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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
21/54

21 弦の秘密

 (りん)が落ち着きを取り戻した(かなで)と共に教室へ戻ってくると、その場にいた他の生徒達が心配そうに(かなで)の方を見て口を開いた。


(かなで)君、大丈夫?」

周防(すおう)、大丈夫だったか?」


 口々に尋ねるクラスメイト達を見て、(かなで)は照れくさそうに頬を掻く。


「うん。ごめんね。もう大丈夫」


 そう言って、甘い目元を細めて明るく笑った。


「文化祭、僕もクラスの仲間として頑張るから、改めてよろしくね?」


 元気を取り戻した(かなで)を見て、クラスメイト達は安心した顔で頷いてくれた。

 衣装担当の生徒が、(かなで)の着物を持って駆け寄って来る。


(かなで)君。もし良かったら、衣装着てみて」

「うん。分かった」


 (かなで)が着替える横で、他の生徒が「(りん)様、お着物直しますよ」と(りん)の乱れた着物を直してくれる。

 やがて、二人の衣装が整った。(かなで)は月彦専用の唐紅の着物を着て、周りの生徒に微笑んだ。


「どうかな?」


 すると、周りの生徒……とりわけ女子生徒達が、目をキラキラさせて激しく頷くのだった。


「すっごく格好いいよ! 流石(かなで)君!」

「芸能雑誌の表紙みたい……」

「ふふっ、ありがとう」


 (かなで)は微笑むと、衣装担当の生徒の手に優しく触れ、柔らかな笑顔を浮かべながら口を開いた。


「素敵な衣装を作ってくれてありがとう。大切に着るね?」


 甘い笑顔で微笑む(かなで)を見て、周囲の女子生徒達が黄色い悲鳴を上げる。それを見て、(りん)は苦笑いした。


「すごいなあ……」


 (いと)(りん)の傍にやって来て、呆れ顔で(かなで)を見る。


「相変わらずのタラシっぷりだな。たく」

「相変わらずか……周防(すおう)君も寂しかったんだよ。昔は」

「あいつから何か聞いたのか?」

「うん。ご両親のこととか、お姉さんのこととか……色々ね」

「っ……そっか」


 ご両親、と聞いて、(いと)は目を伏せる。

 ちょうど先ほど、両親のことを思い出していたばかりだったから、余計に心臓を握りつぶされそうな思いだった。

 しかし、そうとは知らない(りん)はそんな彼の様子が不思議で、首を傾げた。


「どうかしたの?」


 (りん)が尋ねると、(いと)は慌てて笑顔を作って首を横に振った。

 しかし、その表情は明らかにぎこちない。

 無理もないことだ。だって(いと)にとって「家族」のことは、彼の人生で()()()()()()なのだから――。


「いや、何でもねえよ」

「そうなの?」

「おう。(かなで)も家族と色々あったんだなって思っただけだ。まあ何にせよ、(りん)のお陰であいつの悩みが軽くなったんならよかったよ。あんがとな」

(かなで)()……?)


 (りん)が違和感に頭を悩ませていた時、学級委員長が「じゃあ全員揃ったし、台本読み合わせて見ようか」と音頭を取った。

 その声で我に返り(りん)は慌てて、自分の席に戻り、鞄から先日受け取った台本を取りに向かう。

 (いと)はその後ろ姿を眺め、心の中で呟く。


(りん)には、言った方がいいのかな。……俺の過去のこと)


 ――本当にお金持ちの御曹司なのかな?

 ――見えないよねー。


 (りん)のファンのいつもの捨て台詞が、間違いではないということ。


 これを打ち明けることで、彼女がどんな反応をするのか分からない。もし、これまで通りの関係を保てなくなったら……そう思うと、(いと)は怖くて堪らなかった。

 しかし、彼女だって、可愛いもの好きなことを打ち明ける時、きっと同じような気持ちだったはずだ。

 (りん)は全てを打ち明けてくれた、だから俺も――。

 (いと)は密かに覚悟を決め、台本の読み合わせに加わっていった。


* * *


 その後、六時間目が終了するまで台本の読み合わせは続き、残りたい生徒は放課後も居残りで練習することになった。

 しかし、部活の出し物や家の都合などでどんどん生徒が帰っていき、ギリギリまで残っていた(かなで)も「帰る前に寄りたい場所があるんだ。ごめんね」と教室を出て行ってしまった。その結果、今、教室にいるのは(りん)(いと)だけだ。

 時刻は夕方十八時半。もうすぐ夏とはいえ、そろそろ暗くなって来る頃合いだ。最終下校時刻は十九時半だが、兄に居残りの連絡をしていなかった以上、遅くなりすぎても心配されてしまう。


「最後にもう一回読み合わせて、解散にしようか」


 (りん)の言葉に、(いと)も頷く。


「そうだな。俺と(りん)のとこだけ、順に読んでくか」

「うん」


 二人はお互いの台詞を読み合わせ始めた。

 許されない逢瀬を重ねる二人。菖蒲姫の結婚が決まったその日の夜の台詞を、(いと)が読み上げる。


「俺が、平民だったばっかりに……何もできずに、本当にごめん。月彦様と、どうか幸せになってくれ」


 その言葉に(りん)が答える。


「生まれなんて関係ないわ! 私は、あなたが平民の生まれだとしても、あなただけを愛しているのよ! 身分も生まれも関係なく、二人で一緒に幸せになれる場所へ逃げましょう?」

「っ……」


 (りん)の台詞が終わり、次は(いと)の「……ああ。俺も生涯、君以外を愛することなど出来ない。一緒に逃げよう」という台詞だ。

 しかし、(いと)は台詞を読もうとしない。教室の中に、沈黙が訪れる。


「……いと君?」

(りん)。あのさ……俺も、朝霧と同じなんだ」

「え……?」


 (いと)の言っている意味が分からず、(りん)は戸惑いを浮かべた表情で彼を見つめた。


「どういうこと?」


 尋ねる(りん)に、(いと)は真剣な顔で口を開く。


「俺、本当は日和(ひより)家の人間じゃないんだ。金持ちで由緒正しい、日和(ひより)家の息子じゃない。普通の家の、普通の子どもだったんだ」


 唐突な告白に、(りん)は目を丸くする。

 やはり、そういう顔になるだろう……と、その驚いた顔に苦笑いしながら、(いと)は続けた。


「前の父さんと母さんさ、交通事故で死んじゃったんだ。そこを、知り合いだった今の父さんと母さんが引き取ってくれた。ずっと塞ぎこんでた俺にピアノを教えてくれたのも、今の両親だ」

「そう、だったんだ」

「おう。……俺、拾ってくれた両親に認めてもらいたくて必死だった。でも二人にはもう子どもがいてさ。俺の義理の姉ちゃんと兄ちゃん。二人ともすごい芸術家なんだ。だから、両親に認めてもらうには……日和(ひより)家に相応しいすごい人間にならなきゃいけないと思ってさ。それで、色々頑張った。だけど俺、礼儀も何もなってなくてさ、上手くいかなかった」

「そうなの……?」


 (りん)は驚きを隠しきれなかった。まさか、(いと)にそんな秘密があっただなんて。

 しかし、それと同時に合点がいく部分もあった。

 たとえば、由緒正しい家柄なのに、(いと)の振る舞いは不良そのものだったこと。特に、(りん)が出会ったばかりのときの(いと)なんて、素行も悪ければ成績も悪かった。普通であれば家族から厳しい教育がありそうなものだが、養子であるならば納得がいく。きっと、お互いに距離があって両親も注意すらままならなかったのだろう。

 他にも、(りん)(いと)と知り合ってから、彼の両親を見たことが無かった。家に遊びに行くことも何度かあったが、そういう時は使用人の香田がもてなしてくれるだけで、両親の姿は見たことが無い。もしかしたら、親子関係が上手くいっていなかったのかもしれない――。


 そう考える(りん)の表情に、(いと)は「拒絶」を感じなかった。しかし一方で「肯定」も感じることもできない。

 全て打ち明けた時、彼女がどんな顔をするのか怖くて、(いと)は拳を震わせながら続ける。


「……おう。唯一出来てたピアノも、小五のとき、父さんと母さんが家に帰って来なくなってから辞めてたしさ。きっと、俺の出来が悪くて呆れられたんだと思う」


 (いと)は目を閉じて、当時のことを思い返す。



 

 (いと)が五歳の時のことだ。

 実の両親が交通事故で亡くなった。

 幼少期のことで、今はその時のことがもう殆ど思い出せない。

 ただ、病院で目を覚ました時、今の両親が自分のことを心配そうに見つめていたこと。そして、彼らから「お父さんから君のことを頼まれている。一緒に暮らそう」と伝えられたことは、どうしてか鮮明に覚えていた。

 あの頃は喪失感のせいで今の家族からの愛情を素直に受け取ることができず、(いと)はずっと自室に籠りきりだった。

 そんなある日のことだ。

 両親が、業者に頼んで(いと)の部屋にグランドピアノを搬入した。

 見たことのないぐらい大きな楽器を前に、(いと)は戸惑いを隠しきれなかった。

 

「あの……それは?」

「グランドピアノだよ。鍵盤を鳴らすと音が出るんだ。弾いてごらん」

 

 父に促され、(いと)はグランドピアノの白鍵を押す。すると、澄んだ高いドの音が部屋に響いた。

 その音があまりにも綺麗で、(いと)は思わず頬を紅潮させる。

 

「綺麗……」

 

 (いと)がそう零すと、今度は母が優しい声で(いと)に告げる。

 

「好きなだけ弾いていいのよ」

「え……?」

「音楽には、人の心を動かす力があるの。だから、ピアノを弾いたら、(いと)君の心も楽になるかもしれないわ。ね、お父さん」

「ああ。(いと)君、もし何か弾きたい曲があったら、楽譜を用意するから教えてね」

 

 父に優しく微笑まれ、(いと)は少し遠慮がちに「何でもいいの?」と尋ねる。

 すると、両親はゆっくりと頷いてくれた。

 その穏やかな表情に心を溶かされ、(いと)は目を潤ませながら口を開く。

 

「父さんと母さんと、教会で聴いてた曲が弾きたい……」

 

 (いと)の瞳から、涙がポロポロと零れ落ちていく。

 

「もう一回、聴きたい……」

 

 この家に来てから(いと)が見せてくれた初めての泣き顔。それを見た両親は安心したように顔を見合わせ、彼の背中を擦りながらこう言ってくれた。

 

「勿論。もう一回聴こう。楽譜を用意するからしばらく待っていてね」

「そうね。(いと)君の思い出の曲、一緒に聴きましょう」

 

 その数日後、両親は(いと)に楽譜を渡してくれて、読み方も教えてくれた。

 慣れない手つきで弾いた、バッハの「コラール 一番」は、今の(いと)の演奏よりずっと弱々しくて、でも懐かしい音がしたのだ。

 その日から、(いと)はピアノに没頭するようになった。

 才能にも恵まれ、めきめきと上達していく(いと)。そんな彼のことを、天才だと噂する人も少なくなかった。

 しかし、上には上がいる。

 (いと)のピアノは、どのコンクールに出ても、最優秀賞を獲ることができなかった。

 両親の期待に応えたかったのに、あの日、ピアノを教えてくれた両親の気持ちに報いたかったのに……。

 (いと)は次第に、ピアノを弾くのが怖くなっていった。



 そんな日々が続き、いつの間にか(いと)は小学四年生を終えようとしていた。

 三月。桜のつぼみが芽吹くある日の夕方、両親は大きな荷物を持って家を出ようとしていた。

 きっと仕事なのだろうと、(いと)も始めはそう思っていた。

 しかし、彼らが家を出る準備をする部屋から、(いと)の執事の香田の強い声が聞こえてきたのだ。

 

「小学生の坊ちゃんを家に残して海外に行く? これが坊ちゃんのためだと言うのですか!?」

(けい)さん、落ち着いてくれ。僕は何も、(いと)君に寂しい思いをさせたい訳じゃないんだ。ただ、あの子のピアノが認められないから――」

 

 父のその言葉を聞いて、(いと)の頭が真っ白になった。

 

 ――俺のピアノが認めてもらえないから、父さんと母さんは家を出ていくんだ。俺のピアノに価値が無いから……。

 

 そうとしか、思えなかった。

 (いと)は三人に気付かれないように早足で自室に戻り、両親が家を出るその瞬間まで、部屋に籠っていた。

 両親が(いと)の部屋に顔を出すことは無かった。

 それ以降、(いと)はピアノを弾くことを辞めた。

 その後の(いと)は、大切な両親に呆れられた悲しみからどんどんと落ちぶれていった。

 もともと正義感が強くてハッキリとした物言いをする(いと)を疎ましく思う児童も少なくなかったようで、(いと)の元気が無い様子を揶揄ってくる児童が何人もいた。

 彼らに揶揄われるたびに、(いと)は彼らと激しい喧嘩をするようになった。殴り合いになることも少なくなかった。

 ピアノの天才だったはずの彼は……素直で、活発な少年だったはずの彼は、いつしか不良となり、周囲から怖がられるようになっていったのだった。



 

 (いと)は当時の暗い気持ちを思い出して、悲しげに目を伏せる。

 

 彼の言葉を聞いた(りん)もそうだったのか……と、眉を顰めた。小五といえば、(いと)がピアノを辞めた年だ。(りん)に出会ってから再開したと聞いていたが、彼が辞めた理由までは知らなかった。まさか両親が家に帰って来なくなったことが原因だったとは。


 (いと)(りん)の驚きと悲しみが混ざった顔を見て、辛そうに笑う。


(かなで)の技術力には敵わなくて、一回も最優秀賞取れなかったことからも明白だけどさ、俺のピアノには、父さんと母さんを振り向かせるだけの価値が無かったんだ」

「そんな……いと君のピアノ、すごく素敵だよ? なのに、価値が無いなんて」

「事実だよ。でもな、今はそんな卑屈じゃないんだ。……(りん)がいるから」


 (いと)は辛そうな目をしながらも、必死に、一生懸命、(りん)に向かって笑った。


(りん)が、俺のピアノを好きだって言ってくれてる。ピアノだけじゃねえ。俺自身のことも大切にしてくれてる。だから、俺は今の俺、結構好きだ」


 両親が家を出てしまい、今も帰って来ないことは、まだ辛い。きっとこれからも、その心の傷は消えないだろう。

 でも、この言葉は嘘じゃない。

 彼女が自分を受け入れてくれたこと。認めてくれたこと。好きだと言ってくれたこと――。

 それに救われたから、今の(いと)があるのだ。

 彼女に見合う人間になりたいと、必死に努力してきたからこそ、(いと)は変わることができた。

 前の自分に比べたら、今の自分の方がずっと好きだ。

 好きなんだ――。


「いと君……」


 (いと)が無理をしているのが嫌でも伝わってきて、(りん)は悲し気に顔を歪める。


(……いと君に、伝えたい。君が、君の全部が……私は大好きなんだって)


 (りん)は覚悟を決め、真剣な顔で(いと)に歩み寄っていった。

 彼の前に来て、その頬に触れる。

 戸惑った顔の(いと)に優しく微笑んで……(りん)はそっと、唇を重ねた。

 誰もいない、二人きりの教室。沈みかけた夕日に照らされる世界の中、二人の時間は止まっていた。

 (りん)が、ゆっくりと顔を離す。すると、りんごのように真っ赤な顔の(いと)と目が合った。


「なっ、お、お前……口……」


 動揺する(いと)に微笑みながら、(りん)は口を開く。

 

「いと君。私、君のことが大好きだよ。誰がどんなに否定しても、私が、君の価値を証明し続けるから」

「っ……」


 (いと)は目を見開いた。

 彼女から、キスをしてくれた。

 愛のある言葉もくれた。

 本当に、彼女は、俺のことを大切にしてくれている。たとえ俺が、日和(ひより)家の人間じゃなくても――。

 言葉に詰まり、照れくささのあまりまだ赤い頬をかいて……小さく呟く。


「……あんがと」

「うん」

「久しぶりに王子様の(りん)を見たわ……チッ」

「あれ? 何で怒ってるの?」

「自分に腹立ってんだよ。くそ、次は俺からするからな! 覚悟しとけよ! ぜってードキドキさせてやる!」


 もう何度もドキドキさせられてるんだけどな……と、(りん)はクスリと笑ったのだった。

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