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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
32/54

32 新しい一歩

 幕が下りたステージの下。観客席は熱気で満ちていた。


「ねえ! 日和(ひより)君も(かなで)君もすごく格好良かったよね!?」

「格好良すぎてびっくりしちゃったあ……私、もう一回見たい!」

「原作とは違う展開だったけど、面白かったよね。(りん)様もすごく綺麗だったし!」


 盛り上がる生徒達の後方。友人と共に演劇を見ていた(ひびき)は、憧れに輝いた瞳でステージの幕を見つめていた。


日和(ひより)先輩も、(かなで)先輩も、すごく格好良かった。……自信と信念を持ってなきゃ、あんな演技できない)


 (ひびき)は自分の右手を開き、マメだらけの手のひらを見つめた。


(二人みたいになりたい。でも……俺になれるのか?)


 不安げな顔で大きな目を細めながら、(ひびき)は右手をぎゅっと握りしめた。

 彼の後方の席では、しらべも真っ直ぐにステージを見つめていた。


「明らかに、日和(ひより)君と周防(すおう)君の喧嘩でしたね」


 しらべは小さく呟き、柔らかく微笑む。


「あれが二人の「本当の自分」なのかしら」


 しらべの小さな声を、隣にいたスーツ姿の男女は聞き逃さなかった。


「ねえ、君。今、(いと)君の話をしていなかったか?」

「はい?」


 しらべが隣を見ると、高そうなスーツを着た、優しそうな中年男性が微笑んでいた。その奥には、妻と思しき女性もいる。

 見たことのなかった人のため、しらべは訝し気な目を彼らに向けた。


「あなた方は?」


 しらべに尋ねられ、男性は「ああ、失礼」と言いながら、彼女に名刺を手渡した。

 しらべは両手で名刺を受け取り、確認する。


 ——株式会社Luminous 代表取締役 日和透(ひよりとおる)


「僕は日和透(ひよりとおる)。アーティストプロデュース会社の社長で、(いと)君の父です」

日和(ひより)君のお父さん!?」


 しらべは彼の顔をまじまじと見た。上品な雰囲気も、きりりとした美しいツリ目も、全く(いと)に似ていない。

 ——本当に、日和(ひより)君のお父さんなの……? と、しらべは彼を信じられずにいた。言わずもがな、目は疑り深く(とおる)を見据えている。

 そんなしらべの様子を見て、(とおる)は柔らかい笑い声を零した。


「ふふ、そんなに驚くことかな?」

「あ、……失礼しました。私は木崎学園高校新聞部、(かなどめ)しらべです。日和(ひより)君とも知り合いでして。……あの、日和(ひより)君のことを気にしているようでしたが」

「ああ、実は……(いと)君と会うのは五年半ぶりなんだ。訳あって、世界中を飛び回っていたものだから」


 (とおる)は苦笑いしながら頬をかく。

 それを見たしらべは、戸惑いながらも彼に質問を重ねた。


「小学生の子どもを家に残して、世界中を飛び回っていたのですか?」

「あ、ああ……はは。普通に考えたら変だよな。やっぱり。全部、(いと)君のためだったんだけど……」

「……お話を伺ってもよろしいでしょうか」


 しらべは恐る恐る(とおる)に尋ねる。

 しらべにとって、(いと)は興味の中心だ。彼のお陰で、先輩方が不在になった後も、しらべはこの学校で新聞部を続けることができている。

 そんな風に自分の世界を広げてくれた(いと)に、何か暗い過去があるのだとしたら知っておきたかった。

 自分は(いと)の大切な人にはなれないと分かっていても、だ。

 しらべの瞳に強い意志を感じて、(とおる)は小さく頷いた。


「分かった。でも、記事にはしないでね」

「ええ。分かってます」

「じゃあ、少し場所を変えようか。沙也加(さやか)、行こう」


 しらべは(とおる)について行き、静かに体育館を後にした。


* * *


日和(ひより)君と(かなで)君はそこに座って」


 演劇が終わった舞台袖、委員長に指示され、(いと)(かなで)は正座していた。


「台本から大幅に逸れてたけどさ、二人共、ぜーったい劇の間に喧嘩してたでしょ! 二人がイケメンじゃなきゃ劇大失敗だったんだよ!? ちゃんとしてよ!」


 委員長に叱られ、(いと)は不服そうな顔で、(かなで)を指さす。


「だってこいつが……」


 (かなで)はいじけた笑顔で(いと)に言い返す。


「元はと言えば(いと)が言い出したことだろ」

「はあ!? お前だって断らなかったじゃねーか!」

「もう、喧嘩しなーい! 反省しなさい!」

「はい……」


 二人はしゅんとして頭を下げた。それを苦笑いしながら見ていた(りん)の元に、桜庭が歩いてくる。


(りん)様、お疲れ様でした!」

「あ、桜庭さん。ありがとう」

「すごく素敵でしたよ。観客も私たちも、(りん)様に見惚れちゃいました」

「そうかな? ……そうだといいな」


 (りん)は明るい顔になり、桜庭と笑い合った。

 それを見て、(いと)は安心して表情を和らげる。


(いい笑顔じゃねーか)


 (いと)が内心そう思っていると、隣から(かなで)が小突いてきた。


「デレデレしてるなよ」

「は? してねーし」

「ふん、してたね。……まあ、君の幸せも応援してやるよ」

「ああ?」


 (かなで)は立ち上がると、まだ座っている(いと)に手を差し伸べた。


「お互い、前に進もうってことだよ。振り返らずにね」


 (かなで)の表情は清々しく、翳りなんて感じない。心の底からスッキリした笑顔だった。

 (いと)はそれを見て小さく笑い、(かなで)の手を握って立ち上がった。


「これでようやく対等になれたな」

「ふふ、ついでに友達にもなっておく?」


 (かなで)の言葉に、(いと)は頭をかく。


「やめろ。俺ら、そんな感じじゃねーだろ」

「あはは、それもそうだね」


 二人が親し気に話している脇で、クラスメイトが「打ち上げどうする?」「肉がいいなー」「えー! もんじゃにしようよ!」と話している。


「じゃあさ、涼風(すずかぜ)に決めて貰おうぜ」

「いいねー! 劇の主役だったもんね!」

「私が決めていいの?」


 全員が「もちろん」と頷く中、(りん)は恥ずかしそうに小さく呟く。


「えっとね、駅前の中華料理屋さん……今、私が好きなキャラクターのシール配ってるんだ。もし良ければ、そことか……」


 (りん)の言葉を聞き、クラスの男子が「海老丸だろ? いいじゃん」と笑う。


「まるぺんのシール配ってたよな? 妹が欲しがってたから、俺もそこで賛成ー」

「あー! 私もまるぺん好きなんだよね! そこにしよ! 委員長、どうかな?」

「いいよ! じゃあ、私予約しておくね!」


 クラスの中に、もう(りん)が可愛いもの好きでも変な顔をする生徒はいなかった。

 (りん)も、本当の意味で、自分らしく生きられるようになったのだ。

 クラスメイトと笑い合う(りん)を、(いと)は遠くから見つめる。

 (いと)の視線に気が付いて、(りん)(いと)に微笑んだ。

 (りん)が王子様として気張っていた時には見られなかった、幸せそうな笑顔。その笑顔を見ているだけで、(いと)の胸が暖かくなっていく。自然と顔が綻んでしまう。


 ——ずっと見ていたい。


 (いと)はそう思わずにはいられなかった。

 不意に、舞台袖に続くドアが開いた。

 生徒達が注目すると、しらべがふらふらしながら中に入って来たのだ。


「しらべさん?」

「あ……日和(ひより)君、いますか? ご両親が、日和(ひより)君に会いに来ています」

「え……」


 (いと)の目が見開かれた。

 (いと)の心臓が嫌な音を立てる。決まったはずの覚悟が揺らぐ。

 息を詰まらせて固まる(いと)を見た(りん)は、静かに彼の傍に寄り、背中をポンと押した。


「いと君」


 穏やかな声で、名前を呼ぶ。(いと)が顔を上げると、優しい目をした(りん)と目が合った。


 ——大丈夫。


 (いと)は、そう言われているように感じた。

 (いと)はゆっくりと息を吸い、吐く。そして、覚悟を決めた目でしらべの方へ歩いて行った。


「ありがとう。父さんと母さん、どこにいる?」

「体育館の入り口です」

「分かった。行ってくる」


 (いと)は舞台袖を出ていく。その後ろ姿を、(りん)は心配そうな顔で見送った。


(いと君、頑張って……)

 

* * *


 その後、ステージで閉会式が行われ、残すは後片付けと後夜祭のみとなった。

 (りん)は劇で使った段ボール製の背景をカッターで切り分け、ゴミ捨て場に持っていく。

 すると、丁度D組もゴミ捨て場に来ていたようで、燃やせるゴミの袋を持った美琴(みこと)と鉢合わせた。


「あ、りんりん! お疲れ様!」

美琴(みこと)、お疲れ。二年D組、大盛況だったみたいだね」

「そうなの! お客さん、沢山来てくれたんだ」


 美琴(みこと)は空いた手でピースサインを作る。


「一時はどうなることかと思ったけど、ちゃんと文化祭に参加できてよかったなあ」

「ふふ、一日目、スイートレッドの衣装で来たんだよね?」

「あ、噂になっちゃってる? えへへ、そうなんだ。それもあって、ファンの人も来てくれたりとかしたんだよね」

「なるほど。それで大盛況だったんだ」


 (りん)が段ボールを指定の場所に置きながら微笑む。

 美琴(みこと)は「それもあるけど、みんなで頑張ったの!」と笑顔で答えた。


「ステージに立ってる時は文化祭には絶対間に合わないって諦めてたんだけどね、(ひびき)君が迎えに来てくれたお陰で、頑張れたの」


 美琴(みこと)はゴミ袋を指定の場所に置きながら続ける。


「私ね、アイドルも学校生活も、周りの人を笑顔にしたくて頑張ってるんだ。だけど、そうやって頑張れるのって大切な人が傍で支えてくれるからなんだなって思ったの。もちろん、その中にりんりんも入ってるよ」


 そこまで言って、美琴(みこと)(りん)に向き直ってニッと笑った。


「だから、りんりんに何かあったら、私が一番に笑顔にしてあげるから!」


 美琴(みこと)の言葉に、(りん)は微笑みながら頷く。

 その後、二人で教室へ戻る道を歩き出した。


「でもさ、私すごく驚いたんだよ? りんりんが菖蒲姫の役やるって知った時」

「ああ……色々あって」


 (りん)が頬を掻くのを見て、美琴(みこと)はニヤリと笑った。


「色々? 気になるなあ。噂だと、(かなで)君と日和(ひより)君がりんりんのこと取り合ってたんでしょ? イケメン二人に取り合いされるなんて、りんりんじゃなきゃ嫉妬の嵐だよ」

「う……それは劇の話だし。第一、私が好きなのはいと君だから」

「ふーん。お熱いねー」

「もう、揶揄うのやめて」


 (りん)が赤くなった頬を膨らませるのを見て、美琴(みこと)は彼女の腕に抱き着いた。


「可愛いやつめー! りんりんの可愛さ、もっと広まればいいのに!」

「や、やめてよ、そういうの……美琴(みこと)と違って、私はアイドルでもなんでもないんだし」

「ふふ、それもそっか。りんりんの可愛さは、私と日和(ひより)君だけ知ってればいいし」


 美琴(みこと)は明るく笑いながら、(りん)から離れる。

 生徒玄関で靴を履き替え、二人は教室棟の階段を上った。


「あ、そうだ。りんりん、後夜祭は日和(ひより)君と一緒?」

「ううん。特に約束してないけど……」

「せっかくだから、一緒にいなよ。うちの後夜祭、恋のジンクスがあるからさ」

「ジンクス?」


 首を傾げる(りん)を見て、美琴(みこと)は得意げな顔でビシッと人差し指を立てる。


「そう! 後夜祭の花火、好きな人と手を繋いで見ると、つよーい愛で結ばれるって話!」

「あ、愛……」


 直球な言葉が返って来て、(りん)は思わず赤面してしまった。

 それを見て、美琴(みこと)はニヤリと笑って(りん)の脇腹を小突いた。


「じゃ、早速日和(ひより)君を誘ったら? 一緒に手を繋いで見るんだよ。絶対だからね!」

「う……わ、分かった」

「決まり! じゃ、私D組に戻るから! じゃあね!」


 二年D組の教室へ戻っていく美琴(みこと)を見送り、(りん)は赤い頬を抑えてしゃがみこんだ。

 こんなに真っ赤な顔で、教室になんて入れない。だから、ひとまず落ち着こうと思ったのだ。


(いと君と、手を繋いで、花火を見る……)


 心の中で繰り返す。単純なことをしようとしているだけなのに、相手が(いと)だと想像した途端に心臓がうるさくなってしまう。

 今の(りん)は、すっかり恋する乙女だった。


「あれ、(りん)ちゃん?」


 上の方から、低く柔らかい声で名前を呼ばれた。

 (りん)が顔を上げると、そこには(かなで)のきょとんとした顔があった。


「何してるの?」

「わ! す、周防(すおう)君……! なんでもない!」


 (りん)は慌てて立ち上がり、両手をブンブンと振った。

 それを見て、(かなで)は心配そうな顔をする。


「顔真っ赤だけど……」

「あ! これは……熱出してるとかじゃないからね? 大丈夫だから、心配しないで」

「……ふふ、分かってるよ」


 (かなで)はクスッと笑った。


「さしずめ、(いと)のことでも考えてたんでしょ?」

「へ!? あ、いや…………わ、私って、そんなに分かりやすいかな?」

(りん)ちゃんは素直だからね。ずっと見てればすぐ分かる。僕もそれぐらい素直に表情筋が動かせたらなあ」


 (かなで)はそう言うと、(りん)の前を立ち去っていく。


周防(すおう)君、どこ行くの?」

「昨日の取材のことで、しらべちゃんに用事。新聞部の部室を見てくる」


 (かなで)はそう言うと、(りん)に柔らかい笑顔を残して歩いて行ってしまった。


(しらべさん、まだ片づけ中なのに部室にいるのかな?)


 そう疑問に思っていると、教室の中から桜庭が出てきた。手には文化祭で(りん)が着ていた葵色の着物がある。


(りん)様、ゴミ捨てありがとうございます! この衣装のことなんですけど、もし良かったら貰ってくれませんか?」


 思いもよらない提案に、(りん)は目をパチパチさせた。

 文化祭で使ったものは、もう全て処分してしまうのだと思っていたからだ。


「いいの?」

「もちろんです!」


 桜庭から着物を手渡され、(りん)は頬を染める。

 この衣装は、(りん)にとって自分の殻を破るきっかけになった衣装だ。思い入れも深いし、できることなら手元に置いて何度でも見返したいと思っていた。

 だからこそ、桜庭の提案を(りん)は心の底から嬉しく思ったのだ。


「ありがとう。大事にするね」


 (りん)は衣装を受け取り、大事そうに抱きしめた。

 桜庭はそれを見て、嬉しそうに目を細めて続ける。


「あの、もう一ついいですか?」

「何?」

「私、趣味で服を作ることがあるんです。でも、可愛すぎるからかなかなか着てくれる人が見つからなくて……もし良ければ、(りん)様に着て頂きたいなって……」

「え……!」


 (りん)は目を丸くした、頬も先ほどと同様真っ赤だ。

 まさか、自分に可愛い服を着て欲しいと言ってくれる人が現れるとは思わなかったのだ。

 可愛い服は好きだし、もっと沢山着たい。でも、今まではそれが周囲に申し訳なくて、同じ学校の生徒に気付かれないように必死だった。

 しかし、今は違う。


「……私でよければ、着てもいいかな?」


 (りん)が真っ赤な顔で尋ねるのに、桜庭は目を輝かせながら何度も頷いた。


「はい! ぜひ!」

「あ、ありがとう……そうだ。まだ片づけって残ってるかな?」

「いえ。さっき(りん)様が持って行ってくださったので最後です。あとは後夜祭ですね!」

「そっか。花火、楽しみだね」


 桜庭と談笑しながら、(りん)は教室へと戻っていったのだった。


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