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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
24/54

24 負けられない相手

 土曜日、バラエティ番組の収録を終えた(かなで)が楽屋でスマートフォンを確認すると、(いと)からメッセージが来ていた。


 ——文化祭の劇の練習をするから付き合ってくれ。


 それだけ書かれた文章を見て、(かなで)は画面に表示されている時刻を確認した。

 午前十時。今から木崎市に行けば、午後には確実に彼に会えるだろう。

 (かなで)は「今から木崎市に帰るから、14時以降なら会える。学校で待ち合わせよう」と返信し、スマートフォンを鞄に入れた。

 帰り支度をする他のメンバーとマネージャーに「木崎市に帰ります。お疲れ様でした」と一声かけて、奏は楽屋を出た。

 その後ろ姿を見ていたメンバーは顔を見合わせて微笑む。


(かなで)君。ちょっと元気になったね」

「うん。何があったか知らないけど……よかったよね」


 嬉しそうな二人の横で、マネージャーの赤毛の女性――恩田は、微笑みながらパンパンと手を叩く。


「ほら、冴島はドラマの撮影に行くよ。桐山はクイズ番組の収録。急ぎなさい」

「はい!」


 恩田の呼びかけに、二人は明るい笑顔で頷いたのだった。


* * *


 (かなで)が二年C組の教室に入ると、そこには既に(いと)がいた。

 机と椅子は前の方に寄せられており、その手には先日小道具の係が用意してくれた刀が二本ある。

 (いと)(かなで)に気が付くと「おう」と声を出した。


「おつかれ。仕事してたんだろ。悪かったな」

「ううん。別に平気。学園祭も仕事と同じくらい大事だし」


 (かなで)はそう言うと、鞄を自分の席に置いて(いと)の方に歩み寄っていった。


「で、今日はどの場面の練習をするの?」

「殺陣だ」


 (いと)(かなで)に刀を手渡す。

 (かなで)もそれを受け取り、「最後のシーンのやつか」と頷いた。


(いと)は殺陣をやったことあるの?」

「ねーよ。役者じゃねーんだから。芸能界で生きてるお前とは違うんだ」


 (いと)が不機嫌そうに顔を歪めるのを見て、(かなで)はククッと笑う。


「僕だって殺陣はやったことないよ。経験があるのは恋愛映画の当て馬役だけ」

「当て馬……お前が?」

「そう。結構評判良かったんだよ?」

「ふーん。ま、お前はタラシだからな。恋愛の演技なら得意だろ」

「ふふ、(いと)にはそう見えてるんだね」


 (かなで)はクスクス笑って刀を構える。

 銀色のプラスチック製の刀だ。ぶつかっても怪我はしないが、日に当てられて光る刃は切れ味が良さそうだった。


「恋愛の演技だけじゃないってところ、見せてやるよ」


 (かなで)が纏う空気が静かに張り詰める。

 まるで、気高き剣士を相手にしているような静寂と殺気が、教室を満たしていった。

 どうやら(かなで)は劇の台本を読み込み、月彦という役を自分のものにしたらしい。

 そんな彼のプロ精神に、(いと)は気圧されてしまう。


(やっぱり、こいつはすげー。でも……もう負けたくねえんだ。俺を認めてくれた(りん)のためにも)


 (いと)は刀を構えた。熱い思いを秘めた瞳で、(かなで)を真っ直ぐに射抜く。


「月彦様。そこを退いてください。菖蒲姫は何があっても譲れないのです!」

「何を言っておられるのか。彼女は私の妻となるお方だ。何としても返してもらう」


 普段の柔らかさが完璧にそぎ落とされた(かなで)の声。その心の臓まで凍り付きそうな声音に怯む気持ちを必死に堪えて、(いと)(かなで)に斬りかかった。


「はあっ!」


 しかし、(かなで)は刀を横にしてそれを受け止めると、簡単に押し返してしまう。

 思いのほか強い力で反撃されて、(いと)はあっという間に教室の窓に押し付けられてしまった。


「くっ……!」

「これまでだ、朝霧」


 (かなで)(いと)の刀を薙ぐ。それによって構えが解かれ、無防備になった(いと)の首に刀を突きつけ……ニコリと笑った。


「恋愛の演技だけだって、見くびってたね?」

「く……くそ」

「もう少し競り合いを演出した方がいい。今のままじゃ、あっさり勝負がついちゃってつまらないからね」


 (かなで)はそう言いながら、構えを解いて(いと)から離れた。


「今の感触だと、僕が少し手加減した方がいいかもな」


 (かなで)は思案顔で刀を見ながらそう呟く。表情にも声音にも、(いと)を馬鹿にする様子は無かった。

 舞台を成功させるために、本気でそう思っている……そんな様子だった。

 それが、かえって(いと)の悔しさを倍増させる。


 ――(かなで)に手加減してもらっていいのか? いや、そんなのダメだ。俺は、本気のこいつにぶつからなきゃなんねーんだ。もう、こいつに一度も勝てなかった過去から逃げちゃいけない!


「……嫌だ」

「え?」

「手加減なんてするんじゃねー。……本気のお前に勝たなきゃ、ダメなんだ」

「勝つ?」


 (かなで)は少しきょとんとした後、声を出して笑った。


「あはは! ただの演技じゃないか。勝つも負けるも無い。あるのは舞台の成功か失敗だけだよ。第一、朝霧は月彦に倒されるんだよ? 君が僕に勝ったら台本から外れちゃうじゃないか」

「それでも!」


 (いと)は真剣な顔で、必死に告げる。


「俺は、お前に勝たなくちゃ前に進めないんだ。殺陣の勝敗だけじゃねえ。ピアノも、人間としての性格でも……お前と真っ直ぐぶつかって、ライバルとして胸張れる実力だって認めてもらえるようにならなきゃなんねーんだ!」

「……何がお前にそこまでさせる?」


 (かなで)の表情から、笑顔が消えた。


「僕は、「(いと)に勝てた」って心から喜んだことは一度も無いよ。お前は、僕に無いものを全て持っているだろう? ピアノの才能も、幸せな恋も、家族の愛情も……全部持っている癖に、まだ足りないのか?」


 (かなで)はそう言うと、刀を机に置いて(いと)に詰め寄った。


(いと)は僕の何を見て僕に勝とうとしてるんだ? お前に僕の何が分かる? 父親から見捨てられて、母親には見向きもされなくて、大好きな人には先立たれて……才能も何も持っていない僕の孤独がお前に分かるのか?」


 (かなで)の語気が僅かに強くなる。間違いない。あのいつもニコニコしている(かなで)が、感情を露わにしているのだ。


 ――才能も何も持っていない……か。そんなこと無い。お前は俺が欲しくて堪らなかったものを持っている癖に。


 (いと)はそう思い、唇を噛みしめる。


 こいつに一度でも勝てたら、父さんと母さんは家を出て行かなかったかもしれない。こいつがずるい。羨ましい。

 だけどそれは、こいつも同じなんだ。俺たちは、こんなに憎み合ってるのに、死ぬほど似てるんだ――。


 (いと)は全てを飲み込み、静かに頷く。


「……分かるよ。分かっちまう。俺も、お前と同じで孤独だったんだ」

「は……?」

「俺の本当の両親は、もうこの世にいないんだ」


 (いと)の言葉に、(かなで)の目が見開かれた。こいつの言っていることが信じられない……そんな顔だ。

 それに苦笑いしながら、(いと)は続ける。


「身寄りのなくなった俺を、今の父さんと母さんが養子として迎えてくれた。二人が、ずっと塞ぎこんでた俺を元気づけるために、ピアノを教えてくれたんだ。だから、父さんと母さんの優しさを裏切りたくなくて、必死でピアノを続けてきた。でも……はは、お前には一回も勝てなかったな」

「……そう、なんだ」


 (かなで)は辛うじて相槌を打った。眉間に悲し気な皺が寄っている。

 同情でもしているのだろうか。いや、(かなで)はそんなことができる可愛い人間じゃないだろう。(いと)はそう思いながらも、続ける。



「おう。そうだったんだよ。……でもさ、今は父さんと母さんよりも俺を信じてくれている人がいるんだ」

「それが、(りん)ちゃん?」

「……ああ」


 (いと)の切れ長なタレ目が優しく細くなる。


(りん)が、俺の価値を信じてくれてる。だから俺も……誰に対しても「自分は価値のある人間だ」って胸張って言えるようにならなきゃなんねー。だからこそ、ずっと勝てなかった「周防奏(すおうかなで)」って壁を乗り越えなきゃいけないんだ」


 (いと)はそこまで言うと、真剣な眼差しを(かなで)に向けた。

 薄茶色い瞳が、日の光を受けて透き通った輝きを放っている。

 純粋で、真っ直ぐで、ひたむきな(いと)の想い。それが固めて作られたような瞳だ。

 ——美しい。美しすぎて、自分が汚れて見えてしまうぐらい、眩しい。 (かなで)はそう思わずにはいられなかった。

 しかし、それと同時にこうも思った。

 僕は、こいつに……(いと)に、全力でぶつかったことがあったのか? と。


(僕は今まで、(いと)をずっと妬んできていた。妬む気持ちが大きすぎて、純粋な気持ちで勝とうとしたことなんて無かった。こいつを完膚なきまでに叩きのめしたい……そんな薄暗い気持ちでしか、(いと)との勝負に挑んで来なかった)


 (かなで)は拳を握りしめる。


「……僕もそうだ。(いと)、お前を乗り越えなきゃいけない。お前を乗り越えて初めて……僕は本当の意味で自分に自信が持てる。父さんに見捨てられた自分にも価値があるんだって、信じることができる、だから……」


 (かなで)はこげ茶色の瞳で真っ直ぐに(いと)を見据えて、口を開く。


「真剣勝負だ。勝たせてもらうよ。(いと)

「ああ。望むところだ。(かなで)


 二人は真摯な眼差しで見つめ合った後、再び刀を手に取り構えた。

 その後、夕日が落ちるまで、二人は劇の練習に身を投じたのだった。


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