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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第三章 未来へ踏み出す夏
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35 あなたの気持ちは

  後夜祭の後、(いと)は香田に迎えも頼まずに歩いて帰路についていた。

 花火も無事に終わり、生徒達が楽しそうに帰宅する中、ポツポツと雨が降り始める。

 そういえば、傘なんて持っていなかった。本降りになる前に急いで帰らないと――そう思うのに、足が重い。

 先ほどの(りん)の泣き顔が頭を支配する。

 彼女に笑っていて欲しかったのに。彼女が笑顔でいられるように、ずっと努力してきたのに……それを、自分の都合で全て無にしてしまった。

 自分が海外に行って(りん)と離れ離れになることを、彼女が望まないであろうことを理解していたのに、自分の自信の無さに負けて、選択を曲げられなかった。

 だが、彼女の傍にいる自分が、誰かからの評価に依存したままでいいとも思えない。

 変わらなきゃいけないのだ。でも、それをするために海外に行ったら、(りん)は――。


「どうしたらいいのか、分かんねーや」


 (いと)は力なく呟く。

 雨が激しくなり始めた。

 頬を伝う雫に紛れて、涙が流れていった。


* * *


 びしょ濡れになった(いと)が家に着くと、玄関先でスマートフォンで電話を掛けている香田の姿があった。

 彼女の顔は緊迫している。一体どうしたのだろうと思いながら、(いと)は彼女の元に歩いて行った。


「……ただいま」

「あ……!」


 香田は目を丸くした後、電話を切って(いと)に怒った顔を見せる。


「電話にも出ず、迎えも呼ばず……何をしていたのですか!」


 彼女の珍しい怒鳴り声を聞き、(いと)はびくりと体を竦める。


「私がどれほど心配したか、分かりますか!?」


 彼女は、きっと自分を心配してくれていたのだろう。(いと)も、それは理解している。

 しかし、今は自分のことでいっぱいいっぱいで、彼女の愛情を素直に受け取れそうになかった。


「……そんなに怒らなくてもいいだろ。今日は一人で、歩いて帰りたかったんだ」


 (いと)がボソボソとそう言うのを見て、香田は眉を顰めたが……彼の様子がおかしいことに気が付き、息を吐いて落ち着いた顔を作る。


「次から、そういう時は連絡をしてください」

「……うん」

「風邪を引いてしまいます。お風呂の用意ができているので、先に温まってきてください」

「分かった」


 (いと)は香田とは目を合わせないまま、家の中に入って行く。

 香田はその後ろ姿を見つめた後、小さく呟く。


「私が……守らないと」


* * *


 風呂から上がった(いと)は、香田の出してくれたホットミルクを飲みながら、リビングのソファに座っていた。

 テレビを観て気を紛らわせようとしていたのだが、どうしても(りん)の泣き顔が過って胸が苦しい。


(俺は……どうするのが正解だったんだ。どうすれば、(りん)にとって一番いい俺になれたんだ)


 答えの分からない問いに頭を悩ませながら、(いと)は憂鬱そうな顔で目を伏せる。

 その時だった。


 ピカッ!


 雷鳴で外が明るくなったと思ったら、家中の電気が消えてしまったのだ。


「停電……香田、大丈夫か」


 (いと)はキッチンで夕食を作ってくれている香田の元へ歩いて行く。

 すると、懐中電灯を持った彼女が歩いてきた。


「私は無事です」

「私は……?」

「はい。雷に驚いたせいで、炒めていたチャーハンを全て床にぶちまけてしまいました」

「まじか……」

「まじです。足元に散らかってるかもしれないので、停電が直るまでキッチンは立ち入り禁止です」


 香田はそう言うと、懐中電灯でリビングの棚を確認し、キャンドル型のスタンドライトを点けた。

 キャンドルは明かりが点いた途端、聞き覚えのあるバラード曲のオルゴールを奏で始める。しかし、曲名までは分からない。


「なんだ、これ」

「昔、お父様とお母様の結婚祝いに、坊ちゃんの実のお父様がプレゼントしたライトです。曲名は、『ホワイトローズ』だったような気がします」

「父さん、こんなの作れたんだな。知らなかった」


 感心した顔になる(いと)を見て、香田は切なそうに笑う。


「あなたのお父様は、素敵な音楽家だったのですよ。その曲も、日和(ひより)家のお父様とお母様のために自作したらしいです」

「よく知ってるな」

日和(ひより)家のお父様からお伺いしました」


 香田はそう言うと、キャンドルをソファの前のテーブルに置く。


「立っていても疲れてしまいますし、お座りください」


 (いと)は彼女に促され、ソファに座る。

 しかし香田の方は、傍に立つだけで座ろうとしない。

 一人で座っているのが申し訳なくなってきて、(いと)は彼女に声を掛けた。


「お前も座れよ」

「執事なので座りません」

「じゃあ、俺一人で座ってろって言うのかよ。お前を立たせっぱなしで?」

「執事と主はそういうものでしょう」

「フン、そんな常識知らねーな。座れ。主命令だ」


 すっかり意地になってしまっている(いと)を見て、香田はやれやれと笑いながらも隣に腰を下ろす。


「坊ちゃんは本当に優しい方ですね」

「んなことねーよ、当たり前のことしてるだけだ」

「世間的には当たり前じゃないのですよ。お父様とお母様が、どうしてあなたの為に海外まで行こうと思ったのか……あなたを見ていると、不思議と納得できてしまいます」


 香田は優しく微笑み、キャンドルを見つめる。

 彼女の横顔を見ながら、(いと)は尋ねた。


「父さんと母さん、どこ行ってるんだ?」

「お兄様とお姉様の家です」

「そっか。まあ、俺に会ったなら兄ちゃんと姉ちゃんにも会いたいよな」


 (いと)は頬をかく。

 香田はそれを見て、微笑んだまま続ける。


「坊ちゃんは、本当は寂しがり屋なのですよね」

「は?」

「寂しがり屋なのに、自分の寂しさを伝えることが下手……私にはずっと、そう見えていました。でもだからこそ、人の痛みに敏感で、困っている人がいたら放っておけない。今もそうです。停電が起きた時、真っ先に私の身を案じてくださいましたよね」


 香田に優しく見つめられ、(いと)は照れくさそうに目を逸らした。

 (いと)としては、彼女の身を案じたことも別に当たり前のことだったからだ。


「別に、普通のことだろ。家族の心配するのって」

「ふふ、家族だと思ってくださっているのですね」

「だって同じ家で暮らしてんじゃねーか。家族だろ」

「そうかもしれませんね」


 香田は満面の笑みを覗かせる。それが不思議で、(いと)は首を傾げた。

 家族――今の言葉は、そんなに喜ぶようなことだったのだろうか。


「家族だから、心配するのが当たり前。もしそうなら、さっき私があなたの連絡が来なくて心配していた気持ちもお分かりいただけるのでは?」

「う……」


 香田に悪戯っぽく微笑まれ、(いと)は言葉に詰まる。

 たしかに、彼女の言う通りだ。自分に余裕が無かったとはいえ、彼女に謝罪すらしていなかった。完全に自分が悪い。

 (いと)はそう思い、「悪かったよ」と呟く。


「もう心配かけない。気を付ける」

「はい。……私も、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」


 香田はそう頭を下げると、(いと)の顔を見て微笑む。


「先ほどは怒ってしまいましたが、坊ちゃんにも事情があったのでしょう。もし良ければ、お話を聞かせてくださいませんか」

「あ……」


 (いと)は少し俯いて、口を開く。


「父さんと母さんに、海外に行かないか誘われたんだ。二人の話を聞いて、海外でピアノを極めたら……俺、自信を持って自分の価値を認められるんじゃないかって思った。そうしたら、俺の大切な人も喜んでくれるんじゃないかって……そう思ったんだ」


 そこまで言って、(いと)の脳裏に(りん)の泣き顔がフラッシュバックする。

 彼女の悲しそうな顔を思い出すのが苦しくて、(いと)は膝の上で拳を握りしめた。


「でも、(りん)は……俺が海外行くって言った時、すごく悲しそうだったんだ。俺は、(りん)を悲しませたくない。だけど、このままの俺であいつの傍にいることが正しいとも思えなくて……どうすればいいのか、もう分かんないんだ」


 (いと)の声が震える。

 涙が出るのを必死でこらえる彼の息が、オルゴールの優しい音色と混ざった。

 香田は(いと)の辛そうな様子を静かに見つめた後、口を開く。


「坊ちゃんは、どうしたいのですか」

「え……?」

「あなたの物事の判断基準が、全て「涼風(すずかぜ)様の気持ち」になっているのは理解しました。ですが、肝心のあなた自身の気持ちが見えてこない。誰にも気を遣わないで決めていいとなったとき、あなた自身はどうしたいのですか」


 (いと)は香田の言葉を聞いて、黙り込む。

 今まで(いと)は、何もかもの判断基準を(りん)が喜ぶかどうかに委ねて来た。だから、敢えて自分の気持ちで選択してもいいとなった時、どんな答えを出せばよいのか分からなかったのだ。

 何も言えない様子の(いと)を見て、香田は優しく微笑む。


「あなたがどんな選択をしても、私はあなたの味方です。この先、あなたのことを誰がどう思おうとも……私は、絶対にあなたを見捨てることはしません。だから、どうか自分の気持ちに正直になって下さい」

「香田……」


 (いと)が彼女に礼を言おうとした瞬間。電気が点灯した。停電が復旧したようだった。


「おや。復旧しましたね。では、チャーハンの片づけをしてきますね」

「あ、ああ……」


 キッチンに去っていく彼女を見送って、(いと)は俯く。


(俺の気持ちに、正直に……)


 その言葉を、繰り返す。

 まだ答えは見えてこない。この先、答えを見つけられるかどうかも分からない。

 自分の価値、自分の気持ち、大切な人の気持ち……どれを優先すればいいのか分からないまま、(いと)は自分の胸に手を当てた。


(俺が、一番納得できる道……考えないと、ダメだ)


 そう、心に決めたのだった。


 

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