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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
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36 涼風兄妹

 その後、二十一時半頃にようやく電気が復旧し、三人は順番に風呂を終えた。

 (りん)はドライヤーを済ませると、いつものように自室に戻って寝る支度を始める。

 部屋の電気を常夜灯に切り替え、春先に買ったまるぺんのぬいぐるみを抱っこしながらベッドに横になった。

 しかし、目を閉じると(いと)のことばかりが頭を埋め尽くしてしまい、なかなか眠ることができない。


 ——いと君は、本当にアメリカに行っちゃうのかな。


 寂しさが胸を占めていく。心臓の辺りが痛くて、寝付くことなんてできなかった。

 (りん)は眠るのを諦めて身体を起こし、デスクに座ってスタンドライトを点ける。

 何か本を読んだら気が紛れるかもしれない。そう思いながら、デスクのブックスタンドに置いてある文庫本を手に取った。

 その時だった。

 コンコンとドアがノックされたのだ。


(りん)。兄ちゃんだけど、入っていいかな?」

「ああ、どうぞ」


 (りん)が返事をすると、(りつ)がお茶の入ったグラスを持って入って来た。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

(りん)のこと、ちょっと心配だったから。少し話を聞けたらいいなと思って。あ、これ、ジャスミンティーね。気持ちが落ち着くかと思ったから持ってきた」

「ありがとう」


 (りん)はグラスを受け取り、一口飲んでデスクの上に置いた。


「美味しい」

「よかった」


 (りつ)は表情を和らげる。

 兄の穏やかな様子を見た(りん)の心も、少し落ち着きを取り戻した。

 今なら、今日のことを冷静に話せそうだ。


「あのね、いと君がアメリカに行っちゃうかもしれないんだ」


 (りつ)は驚いて目を丸くする。しかし、口を挟むことはせず(りん)の話に耳を傾けていた。


「いと君ね、自分が認められる自分になって、私の傍にいたいって言ってくれたんだ。そのためにピアノの修行に行くんだって。私、今までは、いと君がいいならなんだって応援できたんだ。だけど……今日は、できなくて。それが申し訳なくて、悲しかったんだ」

「そうだったんだね」

「うん。親友のまま……恋心なんて知らないままだったら、もしかしたら応援できたのかもしれないし、こんなに寂しい気持ちになることもなかったのかなって……そう思ったら、今までのいと君とのこと全部否定しちゃいそうになってね。それも悲しかった……」


 話しているうちに、再び(りん)の胸が痛くなってくる。

 瞳に涙が滲み始めたことに気が付き、(りん)はそっと目を擦った。

 そんな(りん)の様子を見て、(りつ)は優しく彼女の頭を撫でる。


「話してくれてありがとう。(りん)日和(ひより)君を応援するべきだって思ってるのかな?」

「うん……ずっと一緒にいたいけど、いと君の道を決めるのはいと君だから。だから……寂しくても、背中を押してあげなきゃって思ってる」

「そっか。兄ちゃんも、(りん)が考えてることは正しいと思う。でもさ、全部我慢して、本当の気持ちを伝えないまま日和(ひより)君をアメリカに送り出しちゃったら、(りん)は後悔するんじゃないかな」


 (りつ)の言葉が図星で、(りん)は目を伏せて首に手を当てる。


「でも……寂しいって言っちゃったら、私、今度こそいと君のこと応援できなくなっちゃうよ。私が行かないでって言ったら、いと君は絶対に苦しむ。もしかしたら、いと君の将来を邪魔しちゃうかもしれない。そんなの嫌だよ……」


 涙が、(りん)の長い睫毛を濡らした。


「いと君と一緒にいたい。でも、いと君のことは応援したい……。もう、どうしたらいいのか分かんないよ」

「……そっか。(りん)は、日和(ひより)君が本当に好きなんだね」

「うん……」

「そうやって相手を大切に思う気持ちは、自然と伝わるものだから。だから、(りん)の気持ちも日和(ひより)君は全部受け止めてくれると思う」


 (りん)はゆっくりと目線を上げる。すると、兄の優しい微笑みが自分に向けられていることに気付いた。


「ダメそうだったら、兄ちゃんがいつでも(りん)のこと支えるから」


 (りつ)の言葉に、(りん)の気持ちが暖かくなっていく。

 思い返せば、(りつ)は小さい頃から(りん)を守ってくれていた。





 小学校からの帰り道。久しぶりに父が帰って来ると知って、(りん)が大喜びで家に向かって走っていた時のこと。

 あの日、小学校に上がりたてだった(りん)は、はしゃぎすぎたせいで足がもつれて盛大に転んでしまったのだ。


「痛い……痛いよお……」


 膝からじわりと血が滲む。それが尚のこと(りん)を不安にさせた。

 そんな(りん)のことを、小学六年生の(りつ)が抱きかかえてくれたのだ。

 あの時の(りつ)は、背中には自分の紺色のランドセルがある状態で、更に右腕に(りん)のランドセルを引っかけた上で(りん)を抱っこしていた。今の(りん)が思い返すと、小学六年生には負担が大きすぎる状況だ。

 しかし、(りつ)は息を切らしながらも(りん)を笑顔で励まして歩いていた。


「大丈夫、大丈夫。帰ったらまるぺんさんの絆創膏貼ってあげるから」

「ほんと……?」

「うん。まるぺんさんが傷を治してくれるから、泣かなくても大丈夫だよ」

「……うん」




 (りつ)に抱えられた夕方の帰り道を、(りん)は今でも鮮明に覚えている。


 ——お兄ちゃんは変わらない。今も昔も、ずっと私のことを大切にしてくれてる……。


 兄の優しさが胸いっぱいに広がり、(りん)は自然と安心できた。


「ありがとう。私、いと君と話してみるよ」

「うん。頑張って」

「頑張る。ふふ、お兄ちゃんが励ましてくれると、いつも「大丈夫」になるの、なんだか不思議だな」

「あはは、俺の気持ちが(りん)に伝わってるからかな?」

「そうかも」


 (りん)(りつ)の方を見て、穏やかに目を細めて笑った。

 妹の元気が戻ったことを確認し、(りつ)も微笑む。


「じゃあ、今日はゆっくり休んでね。おやすみ」

「うん。おやすみ、お兄ちゃん」


 (りつ)が部屋を出て行ったのを確認して、(りん)はジャスミンティーを飲み切った。

 読もうとしていた本をブックスタンドに戻し、スタンドライトを消す。

 そのまままるぺんを抱えて、ベッドに戻って目を閉じた。

 先ほどまで眠れなかったことが嘘のように、(りん)は安心した気持ちで眠りにつくことができた。

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