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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
27/54

27 夢を追いかけて

 木崎学園高校文化祭一日目と同日のこと。木崎あかつき公園では、野菜や果物製品のフリーマーケットが行われていた。

 このフリーマーケットは地元の農協が主催しているものだ。従って多くの農家が参加するし、品物の質も良いため買い物客も多い。毎回大盛況なのだ。

 そして、多くの人が参加する地元イベント……となると、ご当地アイドル事務所——IRODORIが放っておく訳がなかった。


「みなさーん! 今日は『木崎なないろフリマ』に来てくれてありがとうございまーす!」


 あかつき公園に設置された簡易ステージの上で、フリルとリボンたっぷりのピンクワンピースを着た美琴(みこと)が元気よく手を振っていた。


「私達スイートレッドと一緒に、楽しく! 美味しく! 幸せな一日にしましょう!」


 美琴(みこと)のサンサンとした笑顔に、観客たちも自然と笑顔になっていく。

 美琴(みこと)の傍らでは、瑠美(るみ)も涼やかな笑顔で手を振っていた。


「では、聞いてください! 『スウィーティームーン』!」


 美琴(みこと)の掛け声と共に、可愛らしいシンセサイザーのイントロが始まる。

 フワフワ、キラキラ……そんな言葉が似合うような、アイドルソングが会場を包んでいった。

 美琴(みこと)瑠美(るみ)が楽しそうに歌うたびに、観客たちは手拍子が大きくなっていく。熱狂的なファンは合いの手も入れていた。

 地元の人達の明るい笑顔が見られて、美琴(みこと)は心から幸せだった。


(やっぱり私、この仕事が好きだな……)


 美琴(みこと)はやりがいと幸せを実感しながら、ステージをいっぱい使って踊りながら、明るい笑顔を振りまいていったのだった。

 

* * *


 十三時。文化祭一日目も、残り一時間だ。

 クラスの出し物、縁日の当番を終えた(ひびき)は、美琴(みこと)のクラスに足を運んだ。

 二年D組が開催しているおとぎの国カフェは大盛況で、白雪姫の格好をした女子生徒や、赤ずきんの格好をした柔道部男子達が忙しなく接客をしている。

 (ひびき)が教室に入ると、ラプンツェルのドレスを着た金髪の女子……クラス委員の真央(まお)が笑顔で歩いてきた。


「君、美琴(みこと)ちゃんの彼氏君でしょ? いらっしゃいませ! 美琴(みこと)ちゃんに会いに来たの?」


 年上の女子生徒に親し気に話しかけられ、(ひびき)は表情を硬くする。

 美琴(みこと)は特別なのだが、(ひびき)は年上の女性にあまり免疫がないのだ。


「は、はい!」


 (ひびき)は声を裏返しながら一生懸命頷く。真央(まお)はそれを微笑ましそうに見ていたが、すぐに申し訳なさそうに両手を合わせた。


「ごめん! 美琴(みこと)ちゃん、まだ学校来てないんだ。ご当地アイドルのステージがあるみたいで。君も聞いてない?」

「あ、はい! でも美琴(みこと)先輩、午後には来るって……」

「そうだったんだ。何かあったのかな……」


 真央(まお)が心配そうに眉を顰める。それを見て、(ひびき)の胸にも不安が広がった。(ひびき)は冷や汗をかきながら俯く。


(来る途中に事故に遭ったとか? それとも、ステージ中に怪我したとか……?)


 嫌な妄想が、(ひびき)の頭を駆け巡った。

 どうすればいい? 俺に何ができる? どうしたら美琴(みこと)先輩を助けることができる? 美琴(みこと)先輩が一番喜んでくれることは何だ――(ひびき)は混乱した。彼女に何があったのか不安に思う気持ちが、(ひびき)から冷静さを奪ってしまったのだ。

 自分のすべきことが分からない――(ひびき)の自信の無さが如実に表れている。


 ――俺じゃ美琴(みこと)先輩を助けられないんじゃないか。フローラ・フローラの先輩や、日和(ひより)先輩のように、俺は頼りがいがないから……。


 そこまで考えて、先日の(いと)の言葉が蘇る。


 ――行動しなきゃつかねーよ、自信は。始めはなくて当たり前なんだ。だから、とりあえず胸張って歩け。


「……そうだ。まず、行動しないと」


 (ひびき)は小さく呟き、顔を上げた。


「俺、美琴(みこと)先輩を迎えに行ってきます! 絶対に、文化祭に間に合わせますから!」


 (ひびき)真央(まお)に力強く言い切り、教室を飛び出した。

 正門を出て、(ひびき)は木崎あかつき公園へと全力で走り出す。


美琴(みこと)先輩! 待っててくださーい!!」


 (ひびき)の熱い声が、ぬるくて気だるげな夏風に運ばれていった。


* * *


 木崎あかつき公園では、スイートレッドの握手会が終わった所だった。

 事務所の見込みよりも大勢の人が握手会に並んでくれたために、十一時半に終わるはずだったスイートレッドのイベントは十三時まで延びてしまったのだ。


「ミコちゃん、ルミちゃん、本当にお疲れ様! アタシ、今日のステージも感動しちゃったわ!」


 ご当地アイドル事務所IRODORIの所長、逢坂道之(あいさかみちゆき)が目を潤ませながら両手を合わせる。

 彼の髪の毛は派手なピンク色のおかっぱで、服もギラギラした金色の革ジャンだ。滑稽で笑いを誘うような格好だが、こんな出で立ちでも事務所の運営は敏腕。人を見る目があり、業界の中ではカリスマ的存在だ。


「遅くまで頑張ってくれてありがとね! お昼ご飯、ご馳走してあげる! 豚肉と牛肉と鶏肉、どれがいい?」


 無類の肉好きでもある。

 瑠美(るみ)が「もち牛で!」と目を輝かせる横で、美琴(みこと)は公園の時計を確認した。


(一時十分か……文化祭、間に合わないかもな……)


 美琴(みこと)は表情を曇らせる。

 絶対に文化祭にも行く覚悟でステージに臨んだものの、これから昼食を食べて高校に行くとしたら、まず間に合わないだろう。

 かと言って、逢坂の気持ちも無下にしたくない。


(せっかく、(かなで)君が励ましてくれたのに)


 美琴(みこと)が暗い顔をしているのに気が付き、逢坂は心配そうに彼女の顔を窺った。


「ミコちゃん、もしかして都合が悪いかしら?」

「え、あ、えっと……実は、高校で文化祭があるんです。それに行きたかったんですけど、間に合わないかもーって思って」

「そうだったのね……」


 逢坂は表情を曇らせながら瑠美(るみ)の方を見た。


「平和主義者のアタシとしては、ルミちゃんだけご馳走って訳にもいかないし、また今度にしようかしら?」


 瑠美(るみ)もそれに頷く。


「そうですね。私は適当にフリマでご飯食べるから大丈夫。てか、逢坂さん。ミコのこと木崎学園まで送ってくれませんか?」

「それがいいわね。美琴(みこと)ちゃん、車に行きましょ。って……あら?」


 不意に逢坂のスマートフォンに着信があった。

 逢坂は「ごめんね。ちょっと出るわ」と断りを入れて電話をとる。


「もしもし?」

「逢坂ちゃーん! 俺、角間だよ。スターリンクの」

「あら、角間ちゃん!? どうしたの、急に」

「実はちょっと大事な話があってさ。今少しいいかな。タレントの話なんだけど」

「今? 今はちょっと……」

「ごめん、急ぎなんだよ。少しでいいから時間ちょうだい!」

「ええ……」


 逢坂は困った声を出す。それを見ていた美琴(みこと)瑠美(るみ)は不安げに顔を見合わせた。


「ミコ……角間って、スターリンクの所長だよね? 東京の大手芸能事務所の」

「う、うん……どうしたんだろ」


 日本を代表する大手芸能事務所の所長からの電話、とあって、逢坂もなかなか電話を切れない。また、美琴(みこと)も催促なんてできなかった。

 そうこうしているうちに、時間は刻一刻と過ぎていく。


(……諦めるしかないのかな)


 美琴(みこと)がそう思ったその時だった。


美琴(みこと)先輩!」


 聞き慣れた大きな声が辺りに響いた。声のした方を見ると、(ひびき)がレジ袋を片手に猛ダッシュしてきたのだ。


(ひびき)君! どうしてここに……文化祭は?」

美琴(みこと)先輩を迎えに来たんです! 先生達には抜け出したのバレてないんで、安心して下さい! あ、そうだ! これ、よかったらどうぞ!」


 (ひびき)はレジ袋の中から栄養ゼリーを取り出して、美琴(みこと)に差し出した。


「お腹減ってるんじゃないかなって。でも美琴(みこと)先輩も早く文化祭行きたいと思うので、手早く食べられるものにしました!」

(ひびき)君……ありがとうっ」


 美琴(みこと)は涙ぐみながらゼリーを受け取った。

 (ひびき)はそれにニカっと笑った後、瑠美(るみ)にも同じものを手渡す。


「ルミ先輩もどうぞ!」

「おっ、気が利くね、少年。ありがと」


 瑠美(るみ)はキャップを開けてゼリーを一気に腹に入れる。それを見た美琴(みこと)も、急いでゼリーを食べた。

 人工的なブドウ味は、普段は好ましく思えない。しかし、今日は特別美味しく感じられた。


(ひびき)君のお陰だ……)


 ゼリーを飲み切った美琴(みこと)は、目に溜まった涙を拭って明るく笑った。


(ひびき)君、行こっ!」

「はい!」


 美琴(みこと)は逢坂の方に視線を送った。すると、彼も電話を片手に笑顔でグーサインを出してくれていた。

 (ひびき)美琴(みこと)と共に公園を出て、彼女をお姫様抱っこする。


「ひ、(ひびき)君!?」


 唐突なことに、美琴(みこと)の顔がりんごのように真っ赤になる。


 ——響君、いつの間にこんな力持ちになったんだろう……。中学の時は、握力だって私の方が強かったのに。


 驚きと照れで混乱する美琴(みこと)(ひびき)はニカッと笑った。


美琴(みこと)先輩、掴まっててくださいね! 絶対、文化祭に間に合わせるんで!」

「う、うん !お願い」


 美琴(みこと)の腕が自分の肩に回ったのを確認し、(ひびき)は力強く走り出した。

 太陽がほぼ真上に登った昼下がり。気温もすっかり上昇し、何もしなくても汗ばんでしまう。

 大好きな先輩を抱っこしている状況も相まって、(ひびき)は余計に暑く感じた。

 胸がドキドキと音を立て、普段より呼吸が上がってしまう。しかし、それでも(ひびき)は一生懸命走っていった。。

 出会った時よりも、少しだけ大きくなった体。そして、自分のために一生懸命に動いてくれる彼の一途さが、美琴(みこと)には頼もしく映る。

 

(ひびき)君、すっかり頼もしくなっちゃったね」


 美琴(みこと)が微笑む。彼女の言葉が嬉しくて、(ひびき)は顔をくしゃりとさせて笑った。


* * *


 十三時四十五分。二人はなんとか二年D組の教室に到着することができた。教室の中は、ラストオーダーを前にして依然として賑わっていた。


「あ! 美琴(みこと)ちゃん! 間に合ったんだね!」


 真央(まお)が嬉しそうに駆け寄って来る。他の生徒達も口々に美琴(みこと)を労った。

 客の方も、アイドル姿のまま来た美琴(みこと)を見て、「スイートレッドだ!」「今日イベントあったんだっけ。ほんとは会いたかったんだよー!」と目を輝かせている。

 みんなの歓迎が嬉しくて、美琴(みこと)は再び目を潤ませた。


「みんな、ありがとう……! あと少しだけど一緒に頑張らせて!」


 美琴(みこと)の嬉しそうな笑顔を見て、(ひびき)は幸せそうにニカリと笑ったのだった。

 

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