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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第一章 学園の王子様には秘密がある
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3 「親友」から変わりたくて

  翌朝、(いと)(りん)を迎えに行くべく香田の運転する車に乗っていた。

 五月も終盤。季節は春から夏へと移り変わりつつある。

 もう上着など必要ないため、(いと)も黒い七分袖のシャツ一枚だった。

 シャツの裾からは(いと)のしっかりした腕の筋肉が覗いている。(りん)に相応しくなりたいと、一生懸命にピアノを弾いているうちについた筋肉だ。

 そして、耳に光るシルバーの丸いピアス。普段、学校では柄の悪さを演出しているピアスだって、元はと言えば(りん)を意識して着け始めたのだった。




 ――中学校の卒業式。(いと)の両親は彼の前に姿を現さなかった。

 彼らの代わりに香田が保護者として来てくれたのだが、あの日、(いと)が抱える、ある「心の傷」は深くなった。

 しかし、式が終わった後。香田と共に帰ろうとしていたところに(りん)が来てくれたのだ。彼女の手には、真新しいスマートフォンが握られていた。


「いと君、写真撮ろう」

「写真? なんでだよ」

「中学校卒業した記念だよ。一枚目は、親友の君と撮りたいんだ」

(一枚目に、俺と……!)


 嬉しさに顔を赤くする(いと)に、(りん)は屈託なく笑って、スマートフォンを内カメにする。


「ほら、笑って」


 画面越しに見えた(りん)の笑顔は、暖かさで満ちていた。

 自分の傍で、彼女が幸せそうに笑ってくれている。

 「親友」ではあるものの、自分のことを特別に思ってくれている。

 これからもずっと、そんな日が続いて欲しかった。

 そのためには、彼女に相応しい人間であり続けなければ。


「ふふ、ちょっと、いと君。難しい顔してる」

「ああ? 悪かったな。元からこういう顔なんだよ」

「そんなことないよ。いつもみたいに笑ってよ」


 (りん)に微笑まれ、(いと)は恥ずかしさをおして必死に口角を上げる。


「これでどうだ?」

「あはは、面白い顔」

「ああ?」

「ああ、ごめん。ほら、撮るよー」


 (りん)がカメラのシャッターを切る。

 パシャッと音がして、照れ隠しで不機嫌な顔になった(いと)と、明るい微笑みの(りん)が写真に収まった。


「ふふ、よく撮れた。あとでメッセージアプリに送ってあげる。連絡先教えて」

「連絡先……」


 大好きな彼女の連絡先が手に入ると知り、(いと)は再度顔を紅潮させた。

 呆けた顔の(いと)を見て、(りん)はクスリと笑う。


「連絡先交換しておけば、いつでも話せるでしょ。名案じゃない?」

「あ、ああ……そうだな。悪くねえ」


 (いと)(りん)の笑顔にときめきながらも、自分のスマートフォンを取り出して彼女に自分のQRコードを見せる。

 それを(りん)が読み取ってくれて、二人は晴れて連絡先を交換できた。

 (いと)のスマートフォンの画面に、「涼風鈴」の文字とアイコンの夕焼け空の写真が映っている。


(ふーりんの連絡先……)


 (いと)はそれをキラキラした目で見つめた後、我に返って咳払いした。


「ありがとな。写真待ってるから」

「うん。じゃあ私、家族の所に行くね。あ、いと君」


 (りん)は去り際、(いと)に優しい笑顔を覗かせた。


「高校でもよろしくね」


 そう言い残して、(りん)はパタパタと走って行ってしまった。

 その後ろ姿を見つめた後、(いと)も香田に声を掛けて帰路についた。


 帰る途中、車の後部座席で窓の外を眺める(いと)に、香田が声を掛ける。


涼風(すずかぜ)様と連絡先が交換できて良かったですね」

「ああ」

「高校も同じなのですよね。私立木崎学園高校。偏差値の高い進学校だと聞いております」

「そうだな」

「坊ちゃんの努力が実って、私は嬉しいです」


 運転席で、香田が微笑む。


涼風(すずかぜ)様の隣に立てる人間になろうと、沢山勉強していましたから……それがきちんと形になって良かったです。どうですか、坊ちゃん。個人的な感触として、涼風(すずかぜ)様に相応しい人になれましたか?」


 香田の質問に、(いと)は目を伏せながら「いや」と呟く。


「まだだ。まだ、俺は……変わらなきゃいけない。父さんと母さんに呆れられた俺と決別して、あいつの……ふーりんの隣に、なんの後ろめたさも無くいられる人間にならなきゃなんねえ」


 (いと)の答えに対して、香田は静かに微笑んで「そうですか」と頷いた。


「ご立派になられましたね」

「まだ立派じゃねーよ」

「向上心があるのは素敵なことです。……ああ、そうでした。帰りに薬局に寄らせていただきます。坊ちゃんのシャンプーが無くなったようなので」

「ああ、そういやそうだったな。……切れてから買いに行くの珍しいな?」

「坊ちゃんの卒業式に参列できるのが楽しみで、浮かれておりました。申し訳ありません」


 香田は穏やかな声でそう告げる。

 執事でもそういう行事は楽しみなものなのか……と、(いと)は少し疑問に思ったが、彼女が自分のことを大切にしてくれているのは重々承知だったため「分かった。ありがとな」と短く言った。

 薬局の駐車場に二人の乗った車が停車する。

 一人で車内に残るのも危ないため、(いと)も香田と共に車を降りた。

 薬局の中に入り、いつも使っているシャンプーを買いに向かう。

 その途中、(いと)の目にあるものが留まった。


「なんだ、これ?」

「ピアッサーですね。耳にピアスを着ける穴をあける道具です」


 (いと)の問いに香田が答えてくれる。

 (いと)の中に、今まで「ピアスを着ける」という選択肢は無かった。

 しかし、今。「変わりたい」という強い想いがある、今。ピアスを着けたら「新しい自分になれるんじゃないか」という気がしてやまなかった。


「……これ、買っていいかな」


 (いと)は香田に尋ねる。すると、香田は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつものように微笑みを浮かべて頷いた。


「分かりました。消毒液も買いましょう」


 そうして二人でピアッサーを買い、帰宅したのだった。

 自室に戻り、(いと)は耳を消毒した後、自分でピアスホールをあけた。

 ピアスホールをあける時の痛み。そして、両耳に光るステンレスのファーストピアスが、まるで(いと)が変わったことを証明してくれているようだった。



 ……やがて、(いと)の乗った車が涼風(すずかぜ)家の前に到着する。

 (いと)(りん)がどんな格好で来ても……たとえ、昨日のような可愛らしい格好で来ても、受け入れるつもりだった。

 なんなら、可愛い服で来てくれた方が嬉しかった。なぜなら(いと)は、自分の前にいる時ぐらい(りん)に自然体でいて欲しいと思っているからだ。

 彼女がどんな姿で現れるのか……(いと)は期待半分、緊張半分の気持ちでインターフォンを押した。


* * *


 午前十時、涼風(すずかぜ)家の前に車で迎えに来た(いと)は、玄関前で立っている(りん)の格好を見て顔を引き攣らせた。


 ペンギンの顔がついた青いフードを目深にかぶり、自信なさげに紺色のショルダーバッグの紐を強く掴む(りん)。下はシンプルなジーンズで、靴も白いスニーカー……。カジュアルだし、地味だ。

 どこをどう見ても、昨日の可愛らしい格好の面影はない。

 自分の好きな格好で来て欲しい――そう思っていたのに。

 (いと)は怒りそうになるのを堪えながら、ぎこちなく尋ねる。


「おい、昨日のフリフリした可愛い格好はどうしたんだよ」

「い、いや……最初はああいう格好にしようと思ったんだけど、よく考えたら、いと君に迷惑が掛かるんじゃないかってことに気付いて」

「俺に迷惑?」

「うん。ほら……学園の王子様、日和弦(ひよりいと)に彼女ができた、とか……そういう噂が流れたら、いと君は困るんじゃないかなって」


 (りん)はごにょごにょと答える。無論、フードに遮られて目は合わない。


 ――迷惑? 本気で言ってんのか? 俺が好きなのはお前なのに。


 (いと)は目の合わないもどかしさと苛立ちのあまり、彼女のペンギンフードを思いっ切り脱がせた。


「あのなぁ!」


 二人の目がバチンと合う。驚いて目を丸くする(りん)の顔を真っ直ぐに見つめて、(いと)は言い放つ。


「俺は! お前が可愛い格好してても気にしねえよ!!」

「え……」

「可愛いものが好きだからなんだ!? 俺にそんなつまんねーこと隠すなよ! どんなふーりんでも、俺は好きなんだ!!」

「へ?」


 (りん)は彼の言葉の意味が処理しきれず、口を開けたまま固まってしまった。そして(いと)も、自分の口から出た言葉の重さに気がつき……顔をボッと真っ赤にする。(いと)の顔には汗がダラダラ流れていて、心臓もバクバクと音を立てていた。


 ──まずい。言っちまった。こんなロマンチックさの欠片もないダサいタイミングで。やり直したい。いや、誤魔化せ! 今すぐ!!


「し、親友として!!」

「親友として……」

「おう! 親友として、ありのままのお前が好きだ!!」


 (いと)は必死に表情を取り繕いながら言い切った。

 しかし、これはこれでダサい。苦し紛れの言い訳すぎる。(りん)も流石に気がついてるんじゃないか。というか、本当にダサい。(いと)(りん)からビュンっと離れて、真っ赤な顔で頭を抱えた。


 そんな素直すぎる彼の気持ちが透けて見えるように分かってしまい、(りん)はカクカクした動きで手を振りながら、必死に笑顔を作る。


「ソッ、ソッカァ……アハハ……アリガトウ……」


 ──こ、こんなのじゃ誤魔化し切れない……。流石のいと君にも私が告白に気がついたのバレてるんじゃ……。


 彼の顔を見ると、やはりゆでだこのように真っ赤な状態で悔しそうに顔を顰めており、「こんな告白するはずじゃ無かったのに……」という心の声が聞こえてくるようだった。中学から一緒で、親しい仲だったせいか、彼の考えていることが手に取るように分かってしまう。


 どう反応するべきか。自分は彼をどう思っているのか、彼とどうなりたいのか……目を回しながら必死に考えた結果、(りん)は断った方がいいんじゃないか、という結論に至ったが、「ごめん」と言おうとして口をつぐんだ。


 ──断りたくない。


 心の底から、そんな思いが湧き上がってくる。


 ──でも、私は王子様で、普通の女の子みたいに誰かと付き合ったら、周りは嫌がるんじゃないの? ダメだよ、断らないと。


 そう言い聞かせるが、息が苦しくなってしまい、思わず首を押さえた。

 (りん)の辛そうな様子を見て、(いと)はすぐに大きな声を出す。


「親友としてだっつの! ふーりんが心配するような理由じゃねえよ。だから、安心しろ」


 そして、自分の気遣いに溢れた笑顔を見て、悲しそうに顔を歪める(りん)の手を強引に引く。


「ほら、出掛けるっつったろ。ふーりんを連れて行きたい場所があるんだ。遅くなると混むから、早く行くぞ」

「あ……う、うん」


 (いと)の有無を言わせぬ口ぶりに押されて、(りん)は香田が運転する車に乗り込む。


「香田、昨日のショッピングモールだ」

「かしこまりました。お二人とも、シートベルトをお願いいたします」


 香田の柔らかい声に従って(りん)はシートベルトを着けた。

 二人がシートベルトを着用したのを確認して、香田が車を走らせる。

 窓から見える住宅街の景色が緩やかに流れていく。しかし、(りん)はやはり(いと)の表情が気になってしまい、彼の方を見た。

 だが、(いと)は窓の方を向いていて、表情がよく見えない。


(何、考えてるんだろう)


 (りん)は俯き、拳を膝の上でぎゅっと握りしめる。


(私は、なんて言うのが正解だったんだろう。……分からないや)


 これからも(いと)と友達でいたいのに、そのために何をすれば良いのかすら分からない。


 王子様としての自分は守るべきだ。周囲の期待を裏切るなんてできない。

 でも、(いと)の気持ちを無視するのも嫌だ。


 どうすればいい? どうすればみんな笑ってくれる?


 答えの見つからない問いを、(りん)は頭の中でグルグルと繰り返した。

 

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