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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
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40 背中を押す

 アイドルのステージの翌週、金曜日の朝。美琴(みこと)はC組の扉の前で悶々としていた。

 視線の先には静かに読書する(りん)と、イヤホンで音楽を聴く(いと)がいる。

 二人の間に会話は無い。

 美琴(みこと)はそれがもどかしいのと同時に、(りん)をステージに誘う方法も分からずに教室に入れなかったのだ。

 その姿を、しらべは五日連続で後ろから目撃しているのだが、美琴(みこと)が気づく様子はない。

 しらべとしては、美琴(みこと)(りん)(いと)のことで思い悩んでいるのだろうと推察していた。ただ、彼女が教室の中を覗き込んでどうするつもりなのかは分からず、月曜日からずっと声を掛けずに見守っていた。

 しかし、金曜日までずっとこの調子なのだ。教室にいる時の美琴(みこと)の雰囲気も少しピリピリしていて、周囲も心配している。そろそろ声を掛けるべきだろう。


美琴(みこと)さん」

「わひゃ!? あ、ああ……(かなどめ)さんか。びっくりした……どうかしたの?」


 振り返って尋ねる美琴(みこと)に、しらべは溜息交じりに「こっちの台詞です」と答える。


「月曜日からずっとC組を覗いてますが、何をしてるんですか?」

「う……記事にするつもり?」

「本人が嫌がっているのに記事にはしません。ただ、あなたがピリついているのをクラスのみんなが気にしているので、落ち着いて欲しいだけです」


 しらべの言葉に、美琴(みこと)は目を丸くした。


「え、私みんなに心配かけちゃってた……?」

「はい。やっぱり気づいてなかったのですね」

「うう、そっかあ……」


 美琴(みこと)は申し訳なさそうに笑いながら、頬を掻く。


「ごめん、気を付けるよ。私、教室に戻ろうかな……」


 美琴(みこと)はそう言うと、笑顔を作りながらD組の方へ歩き出した。

 しかし、彼女の雰囲気は依然としてピリピリしたままだ。笑顔もぎこちない。明らかに無理をしている。

 そんな彼女が小学校高学年時代にずっと神経を尖らせていた(いと)の姿と重なり、しらべは放っておくなんてできなかった。


美琴(みこと)さん、待って」

「え……?」

「一時限目、一緒に抜け出しませんか? 確か今日は、化学の先生がお休みなので自習だったはずです」

「抜け出す……? サボるってこと?」


 美琴(みこと)は困惑した。

 成績のいいしらべでもそんなことを言いだすことがあるのか、そもそもサボるなんてしていいのか……と。

 しかし、しらべに迷う様子は無い。


美琴(みこと)さんが悩んでいること、私にも心当たりがあるんです。涼風鈴(すずかぜりん)さんと日和弦(ひよりいと)君のことですよね?」


 しらべの言葉を聞き、美琴(みこと)は目を丸くした。図星だったからだ。

 しらべは美琴(みこと)の反応を見つつ、続ける。


「私も……恐らく、あなたと同じことが気になってます。だから、あなたと話がしたいんです。私の我が儘を聞いてくれませんか」

「しらべさん……」


 しらべの表情は本気だ。彼女もまた、(りん)(いと)のことを真剣に考えているのだろう。もしかしたら、一緒に話すことで何か活路が見えるかもしれない。

 そう思った美琴(みこと)は、迷いを振り払ってしっかりと頷いた。


「分かった。朝の会終わったら抜けだそっか。どこに行く?」

「屋上はどうですか? そこでなら、人目も付かずにゆっくり話せると思います」

「そうだね。そうしよっか」


 朝のホームルームの予鈴が鳴る。

 美琴(みこと)としらべは朝のホームルームに出席した後、こっそりと屋上へ向かった。


* * *


 七月の屋上は快晴だった。

 まだ九時前のため気温が上がり切っておらず、うだるような暑さは無い。

 遠くから聞こえる授業の声を聞きながら、しらべは手すりの近くに歩いて行き、青い空を見上げた。

 美琴(みこと)も彼女の様子を窺いながら、その隣に立つ。


「……美琴(みこと)さん。私ね、日和(ひより)君のことが好きだったの。小学生の頃からずっと」


 しらべの告白に、美琴(みこと)は目を丸くした。


「そうだったの? でも、(かなどめ)さんってりんりんと日和(ひより)君のこと応援してたよね? 二人のこと、見守ってあげようって言ってたでしょ。どうして……」

日和(ひより)君の幸せが、私の幸せだったから。だから、二人の恋をサポートすることに抵抗はありませんでした。今もそう。……でも一方で、自分が日和(ひより)君の一番の理解者だったらいいなって思いも消えない」


 しらべはそう言うと、目を閉じて、小さく息を吸い、吐く。


「私は、日和(ひより)君が自分のピアノを好きになれなくて苦しんでいたことを昔から知っていたの。だから、彼が自分のピアノを好きになれるなら、海外に行った方がいいって思ってたわ。でも……そうすることで彼が本当に幸せになれるのか、そして、彼が本心からそれを望むのかは、今思うと分からないわね」


 しらべは苦笑いする。

 美琴(みこと)はそれを悲しい目で見つめた後、空を見ながら口を開いた。


「相手の本心ってさ、結局、自分には分からないよね。私も、りんりんのことはすっごく大切だけど……りんりんが私のことをどう思ってるか、今はよく分からないんだ。一人にしてって言葉が、本心なのかどうかも分からないまま逃げ出しちゃったから」


 夏のぬるい風が二人の髪を揺らす。

 グラウンドの方から体育をする楽しそうな声が聞こえてきた。今の二人には不相応なくらい、明るい声だ。

 世界では穏やかな日常が続いている。そんな中、二人のいる屋上だけはそこから切り取られたように幸せが薄かった。

 美琴(みこと)が胸を押さえながら黙り込むのを見て、しらべは口を開く。


「大切な人に笑顔でいて欲しいだけなのにね」

「……うん」

「結局、幸せを見つけるのは本人で、幸せを選び取るのも本人次第なのかしら。もしそうだとしたら……私達にできることは、大切な人が心からの幸せを選び取れるように、背中を押してあげることだけね」


 ――背中を押す。その言葉が、美琴(みこと)の胸にストンと落ちた。


「私、りんりんのこと全力で支えなきゃって思ってた。りんりんのためなら、百パーセントのサポートをしても惜しくないぐらいだったから。……でも、(かなどめ)さんが言うように、そっと背中を押してあげる優しさもあるんだね」


 美琴(みこと)はそう言うと、しらべに向かって微笑む。


「ありがとう。私、りんりんを無理やり元気にするんじゃなくて、そっと背中を押してみる」


 美琴(みこと)の笑顔に、しらべも表情を和らげたのだった。


* * *


 昼休みがやってきた。

 美琴(みこと)はC組の教室に入ると、勇気を出して教科書を片づける(りん)の元へ向かう。


「りんりん」


 美琴(みこと)が声を掛けると、(りん)は体をびくりと竦めて顔を上げた。

 すると、優しく微笑む美琴(みこと)と目が合った。


「お昼、一緒に食べよう」

「あ……いい、けど。私今日お弁当だから、学食じゃなくてここで……」


 (りん)はそう言いつつ周囲を見渡す。

 二人で食べるためにはもう一つ椅子が必要だが、あいにくどこの席も空いていない。

 (りん)の隣の席の(いと)が、困った様子の(りん)美琴(みこと)に気付いて立ち上がった。


「俺の席貸してやるから使え」

日和(ひより)君、いいの? ありがとう」

「おう……」


 (いと)美琴(みこと)に返事をした後、ちらりと(りん)の方を見て何か言いたげに口ごもった。

 先日の打ち上げでは言えなかったことを伝えたい――そう思ったのだが、この場で言ってもいいものか。

 (いと)がそう悩んでいるうちに、(りん)の方が視線を逸らしてしまい、会話は始まらなかった。(いと)は鞄から弁当を取り出すと、静かに教室を出ていく。

 二人の様子がもどかしくて、美琴(みこと)は励ましの言葉が喉まで出かかった。

 しかし、無理やり励ましても(りん)に辛い思いをさせるだけだと思いぐっと堪える。


「りんりん、お昼食べよ」

「う、うん……」


 美琴(みこと)(いと)の席を(りん)の席にくっつけ、弁当の入ったバッグを開ける。

 (りん)も弁当を取り出し、弁当箱(べんとうばこ)の蓋を開けた。


「……え?」


 弁当の中身を見て固まる(りん)を見て、美琴(みこと)は首を傾げた。


「りんりん、どうかした?」

「あ、いや……中身、すごくて」

「中身? お弁当の?」


 美琴(みこと)(りん)の弁当箱を覗き込んで、(りん)が驚いた理由を理解した。

 なんと、(りん)の今日の弁当は可愛らしいまるぺんのキャラ弁だったのだ。


「わー! すご! これ、りっつんが作ったの?」

「うん。お兄ちゃん、今日やけに早起きだなって思ったらこれ作ってたんだ……」


 (りん)が苦笑いする。それを見て、美琴(みこと)は「りんりんに笑って欲しかったんだろうね」と笑った。


「りっつんはすごいなあ。今度私も作ってもらおっかな。頼んだら作ってくれるかな?」

「ふふ、どうだろ。弁当箱持っていったら作ってくれると思うよ」

「ほんと? じゃあ、チュチュメさんのキャラ弁作ってもらおうっと」


 調子のいい美琴(みこと)を見て、(りん)はクスリと笑った。

 やっと、(りん)の自然な笑顔が見られた――美琴(みこと)は安心して微笑む。


「私、りんりんがそうやって笑ってくれるの好きだなあ」

「え?」

「なんか元気出るんだよね。りんりんが笑顔だと」


 美琴(みこと)はそう言って、弁当箱のたこさんウインナーを一口で食べる。

 普段通り明るく優しい美琴(みこと)を見て、(りん)の胸に罪悪感が湧き上がった。


「……ごめん。この前は、突き放しちゃって」


 (りん)は小さな声で謝った。


「自分でも、どうしたらいいのか分からないんだ。いと君に、自分の正直な気持ちを伝えるのが正しいとは思えなくて、でも……このままでいるのは苦しくて」


 (りん)は目を伏せる。

 彼女の辛そうな顔を見た美琴(みこと)は、大きな声で励ましそうになるのを堪えつつ、なんとか微笑んで口を開いた。


「りんりんのしたいようにしていいんだよ」

「え……?」

「自分の正直な気持ちを伝えたっていいし、日和(ひより)君の応援に徹したっていいの。でも、私はりんりんが幸せになれる方が嬉しいな」

「私が、幸せになれる方……」

「そう。りんりんがいっぱい考えて出した答えが、きっとそれなんだと思う。だから、私は……りんりんが自分の納得できる答えを出せるように、背中を押したいんだ」


 美琴(みこと)はそう言うと、制服のスカートから小さな封筒を取り出して、(りん)に差し出した。


「これは?」

「今日ね、スイートレッドのライブがあるの。それのチケット。木崎駅近くのライブハウスでやるんだけどさ、もし良かったらりんりんも来てくれないかな? お金は私が払っておいたから」

「そんな……いいの?」

「いいのいいの! 私のステージを見て、りんりんに元気になって欲しいだけだから」


 美琴(みこと)は屈託のない笑顔を見せた。

 こんなに裏表のない笑顔に逆らおうなんて、(りん)にはそんな勇気無かった。

 だって、これを断ったら美琴(みこと)は悲しむ。彼女の悲しそうな顔を、これ以上見たくなかった。


「ありがとう。……放課後、楽しみにしてるね」

「……! うん! 絶対来てね! 私、超頑張っちゃうから!」


 美琴(みこと)の満面の笑みにつられて、(りん)も微笑む。

 二人はそのまま、昔のように笑い合いながら昼食をとったのだった。

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