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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
25/54

25 対抗心と恋心

 いよいよ木崎学園高校の文化祭初日だ。

 今日まで、どの生徒も全力で準備に取り組んできた。

 準備に一生懸命取り組んだ分、本番も大きく賑わっている。

 廊下を歩けば、教室で出し物をしている生徒達と、遊びに来た客の楽しそうな様子がうかがえた。

 そんな中、(かなで)は「新聞部」という青い腕章を着けて、しらべと共に廊下を歩いていた。しらべの横には、同じく腕章を着けた不機嫌そうな顔の(いと)もいる。


「なんで俺が取材なんか……」

「僕に負けたくないんでしょ? それとも、取材を受けて貰える自信がないのかな」


 (かなで)がククッと笑う。どうやら、彼に丸め込まれたらしかった。


「はあ? んなわけねーだろ! お前よりも情報集めてやるからな。見てろよ!」

「ふふ。分かったよ」


 まるで狂犬のように吠えてかかる(いと)。そして、それを易々と受け流している(かなで)

 学校を代表するイケメン同士の喧嘩だ。普段なら女子生徒たちが見逃さないところだが、今日は文化祭。二人への注目はさほど集まっておらず、どの生徒も出し物を楽しんでいる。

 しかし、取材を受けるとなったら話は別だ。学園の王子様と、国民的アイドルの二人に挟まれながらインタビューを受ける……こんな夢みたいなチャンス、この学園の女子生徒なら見逃さないだろう。

 しらべはそのことを確認して、一人ほくそ笑む。


「うわ、(かなどめ)……なに不気味な笑顔浮かべてんだよ。こえーぞ」

「おっと。失礼しました。日和(ひより)君と周防(すおう)君の力があれば、良い記事が書けそうだなと思ったら、つい」

「ああ……たく、お前ほんと情報ジャンキーだな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「いや褒めてねーよ」


 (いと)は呆れて頭を掻く。その横で、しらべは楽しそうに微笑んでいた。頬が少し赤らんでいる。

 そんな彼女の顔を、(かなで)はぼんやりと見つめていた。

 ほのかに見とれていたのだ。彼女の珍しい無邪気な笑顔が、どういう訳か眩しかった。


(しらべちゃんのこんな顔、初めて見たかもな)


 そう思っていたのも束の間、しらべが「では、図書部から取材しましょう」と第二図書館の扉に手を掛けた。


「今の時間、涼風(すずかぜ)さんも読み聞かせされてるんじゃないですか?」

「あ、ああ……そうだな」


 (いと)の顔が分かりやすく綻ぶ。(りん)と会えるのがよほど嬉しいようだ。

 彼の分かりやすい表情を見たしらべは、フッと微笑んで扉を開ける。

 彼女の表情に先ほどの浮かれた感情は滲んでいない。既に「新聞部二年(かなどめ)しらべ」の顔だった。

 その表情の変化に胸がざわつきながらも、(かなで)は彼女に着いて行った。


(さっきの表情は、相手が(いと)だから見せたってことか)


 そう思った途端に、不思議と胸が痛んだ。

 これは嫉妬だろうか。

 ──でも、なんで、しらべちゃんのことで嫉妬をする? 僕としらべちゃんは友達だろ……と、(かなで)は頭を横に振った。

 図書室の中では、親子連れから友達同士で来た女子生徒まで、幅広い客がいた。

 部屋の奥では、(りん)が優しい声で読み聞かせをしている。


「シンデレラは、意地悪な継母と姉達にいじめられてばかりでした——」


 穏やかに子ども達を見つめる眼差しも、優しく温かな声も、(かなで)が欲しくて堪らなかったものだ。

 なのに、しらべの笑顔が頭から離れない。

 なんでこんなことになっているのか、(かなで)自身もよく分かっていなかった。

 浮かない顔の(かなで)に気がつき、しらべは彼の肩をトントンと叩く。


「大丈夫ですか?」

「え? あ、ああ……うん」


 (かなで)は笑顔を作って頷いた。

 彼のあからさまな作り笑いを見て、しらべは眉を顰める。


(友達になれたなんて言ってたけれど、まだ失恋の傷が癒えていないのかもしれないわね……)


 (かなで)に無理を強いるわけにはいかないと思い、しらべは隣の(いと)に小声で「図書部の取材は日和(ひより)君にお任せします」と伝える。


「あ? お前と(かなで)はどうすんだよ」

「別の教室を取材してこようと思います。文化祭終了後、ホームルームが終わったら新聞部室に集合しましょう」

「ん……まあ、手分けした方が効率もいいか。分かった」


 (いと)が頷いたのを確認して、しらべは(かなで)の肩に手を置く。


周防(すおう)君、別の教室に向かいましょう」

「……分かった」


 しらべに促されながら、(かなで)は第二図書室を後にした。


* * *


 顔色が優れない(かなで)を気遣い、しらべは出し物のされていない中庭に彼を連れて来た。

 梅雨が明けた夏空は吸い込まれるような青色で、空には入道雲が浮かんでいる。

 気温はそこそこ上がっていたが、冷房で冷え切った体には寧ろありがたいくらいだった。

 (かなで)は、夏のぬくい空気をゆっくりと吸い、細く長く吐く。大事なステージの前にする、緊張をほぐす呼吸方法だ。


「……ふう。少し落ち着いてきた」

「そうでしたか。よかったです」


 しらべは安堵の表情を浮かべたが、すぐに申し訳なさそうに体を縮こめる。


「すみません。配慮が足りなかったですね。周防(すおう)君が失恋したばかりだというのに、涼風(すずかぜ)さんの所へ連れて行くなんて……無神経でした」


 しらべの様子を見て、(かなで)は微笑みながら首を横に振る。


「ううん。別に平気だよ。(りん)ちゃんのことは、本当に友達だと思ってる。それほど未練も無いよ」

「ですが、先ほどのあなたの様子……深く傷ついているようでしたよ。涼風(すずかぜ)さんのことじゃなければ、何に傷ついていたのですか?」


 しらべは心から心配そうに(かなで)に尋ねた。眉尻は下がり、大きな黒い瞳は細められている。まるで、(かなで)の痛みを自分の痛みとして感じているような、苦しげな顔。

 しかし、(かなで)の本心に気付いている素振りは無い。もし気付いていてその様子なら、女優ばりの演技だ。


「しらべちゃん、普段の鋭さはどこに行ったの?」

「え……?」

「情報収集と推理、考察……そういうの得意でしょ」


 (かなで)は甘い瞳を柔らかく細めてしらべを見つめる。その目はどこか挑戦的で、しらべを試している様子だった。

 しかし、しらべには彼の言っていることが理解ない。(りん)以外のことで(かなで)が傷つく理由があるだろうか? そう頭を悩ませるが答えは見つからない。

 ただ、戸惑った顔で固まることしかできなかった。


「……申し訳ありません。私が持っている情報では、今、あなたが苦しむ理由は分かりません」

「ふふ。じゃあ、一個ヒントをあげるよ」

「ヒントですか?」

「うん。一度しか言わないからよく聞いてね」


 (かなで)は柔らかく微笑むと、しらべを真っ直ぐに見つめたまま口を開いた。


「しらべちゃん、(いと)のことが好きなんでしょ」

「え……」

「君の笑顔を見て、あいつに妬いちゃったんだ。おかしいよね。僕たち、友達なのに」


 重大なことを言っているのに、(かなで)の表情は優しい笑顔のままだ。

 フローラ・フローラの周防奏(すおうかなで)の、「奏でるスマイル」。作り込まれた国民的アイドルの笑顔。しらべには、そんな風に見えた。

 だからこそ、彼の本心が分からなかった。彼が本気でしらべを巡って(いと)に嫉妬したのか……確信が持てなかったのだ。


「……私は、アイドルのファンサービスには興味が無いんです。もし、あなたの今の言葉が冗談じゃないのなら……正直な顔と言葉で、同じことを伝えてくれませんか」


 しらべは真剣な顔でそう告げる。

 それを聞いた(かなで)は、表情を消した。


「本心だよ、全部」


 そう小さく呟く。


「自分でもこうなった理由が分からないけど、全部僕の正直な言葉だよ」


 そう言いながら、(かなで)はしらべに歩み寄り、彼女の頬を両手で包んだ。


「どうしたら分かってくれる?」


 (かなで)の焦げ茶色の瞳は、潤んで焦点が揺れていた。


「君も、僕のことを好きになってくれないの? 君も僕より(いと)を選ぶの?」


 (かなで)は苦しげに顔を歪めながら、しらべを見下ろしていた。

 国民的アイドルの辛そうな顔が目の前にある。そして、そんな彼が必死に言い寄ってきている。普通の女子なら手放しに喜びそうな状況だ。

 しかし、しらべは冷静さを失わなかった。


「……あなたが仰るように、私は日和(ひより)君が好きでした。彼の幸せを願い、涼風(すずかぜ)さんとの仲を応援すると決めて以降も、彼への想いは残っています。……こんな状況で、いきなりあなたを好きになることはできません。ごめんなさい」


 しらべは、真っ直ぐに彼を見つめたまま本心を告げる。


「それに加えて……察するに、あなたの気持ちは日和(ひより)君への対抗心です。彼が愛されていることへの嫉妬……だから、私への想いは勘違いか何かでしょう」

「僕の気持ちが嘘だって言うの?」

「そうとしか思えません。だって、急すぎます。恋とは、何かきっかけがあり、関係を深めていく過程で芽生える感情ではないのですか?」


 しらべの言葉に、(かなで)は薄く笑う。


「関係を深めなきゃ、恋しちゃダメってこと? 君と(いと)もそうだったの? 違うんじゃない?」

「……なぜそう思うのですか」

「あいつと君は、そこまで親しく見えない。少なくとも、あいつから君への想いは感じない」

「それはあなたの主観でしょう」

「僕の方が、君と関係を育んでいるような気がするけど。僕ら、少なくとも友達じゃないか」


 (かなで)の瞳に光は無い。

 背筋が凍り付いてしまうような、あの冷たい笑顔。それをしらべに向けていた。

 しかし、しらべに怯む様子などない。ただ冷静に、大きな黒い瞳で奏の両目を射貫いていた。


「あなたは、自分の気持ちがまるで見えていないようですね。今のあなたの表情から、私への好意は感じませんよ」

「……そう。君はあくまでも、僕が(いと)に嫉妬してるって言うんだね」

「はい。私は、相手が国民的アイドルだからと言って自分への好意を勘違いするほど馬鹿な人間じゃありません」

「そっか。……本当に、君はそこら辺の女子とは違う」


 (かなで)はククッと笑い、しらべの頬から手を離した。


「君の言うとおり、僕は(いと)に負けたくない。でも僕は、君のその凜とした性格が大好きだよ。これは事実だ」

「……そうですか」

「うん。だから、僕はこの気持ちを恋だと信じてる」

「今の私とあなたの間に恋愛が成立するとは思えませんが」


 しらべは平静を保ったまま、そう言った。

 あくまでも、自分が好きなのは(いと)だ。失恋したからと言って、自分の人生を変えてくれた彼への想いはそう簡単に捨てられない。

 そして、(かなで)の想いは恋ではないと、確信があったからだ。

 断固とした態度の彼女を見て、(かなで)は柔らかく笑って口を開く。


「もし、僕たちの間に恋が成立しないって言うなら……それなりの根拠を提示してご覧よ。新聞を書くとき、根も葉もないことは書かないでしょ」

「……それもそうですね。分かりました」


 しらべは真剣な顔で(かなで)を見つめて頷いた。


「新聞部のプライドに賭けて、あなたの気持ちの調査をさせていただきます」

「ふふ。僕も、君のその思い込みをひっくり返してやるから」


 (かなで)は柔和な笑顔でしらべを見つめ返す。


(絶対に、(いと)への想いを塗り替えてやる)


 (かなで)は心の中で、そう小さく呟いたのだった。

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