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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
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48 繋がっている

 夜、ベッドで眠って……気が付くと、(りん)は木崎第三中学校の第二音楽室にいた。

 目の前には(いと)がいて、リストの「愛の夢」を弾いている。

 彼の服装はまだ夏服だ。だから、恐らく九月ぐらいだろう。

 窓からは夕日が差し込んでいる。

 曲の最後の音が止み、(いと)は深く溜息を吐いた。


涼風(すずかぜ)、お前、よく飽きねえな」

「飽きる……?」

「おう。こんな下手なピアノ、よく何時間も聴いてられるな」


 (いと)は顔を顰める。よく整った眉の間に皺が寄った。相当、苛立っているようだ。


 ――この時は、まだピアノの上手い下手がよく分からなくて……なんて答えたんだっけ。


 (りん)は記憶を辿りながら「でも……」と口を開く。


日和(ひより)君と過ごす時間、落ち着くから好きなんだよね」

「俺と過ごす時間?」

「うん。気を遣わなくていいっていうか……王子様じゃなくて、自然な自分でいられるんだ」


 (りん)の言葉を聞いて、(いと)は照れくさそうに頭をガシガシと掻く。


「あーそうかよ。じゃあ……俺がお前の親友にでもなってやるよ」

「親友?」

「おい、何で聞き返すんだよ」

「あ、いや……ちょっとびっくりしただけ」

「ああ?」


 (いと)の機嫌が悪くなっていく。しかし照れているのか顔は赤いし、(いと)の根の優しい部分を知っている(りん)は別に彼を怖いと思わなかった。

 寧ろ、こんなに素直な彼の様子が面白くて、(りん)はクスリと笑う。


「ふふ、ごめん。嫌じゃないよ。日和(ひより)君と親友か……楽しそうだな、それ」

「……そーかよ。じゃあ、今日から俺ら親友な」

「うん。よろしくね、日和(ひより)君」

「おう。じゃあ親友になった手始めに、その日和(ひより)君って呼び方変えろ」

「え? 何で?」

「なんか他人行儀だろ、その呼び方。ほら、もっと良いのがあるはずだ。考えろ」


 (いと)はソワソワとした様子で腕を組む。どうやら何か期待しているようだが、一体どんな呼び方をして欲しいのか、(りん)はよく分からなかった。

 とりあえずあだ名呼びかな……そう思い、(りん)は頭を悩ませる。


「うーん……あ、ひよりーと、とか?」

「ただのフルネームじゃねーか! 却下だ」

「ええ……」


 (いと)に真っ赤な顔で却下されて、(りん)は苦笑いする。どうやら、フルネームっぽいのは嫌らしい。

 となると次は名前だろうか。


日和(ひより)君の下の名前は……(いと)、だよね)


 名前を元にしたあだ名を考えてみるが、上手く思いつかない。

 目の前の(いと)の顔は明らかに不機嫌で、あまり待たせても良くなさそうだ。

 (りん)は思い切って、シンプルな呼び方を提案することにした。


「じゃあ、いと君とか」


 その呼び方をした途端、(いと)の表情がぱあっと明るくなった。

 しかし、すぐに自分の気持ちが表情に出ていたことに気が付き、赤い顔で咳払いする。


「い、いいじゃねえか。それでいい」

「声ひっくり返ってるよ?」

「こまけーこと気にすんじゃねーよ! とにかく、俺も考えるから待て」

「うん」


 (りん)は大人しく頷いて、(いと)の答えを待つ。

 (いと)は腕を組みながら目をギュッと閉じて考え込んでいる。随分真剣だ。


「りん、りん……すずかぜ……涼風(すずかぜ)(りん)……風鈴?」


 (いと)はパッと表情を明るくして、(りん)の方を得意げに見た。


「ふーりん! どうだ!?」


 正直そんな呼び方をされたことは初めてで、(りん)は目をパチパチさせた。


「なるほど、涼「風鈴」だから、ふーりん?」

「おう!」


 (いと)はキラキラした目を(りん)に向けている。きっと(りん)が喜んでくれることを期待しているに違いない。

 そんな彼の素直な顔を見たら、どんなあだ名で呼ばれても喜びたいと思った。

 (りん)は微笑みながら頷く。


「面白くて好きだな、それ」

「じゃあ、お前のこと、今日からふーりんって呼ぶからな」

「ふふ、分かったよ。いと君」


 新しい呼び方は少しむず痒くて、でも呼ばれるたびに嬉しかった。

 しかし、呼び方に慣れていくうちに、そんな気持ちも忘れていってしまったのだった。


 ――なんで、忘れちゃってたんだろう。


 (りん)がぼんやりとそう思った時、スマホの目覚ましの音が鳴り響いた。




 目を開けると、そこは昨日から泊まっている母のアパートの天井だった。

 床に布団を敷いて眠っていた母の姿は既に無く、キッチンの方から卵を焼く匂いがする。

 (りん)は体を起こして八時の目覚ましを止めた。

 とりあえず着替えなければ。そう思い、ぽやぽやした頭でキャリーケースから着替えを取り出す。

 淡い水色のシャツワンピースに着替えながら、先ほど見ていた夢のことを考えた。


(私も、いと君とのことで忘れてることがあるんだな。でも……いと君のこと、今でもあの時と同じくすごく大事で……)


 ――たとえ忘れてしまっても、積み重ねてきた時間は無にはならない。


 昨日の母の言葉が思い出されて、(りん)の胸にストンと落ちた。


(ああ、そっか。ずっと繋がってるんだ)


 (りん)の胸に安心感が広がっていく。


(忘れちゃっても、無くならないんだ)


 そう思って、(りん)は静かに微笑んだ。


(りん)ちゃん、おはよう」


 キッチンの方から(せり)が卵焼きの乗った皿を持って歩いてくる。


「お母さん、おはよう」

「朝ごはんできたから、一緒に食べよう」

「うん」


 (りん)は頷き、朝食を運ぶのを手伝いにキッチンへと向かった。

 その表情は穏やかで、昨日まで彼女を覆っていた悩みが晴れたことを証明しているようだった。


* * *


 (りん)(せり)の家で朝食を済ませた頃、涼風(すずかぜ)家の前に黒い車が停まった。

 中から降りてきたのは、(いと)の執事の香田だ。

 彼女が玄関の呼び鈴を鳴らすと、インターホン越しに(りつ)が対応してくれた。


「どちら様ですか?」

日和(ひより)家から参りました。香田圭(こうだけい)と申します。(いと)坊ちゃんから涼風鈴(すずかぜりん)様に、伝言を預かって来たのですが」

「ああ、日和(ひより)君の……少しお待ちください」


 インターホンが切れて、玄関のドアが開く。

 (りつ)は「おはようございます」と挨拶しつつも、いかにも執事姿な香田を見て戸惑っている様子だった。


「俺、(りん)の兄の涼風律(すずかぜりつ)です。(りん)への伝言って?」

「今週木曜、七月三十一日に、坊ちゃんが参加するピアノコンクールがあるのです。もし可能であれば、(りん)様にもお越しいただきたいとのことです」

「木曜日……ああ、明後日か。大丈夫かな……」

「何か予定が入っているのですか?」

「実は(りん)、今、仙台に行ってるんです。明後日のコンクールに行くなら明日には帰って来ないといけないですよね。切符とか、間に合うかどうか……」


 表情を曇らせる(りつ)を見て、香田は柔らかく微笑む。


「移動手段はこちらでなんとかいたします。ですので、一度(りん)様に伝えてくださいませんか。坊ちゃんが日本で参加する最後のコンクールなのです」


 香田は微笑んだまま告げる。しかし、目は本気だ。

 どうしても、(りん)に来て欲しい……そんな思いが垣間見える。

 (りつ)はその本気を目の当たりにして、断れずに頷く。


「分かりました。伝えておきます。あの……ちなみに、移動手段はどうするつもりなんですか?」


 (りつ)が尋ねると、香田は柔らかい笑みのまま答えた。


「お車でお迎えに上がらせていただきます。明日の午後一時、仙台駅に」

「……え?」

「安全運転で参りますので、ご心配なく」


 何でもないように答える香田を見て、(りつ)は呆然とした顔で固まってしまったのだった。


* * *


 (りん)(せり)と共に洗濯物を干していた時、机に置きっぱなしだった彼女のスマホが鳴った。

 電話がきているようだ。一体誰からなのか、(りん)は気になりつつも画面を確認する。


「あ、お兄ちゃんだ」


 (りん)は通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『あ、(りん)? おはよう。今少しいいかな?』

「うん。どうかした?」

『香田さんって人から伝言。今週の木曜日に日和(ひより)君のピアノコンクールがあるんだって。それに(りん)にも来て欲しいみたいなんだ。日和(ひより)君が日本で参加する最後のコンクールみたいだよ。どうする?』

「いと君のコンクール……」


 (りん)は、(いと)のピアノが聴けるなら、どこにだって行きたい気持ちだった。だってもしかしたら、このコンクールを最後に彼のピアノが聴けなくなってしまうかもしれないのだ。

 しかし、急なことで新幹線のチケットが取れるかも分からない。父がくれた新幹線のチケットの帰りの日程は一週間後の火曜日だ。日付を前倒しすることはできるものなのだろうか。


「行きたいけど、交通手段どうしよう……」

『あ、それなら大丈夫。香田さんが車で仙台まで迎えに行くって』

「仙台まで!?」

『俺もびっくりしたけど……確かにそう言ってた』


 (りん)は開いた口がふさがらなかった。

 木崎市から仙台まで……となると、ゆうに五時間はかかるはずだ。そんな労力を惜しまずに(りん)をコンクールに連れて行こうとしているということは、よほど(りん)(いと)のピアノを聴いて欲しいのだろう。

 そこまでしてくれているのに、行かないなんて選択肢は無かった。


「分かった。私、いと君のコンクール聴きに行くよ。香田さんは何時に来てくれるの?」

『明日の午後一時だって言ってたよ』

「明日のお昼過ぎか。お土産用意して待ってようかな」

『それがいいよ。じゃあ、気を付けてね。母さんによろしく』

「分かった」


 (りん)は電話を切ると、洗濯物を干し終えて戻って来た(せり)に尋ねた。


「お母さん、今日って買い物に連れて行ってもらうことできるかな?」

「いいよ。何か必要なものがあったかな?」

「実は……」


 (りん)は事情を説明した。

 すると、(せり)は穏やかに笑って頷いてくれた。


「分かった。じゃあ、準備できたらお土産買いに出かけようか」

「うん、ありがとう」


 (りん)が安心した顔で微笑む。

 娘の穏やかな顔を見て、(せり)もニコリと笑ったのだった。


* * *


 (せり)に運転してもらい、(りん)は仙台駅へやってきた。

 お土産売り場で、香田に渡すお土産を選ぶ。

 すぐ決まるものだと思っていたが、案外お菓子の種類が豊富で迷ってしまった。


「うーん……どれがいいんだろう」

「移動時間が長いから、日持ちするものがいいかもね」

「そうだね。じゃあ……これにしようかな」


 (りん)はずんだ味の最中の箱を手に取った。


「買ってくるね」

「うん」


 (りん)がレジに向かうのを見送った後、(せり)は時計を確認した。

 午前十一時。まだまだ時間はある。


(あそこに連れて行ったら、(りん)ちゃん喜ぶかもなあ)


 (せり)は微笑みながら(りん)を待つ。

 しばらくして、会計を終えた(りん)が戻ってきた。


「お待たせ。用事終わったし、帰る?」

「その前に少し寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」

「あ、うん。大丈夫だけど……どこに行きたいの?」


 (りん)が不思議そうに尋ねるのを見て、(せり)は意味ありげに微笑む。


「きっと(りん)ちゃんも気に入ると思う。とにかく行こう」


* * *


「わあ……!」


 (りん)(せり)に連れてこられたアクセサリーショップのイヤリングの棚の前で、目を輝かせていた。

 棚には様々な色の飾りがついたイヤリングが並んでおり、動物モチーフのものもあれば植物モチーフのものもある。

 他にも、宝石が一つついたシンプルなものもあった。


「可愛いっ!」

「ふふ、昔から可愛いもの好きだったもんね」


 (せり)に微笑まれ、(りん)は顔を赤くして俯く。


「……ちょっと前までは、可愛いもの好きなことを周りに必死で隠してきたんだ。私、周りから「かっこいい王子様」って思われてたから」


 (りん)は胸の前で手をギュッと握る。

 頬を染めながらも一生懸命話す(りん)の言葉を、(せり)は静かに聞いていた。


「でも、いと君がありのままの私を受け入れてくれたから……私、可愛いものが好きな自分を好きになれたんだ」

「そっか。(りん)ちゃんにとって、いと君は大切な存在なんだね」

「うん……」


 (りん)は頷くと、(せり)に向かって微笑む。


「お母さん、このお店って、男の子も着けられるピアスとかあるかな?」

「ああ、向こうの棚にピアスを置いてたと思うよ。見てみる?」

「うん」


 (りん)の答えを聞いて、(せり)(りん)をピアスの棚に連れて行った。

 棚に掛けられたピアスには様々なものがあり、飾りが揺れるタイプや、宝石が一つついているだけのタイプなど様々だ。

 (いと)はピアノを弾くのだから、あまり派手なものはよくないだろう。そう思った(りん)は、宝石のみのタイプを見比べる。


(どれがいいんだろう……)


 頭を悩ませる(りん)を見て、(せり)が彼女の肩をちょんちょんと叩く。


(りん)ちゃん、下のリーフレットに宝石の意味が書いてあるよ。参考になるかも」

「あ、ほんとだ!」


 (りん)はリーフレットを開き宝石の意味を確認する。

 まず目に入ったのはアマゾナイトの説明だ。


 ――アマゾナイトは別名ホープストーンとも呼ばれ、夢を追いかける人の背中を後押ししてくれる石です。


(夢を追いかける人……いと君もそうだよね)


 (りん)は棚からアマゾナイトのピアスを手に取り、見つめる。


(これをあげたら、私の「応援したい」って気持ちも、いと君に届くかな……うん。決めた)


 (りん)(せり)に「買ってくるね」と声を掛けて、会計に向かう。

 大切な人へのプレゼントを選ぶようになった――そんな娘の成長が嬉しくて、(せり)は優しく目を細めた。


(大人になったんだな。(りん)ちゃんも)

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