22 「友達」の手伝い
鈴と弦と別れた奏は、その足で真っ直ぐ新聞部の部室に向かっていた。
雨が上がり、沈みかけの夕日に照らされている廊下を歩いていき、部室棟に向かう。
新聞部の部室まで来ると、ドアをノックした。
「どうぞ」
部屋の中からしらべの声が返って来たのを確認し、奏はドアを開けた。すると、部室の中には真剣な顔でパソコンに何か打ち込んでいるしらべがいた。
「しらべちゃん、こんにちは」
奏の声に気が付き、しらべは手を休めて彼の方を見た。
「ああ、周防君でしたか。何か御用ですか?」
「特に用はないけど、友達の顔を見に来たんだ」
奏は優しく微笑み、しらべの隣の席に座る。
「何してるの?」
「文化祭特集の記事を書いているのです。今、校長先生へのインタビューを記事にしていたところでした」
しらべはそう言いながら、奏にパソコンの画面を見せる。そこには、たしかに文字の打ち込まれた新聞記事が映っていた。しかし、新聞全体を見るとまだ七割以上白紙だ。
「全然進んでないね?」
「ああ。そうなのです。実は……新聞部は警戒されているため、取材に応じてくれる生徒が全然見つからなくて」
しらべは溜息を吐きながら、肩を回す。どうやら肩がこるほど疲れているらしい。
しかし、警戒される新聞部ってどういうことだ? と奏は首を傾げる。
「なんで、新聞部は警戒されてるの?」
「うちの新聞部は「悪魔の新聞部」ですからね。面白い記事を書くためなら手段を選ばない、と噂されています。まあ、現部長はそうでしたし、私も……日和君と涼風さんには、それに近しいことをしてしまいましたが」
「じゃあ、自業自得じゃないか」
奏は面白そうククッと笑う。それを見て、しらべはムっとした顔をする。
「私は誰かれ構わず強引な取材はしませんし、記事だって許可を得て書いてます。悪魔の新聞部は、先輩方の代だけなのに」
「その先輩方は今いないの?」
「ええ。カップルの破局という悪趣味な記事を書いたことで大バッシングを受けて、今は部活に顔を出してくれません。今年に入ってから、まともに活動しているのは私だけです」
「へー。そりゃ大変だね」
奏は柔らかく笑うと、机に肘を付きながら口を開いた。
「じゃあ、僕が手伝ってあげるよ」
「え?」
「しらべちゃん、一人で頑張ってる上に誰も取材を受けてくれないんでしょ? だから、僕が取材してきてあげるよ」
突然の申し出に、しらべは目を丸くした。
「いいんですか? でも、どうして」
「友達でしょ? それに、しらべちゃんにはお礼がしたいし」
「何のお礼ですか?」
「しらべちゃんのお陰で、鈴ちゃんと友達になれたから、そのお礼」
奏の言葉を聞いて、しらべは呆然と口を開く。
「友達ってことは……失恋したのですか?」
「ふふ、鋭いね。そう、振られちゃった」
「その割には、あまり悲しそうに見えませんが」
「うん。恋人にはなれなかったけど、友達って言う響きも案外悪くないね」
奏は微笑みながら立ち上がり、しらべの方を見る。
「僕は失恋しちゃったけど、しらべちゃんの恋は応援してあげる」
「え……」
「じゃあ、そういうことで。取材してくるね」
「あ、ちょっと」
奏はふらっと部室を出て行ってしまった。
何を取材して欲しい、とか、詳細を全く伝えていないのに、大丈夫なのだろうか。いや、それよりも……。
——しらべちゃんの恋は応援してあげる。
(そんなことされても、私の恋はもう叶わないのに)
しらべは苦笑いする。これは早めに「自分も既に失恋していること」を伝えた方が良さそうだ。しかし、弦の名前を出していいものか。
(伝え方を考えなくてはいけませんね……)
しらべは小さく溜息を吐いて、再度パソコンに向き直ったのだった。
* * *
奏は文化祭の取材のために、各学年でまだ準備を続けているクラスを手当たり次第にあたった。みんな、「フローラ・フローラの周防奏が取材している」と知るなり、意気揚々と答えてくれる。
三年A組のお化け屋敷の取材を終えて教室を出た奏は、二年生のクラスを一通り回ることにした。
A組、B組、C組、と教室を見るが、どこも既に今日は準備を終わらせてしまったようだ。誰も教室に残っていなかった。
そんな中、D組からは何やら女子生徒の話し声が聞こえて来ていた。
「美琴ちゃん、やっぱり土曜日は無理そう?」
「うん、真央ちゃん、ごめんね。……アイドルのステージがあって」
「そっかあ……うん。仕方ないよね」
彼女達の話し声が気になって、教室を覗き込む。すると、お団子頭の女子生徒と、金髪ロングの女子生徒が、文化祭準備のためにくっつけていた廊下側の机を元に戻しているところだった。
何やら深刻そうな話だったが、もしかしたら取材ができるかもしれない。奏は柔らかい笑顔を作りながら教室のドアを開ける。
「こんにちは。少しいいかな?」
奏の姿をみとめた途端、二人は顔を真っ赤にしてくっついてしまう。
「やば!? 奏君じゃん! 生で見るとやっぱかっこよすぎる! てか、美琴ちゃんファンじゃなかったっけ!?」
「わあああ! そ、そ、そうだけどお」
美琴はアワアワとしながら目をギュッと閉じてしまう。同じ学校に転校してきたのは知っていたし、弦と話していたときは比較的冷静に奏の話を聞くことができた。しかし、いざ目の前に現れられるともうパニックだった。推しと同じ空気を吸っているだなんて信じられない。
すっかり慌ててしまっている二人を見て、奏はクスリと笑う。
「そんなに慌てないでよ。今の僕は、フローラ・フローラじゃなくて木崎学園高校二年C組の周防奏だからさ」
「で、でも……」
「ふふ、じゃあ、慌てたままでいいや。僕の質問に答えて」
彼女達が落ち着くのを待っていたら埒が明かないと判断した奏は、強引に話を進める。
「今、新聞部の手伝いで文化祭の取材をしてるんだ。君達のクラスは文化祭で何やるの?」
「あ、えっと、「おとぎの国カフェ」です! 赤ずきんとか、シンデレラとか、おとぎの世界の仮装をしてカフェを開くんです!」
先ほど「真央ちゃん」と呼ばれていた金髪の女子が答える。
奏は「おとぎの国カフェ」とメモ帳にメモしながら、質問を重ねた。
「準備で大変なこととか、聞いてもいい?」
奏の質問に、真央と美琴は顔を見合わせて表情を曇らせる。
「実は、ちょっと人手不足なんです」
真央が困り顔で答えた。
「文化祭の初日、部活の大会で卓球部とバスケ部がいないんですけど、それに加えて美琴ちゃんもご当地アイドルのステージがあって」
「ご当地アイドル……ああ、スイートレッドか」
「知ってるんですか!?」
「うん。この前ご当地アイドルグランプリに出てたよね。テレビつけたら中継してたから、見てたよ。ダンスとファンサービスが上手だった」
奏の微笑みを見て、美琴は真っ赤な顔で目を潤ませた。
「う、うそうそ、奏君に見ててもらえたの……?」
口元に手を当てながら、小さく零す。それを見た奏は、にこりと頷いた。
憧れの奏に見ていてもらえて、褒めてもらえた……それだけで、美琴はもう言葉にならないくらい幸せだった。
「わ、私……奏君の『夢を追いかける子って素敵だよね』って言葉を聞いて、すごく努力してご当地アイドルになったの……」
震える声で続ける。
「だから、奏君に褒めて貰えて、どうしたらいいか分からないくらい嬉しい……」
「ふうん。そうだったんだ」
奏は少しばかり驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻ってこう続けた。
「僕は目標に向かって努力するのが苦手だから、そう言う子は本当に素敵だと思う。だから君もすごく素敵だよ。でも……一個だけ、アドバイスしていいかな?」
「アドバイス?」
「そう。さっき言ってたよね。アイドルのステージがあるから文化祭には出られないって」
「う、うん。そうだけど……」
「僕なら、ステージも文化祭も両方諦めない。ステージが終わったら、一秒でもいいから文化祭に出られるように努力するよ。君もそうしたら?」
奏の言葉を聞いて、美琴はハッと目を見開いた。
しかし、一方の真央は戸惑いを隠せない様子だ。
「でも、アイドルのステージってすごくハードだし、両方欲張るのって無理なんじゃないんですか? 美琴ちゃんは頑張り屋だけど、流石に厳しいっていうか」
「ふふ、そうかな? ステージも学校生活も、美琴ちゃんは両方頑張りたいんじゃない? だって、さっきすごく残念そうな顔してたじゃないか」
奏の言葉に、美琴は小さく頷く。しかし、その表情にはまだ迷いがあった。
もう一押し背中を押して上げれば、彼女はきっと前に進める……奏はそう思い、優しい笑顔で口を開く。
「アイドルなんて、欲張ってなんぼだよ。ファンの笑顔、自分の笑顔、評価、やりがい、報酬……全部手に入れるつもりで活動した方がずっと伸びる」
「奏君もそうだったの……?」
「もちろん。今も、全部を手に入れる覚悟で活動してるよ」
「そっか……」
美琴の表情が真剣なものに変わる。彼女は奏を見つめて、しっかりと頷いた。
「私、両方諦めない! 奏君、ありがとう」
「ふふ。ファンの子の幸せが僕の幸せだからね」
そう言って柔らかく微笑む奏は、国民的アイドルの名に恥じない格好良さで、美琴の胸が思わず高鳴る。
(やっぱり、すごくかっこいい……。私もいつか、こんなアイドルになりたい——)
「あ、そうだ。美琴ちゃんに真央ちゃん」
「あ、はい!」
「今の話、新聞部で記事にしてもいい? もちろん、ぼかして欲しい部分はぼかしてってしらべちゃんに頼むけど」
「あ、じゃあ改めてちゃんと答えさせて! 文化祭準備、大変なことだけじゃなくて楽しいことも沢山あるから! ね、真央ちゃん!」
「そうだね。奏君、それでもいいかな?」
二人に尋ねられ、奏は笑顔で頷いたのだった。
一連の話を、教室の外で聞いている人物がいた。
帰り支度を済ませ、鞄を持った男子……美琴の彼氏の朝川響だ。今日は部活が無かったため、美琴を下校に誘いに来たのだ。
(美琴先輩の憧れだった人が、あの人なんだ……)
あまりにも頼もしく、自分じゃかなわないほど格好良い奏の姿を見て、響は悔しそうに顔を歪める。
(やっぱり、俺じゃ美琴先輩に釣り合わない)
ふと、先日の弦の言葉が蘇った。
——大好きな美琴が他人に盗られないか不安にならないように、もっと自信をつけることだな。
(自信、か……やっぱり俺、変わらないと)
響は、野球部の練習でマメができた自分の右手を見つめ、ギュッと握る。
心の中に芽生えた一つの覚悟を噛みしめて、響はそっと教室から離れた。




