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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
18/54

18 教えて欲しい

 (いと)(りん)のお見舞いに行っている頃、校門から出てきた(かなで)は、ある女子生徒に呼び止められた。


周防奏(すおうかなで)君」


 その凛とした声に振り返ると、自分よりずっと背の低い、眼鏡を掛けた黒い三つ編みの生徒……しらべが微笑んでいた。

 見た目こそ地味なのに、彼女からは強く涼し気な空気を感じる。ただのフローラ・フローラのファン、という訳でもなさそうだ。

 (かなで)は柔らかい笑顔を作り、彼女の方に歩み寄っていった。


「こんにちは。僕に用事?」

「ええ。あなたに食べさせたいものがあるんです」

「食べさせたいもの?」


 予想もしなかった言葉が返って来て、(かなで)は首を傾げた。

 この学校に来て数日。自分に用がある生徒の大半は、デートしてくれだの連絡先をくれだの、そういうことばかり言ってきたからだ。そんな中、彼女の申し出はかなり異質だった。

 戸惑う(かなで)を見て、しらべはにこりと微笑む。


「来週の火曜日、六月十七日……あなたのお誕生日ですよね?」

「ああ、そうだね」

「その前日、六月十六日は私の誕生日なんです」

「そうなんだ」

「少し早いですが、文化祭準備で忙しくなる前にお祝いしませんか? 駅前の喫茶店の誕生月クーポンがあるので。あの喫茶店は隠れ家のような場所ですし、人目も引きません」


 見ず知らずの女子に誕生日祝いを申し出られている。この状況がよく分からず、(かなで)は困惑の滲んだ笑顔で首を傾げた。


「僕の誕生日を知ってるのは、まあ事務所のサイトに書いてあるから分かるよ。でも……なんで君が僕のお祝いをするの? 君は誰なの?」

「ああ、申し遅れました。私、新聞部で二年D組の(かなどめ)しらべという者です。日和弦(ひよりいと)君と涼風鈴(すずかぜりん)さんともお知り合いでして」

「へえ、(いと)(りん)ちゃんの知り合いなんだ。しかも、新聞部……」


 しらべの意図を何となく想像することができて、(かなで)はククッと笑う。


「察するに、(いと)から僕について調べるように頼まれたのかな?」


 図星を付かれたしらべは、ぎくりと肩を竦める。二人の名前を出せば警戒を解いてくれると思ったが、やはり少し強引だったか。

 しかし、(いと)の頼みだ。引き下がるわけにはいかない。しらべは笑顔を崩さないようにして続ける。


「……お察しの通りです。しかしながら、私自身も、あなたには興味があります。ですから、少しお話を伺いたいのですが」

「僕に興味? 国民的アイドルの、フローラ・フローラだから?」


 冗談めかしく言う(かなで)に、しらべは首を横に振り……真剣な眼差しを向けた。


「アイドルとしてではなく……「周防奏(すおうかなで)」という、一個人に興味があります」


 しらべの言葉に嘘はない。(いと)からの頼みであるから調査している、というのも事実ではあるのだが、しらべ自身、気になっていたのだ。(いと)が、あそこまで気にする恋のライバルが、どんな人間なのか。

 そして(かなで)も、しらべの言葉に驚いて一瞬息を飲んだ。国民的アイドルというレッテルには目もくれず、自分自身に興味があると言ってくれている。そんな風に自分を見てくれるのは、「葵衣(あおい)」だけだと思っていたが……。もしかしたら、(かなどめ)しらべという女子生徒は他の生徒とはちがうのかもしれない。そう思ったら、がぜん彼女に興味がわいた。


「……分かった。いいよ。君の望む話をしてあげる」

「ほんとですか?」

「うん。その代わり、君のことも教えてよ。僕、君に興味があるんだ」

「ああ、もちろんです。一方的な取材はフェアじゃありませんから」


 しらべは微笑み、(かなで)を「喫茶店まで案内します。行きましょう」と促した。(かなで)はそれに柔らかく頷き、彼女についていった。


* * *


 しらべと(かなで)は木崎駅前の喫茶店、「Old clock(オールドクロック)」の店内に入り、店の一番奥の席に向かい合わせで座った。メニューを確認し、苺のショートケーキとブラックコーヒーを(かなで)が、紅茶とチーズケーキをしらべが注文する。

 頼んだものが来るまでの間で話を進めようと、しらべは鞄からメモ帳とペンを取り出した。


「では、お話を伺いましょうか」

「うん。どうぞ」


 (かなで)はゆったりと机に頬杖をついて、しらべに微笑む。まるで写真集の表紙にでもなりそうな画だ。ファンが見たら発狂ものだろう。しかし、しらべは特に動揺するでもなく、尋ねる。


「苺が好きなんですか? あなたが苺のショートケーキを頼んだの、少し意外でした」

「ん? そんなことが聞きたいの?」

「いえ、少し気になったものですから。事務所のサイトにはティラミスが好きだと書いていたので、てっきり今日もティラミスを頼むのかと思ったんです」


 しらべは笑顔で尋ねる。

 いきなり核心をつく質問をしたところで、答えてくれる可能性は低い。そのため、まずは些細な質問から尋ねていって、彼に気を許してもらおうと思ったのだ。

 ただ、(かなで)にもそれはお見通しだった。——きっと僕の気を緩ませようとしてるんだろうな。そう思いながら、柔らかく微笑む。


「ティラミスは好きだよ。でも、誕生日祝いは苺のケーキが食べたいんだ。定番じゃないか」

「そうなんですか?」

「うん。僕としては、チーズケーキを頼んだ君の方が不思議だね。どうして、それにしたの?」


 (かなで)の質問に、しらべは真剣な顔で即答する。


「ケーキの頂点はチーズケーキだからです」

「え?」

「ただ甘いだけではなく、かと言って苦いわけでもない。そして、胃の中ですぐに溶けてしまうこともない。……要するに、美味しくて腹持ちの良いチーズケーキは最高だということです」

「ふーん、なるほどね」


 (かなで)は面白そうにクスクスと笑う。それを見て、しらべはムッとして頬を染めた。


「何がおかしいんですか?」

「ううん。チーズケーキにそこまでの熱量を注いでる人、初めて見たから面白かっただけだよ。しらべちゃんは食通なの?」

「む……通とまでは言えません。プロの舌には敵いませんから。しかし、まあ……食べることは、昔から好きでしたね」

「へえ。しらべちゃん、すごく小柄で胃も小さそうなのに。意外」

「悪かったですね」


 しらべは頬を膨らませる。それを見て、(かなで)はニヤニヤと笑った。


「意外と、大食いタレントとか向いてたりして」

「う……もう何でもかんでも食べまくるなんてことしません。私は変わったんです。食事は栄養バランスに配慮し、腹八分。これが今の私のモットーなんです」

「変わったってことは、そう意識するきっかけでもあったの?」


 柔らかい笑顔で尋ねられて、しらべは言葉に詰まった。(いと)の名前を出すのはやめた方がいいのは明白だ。(いと)の話を聞く限りだと、彼は(りん)を巡って(いと)をライバル視しているだろうから。

 考えた末、「好きな人の隣に立ちたかったから、変わったんです」と小さく答えた。

 その答えを受けて、(かなで)は僅かに目を伏せた。


「……しらべちゃんは、努力家なんだね」

「はい?」

「好きな人から好きになってもらうために、努力をする。僕にはそれが理解できない」


 (かなで)の声色が、先ほどと比べて低くなった。きっとこれは、彼の本音だ——。しらべは動揺を押し殺しながら、「どういうことですか?」と尋ねる。すると、(かなで)は小さく笑って続けた。


「僕なら、無理に自分を高めたりしない。自分を愛してくれる人を探す。今のままの……そのままの自分のことを愛してくれる人を」

「それが、涼風(すずかぜ)さんだと?」

「うん。彼女ならきっと僕のことを大事にしてくれる」


 (かなで)は悲しそうに、眉尻を下げながら微笑む。その表情は、現実を理解しているからこそ辛そうにしているようにも見えた。

 「そのままの自分を愛してくれる人」「涼風(すずかぜ)さんに縋ってしまう理由」この二つが、彼の抱える闇の核心なのだろう、と、しらべは想像しながら口を開いた。


「なぜ、涼風(すずかぜ)さんなら自分を愛してくれる、と言い切れるのですか? あなたの表情から察するに……本当は、彼女の気持ちに気づいてるんじゃないですか」

「……そうかもね」

「なら、どうして彼女に縋るのです? あなたほどの人なら、きっと他にも自分を愛してくれる人を見つけられるはずです。違いますか?」

「……僕は、そんなに愛されるような人間じゃないよ。才能も、思いやりも持ってない。でも、(りん)ちゃんなら……彼女に似ている(りん)ちゃんなら、きっと僕を愛してくれる」


 「彼女とは誰です?」と聞こうとした丁度その時、店員が飲み物を持ってきた。


「お待たせいたしました。紅茶のお客様は……」

「あ、はい!」


 店員が自分の前に紅茶を置いてくれる。(かなで)の前にも、コーヒーが置かれた。


「ケーキも持って参りますので、少々お待ちください」

「分かりました」


 店員が去っていく。その後ろ姿を確認して、(かなで)は柔らかく微笑んだ。その表情からは、先ほどの辛そうな様子は想像できない。まるで、自分の心を押し殺すことに慣れているようだ。


「話し過ぎちゃったな。ケーキも来るし、ここまでにしようか」

「待ってください。最後に一つだけ」

「ん?」

「……ありのままの自分を愛してくれた「彼女」とは、もう会えないのですか?」


 (かなで)の口ぶりから考えた仮説だった。

 (かなで)を愛してくれた「彼女」は、もう会えない場所にいて……だから、(りん)に執着している。つまり、その「彼女」との別れが、(かなで)の抱える闇なのではないか、という仮説だ。

 しらべの質問に、(かなで)は柔らかい笑顔のまま答える。


「そうだね。もう、この世にはいないから」


 悲しむ様子も、懐かしむ様子もない。心が持つ「悲しむ」機能を完全に停止させたような、そんな顔。

 やはり、「彼女」こそが、(かなで)の持つ闇で間違いなさそうだ。

 大切な人との別れ……しかも、死別となれば、その苦しさは計り知れない。そして、今の彼の様子を見ても、その心の傷は癒えていないのだろう。おまけに、今も好きな人に振り向かれることは無いのだ。このままでは、間違いなく彼は壊れてしまう。

 なら、自分にできることは何か。


「……周防(すおう)君」

「何?」

「またお話してくれませんか?」


 また、思ってもみなかったことを言われた。(かなで)は目を丸くした後、困ったような笑顔を見せた。


「どういうこと? また、取材を受けろって? もう十分話したと思うよ」


 (かなで)の言葉に、しらべは首を横に振る。


「取材ではなく、同級生として、話がしたいのです。私は、あなたの「友人」になりたい」

「友人? 僕と? それで君に何のメリットがあるのさ。言っただろ。僕は才能も優しさもない人間なんだって。しかも、芸能人だし人目を引く。僕と一緒にいても、嫌な思いをするだけさ」


 (かなで)は柔らかい笑顔のまま、早口でしらべの申し出を断ろうとする。しかし、しらべは動じる様子もなく、フッと微笑んだ。


「一つ教えて差し上げます。友人とは、メリットがあるからなるものではないのですよ。相手を知りたいと思う過程で、自然になるものなのです」

「自然になるもの?」

「はい。メリットやデメリットは、後からついてくるものですから」

「もし、デメリットが大きかったら?」

「それは人それぞれです。友人を辞める人もいれば、それでも一緒にいたいと関係を続ける人もいる。感情の種類は違えど、そこは恋愛と同じですよ。まあ、一つ言っておくと……私は、そう簡単に関係を切ることはしません」


 堂々と言ってのけたしらべを見て、(かなで)はぐっと息を詰まらせる。思っていた以上に、彼女は変わっている。

 彼女の言葉を信じていいのか分からない。裏切られるかもしれない。しかし……信じてみたいと、思ってしまった。


「……分かった。また話そう」

「ふふ、良い返事が聞けて嬉しいです」


 しらべの微笑みを見て、むずがゆくなった(かなで)は視線をコーヒーに落とした。


(……こんなの、葵衣といた時以来だ)


 小さく苦笑いする。

 葵衣(あおい)の他に、自分をここまで振り回す人間がいるとは思わなかった。いや、「振り回されても文句が言えない相手」と言った方が正確か。


「お待たせいたしました。苺のショートケーキと、チーズケーキです」

「あ、私がチーズケーキです!」


 しらべは嬉々としてチーズケーキを受け取る。(かなで)の前にも苺のショートケーキが置かれた。


「ごゆっくりどうぞ」


 店員が笑顔を残して去っていく。


「では、食べましょうか。少し早いですが、周防(すおう)君、お誕生日おめでとうございます」

「……ありがと。君もね」


 なんとか、しらべに微笑み返して、ショートケーキの苺をフォークで刺して、一口で食べる。

 砂糖でコーティングされた苺は、自分には不相応なぐらい甘くて、(かなで)は思わず目を伏せながら笑ってしまった。

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