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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第一章 学園の王子様には秘密がある
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4 スタートライン

 二人を乗せた車がサンフラワーストリートに到着した。香田に扉を開けてもらい、(りん)はショッピングモールの玄関前に降りる。昨日と同じ北口玄関。(りん)は思わず昨日の失態を思い出してしまって目を伏せた。

 それを見た(いと)は小さく溜息を吐き、車を降りて彼女に「行くぞ」とぶっきらぼうな声を掛ける。


「あ、ああ、うん」


 (りん)は彼に促されるがままに、彼の隣を歩き出した。


(さっきの告白もそうだけど、いと君はきっと、私のことを受け入れてくれたんだよね。そのままの私で良いんだって、言おうとしてくれてる。でも、私にはそんなことできなくて……)


 (りん)は暗い表情のまま専門店街を歩き続ける。それに気がついて、(いと)は眉間に皺を寄せながら尋ねた。


「ふーりんは甘いもの好きか?」

「え? ああ……うん。どちらかと言えば」


 突然の質問に、(りん)は戸惑いながらも頷いた。甘いものはよく食べる方だ。勉強の合間には糖分補給でラムネを囓ることだって多い。

 (りん)が頷いたのを確認し、(いと)は同じ声のトーンで質問を重ねる。


「じゃあ、まるぺんは?」

「え……」


 言葉に、詰まった。

 (いと)なら自分の可愛いもの好きな一面を受け入れてくれるだろうというのは分かっている。

 しかし、実際に「好きだ」と言うのは抵抗があった。「まるぺんが好きだ」と答えてしまったら、今まで積み重ねてきた「王子様」としての自分が崩れてしまうように感じたのだ。


 何も言えずに立ち止まり、黙り込む(りん)を見て、(いと)は静かに頷く。


「ごめん、分かってる」

「え?」

「お前がまるぺんを好きなのは分かってるんだ」


 (いと)はそう言うと、鞄からピンクのまるぺんのマスコットを取り出し、(りん)に差し出した。


「落としていっただろ」

「あ……そうだったんだ」

「気付いてなかったのか?」

「うん。気が動転してて」


 (りん)の答えに、(いと)は「どんだけ俺にバレたくなかったんだよ」と顔を顰めた。


「別に俺は、お前が可愛いもの好きでも気にしねーよ。ふーりんはふーりんだろうが」

「……いと君なら、そう言ってくれるだろうなって分かってた。でも……」


 ──私はそんな自分を許すことができなかった。そして、いと君の気持ちに応える勇気も無い。こんな私が、いと君の優しさを受け取るなんて……。


 目を伏せる(りん)を見て、(いと)は小さく溜息をつく。


「分かってんなら、そんな浮かねー顔すんな」


 (いと)はそう言うと、ふっと表情を和らげた。


「笑えよ。んで、堂々としてろ。俺の前だけでいいからよ。俺ら親友だろうが」


 ――親友。それは事実だ。本心では、それ以上の関係になりたい。でも、今の(りん)はそうしたくないというのが、(いと)にも十二分に分かっていた。

 だから、今はこの気持ちを置いておこう。絶対に諦めないが、今はまず彼女に笑って欲しい。

 自分の前では安心して素直でいて欲しい。(いと)はそう思ったのだ。


 彼の言葉に、(りん)は一瞬目を丸くしたが、すぐに俯いて目元を擦った。


 (いと)との関係が壊れなくて嬉しかったのだ。彼の気持ちに気付いているのにどうすることもできていないのは苦しかったが、(いと)がこうして「親友」として一緒にいようとしてくれている。その気持ちが暖かくて、溢れた心が瞳から零れ落ちた。


「……うん」


 (りん)はまるぺんを受け取り、まだ潤んだ瞳で小さく微笑む。


「ありがとう」


 久しぶりに見た彼女の本心からの笑顔に、(いと)は思わず赤面する。


(可愛い……って、ふーりんが泣きそうなのに、ときめいてんじゃねーよ、俺)


 (いと)はそう思い直し、咳払いして誤魔化した。


「上出来だ。ちゃんと笑えてんじゃねーか」

「いと君のお陰だよ」

「おーおー。そりゃ良かった。これからもっと笑わせてやるから覚悟しろ」


 (いと)はそう言うと、ズンズンと先に進んでいく。

 彼の口ぶりからすると、きっと面白いところに連れて行ってくれるのだろう。(りん)はワクワクしながら、彼の後を追いかけた。


* * *


「入れない!? どういうことだよ!」


 サンフラワーストリート二階にあるカフェの入口に(いと)の大きな声が響き渡った。

 驚いた顔をする(いと)に向かって、店員が申し訳なさそうに頭を下げる。


「コラボカフェの開催中は混雑が予想されるので予約制でして……」

「ど、どこで予約するんだ?」

「ウェブサイトです。ですが、もう期間中の予約は満席なので……」

「じゃ、じゃあ、やっぱり入れない、のか……」


 (いと)がショックを受けた顔でワナワナと震えているのを、(りん)は気の毒そうな顔で見つめていた。


 (りん)(いと)に連れられて来たのは、まるぺんとコラボしているカフェだ。どうやら(いと)は、(りん)がまるぺん好きなのを知ってここに連れて来てくれようとしていたようだった。そのために、今日は出掛けようと誘ってくれたらしい。


 しかし、コラボカフェに入るには予約が必要だったのだ。昨日思い立ってここに来た二人が入れるはずもなかった。


「俺、今日、何も上手くいかねー……」


 (いと)の震える声で呟く。

 今朝、(りん)にロマンチックさの欠片もない告白をうっかりしてしまい、彼女に気を遣わせてしまったこと。

 そして今、メインイベントのコラボカフェに入ることすらできなかったこと。

 どちらも自分の落ち度だ。(いと)は情けなくて堪らなかった。

 しかし、(りん)は彼のことを「情けない」だなんて思わなかった。

 自分がまるぺん好きだと知ってわざわざここまで連れてきてくれたことも、可愛いもの好きな自分を受け入れてくれたことも、両方とも心の底からありがたくて、嬉しいことだったのだ。

 そんな風に自分に優しくしてくれた彼のプライドが、今、ズタズタになっている。このままでは、(いと)は自分の失態を悔やんで向こう一カ月は落ち込んでしまうだろう。


 ──私に優しくしてくれた、いと君の気持ち、何とか守らないと……!


「いと君、あっちにポップアップストアがあるよ!」


 (りん)はカフェの隣のイベントスペースを指差した。そこには「まるぺんストア」と丸文字で書かれた旗が立っている。どうやらコラボカフェに併設されているようだ。ただ、店自体はカフェの隣のイベントスペースにあるため、カフェに入らなくても買い物ができそうだった。


「あっち、行ってみない?」

「ああ……なあ、あっちにもまるぺんはいるのか?」


 (いと)が店員に尋ねる。すると店員は明るい笑顔で頷いてくれた。


「はい。今回のカフェコラボのまるぺんグッズが沢山ありますよ」

「本当か!?」


 (いと)の表情がぱぁっと明るくなる。それを見た(りん)も安心して顔を綻ばせた。


「ふーりん、行くぞ!」

「うん」


 嬉しそうな顔で店に入る(いと)を見て、(りん)はクスリと笑う。


(これじゃ、どっちがまるぺんさんのファンか分からないな)


「ふーりん! お前の好きそうなまるぺんが沢山いるぞ! 早くしろ!」

「ふふ、分かった」


 素直にはしゃいでいる(いと)の傍に寄ると、客で賑わう棚にはパフェのグラスに入ったまるぺんがプリントされたファイルやA5ノートが陳列されていた。


 丸々としたピンクのまるぺんが、コロンとパフェグラスに収まり、ホイップクリームとイチゴで飾られている。見ているだけで胸がときめく可愛さだった。


「可愛い……」


 思わずそんな声が漏れる。それを見た(いと)は「ふはっ」と笑った。


「やっぱり、すっげー好きなんだな」

「え、あ、あはは……」


 頷く勇気が無くて、(りん)は曖昧に濁す。そんな彼女を見て、(いと)は優しく微笑みながら「なんか買ってやるよ」と(りん)に告げた。


 それを聞いた(りん)は慌てて首を横に振った。(いと)が金持ちなのは知っているが、流石に物を買って貰うなんて申し分けなさすぎる。


「ダメだよ、そんな……」

「なんでダメなんだよ」

「親友とはいえ、学生同士で、お金の貸しや借りを作るなんて嫌だよ」

「へっ。ふーりんは真面目だな。分かったよ。じゃあこうしようぜ」


 (いと)は棚から青いパフェまるぺんのA4ファイルを一枚手に取り、(りん)に手渡す。


「これ気に入った。俺にくれ」

「え……?」

「その代わり、俺もなんか一個買ってやる。プレゼント交換だ。これならいいだろ?」


 (いと)は「どうだ? 名案だろ」と得意気な顔をしている。それを見て、(りん)は少し迷ったが、密かに気に入っていたピンクのまるぺんのシャープペンシルを手に取った。


「じゃあ、これお願いしてもいいかな?」

「おう。勿論だ」


 (いと)はシャープペンシルを笑顔で受け取り、レジに歩いて行った。(りん)もそれに続き、レジで会計を済ませる。


 二人は店から出て、プレゼント用にラッピングをしてもらったファイルとシャープペンシルをお互いに手渡した。


「いと君、ありがとう」

「おう。こちらこそだ。まるぺん、意外と良いじゃねえか」


 そう言ってニッと笑う(いと)を見て、(りん)は困り眉で微笑む。


 (りん)から見た(いと)はとても素直な人間だ。上手く嘘はつけない。だが、相手のことをよく考えてくれるし、それに伴って気遣うことはある。

 先ほどの買い物でも、(いと)は自分の前で買い物をするのを遠慮していた(りん)に気遣って、「俺が買う」と言ってくれた。そして、それも渋った(りん)のためにプレゼント交換を提案してくれたのだろう。


 ──いと君は、本当は優しい人なんだ。みんなは怖がってるけど、こんなに優しい人なんだ……。


「いと君、ありがとう。やっぱり、いと君は優しいね」

「あ? 急にどうしたんだよ」

「私、分かってるよ。いと君の優しさ、全部」


 (りん)は微笑みながら続ける。


「王子様なのに可愛いもの好きの私を受け入れてくれた。私のためにカフェに連れて来てくれた。プレゼント交換だって、私のこと気遣ってくれたんだよね」


 (りん)の言葉に、(いと)は照れ臭そうに頭をかいた後、彼女の目を真っ直ぐ見つめて、告げた。


「なら分かってると思うけど、俺、ふーりんが好きだ」


 その瞳があまりにも澄んでいて、(りん)は息をのんだ。心臓がドキリと音を立てる。目の前の彼は、どこからどう見ても王子様にしか見えない。


「いと君……」


 頬が熱い。ふわふわと、体が浮いているように感じる。こんなこと初めてだ。どうして良いか分からない。


「わ、私……」

「分かってるよ。お前は誰かと付き合うのは嫌だろ……でも、俺はずっとお前が好きだ。ありのままのお前のこと、誰よりも愛する自信がある。だから──」


 (いと)(りん)の顔に人差し指を向け、赤い顔で言い放った。


「絶対に、俺のことを好きになって貰うからな!」


 (いと)の声が、ポップアップストアの前に響き渡る。その声を聞きつけた客達が、何事かとザワザワしながらこちらを覗ってきた。

 それに気がつき、(いと)は慌てて(りん)の手を引く。


「ふーりん逃げるぞ!」


 (りん)も状況を把握し、慌てて頷いた。


「う、うん!」


 (いと)に手を引かれながら、朝来た北口玄関までバタバタと走る。その間頬の火照りは収まらず、胸のドキドキも浮き足立ってしまった心も言うことを聞いてくれなかった。

 こんなに顔が熱いのは初めてだし、胸のドキドキが心地よく感じるのも初めてだ。

 自分の前を走る(いと)が、心なしか眩しく見えてしまうのも――。


(あれ、私……どうしたんだろ?)


 今まで感じたことのない感情に混乱しながら、(りん)は走り続けるのだった。


 ……立ち去る二人の後ろ姿を、ポップアップストアの中から見つめる、黒い三つ編みでメガネをかけた少女の姿があった。


「あれ……日和(ひより)君と涼風(すずかぜ)さんだよね?」


 少女は色白な肌を紅潮させ、メガネをくいっと持ち上げた。


「やはりあの二人は……ふふ、私の読み通りでしたね……!」


* * *


 その日の晩。どうにも落ち着かない気持ちで帰宅した後、夕食を済ませた(りん)は兄と共に夕飯の片付けをしていた。テキパキと皿を洗っていく(りつ)の隣で、(りん)は悶々としながら時間を掛けて皿を拭く。


(いと君、本当に私のことが好きなんだな……)


 ──絶対に、俺のことを好きになって貰うからな!


 あの時の真っ赤な顔を思い出す度に、心臓がうるさくなってしまう。


(絶対に、俺のことを好きになって貰うからな……)


 (いと)の言葉を、心の中で何度も何度も繰り返した。繰り返さずにはいられなかった。……何度でも、思い出したかった。何故だろう。


(いつから好きだったの? それに、どうして? 私、どうしたらいいんだろ……)


 赤い顔で皿を拭く(りん)に気がつき、(りつ)は心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。


(りん)、何かあった?」

「い、いや……」

「兄ちゃんで良ければ相談に乗るよ」

「あ……」


 兄の優しい言葉につられて、(りん)は小さく頷く。


「友達の話なんだけど……」

「うん」


 そう言う前置きは絶対に自分のことを話している証拠だ。(りつ)は心の中でそう思う。

 (りん)に何かあったのだろうか。今日のことを考えると、やはり(いと)が絡んでると見て間違いないだろうが……。


「ずっと親友だと思ってた人に秘密がバレたんだ。でも、相手は「ありのままのお前を誰よりも愛する自信がある」って言ってくれて……」

「うん……ん?」

「その後、「俺のこと、好きになって貰うからな!」って言ってきて……それで、どうしたらいいのか分からなくて」

「……」

「お兄ちゃん?」


 黙り込んでしまった兄の顔を覗き込むと、涙で目を潤ませていた。思わずギョッとしてしまう。


「え!? な、なんで泣いてるの?」

(りん)が……日和(ひより)君に取られる……」

「ええ!? い、いやいや、私じゃなくて友達の話だよ!」


 必死に誤魔化すが、(りつ)の表情は晴れない。なかなか泣き止んでくれない。どうしたものか。


「お兄ちゃん、落ち着いて。友達のことだから──」

「嘘だ。兄ちゃんには分かる。(りん)のこと、今までずっと面倒見てきたんだから」


 (りつ)は皿の泡を洗い流して、水切りラックに置いて目元を擦る。そして、潤んだ声で続けた。


「俺は、(りん)が幸せならいい。いいんだけど……できれば、付き合うのは高校を卒業してからにして欲しい」

「え……な、なんで」

(りん)の話を聞く限り、日和(ひより)君は本気だ。将来のことも考えてると思う。でも、高校生って、まだ子どもだろ。男女交際って、何かとトラブルも多い。日和(ひより)君のことは信頼してるけど……まだ、早いんじゃないか?」


 そう言って不安げに(りん)を見つめる(りつ)の表情は、捨てられたチワワのように弱々しいものだった。

 正直、こんな兄を差し置いて(いと)との関係をどうこうするなんてできない。


「だから、私の話じゃないし。いと君とは付き合わないよ」


 ──だって、そっちの方がみんな喜ぶじゃないか。


 胸がズキリと痛む。

 自分でも気付いていた。(いと)に告白されて、嬉しかったことぐらいは。


 でも、周りはそれを望まないだろう。

 王子様として、妹として……このままでいい。これが正解なんだ。


 自分にそう言い聞かせて、(りん)は皿を拭くスピードを速めた。

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