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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
38/54

38 原点

 打ち上げの週、(りん)(いと)はぎこちないままだった。

 しかし、二人の様子とは裏腹に、「(いと)が将来海外に行くこと」は噂としてどんどんと広がっていく。察するに、先日の打ち上げの会話が自然と他の生徒にも広まったのだろう。

 そして、その噂はD組の美琴(みこと)の耳にも入って来た。


「りんりーん!」


 帰りのホームルームを終えた後、美琴(みこと)(りん)のクラスに飛び込んできたのだ。

 美琴(みこと)(りん)の席に走って来ると、彼女に緊迫した表情で尋ねる。


日和(ひより)君、海外に行っちゃうの!?」

「うん。そうみたいだよ」


 今、隣に(いと)はいない。彼なら少し前に帰ったばかりだ。そのため、本心を話しても何も問題は無い。

 しかし、(りん)は笑顔で取り繕いつつ頷いた。そうでもしないと、泣き出してしまいそうだったからだ。

 しかし、美琴(みこと)にはそんな嘘お見通しだ。


「りんりん……このままでいいの?」


 美琴(みこと)は小さな声で尋ねる。

 本当は、精いっぱい大きな声で尋ねたかった。しかし、ここは教室。あまり大きな声を出したら(りん)(いと)の関係が周囲に知られてしまう。


「りんりん、日和(ひより)君にちゃんと自分の気持ち伝えたの? りんりんは日和(ひより)君が海外行くことに納得してるの?」


 美琴(みこと)は繰り返し尋ねる。

 しかし、(りん)は首を押さえて俯くだけで何も答えない。

 その態度が「本当は納得していないこと」を如実に表しているようだった。

 大切な従姉妹が、何も話せないまま大好きな人と離れ離れになってしまう——そんなの、美琴(みこと)は嫌だった。


「私、相談ならいくらでも乗るよ! りんりんが自分の気持ちが上手く言えないなら、ちゃんと言えるようになるまで練習も付き合う——」

「ごめん、美琴(みこと)


 (りん)は目を伏せたまま、冷たい声で告げる。


「今は、一人にして」

「あ……」


 美琴(みこと)の心臓がドキリと跳ねる。

 こんな風に(りん)から拒絶されるのは初めてだった。そのため、驚きと悲しみが同時に襲ってきて上手く息ができなかった。


「っ……ご、ごめんね」


 美琴(みこと)は小さく謝ると、パタパタと教室を出て行ってしまった。

 急ぎ足で教室を出ていく美琴(みこと)を、職員室での用事を終えて丁度教室に入ろうとした(かなで)が見かける。


「ん……?」


 (かなで)は不思議に思いながらも教室に入った。

 自分の席に着き、斜め前の(りん)に「お疲れ」と声を掛ける。


「あ、お疲れ様……」


 (りん)(かなで)の方を見て必死ににこりと笑う。

 そのぎこちない笑顔を見て、(かなで)は何となく事態を察した。

 (かなで)(りん)を威圧しないように気を付けながら、微笑んで話し出す。


「さっき美琴(みこと)ちゃんとすれ違ったよ。涼風美琴(すずかぜみこと)ちゃん。君の親戚でしょ?」

「……うん」

「悲しそうな顔してたけど、大丈夫かな?」

「……」


 (りん)は何も答えない。それを見て、(かなで)は優しい声で続ける。


(りん)ちゃんさ、辛いときは誰かに頼っていいんじゃない? 僕じゃなくてもいいからさ」

「……そうだね」

「うん。それが分かってるならいいや」


 (かなで)はにこやかに笑って、帰り支度を済ませる。

 (りん)は前の方に向き直り、小さく俯く。

 胸が苦しくて辛い夕方の時間が、ゆっくりと過ぎていった。


* * *


 その日の放課後はスイートレッドのステージだった。

 今日は木崎市公民館でのステージで、客が大勢来てくれた。彼らの期待に応えるべく、美琴(みこと)も精いっぱいの笑顔で歌って踊った。

 しかし、心の中は(りん)のことでいっぱいで、いつもよりもステージに集中できなかった。笑顔も歌声もダンスする身体も、自分の物ではないように感じてしまう。心が、(りん)のいるところに行きたくて仕方ない状態だった。

 そのどこか上の空な美琴(みこと)の様子に、客の中でペンライトを振っていた(ひびき)もすぐ気づいた。


(今日、ちょっと元気ないな……。どうしたんだろ)


 (ひびき)は心配そうな顔でステージの美琴(みこと)を見つめる。

 いつも身近に感じる彼女の笑顔が、どういう訳か遠く感じた。




 ステージが終わった後、美琴(みこと)瑠美(るみ)はステージ袖で逢坂(あいさか)に呼び止められた。


「ミコちゃん、ルミちゃん、ちょっといいかしら?」

「あ……はい」


 もしかして、今日のステージに集中できていなかったことを叱られるのだろうか……美琴(みこと)はそう思い、眉を下げながら逢坂の顔を見る。


「何ですかー?」


 隣の瑠美(るみ)はいつも通り飄々としている。彼女の方はステージに納得できているのだろう。

 二人の対照的な様子を見て、逢坂(あいさか)は真剣な顔で口を開いた。


「大事な話があるの。落ち着いて聞いてね。実は……二人のことを、スターリンクの社長がうちに来ないかって誘ってるわ」

「は……?」

「え、それスカウトってことですか?」


 美琴(みこと)が口を開けたまま固まる横で、瑠美(るみ)が目を丸くして尋ねた。


「そういうことね。スターリンクに誘われるって、すごいことよ。二人の努力が認められた証だって、アタシは思うわ」


 逢坂(あいさか)は優しく目を細める。

 しかし、美琴(みこと)瑠美(るみ)は顔を見合わせて不安げな顔になった。


「あの、事務所移籍したらスイートレッドはどうなるんですか? 解散?」


 瑠美(るみ)が尋ねる。それに逢坂(あいさか)は寂しそうに頷いた。


「そういうことになるわね」

「そんな……」

「あ、でも、スターリンクに入ったら活動の幅は広がるわ。うちにいるよりも沢山の人と関われるし、大勢の人を笑顔にできる。もちろん大変なことも増えるけど……アタシは二人なら大丈夫だと思う。ただ、決めるのは二人だから……よく考えて、来週のステージに答えを聞かせて」

「分かりました」


 瑠美(るみ)は頷く。美琴(みこと)も不安を押し殺して頷いた。

 二人の空気が緊張してしまったことに気付いた逢坂(あいさか)は、パチンと手を鳴らしてニッコリ笑った。


「じゃ、そういうことで。今日のステージも素敵だったわ。でも、もう少し心からの笑顔があると百点満点ね。それじゃあ、気を付けて帰ってね」

「お疲れ様でしたー。ミコ、帰ろっか」

「う、うん。お疲れ様でした!」


 美琴(みこと)は丁寧に頭を下げて、瑠美(るみ)と共に着替えをしに更衣室へ向かった。

 その後、着替えを済ませて二人は公民館を出た。

 早く帰ろうとする美琴(みこと)のことを、瑠美(るみ)が「ちょっと待とうよ」と止めてベンチに座る。


「待つって、誰を?」

「ミコの彼氏。今日も来てたよ。気づかなかった?」

「うん……そっか。今日ちょっと他のことで頭がいっぱいで」


 美琴(みこと)瑠美(るみ)の隣に座る。

 美琴(みこと)の浮かない顔を見て、瑠美(るみ)は「どうりで」と笑った。


「ミコ、今日二番の歌詞間違ってたもんねー」

「え!? うそうそ! 私間違ってた!?」

「嘘だよ。冗談」

「もー! ルミ!」


 頬を膨らませる美琴(みこと)を見て、瑠美(るみ)はケラケラ笑った。


「ごめんって。でも、間違ってたか分からないぐらい追い詰められてたのは事実じゃん? 何があったかは聞かないけど、気晴らしなら付き合ったげるから元気だしな」

「……うん。ありがとう」


 美琴(みこと)が辛そうに微笑む。

 それを見て、瑠美(るみ)は大きく伸びをした。


「あーあ。でも、事務所変わったらミコとステージ出来なくなるのかなー」

「あ……それは、スターリンクの人次第かな」

「そうだねー。……ま、私はぶっちゃけスカウト断りたいんだけどね」


 瑠美(るみ)があっけらかんと言うのを見て、美琴(みこと)は目を丸くした。


「そうなの?」

「だってさ、私がご当地アイドルやってるの、地元の人の笑顔が見たいからだし。お世話になってる地域のおじちゃんおばちゃんがニコニコしてんの見るのが生きがいっていうか……逢坂(あいさか)さんは活動の幅が広がるって言ってたけど、スイートレッド解散したら地域興しのイベントには出づらくなるじゃん? 私的には幅狭まってるんだよね」

「そっか……たしかに」

「ミコはどう思ってるの? やっぱ、スターリンクは魅力的?」


 美琴(みこと)は夏の夕焼け空を見ながら考える。


逢坂(あいさか)さんの言う通り、スターリンクに行ったら大勢の人を笑顔にできるかもしれない。それはすごく魅力的だよ。だけど……私がアイドルする理由って、そういうんじゃないんだ」

「どういうの? そういやミコがアイドル始めた理由、初めて聞くかも」


 興味津々な顔を向ける瑠美(るみ)に微笑んで、美琴(みこと)は口を開いた。


「私ね、中学校の時に、大好きな従姉妹を元気づけたくて色んな方法を探してたんだ。美味しいもの食べたら元気になるかなーって思って、お菓子作ってみたりとか。可愛いものをあげたら喜ぶかなーって思って、裁縫でマスコット作ったりとか。でもね、どれもあんまり上手くいかなくて……従姉妹が一番元気になってくれたのがね、カラオケで私の歌を聴いた時だったの」




 小学生の頃。美琴(みこと)は今よりもずっと人見知りで、友達を作るのが苦手な子どもだった。

 そんな美琴(みこと)のことを、従姉妹で同級生の(りん)が、いつも気に掛けてくれていたのだ。

 美琴(みこと)が教室で一人きりでいる時は、(りん)が必ず傍に来てくれたし、自分の友達の仲間にも入れてくれた。

 そうやって自分のことを気に掛けてくれる従姉妹のことが……美人で何でもできるだけじゃない、誰よりも優しい従姉妹のことが、美琴(みこと)は大好きだった。



 時は流れて……中学二年生の時、美琴(みこと)は自宅で(りん)と一緒に夏休みの課題をしていた。

 その時、美琴(みこと)が使っていたスズメのキャラクターのシャーペンを(りん)がじっと見つめていたのだ。


「りんりん、シャーペンがどうかしたの?」


 美琴(みこと)が不思議に思って尋ねると、(りん)は顔を真っ赤にして目を逸らした。

 その様子が余計に不思議で、美琴(みこと)は首を傾げながら(りん)の気持ちを考える。


「……あ、もしかして、りんりんも、チュチュメさん好き?」


 美琴(みこと)(りん)もこのスズメのキャラクター——チュチュメさんが好きだと思って尋ねてみた。

 すると、返って来たのは意外な答えだった。


「チュチュメさんも、好き……だけど、一番好きなのはまるぺんさん、かな。可愛いキャラクターとか、服とか、アクセサリーとか、そういうの好きなんだ。私……」


 (りん)はこれ全部を早口で答えた。

 (りん)の顔は真っ赤で、普段学校で「王子様」と呼ばれている彼女の面影はない。だから、美琴(みこと)も驚きを隠せなかった。

 美琴(みこと)が目をパチパチさせていると、(りん)が眉を下げながら悲しそうに笑う。


「変、だよね……私、王子様なのに」

「へ、変じゃない! 変じゃないよ!」


 美琴(みこと)(りん)が悲しそうな顔をするのが耐えられず、机を叩きながら立ち上がって言った。


「りんりんが可愛いもの好きなの、すごく良いと思う!」


 この時は、何が良いのか美琴(みこと)自身もよく理解できていなかった。

 ただ、大好きな(りん)に笑って欲しくて、必死だったのだ。


「私、りんりんが可愛いもの好きでも全然平気! 王子様なんて周りが言ってるだけだし、りんりんは自分の好きなものを好きでいていいんだよ!」


 美琴(みこと)は明るい笑顔を(りん)に向けた。

 その屈託のない笑顔を見て、(りん)は照れくさそうに笑った。


「ありがとう、美琴(みこと)


 その日から、(りん)美琴(みこと)に少しずつ自分の悩みを打ち明けてくれるようになった。

 周囲の期待に背きたくないから、可愛いもの好きなことは隠している。でもそれが辛いこと。

 周囲の期待に応えるのが苦しいこと。

 本当の自分が分からないこと。

 美琴(みこと)はそれを受け止めながら、どうしたら(りん)が笑顔になるかをずっと考え、様々な行動をしてきた。

 まず、美味しいものを食べたら元気になると思い、頑張ってクッキーを焼いてプレゼントしたことがあった。しかし、そのクッキーは砂糖と塩が間違って入れられており、大変な味だったのだ。(りん)が泣きそうになりながら食べているのを見て美琴(みこと)も一個食べてみたのだが、塩辛くて涙が止まらなかった。

 次に、可愛いもの好きな(りん)を喜ばせようと思い、まるぺんのマスコットを自作してプレゼントしようとしたのだが、縫い方が甘かったのか中身の綿がはみ出して完成できなかった。

 一応(りん)にも見せてみたのだが、彼女は「ありがとう」と言いつつも困惑した様子だった。もちろんそのマスコットは渡さなかった。

 その次に、(りん)をカラオケに誘ったのだ。(りん)はあまり目立つことをする方ではないため、カラオケに不慣れな様子だったが、その分美琴(みこと)が沢山歌った。

 美琴(みこと)がフローラ・フローラのデビュー曲を歌い終えた後、オレンジジュースを飲んで喉を休めていた時、(りん)が嬉しそうな声で美琴(みこと)に声を掛けた。


美琴(みこと)、ありがとう。歌、すごく上手だった」

「あ、ほんと!? りんりん、元気になった?」


 美琴(みこと)に尋ねられ、(りん)は優しく微笑む。


「うん。美琴(みこと)の歌声って、人を元気にする声なのかも。なんていうか……アイドル、みたいな」


 この(りん)の言葉が、美琴(みこと)に「アイドル」という職業を意識させるきっかけになった。


 ——私がアイドルになったら、りんりん、もっと元気になるかな?


 そんな思いを抱えていた頃、テレビでフローラ・フローラの新メンバーの(かなで)が笑顔でこんなことを言っていた。


「夢を追いかける子って素敵だよね。目標に向かって努力して、頑張ってる子、僕は見ていて元気が出てくるな」


 その言葉に背中を押されて、美琴(みこと)はダンスと歌を思い切り頑張った。

 勉強の合間を縫って、残りの時間は全てアイドルの特訓にあてたのだ。

 その結果、見事スイートレッドのオーディションに合格して、今がある。

 美琴(みこと)のアイドルとしての原点は、(りん)を元気づけたいという思いだったのだ。




「……という訳なんだ」

「へー。なんか、「大切な人を元気づけたかったから」っていうのが最高にミコだ。超応援したくなった」


 瑠美(るみ)が微笑む。

 美琴(みこと)もそれに笑顔を返した。


「えへへ……ありがと」

「うん。あ、彼氏来たんじゃない?」


 瑠美(るみ)が玄関の方を見る。すると、丁度(ひびき)が出てきたところだった。


「じゃ、私は帰るね。ミコのこと、応援してるから。悩みの方は彼氏に聞いてもらって」

「ふふ、うん。じゃあ、また来週ね」

「うん。おつかれー」


 瑠美(るみ)が手をヒラヒラさせながら去っていく。

 美琴(みこと)はそれを微笑みながら見送って、玄関にいた(ひびき)の元へと歩いて行ったのだった。

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