」


 呆然と呟く(いと)に、(りん)は思わず顔を赤らめる。

 そんな彼女の反応を見て、(いと)の顔もボッと赤くなった。


「い、いやごめん! 変な意味じゃねーよ! ただ、すごい綺麗だったからつい口に出てたっていうか!」

「わ、分かってる分かってる! ごめん、私も急に言われてびっくりしちゃって!」


 とんでもなく照れながら謝り合う二人を見て、瑞葉(みずは)はニシシと笑う。


「いっくん、船酔いは治りましたかな?」

「あ、あれ? そういえば……」

「元気になってよかったよー! さて、もう少し(りん)ちゃんの服を考えたら、いっくんの服も決めるから! ちょっと待っててね!」


 瑞葉(みずは)はそう言うと、(りん)の背中をポンと押して階段を下りていく。

 部屋を出る直前、(りん)(いと)に照れくさそうに笑った。

 そんな彼女の笑顔に見惚れてしまい、(いと)はベッドの上で赤い顔のまま呆然としていたのだった。

 その後、無事に二人の服が決まり、四人はブランドの写真撮影のために島へ繰り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ