39 君を元気づけるのは
響は自分の方へ歩いてくる美琴に気が付き、表情を和らげる。
「美琴先輩、お疲れ様です」
しかし、彼の声にはいつもより元気が無い。美琴はそれが気になって、彼に尋ねた。
「響君、いつもより元気ないね。何かあった?」
「何かあった? ……て、美琴先輩、今日のステージでちょっと元気なかったじゃないっすか。それが気になって」
「あ……そっか。ごめんね」
「いや、謝らなくていいっすよ! えっと……」
響は頭を掻く。まるで、自分が言うべき言葉を探しているようだ。
彼が何かを言いたそうにしていることが分かった美琴は、その邪魔をせず静かに待つ。
「……俺、何か力になれないっすか? いつもみたいに相談に乗ったりとか、他にも何かできることがあったら」
響は遠慮がちに尋ねる。それが美琴は不思議だった。
いつもの響だったらもっと元気に相談に乗ってくれるのに、今日の彼は控えめだ。まるで自分に自信が無いような、そんな雰囲気を感じる。
「美琴先輩?」
響に尋ねられ、美琴は我に返った。
「あ、ごめん! じゃあ、ちょっと話を聞いて欲しいな。ちょっと前に話した私の従姉妹のことなんだけど……」
美琴の脳裏に教室で見た鈴の冷たい表情が蘇る。そのせいで、息が苦しくなった。
美琴は服の裾をぎゅっと握ってそれに耐えながら、なんとか状況を説明し始めた。
「従姉妹の好きな相手がね、海外に行っちゃうんだって。でも、従姉妹は自分の気持ちを相手に伝えられてなくて……このまま離れ離れになるの、本当は嫌なはずなの。だから、私が従姉妹のことを助けようと思ったんだけど……拒絶されちゃって。ちょっとショックだったんだよね」
「そうだったんすね……」
「うん。でも、私、このまま従姉妹を放っておくのは嫌なの。どんな時でも、力になりたいんだ。従姉妹のこと、元気づけたい。今すぐ傍に行きたい。でも、どうしたらいいか分からなくて」
美琴の言葉を聞き、響は拳を握りしめながら力強く答える。
「美琴先輩のステージに来てもらったらどうっすか!?」
思いもよらない答えが返って来て、美琴は目をパチパチさせる。
響の答えの意図を考えたが、よく分からなくて彼に尋ねた。
「どうして?」
美琴に尋ねられ、響は自信満々に胸に手を当てる。
「だって、ステージしてる時の美琴先輩は最強じゃないっすか! 見てるだけで笑顔になれますから! それに……美琴先輩の努力の結晶が、ステージには詰まってます。美琴先輩が頑張ってる姿見たら、従姉妹さんも勇気が出るんじゃないかなって」
「そう、かな……」
美琴は少し自信なさげだ。
だって、今日のステージも鈴のことで上の空だったのだ。アイドルとして自分はまだ未熟だし、鈴がステージに来てくれると分かって集中できるかも分からない。美琴はそう思ったのだ。
「……私ね、従姉妹を元気づけたくてアイドルを始めたの。でも、今の私に従姉妹を元気づけられるか分からないな」
「美琴先輩……」
響の表情が曇る。
——こんな時、日和先輩や奏先輩なら、美琴先輩を元気にできるように励ませたのかもしれない。やっぱり、二人には、敵わない。でも……。
響の脳裏に、アイドルとして笑顔を振りまく美琴の姿が鮮明によみがえる。
いつ、何があっても、響は美琴のことを応援してきた。
誰よりも、近くで。
彼女に届けて来た想いと、一緒に過ごした時間だけは……誰にも負けるはずがない。
響は右手をギュッと握りしめ、美琴を真っ直ぐに見つめた。
――美琴先輩を応援してきたことに関しては、誰にも負けない!
響は両頬をパシッと叩いて、ニカっと笑った。
「美琴先輩、こっち見てください!」
美琴は顔を上げる。すると、目の前には響の爽やかな笑顔があった。
「俺、ずっと美琴先輩のこと見てきました。先輩の頑張る姿に、誰よりも沢山笑顔を貰ってきました。その俺が言ってるんです。だから、絶対大丈夫です!」
響が中学一年生の春休み。アイドルの練習で公園で踊っていた美琴のことをランニング中の響がたまたま見かけたのが、二人の出会いだった。
自分のダンスをスマホで撮り、何度も動きを確認していた美琴。何をそんなに熱心に見ているのだろうと、響は足を止めて彼女を見ていた。
「うーん、ステップ変だよね……足の動かし方が間違ってるのかな?」
美琴は首を傾げながら呟いて、再びスマホで自分の動きを撮影する。
一生懸命にダンスをしている美琴が、響には魅力的に映った。
(すごい頑張ってるな、あの子……)
なんとなく目が離せなくて、響が美琴のことをじっと見ていたその時だった。
「うわっ」
美琴の足がもつれて、盛大に転んでしまったのだ。
「いたた……」
「え!? 大丈夫っすか!?」
美琴が擦りむいた膝を涙目で見ているところに、響は思わず走り寄っていた。
「え、誰……?」
「あ、えと……と、とりあえず傷口洗って絆創膏っすね! 水道あっちにあるんで、行きましょう!」
困惑する美琴を勢いよく誤魔化し、響は公園の水道に美琴を連れて行って傷口を洗ってもらった。
その後、自分のウエストポーチに入れておいた絆創膏を美琴の膝に貼り付けた。
「これでよし」
「あ、あの……ありがとう。そのTシャツ、うちの学校の野球部だよね? 木崎第三中学の」
戸惑う美琴に尋ねられ響は勢いよく頷く。
「はい! あ、急に話しかけてすみませんでした。俺、野球部一年の朝川響って言います」
「朝川君っていうんだ。私は涼風美琴。二年二組です」
「二年……あ、先輩なんすね! てか、涼風って……あの王子様の?」
「あ、従姉妹のこと知ってるんだ。そうだよ。君も涼風鈴のファンなの?」
美琴に笑顔に尋ねられ、響は「ファンって訳じゃないです」と首を横に振った。
「有名っすから。ただ、格好いい人なんだなーって認識してるだけっていうか」
「あ、そうなんだ。ふふ、ちょっと珍しいかも」
美琴はクスリと笑って立ち上がる。
「さっきはありがとう。私、もうちょっとダンスの練習してから帰るから。朝川君も部活とか頑張ってね」
美琴の言葉に、響は焦った。
このままでは、会話が終わってしまう。そしたら、学年の違う美琴とは次いつ会えるか分からない。
「あの! ダンスの練習、いつもここでしてるんすか?」
響は咄嗟に尋ねた。
すると、美琴は笑顔で頷く。
「うん、そうだよ」
「あ、あの……また、見に来てもいいっすか!? 俺も、美琴先輩のこと応援したいって言うか……」
響は顔を真っ赤にしながら、そう聞いた。
彼の言葉を聞いた美琴は目をパチパチさせたが、やがて明るく笑って頷いてくれた。
「もちろん。またおいで」
「……! はい!」
この日から、響は美琴のアイドルの練習に付き合うようになった。
受験が終わった三月のオーディションまで、響はずっと美琴の努力を傍で見てきたのだ。
だからこそ、美琴の歌が、ダンスが、笑顔が……大勢の人を元気づけることができると誰よりも信じることができた。
今、彼が見せている笑顔も、美琴がくれた笑顔だ。
響の笑顔を見て、美琴の気持ちが晴れていく。
さっきまでは自信が無かったのに、いつの間にか、鈴にアイドル姿の自分を見て欲しい気持ちで胸がいっぱいになった。
――そうだ。私、りんりんを元気にしたくてずっと頑張って来たんだ。だったら、今が一番頑張る時だ!
「……うん。私ならきっと大丈夫だね!」
美琴は元気に頷いて、響と手を繋いだ。
「響君、ありがとう」
美琴の明るい笑顔を見て、響の心も喜びで満たされていく。
俺でも、美琴先輩のこと励ませるんだ。これからもずっと、美琴先輩のこと一番傍で支えるんだ――そう思えて、先ほどまでの自信の無さが吹き飛んだ。
「へへ……お力になれて何よりっす! ほら、暗くなったきたんで帰りましょう! 家まで送ります!」
「うん。一緒に行こ!」
二人は手を繋いで家までの道を歩き始めたのだった。




