28 一歩、踏み出して
文化祭一日目が終了した。
奏としらべは新聞部部室に向かったが、そこに集合の約束をした弦はおらず、代わりに鈴の姿があった。
「あ、しらべさん」
「涼風さん。どうしてここに?」
「いと君から取材メモを預かってるんだ。いと君、用事があるみたいで帰っちゃったから」
鈴はしらべにメモ帳を手渡す。しらべはそれを受け取り、中身を確認した。
一ページ目から最終ページまで、彼らしい綺麗な文字でびっちりと取材内容が書かれている。
「こんなに取材して下さったんですね……大変だったでしょうに」
しらべが小さく本音を洩らすと、鈴は苦笑いしながら頬をかいた。
「実は、私が図書部の出し物を終わらせた後で、一緒に取材して回ってたんだ。そしたら、思いのほかたくさんの人が答えてくれて……特に、女の子が」
「ああ、学園の王子様二人の効果だったのですね。ふふ、納得です」
しらべは微笑むと、メモ帳を閉じて鞄に仕舞った。
「涼風さん、ありがとうございました。日和君にも今度お礼をさせて欲しいと伝えてください」
「分かった。私もそろそろ帰るね。新聞部、頑張って」
「はい」
「じゃあまたね。あ、周防君」
鈴は奏の顔を見て優しく微笑む。
「明日の劇、頑張ろうね」
そう言って、鈴は新聞部室を出て行った。
その後ろ姿を目で追って、奏は小さく微笑む。
「自然な笑顔、見せてくれるようになったね」
「そうですね。少し、自分の殻が破れた印象があります。こちらとしても嬉しいですね」
「ふふ。そうなの? しらべちゃん、ちょっと浮かない顔してるけど」
奏はそう言うと、しらべの頭をぽんぽんと撫でた。
「鈴ちゃんに嫉妬しちゃったんじゃない?」
「してませんよ。私は二人を応援すると決めたんです。その選択に後悔はありません。……弱みに付け込もうとしているようですが、そんな安易な手には乗りませんよ」
「ククッ、厳しいなあ」
奏は彼女の頭から手を離し、その顔を横から覗き込んだ。
しらべの表情は凛としており、本気で絆される気などないといった顔だ。
「なんかさ、恋愛が絡んでから、しらべちゃんは僕に厳しいね?」
「調査と考察に私情は持ち込みたくないのです。あくまでも客観的にデータを集め、冷静に判断する。それが私のモットーなのです」
「ふーん。じゃあ、そういうことにしておいてあげるよ。まあ、その強がりもすぐやめさせてあげるけど」
奏はしらべに向き直り、ニコリと微笑む。
「明日の演劇、君も見に来てよ」
「二年C組の演劇……木崎城一夜物語ですね」
「そう。かっこいい僕の姿、見せてあげるから。弦には負けないよ」
「そうですか。まあ、学園演劇の取材もしようと思っていましたし、いいですよ。あなたの雄姿を見届けて差し上げます」
「ふふ、そうこなくちゃ」
良い返事が聞けた奏は、柔らかく微笑んで鞄を肩に掛け直す。
「しらべちゃんに見届けてもらえるなら、僕も本気で演技が出来そうだよ。じゃ、期待しててね」
奏が部屋を出て行った。それを見送って、しらべは顎に手を当てる。
(周防君の笑顔は、本当に作り込まれている。アイドルという職業がそうさせるのかもしれないけど、それ以上の何かがあるような気がするわ。私のことを好きだと言っておきながら、私には「本当の笑顔」を見せてくれないことを考えても……彼の闇はまだ晴れていないように思う)
「……調べなくては。彼が抱えている闇を、全て。そうしなければ、彼の本当の気持ちを知ることなんてできないわ」
しらべは小さく呟き、新聞部部室を出て行った。
* * *
しらべ達と別れた後、鈴は帰り道を歩いていた。
まだ普段よりも日が高く、学園前の大通りは町ゆく人で賑わっている。今日は文化祭に加えてフリマイベントもあったらしいから、そうなるのも納得だと鈴は思った。
「ママ、まるぺんちゃんのぬいぐるみありがとう!」
不意に、反対側の通りから小さな女の子の声が聞こえてきた。
鈴が確認すると、大きなピンク色の袋を抱えた八歳ぐらいの女の子が、母親と並んで歩いていたのだ。
「可愛いのをお迎えできてよかったわね。誕生日おめでとう」
「うん!」
鈴は母子の会話を微笑ましく聞きながら、そういえば、と通りの向こうの雑貨屋を見る。
(あそこの雑貨屋さんにも、可愛いキャラクターグッズが売ってるんだよね……。学校の近くだったから、行ったことないけど)
鈴は少し立ち止まって辺りを確認する。道には地元住民だけではなく、同じ高校の生徒も歩いていた。
今、雑貨屋に入ったら間違いなく目撃されるだろう。
しかし……。
(いと君の前で、好きなものに囲まれて素直に笑いたいって約束したんだ。だったら、みんなの前でも堂々と好きなものを好きでいなきゃ)
鈴はゆっくりと横断歩道を渡っていく。
足が少しガクガクする。緊張で動悸も激しくなった。
でも、途中で引き返すことはしなかった。
(変わるんだ。いと君に胸を張れる私に)
鈴は雑貨屋のドアを開けて中に入った。
「いらっしゃいませ!」
店員が明るい挨拶をしてくれる。それにぺこりと頭を下げて、鈴は店内を歩いてみた。
ヒツジやサメなど、サンフラワーストリートの雑貨屋には置いていないキャラクターグッズもある。木崎市のご当地キャラクターのさつまいも色の鳥、ぽてとりんのグッズもあった。
(意外と可愛いかも……ふふ、まるぺんさんと違ってシュール系だな)
鈴はぽてとりんのマスコットキーホルダーを手に取って、頬を緩める。
丸っこい鳥、という点はまるぺんに似ているが、目が凛々しいのがぽてとりんの特徴だ。くっきりとした目元が、なんとなく弦に似ている。
(今度、いと君にも教えようかな。ぽてとりんさんのこと)
そう思いながら、鈴はマスコットキーホルダーを棚に戻す。
丁度その時だった。
「鈴様?」
鈴は名前を呼ばれて、ビクリと体を竦めた。
恐る恐る声のした方を見ると、クラス演劇の衣装担当の女子――桜庭真綾那がこちらを見いていた。
「あ……桜庭、さん」
「やっぱり鈴様だったんですね。誰かへの贈り物選びですか?」
桜庭の微笑みを見て、鈴は言葉に詰まった。
(私が可愛いもの好きだって知ったら、彼女はどう思う……?)
鈴は何と言えば良いか分からずに視線を落とす。すると、棚の上に置かれていたぽてとりんのぬいぐるみと目が合った。
――言っただろ。俺はお前が何選んでも味方でいるって。
まるで弦が傍で励ましてくれているような……そんな気がした。
鈴は覚悟を決めて桜庭に向き直る。
「私が好きなんだ。こういう、可愛いキャラクター」
「え?」
「可愛いキャラクターだけじゃなくて、可愛い服も好きだし、お姫様にも憧れてる。……変かもしれないけど」
鈴は固い声になりながらも一生懸命に言い切った。
すると、桜庭は目を丸くしていたが、すぐに明るく笑ってくれた。
「ふふ、そうだったんですね。なんだか納得です」
彼女の意外な反応に、鈴は戸惑う。
「幻滅しないの? 学園の王子様って言われてる私が可愛いもの好きだったら、嫌じゃない……?」
「そんなことないですよ! 好きなものは人それぞれだし、可愛いものを見て喜んでる鈴様も素敵です。そうそう、衣装合わせの時の鈴様の笑顔、いつもの何倍も魅力的でした。みんなそう思ってますよ」
桜庭はそう言うと、鈴の方に歩いてきた。
近くの棚からぽてとりんのファイルを手に取って微笑む。
「私、ぽてとりんが好きなんです。でも、友達は、ぽてとりんよりもまるぺん推しなんですよねー。だから、なかなかお揃いのグッズが買えないんですよ。でもね」
桜庭はファイルを胸元に掲げながら、鈴にニコリと笑った。
「私はぽてとりんが好きだし、ぽてとりんを推してる私は最強だと思ってます。好きなものを好きって言える人は魅力的ですよ、鈴様」
「桜庭さん……」
鈴は桜庭の優しさと言葉を噛みしめながら、目を潤ませる。
――そっか。私がずっとダメだって思い込んでただけで、好きなものを好きって言うのは悪いことじゃなかったんだ。
「桜庭さん、ありがとう」
「えへへ。こちらこそ、好きなものを教えてくれてありがとうございます。ああ、そうだ。ぽてとりんさんのこともよろしくお願いしますね!」
「ふふ。うん」
鈴と桜庭は笑い合って、キャラクターグッズの話に花を咲かせたのだった。




