27 夢を追いかけて
木崎学園高校文化祭一日目と同日のこと。木崎あかつき公園では、野菜や果物製品のフリーマーケットが行われていた。
このフリーマーケットは地元の農協が主催しているものだ。従って多くの農家が参加するし、品物の質も良いため買い物客も多い。毎回大盛況なのだ。
そして、多くの人が参加する地元イベント……となると、ご当地アイドル事務所——IRODORIが放っておく訳がなかった。
「みなさーん! 今日は『木崎なないろフリマ』に来てくれてありがとうございまーす!」
あかつき公園に設置された簡易ステージの上で、フリルとリボンたっぷりのピンクワンピースを着た美琴が元気よく手を振っていた。
「私達スイートレッドと一緒に、楽しく! 美味しく! 幸せな一日にしましょう!」
美琴のサンサンとした笑顔に、観客たちも自然と笑顔になっていく。
美琴の傍らでは、瑠美も涼やかな笑顔で手を振っていた。
「では、聞いてください! 『スウィーティームーン』!」
美琴の掛け声と共に、可愛らしいシンセサイザーのイントロが始まる。
フワフワ、キラキラ……そんな言葉が似合うような、アイドルソングが会場を包んでいった。
美琴と瑠美が楽しそうに歌うたびに、観客たちは手拍子が大きくなっていく。熱狂的なファンは合いの手も入れていた。
地元の人達の明るい笑顔が見られて、美琴は心から幸せだった。
(やっぱり私、この仕事が好きだな……)
美琴はやりがいと幸せを実感しながら、ステージをいっぱい使って踊りながら、明るい笑顔を振りまいていったのだった。
* * *
十三時。文化祭一日目も、残り一時間だ。
クラスの出し物、縁日の当番を終えた響は、美琴のクラスに足を運んだ。
二年D組が開催しているおとぎの国カフェは大盛況で、白雪姫の格好をした女子生徒や、赤ずきんの格好をした柔道部男子達が忙しなく接客をしている。
響が教室に入ると、ラプンツェルのドレスを着た金髪の女子……クラス委員の真央が笑顔で歩いてきた。
「君、美琴ちゃんの彼氏君でしょ? いらっしゃいませ! 美琴ちゃんに会いに来たの?」
年上の女子生徒に親し気に話しかけられ、響は表情を硬くする。
美琴は特別なのだが、響は年上の女性にあまり免疫がないのだ。
「は、はい!」
響は声を裏返しながら一生懸命頷く。真央はそれを微笑ましそうに見ていたが、すぐに申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめん! 美琴ちゃん、まだ学校来てないんだ。ご当地アイドルのステージがあるみたいで。君も聞いてない?」
「あ、はい! でも美琴先輩、午後には来るって……」
「そうだったんだ。何かあったのかな……」
真央が心配そうに眉を顰める。それを見て、響の胸にも不安が広がった。響は冷や汗をかきながら俯く。
(来る途中に事故に遭ったとか? それとも、ステージ中に怪我したとか……?)
嫌な妄想が、響の頭を駆け巡った。
どうすればいい? 俺に何ができる? どうしたら美琴先輩を助けることができる? 美琴先輩が一番喜んでくれることは何だ――響は混乱した。彼女に何があったのか不安に思う気持ちが、響から冷静さを奪ってしまったのだ。
自分のすべきことが分からない――響の自信の無さが如実に表れている。
――俺じゃ美琴先輩を助けられないんじゃないか。フローラ・フローラの先輩や、日和先輩のように、俺は頼りがいがないから……。
そこまで考えて、先日の弦の言葉が蘇る。
――行動しなきゃつかねーよ、自信は。始めはなくて当たり前なんだ。だから、とりあえず胸張って歩け。
「……そうだ。まず、行動しないと」
響は小さく呟き、顔を上げた。
「俺、美琴先輩を迎えに行ってきます! 絶対に、文化祭に間に合わせますから!」
響は真央に力強く言い切り、教室を飛び出した。
正門を出て、響は木崎あかつき公園へと全力で走り出す。
「美琴先輩! 待っててくださーい!!」
響の熱い声が、ぬるくて気だるげな夏風に運ばれていった。
* * *
木崎あかつき公園では、スイートレッドの握手会が終わった所だった。
事務所の見込みよりも大勢の人が握手会に並んでくれたために、十一時半に終わるはずだったスイートレッドのイベントは十三時まで延びてしまったのだ。
「ミコちゃん、ルミちゃん、本当にお疲れ様! アタシ、今日のステージも感動しちゃったわ!」
ご当地アイドル事務所IRODORIの所長、逢坂道之が目を潤ませながら両手を合わせる。
彼の髪の毛は派手なピンク色のおかっぱで、服もギラギラした金色の革ジャンだ。滑稽で笑いを誘うような格好だが、こんな出で立ちでも事務所の運営は敏腕。人を見る目があり、業界の中ではカリスマ的存在だ。
「遅くまで頑張ってくれてありがとね! お昼ご飯、ご馳走してあげる! 豚肉と牛肉と鶏肉、どれがいい?」
無類の肉好きでもある。
瑠美が「もち牛で!」と目を輝かせる横で、美琴は公園の時計を確認した。
(一時十分か……文化祭、間に合わないかもな……)
美琴は表情を曇らせる。
絶対に文化祭にも行く覚悟でステージに臨んだものの、これから昼食を食べて高校に行くとしたら、まず間に合わないだろう。
かと言って、逢坂の気持ちも無下にしたくない。
(せっかく、奏君が励ましてくれたのに)
美琴が暗い顔をしているのに気が付き、逢坂は心配そうに彼女の顔を窺った。
「ミコちゃん、もしかして都合が悪いかしら?」
「え、あ、えっと……実は、高校で文化祭があるんです。それに行きたかったんですけど、間に合わないかもーって思って」
「そうだったのね……」
逢坂は表情を曇らせながら瑠美の方を見た。
「平和主義者のアタシとしては、ルミちゃんだけご馳走って訳にもいかないし、また今度にしようかしら?」
瑠美もそれに頷く。
「そうですね。私は適当にフリマでご飯食べるから大丈夫。てか、逢坂さん。ミコのこと木崎学園まで送ってくれませんか?」
「それがいいわね。美琴ちゃん、車に行きましょ。って……あら?」
不意に逢坂のスマートフォンに着信があった。
逢坂は「ごめんね。ちょっと出るわ」と断りを入れて電話をとる。
「もしもし?」
「逢坂ちゃーん! 俺、角間だよ。スターリンクの」
「あら、角間ちゃん!? どうしたの、急に」
「実はちょっと大事な話があってさ。今少しいいかな。タレントの話なんだけど」
「今? 今はちょっと……」
「ごめん、急ぎなんだよ。少しでいいから時間ちょうだい!」
「ええ……」
逢坂は困った声を出す。それを見ていた美琴と瑠美は不安げに顔を見合わせた。
「ミコ……角間って、スターリンクの所長だよね? 東京の大手芸能事務所の」
「う、うん……どうしたんだろ」
日本を代表する大手芸能事務所の所長からの電話、とあって、逢坂もなかなか電話を切れない。また、美琴も催促なんてできなかった。
そうこうしているうちに、時間は刻一刻と過ぎていく。
(……諦めるしかないのかな)
美琴がそう思ったその時だった。
「美琴先輩!」
聞き慣れた大きな声が辺りに響いた。声のした方を見ると、響がレジ袋を片手に猛ダッシュしてきたのだ。
「響君! どうしてここに……文化祭は?」
「美琴先輩を迎えに来たんです! 先生達には抜け出したのバレてないんで、安心して下さい! あ、そうだ! これ、よかったらどうぞ!」
響はレジ袋の中から栄養ゼリーを取り出して、美琴に差し出した。
「お腹減ってるんじゃないかなって。でも美琴先輩も早く文化祭行きたいと思うので、手早く食べられるものにしました!」
「響君……ありがとうっ」
美琴は涙ぐみながらゼリーを受け取った。
響はそれにニカっと笑った後、瑠美にも同じものを手渡す。
「ルミ先輩もどうぞ!」
「おっ、気が利くね、少年。ありがと」
瑠美はキャップを開けてゼリーを一気に腹に入れる。それを見た美琴も、急いでゼリーを食べた。
人工的なブドウ味は、普段は好ましく思えない。しかし、今日は特別美味しく感じられた。
(響君のお陰だ……)
ゼリーを飲み切った美琴は、目に溜まった涙を拭って明るく笑った。
「響君、行こっ!」
「はい!」
美琴は逢坂の方に視線を送った。すると、彼も電話を片手に笑顔でグーサインを出してくれていた。
響は美琴と共に公園を出て、彼女をお姫様抱っこする。
「ひ、響君!?」
唐突なことに、美琴の顔がりんごのように真っ赤になる。
——響君、いつの間にこんな力持ちになったんだろう……。中学の時は、握力だって私の方が強かったのに。
驚きと照れで混乱する美琴に響はニカッと笑った。
「美琴先輩、掴まっててくださいね! 絶対、文化祭に間に合わせるんで!」
「う、うん !お願い」
美琴の腕が自分の肩に回ったのを確認し、響は力強く走り出した。
太陽がほぼ真上に登った昼下がり。気温もすっかり上昇し、何もしなくても汗ばんでしまう。
大好きな先輩を抱っこしている状況も相まって、響は余計に暑く感じた。
胸がドキドキと音を立て、普段より呼吸が上がってしまう。しかし、それでも響は一生懸命走っていった。。
出会った時よりも、少しだけ大きくなった体。そして、自分のために一生懸命に動いてくれる彼の一途さが、美琴には頼もしく映る。
「響君、すっかり頼もしくなっちゃったね」
美琴が微笑む。彼女の言葉が嬉しくて、響は顔をくしゃりとさせて笑った。
* * *
十三時四十五分。二人はなんとか二年D組の教室に到着することができた。教室の中は、ラストオーダーを前にして依然として賑わっていた。
「あ! 美琴ちゃん! 間に合ったんだね!」
真央が嬉しそうに駆け寄って来る。他の生徒達も口々に美琴を労った。
客の方も、アイドル姿のまま来た美琴を見て、「スイートレッドだ!」「今日イベントあったんだっけ。ほんとは会いたかったんだよー!」と目を輝かせている。
みんなの歓迎が嬉しくて、美琴は再び目を潤ませた。
「みんな、ありがとう……! あと少しだけど一緒に頑張らせて!」
美琴の嬉しそうな笑顔を見て、響は幸せそうにニカリと笑ったのだった。




