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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
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41 納得できる道ならば

 美琴(みこと)に席を譲った後、(いと)は一人で第二音楽室に向かった。

 普段から、日中か放課後か関わらず、第二音楽室に立ち入るのは(いと)ぐらいしかいない。今日もそうだと踏んで、(いと)は第二音楽室で昼食をとろうとしていた。

 (りん)が他の誰かと食べている以上、自分から昼食に誘うような生徒もいない。仮にいたとしても、今は少し一人になりたかった。

 (いと)は第二音楽室の扉を開ける。すると、床に座り込んでコンビニのハンバーグ弁当を食べている先客がいた。


(かなで)……お前、なんでここにいんだよ」


 (いと)が不機嫌そうに眉を顰めるのを見て、(かなで)は柔らかく微笑む。


「ファンの子から逃げてたんだよ。捕まったら連絡先だのデートだの、ねだられるから」


 そう言いつつ、(かなで)はハンバーグを割りばしで一口サイズに切り分ける。

 彼の足元にはオレンジ色のパッケージの野菜ジュースのパックも置いてあった。

 しかし、他に野菜らしきものは見当たらない。

 国民的アイドルの癖に、こんな偏った食事で体調を崩さないのか……と、(いと)はにわかに気になった。


「お前、野菜……」

「ジュースがあるから平気」

「足りねーだろ。成長止まるぞ。俺のサラダ分けてやるよ」

「いらない」


 (かなで)は笑顔で拒否する。しかし、(いと)(かなで)の隣に座って弁当箱を開くと、香田が作ってくれたコールスローサラダを半分、(かなで)の弁当の蓋に乗せた。


「食え」

「……お節介なやつ」


 (かなで)は鬱陶しそうに吐き捨てると、コールスローサラダを一口食べた。

 今の周防(すおう)家では決して出ることのない洒落た料理だ。幼少期、父が出ていく前で葵衣(あおい)が生きていた時は母の手料理が食卓に並んでいたが、今の心を病んでしまった母に料理なんて無理だ。(かなで)はそれを確認し、目を伏せる。

 サラダは美味しいのに、(かなで)の心は空しかった。


「……(いと)の家は、こんな手料理が出るんだな」

「ああ、そうだな。香田……俺のことずっと面倒見てくれてた執事の人が作ってくれる」

「そう。やっぱりお前は、人に恵まれてるよ。腹立たしいぐらいにね」


 (かなで)は乾いた笑い声を出しながらそう言うと、ハンバーグを一口食べた。

 (いと)(かなで)の言葉を咀嚼しながら、ローストビーフを口に運ぶ。

 こんなに豪華で、それでいて温かい手料理が食べられる自分は、たしかに恵まれた境遇にあるのだろうと思い、「そうかもな」と頷いた。


「分かってるなら、なんでまだ満足しないんだよ」


 (かなで)の声が苛立ちを帯びる。しかし、表情は静かな笑顔だ。

 きっと、表情に本心を出すまいとしているのだろう。それか、そういう癖があるだけか。


「お前は恵まれてる。恵まれてる癖に、いつも「まだ足りない」って顔をしてる。僕にはそれが理解できなかった。昔からずっとね」

「……そっか」

(りん)ちゃんって恋人がいるのに、海外に行こうとしてるんだろ。今のままでも十分幸せなはずなのに、まだお前は上を目指してる。お前の向上心に振り回される(りん)ちゃんの気持ちを考えたことはあるの?」


 (かなで)の言葉を聞き、(いと)は俯く。脳裏に、ここ数日の(りん)の顔が浮かんだ。

 後夜祭の時間、(いと)の気持ちを知って涙を流していたこと。

 文化祭の打ち上げで見せられた取り繕われた笑顔と言葉。

 先ほど教室で見た、気まずそうな顔。

 その全てが、(りん)の本音を証明しているようだった。

 それを分かっていて尚、(いと)は自分の気持ちに答えを出せなかった。

 今のままの自分が、(りん)の隣で堂々と生きていくこと……そのことに、自信が持てない。

 また、自分に自信を持つためなら……彼女のように、変わりたいと思うなら、アメリカに行ってピアノを修行するべきだという気持ちも消えなかった。

 でも、彼女を悲しませたくもないのだ。

 どうしたらいいのか、未だに答えをだせない。

 第二音楽室を、沈黙が満たしていった。


「……何も言えないの?」


 (かなで)が問う。


「つまり、お前も自分の出した答えに納得いってないってことだ」


 その言葉が図星で、(いと)はグッと息を詰まらせた。

 分かりやすく辛そうな顔をする(いと)を見て、(かなで)は溜息を吐く。


「もっと考えろよ。自分が自信を持って納得できる道はなんなのか、ね」

「ああ。……ありがとな」

「礼なんて言うな。僕はお前のために何かしたわけじゃないんだからさ」


 (かなで)は呆れた笑い声を出すと、コールスローサラダを食べきって弁当の蓋を閉じた。


「サラダ、ご馳走様。執事さんによろしく伝えて」


 (かなで)はそう言うと、第二音楽室を出て扉を閉める。

 彼が出て行った後、静かになった第二音楽室内で、(いと)は俯いた。


(自分が、納得できる道……か)


 先日、香田にも「あなた自身はどうしたいのか」と聞かれた。

 自分はどうしたいのか。

 (りん)の笑顔を見たい。守りたい。でも一方で、(りん)に相応しく変わりたいとも思う。

 どちらも自分のしたいことだ。

 でも、どちらか一方しか選べないのだ。


(どうするのが、一番いいんだ……)


 (いと)は昼食を食べる手を止めて、憂鬱な気持ちで頭を悩ませた。


* * *


 (かなで)は第二音楽室を出ると、部屋の前の壁にもたれかかっている女子生徒のことを見て、にこりと笑った。


「これで良かったのかな、しらべちゃん」


 (かなで)の言葉に、しらべは小さく頷く。


「ありがとう。あなたの言葉なら、きっと日和(ひより)君にも響くはずです」

「別に僕じゃなくてもあいつは言うこと聞くよ。不良みたいな格好してる癖に、馬鹿みたいに素直だからさ」


 (かなで)はやれやれと笑って、更に質問を重ねた。


「それよりも、しらべちゃんはこれで良かったの?」

「何のことですか」

(いと)と話さなくて良かったのか聞いてるんだよ」


 (かなで)は柔らかく微笑みながら尋ねる。

 その笑顔を視界に入れないように俯きながら、しらべは口を開いた。


「いいの。日和(ひより)君と話してしまったら、きっと私、色んな言葉で飾り立てながら涼風(すずかぜ)さんとのことを邪魔してしまうわ。私の居場所は、日和(ひより)君の傍には無いから」


 言葉尻が震えている。顔は伏せられていたが、鼻をすする音が(かなで)の耳にも入ってきた。

 きっと今、しらべの顔は涙で濡れているだろう。しかし、どんなに辛くても「(いと)を諦める」というしらべの覚悟は揺るがないように(かなで)は思った。

 なぜなら、彼女が案外頑固者なことを、(かなで)は知っていたからだ。

 だったら、今自分がすべきことは……しらべの選んだ道を尊重することだろう。そう(かなで)は考える。


「君がそれでいいなら、きっとそれが正解だよ」

「……うん」

「僕で良ければいつでも話聞くし、頼ってくれていいんだからね?」

「あなたに頼ったら嫉妬の嵐です。そんなリスクのあることはしません」


 しらべは眼鏡を外して涙を拭いながら答える。

 その意固地な様子を見て、(かなで)はククッと笑った。


「ほんと、君って手強いな。そういうところも好きだけどね」

「心を込めて同じことが言えたら、その気持ち、受けとって差し上げます」

「ふふ、そう。じゃ、そのうちしてあげる。あ、その前にさ……一個お願いがあるんだ」

「お願い?」


 しらべは首を傾げる。それに対して、(かなで)はにこりと笑って口を開いた。


「今日のお礼ってことで、明日ちょっと付き合ってよ」

「付き合う? どこにですか」

「知り合いのピアノカフェ。スイーツが美味しいから、きっと君も気に入ると思う」

「スイーツ……」


 しらべがこくりと喉を動かす。

 少し強引な提案ではあったが、多少は気持ちが上向いたようだ。

 そのことを確認し、(かなで)は満足げに微笑む。


「じゃあ、明日の十五時に黄花中央駅に集合ね。遅れないでね?」

「お、遅れませんよ。私、遅刻はしない主義です」

「ふふ、じゃ、信じてるよ」


 (かなで)は柔らかく微笑み、C組の教室へと戻っていく。

 その後ろ姿を、しらべは少し赤い顔で見つめていた。

 つい、文化祭の片づけの時間のことが思い出される。


 ――僕も君の一番になりたい。


 あの言葉に、嘘は感じられなかった。

 先ほどは突き放してしまったが、きっと(かなで)は、本心から自分のことを好いていてくれている。しらべはそれを理解していた。

 しかし、国民的アイドルの彼のことだ。ファンサービスもお手の物だろうし、演技ぐらい容易く行ってしまうだろう。

 万が一、(かなで)の素振りが演技だとしたら……いいように弄ばれる可能性だってあるのだ。

 しらべは浮足立ってしまいそうな感情に蓋をしながら、深呼吸する。


「相手は国民的アイドルです。下手に絆されないように……要注意ですよ、しらべ」


 小さな声で自分に言い聞かせ、しらべも早足で教室へ戻っていった。

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