表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
37/54

37 嚙み合わない気持ち

 文化祭が終了した二日後。振替休日を使って、(りん)のクラスは打ち上げをしていた。

 会場は(りん)が提案した「海老丸」という中華料理屋で、クラス全員三十人が座った長テーブル二つの上には餃子やエビシュウマイなど、様々な料理が並んでいる。


「みんな、文化祭お疲れ様ー! 今日は美味しいもの食べて、沢山盛り上がりましょう! かんぱーい!」

「かんぱーい」


 委員長の音頭に合わせて、それぞれが近くの席の人と飲み物のグラスを鳴らす。

 (りん)も隣に座った桜庭と乾杯した。


(りん)様、お疲れ様でした!」

「うん。桜庭さんもお疲れ様」

「はい! それにしても……今日の(りん)様の服装、可愛すぎませんか!?」


 桜庭に目を輝かされて、(りん)は頬を赤らめる。

 彼女の言っていた通り、今日の(りん)の服装は今までのカジュアルな格好ではなく、白と青の小花柄のロングワンピースだ。

 正直、普段通り半そでパーカーとジーンズで行こうかギリギリまで迷った。しかし、せっかく文化祭でなりたい自分になれたのだ。それを無駄にしたくなくて、勇気を出してワンピースを着て来たという訳だ。

 周囲に受け入れてもらえるか、少しばかり不安は残っていたが……桜庭が褒めてくれたことで、(りん)は心の底から安心できた。

 桜庭のみならず、周囲の女子もキラキラした目で(りん)を見ている。


涼風(すずかぜ)さんって、そういうのも似合うんだね!」

「ほんと! すごく素敵……!」

「文化祭でもお姫様似合ってたもんね」


 周囲から褒め倒され、(りん)は気恥ずかしくなって頬を掻いた。


「あ、ありがとう……」

「ふふ、照れる(りん)様も可愛いです」


 桜庭に微笑まれ、(りん)は笑顔で誤魔化すことしかできなかった。

 そんな彼女を、別のテーブルから(いと)が見つめる。

 (りん)が自分らしく笑えるようになったのは嬉しいことのはずなのに、魅力的に変わってしまった彼女が眩しくて、相対的に自分が醜く見える。


(りん)は変わった。だから、俺も……あいつに相応しいように、もっと魅力的になりたい。この気持ちは本心だ。でも——)


 (いと)の脳裏に一昨日の(りん)の泣き顔が浮かぶ。

 直接言葉には出ていなかったが、あの時、(りん)は間違いなく「行かないで」と言いたかったはずだ。


 ——ピアノだけがいと君の全部じゃないよ? 私、いと君のピアノは好きだけど……他にもいと君には素敵なところが沢山あるでしょ? それだけじゃダメなの?


 あの日の(りん)の言葉を頭の中で繰り返す。


(りん)は、俺の良い所を見つけてくれてるんだと思う。だけど、俺にはそれが分かんねー。てことは、結局そんなの他人と比べて大した長所でもないってことだ)


 (いと)は机の下で拳を握りしめる。


(やっぱり、俺が(りん)の隣に立つためには、ピアノしかないんだ。俺自身が納得できる程、価値のあるピアニストになるしか——)

(いと)


 隣から(かなで)の声が聞こえて来て、(いと)は我に返った。


「な、なんだよ」

「エビシュウマイと餃子トレードしてくれない?」

「はあ?」


 (かなで)ににこやかに尋ねられ、(いと)の力が抜ける。


「何でだよ」

「アレルギーなんだよ。エビは食べられないんだ」

「あ、ああ……まあそういうことなら」


 (いと)は自分の取り分の餃子の乗った皿を(かなで)に差し出す。

 (かなで)はそれを受け取って、自分のエビシュウマイの皿を(いと)に差し出した。


「どうも」

「おう」


 二人のやり取りを聞いていた近くの男子が、興味津々といった顔で尋ねてくる。


日和(ひより)周防(すおう)って、幼なじみなんだっけ?」

「まあ、そうだね」

「家が近所だったとか?」

「家はそんなに近くないよ。ピアノのコンクールで毎回顔合わせてたってだけ」

「あー! ピアノか。そういや、日和(ひより)ってピアノ上手かったもんな」


 男子が明るい顔で(いと)を見る。

 周囲の他の女子も、「そうだよね!」と同意してきた。


日和(ひより)君、たまに部活の時間にピアノ弾いてるよね? めっちゃ上手くて毎回感動してる」

「あー、俺もそれ思った。グラウンド走ってると聞こえてくんだよな。この前聞き惚れてたら監督に「集中しろ!」って怒られたわ」


 男子の話に、周囲が笑いに包まれる。

 一方の(いと)は複雑だった。自分のピアノを肯定してくれる人がいることが嬉しい反面、自分は自分のピアノに納得できていないからだ。


「まだまだだよ、俺のピアノなんて」


 (いと)は溜息交じりにそう口にした。


「もっと……上手くなりたいよ。俺も含めて、誰が聞いても納得できるピアノが弾けるようになりたい」


 (いと)の言葉を聞き、周囲は顔を見合わせる。


「すごい向上心だな……将来はやっぱピアニストか?」

「海外でピアノの勉強するとか?」


 周囲の生徒に尋ねられ、(いと)は息苦しくなりながらも頷く。


「……そうだな」


 絞り出すような声でしか答えられなかったのは、脳裏に(りん)の泣き顔が浮かんだからだ。

 本当にアメリカに行っていいのか、分からない。

 でも、このままの自分でいることもいいとは思えない。

 寧ろ、魅力的に変わりたいという本心に従うのなら、アメリカに行くべきなのだろう。

 だが、それだと(りん)は……。

 魅力的になりたい。自分に自信を持ちたい。そのために、アメリカに行くことは間違っていないと思うし、そうするべきだというのが(いと)の本心だ。

 でも、(りん)を悲しませたくないというのも本心なのだ。

 自分が両親と離れ離れになって苦しんだように、彼女にも同じ苦しみを強いるのか? それは本当に正しいのか――。

 そんな葛藤で、自信を持って答えを出すことができなかったのだ。

 しかし、その葛藤に周囲が気づくはずもない。どの生徒も「すごいじゃん」「頑張れよ」と笑うばかりだ。

 そして、その会話は(りん)にも聞こえてきていた。


(やっぱり……本気なんだな)


 それを知ってしまったから、やはり自分の気持ちを伝えようだなんて思えなかった。


(いと君がここまで本気なのに、邪魔していいわけないよ)


 (りん)の胸が痛くなって、表情が曇る。


(りん)様?」


 隣から桜庭に声を掛けられた。


「どうかしましたか?」

「あ……ううん! 何でもないよ」

「そうですか? ならいいんですが……あ、そうだ! ここの中華料理屋、デザートが期間限定でまるぺんとコラボしてるみたいですよ!」

「ほんとに!?」


 (りん)の表情がぱっと明るくなる。

 

「どんなデザートなんだろう……写真撮ってもいいかな?」

「ふふ、楽しみですね」


 和やかに打ち上げの時間が過ぎていく。

 しかし、その水面下で、(いと)の気持ちと(りん)の気持ちは噛み合わないままだった。


* * *


 打ち上げが終わり、二次会に行きたい面々だけカラオケに行くことになって、他の人は解散ということになった。

 それぞれが帰路につく中、(りん)(いと)はその場に残っていた。

 (りん)は兄が迎えに来てくれるのを待っていて、(いと)は暗い中彼女を一人残すことが不安で残っていたのだ。

 (りん)が兄に迎えを頼むメッセージを打ち終わって顔を上げると、隣に(いと)がいて目を丸くした。


「あ……いと君。帰らないの?」


 (りん)が尋ねると、(いと)は小さく「別に」と答える。


「そんな可愛い格好したお前を一人で残しとくなんてできねーから、待ってただけだ」

「そっか……ありがとう」


 (りん)は感謝を伝えたが、表情はどこかぎこちない。

 あの文化祭以降、二人の間に流れる空気は気まずいままだ。

 無理もない。だって、お互いの本心を知らないまま、仲違いしたようなものなのだから。

 このままの状態でいるだなんて、(いと)は嫌だった。

 まだ答えは出せていない。自分の気持ちを言うことで、かえって(りん)を困らせてしまうかもしれない。

 でも、何も言わずに彼女を不安にさせるくらいなら、全部正直に言うべきだ。


「……(りん)。あのさ、この前のこと……」


 (いと)が切り出す。


「急にあんなこと言ってごめん。俺——」


 自分の気持ちを伝えなければ。

 アメリカに行くべきだと思っていることも。

 でも、(りん)を悲しませたくはないということも。

 どちらも自分の本心で、結局俺はお前が大事なんだということも――。


「分かってるよ。応援してるから!」


 しかし、(いと)が何か言いかけたのを遮って、(りん)は明るい笑顔を作った。


「いと君にとって、ピアノは大事なものだもんね。私、分かってるから。だから応援してるよ」


 (りん)は必死に笑った。

 本当は胸の奥が痛かった。目の奥が熱くて、今すぐここで泣き出してしまいたかった。

 しかし、ここで泣いてしまったら、(いと)の本気の夢を邪魔してしまう。そう思い、必死に堪えた。

 そんな彼女の作り笑いを見て、(いと)は何も言えず俯く。

 そうしている間に、(りつ)の車が駐車場に停まった。


「あ、お兄ちゃん来たから、私帰るね。じゃあ、また明日」

「おい、(りん)……!」


 (りん)(いと)の返事も待たずに(りつ)の車へ走っていった。

 (りつ)の車に乗り込んだ、(りん)は、両手で顔を覆い小さな声で泣き始める。

 それを、運転席の(りつ)は何も言わずに聞いていた。

 (りつ)の白い車が走り去っていくのを、(いと)は辛そうに見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ