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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
17/54

17 特別

 夕方十七時の町内放送が鳴る。その「赤とんぼ」のメロディーで、(りん)は目を覚ました。最後に起きたのはいつか忘れてしまったが、病院に行った昨日よりもずっと体が楽だ。少しばかり喉が痛いが、もう少し休めば治りそうだなと思い、安堵しながら体を起こす。

 枕もとの体温計で熱を測ると、三十六度九分だった。(りん)は平熱が低いのでまだ少し高いが、熱はほとんど下がったようだった。

 部屋のドアがノックされる。(りん)はマスクを掛けて「はい」と返事をした。すると、ドアが開いて(りつ)が顔を出す。


(りん)、体調はどう?」

「うん。熱もほとんど下がったし、もうそんなに辛くない」

「そっか。良かった」


 (りつ)は微笑む。


日和(ひより)君が、お見舞いに来てくれてるんだけど、どうする? 会う?」

「いと君が?」


 (いと)が会いに来てくれた……と聞いて、内心少し複雑だった。わざわざ会いに来てくれて嬉しい、という気持ちと、昨日しらべと(いと)が二人きりでいた姿を見て酷く嫉妬してしまった自分が思い出されて苦しい、という気持ちが混ざり合う。

 しかし、僅かに「会いたい」気持ちが上回った。(りん)は小さく頷く。


「ちょっとだけ会いたいな」

「分かった。連れてくるね」


 (りつ)は部屋を出ていく。

 会いたい、と言ったものの、どんな顔をして会えばよいか分からず、胸が無性にドキドキしてしまう。(りん)は枕もとに置かれていたピンクのまるぺんのぬいぐるみを持ってきて、ぎゅっと抱きしめた。

 しばらく待っていると、再度ドアがノックされた。もう一度返事をすると、ガチャリとドアが開いて、いとが入って来た。帰り道に寄ってくれたのだろうか。格好は制服のままで、鞄も普段彼が学校で使っている紺色のリュックだ。


「ふーりん、体調大丈夫か?」

「うん。もう熱は下がったし、あと少し休めば学校も出られそう」

「そっか、良かった。お兄さんにアイス渡しておいたから、食べられそうな時にでも食べてくれ」

「アイス、買ってきてくれたの?」

「おう。美琴(みこと)から、お前がペンギンさんのグレープシャーベットが好きだって聞いたから、買ってきた」

「そうなんだ。ありがとう」


 (りん)は微笑みを作った後、ほんの少し俯く。

 お見舞いのお礼は言った。次は、楽しい話が聞きたいはずなのに、口をついて出たのは乾いた言葉だった。


「いと君は、優しいよね。誰にでも」

「あ?」

「今までさ、私、勘違いしてたんだ。いと君は優しいんだって知ってるのは私だけで、いと君にとって私は特別なんだって。君の優しさを一番沢山貰えるのも、君のピアノを一番傍で聞けるのも、私なんだって思ってた。……でも、昨日は、私の場所にしらべさんがいた」


 (りん)の言葉尻が震えた。彼女の悲し気な瞳を見て、 (りん)の言葉尻が震えた。彼女の悲し気な瞳を見て、(いと)は目を見開いた。


 ――(かなどめ)とのこと、見られてたのか……!?


 別にやましいことはしていない。ただ、ピアノを聴かせただけだ。

 でも、(りん)の話を聞く限り、彼女にとって「(いと)のピアノを聴くこと」は特別なことだったのだろう。

 そのことを考えようともせず、(いと)はしらべにピアノを聴かせていたのだ。

 間違いなく、自分の行動が(りん)を傷つけてしまった――。

 (いと)は何とかフォローしようと、慌てて口を開く。


「あれには、訳があったんだ。詳しく話すと長くなるけど」

「焦らないで。いと君は悪くない。誰も悪くない……けど、嫉妬しちゃった自分が、醜くて嫌いで。王子様なのに、嫉妬するなんて受け入れられなくて」


 胸が苦しくなって、目に涙が浮かぶ。(りん)は、涙が零れる前に手で目を擦った。


「……ごめん。折角お見舞いに来てくれたのに、変なこと言ってるかも」


 今にも泣きそうな彼女を見て、(いと)は眉を顰めた。

 彼女は、こちらのことを一切責めようとしていない。それどころか、自分のことを責めている。

 「王子様」という肩書きが、(りん)から「素直に嫉妬する」という選択肢すら奪ってしまっているのだ。

 

 ――なんで、ふーりんは嫉妬しちゃいけないんだよ。別に、嫉妬なんて誰だってすることなのに。


 (いと)はそう思い、彼女に告げる。


「変じゃねーよ。今、ふーりんがこの話をしてるのも、ふーりんが嫉妬したって話も」

「え……?」

「普通のことだろ、どっちも」


 (いと)はそう言って、頭をかく。


「俺だって、周りは王子だ何だって騒いでるけど……嫉妬ぐらいするよ」

「そうなの?」

「おう。今日、(かなで)から、「昨日、熱を出したふーりんを運んだ」って話を聞いた時……正直、耐えられないぐらい腹が立った。嫉妬したよ、すごく」

「あ……」


 (りん)は目を丸くして、小さく「ごめん」と謝った。(いと)はそれに「お前は悪くねーよ」と穏やかに微笑み、続ける。


「俺も、自分はお前にとって特別な存在だって思ってた。お前が「可愛いもの好き」っていう秘密を知ってるうちの一人で、いつも、一番傍にいて……誰よりも、気を許してもらってるんだろうなって思ってた。今思うと、甘えだな。そんなんじゃ、いつか誰かに盗られちまう。だってお前は……」


 ――ふーりん。彼女をそう呼ぼうとして、(いと)は口を閉ざす。

 

 「ふーりん」と呼び始めた親友になりたての頃と今では、もう関係が違うのだ。

 もし彼女を「唯一無二の恋人」として考えるのなら、そして、彼女からも自分をそのように考えてもらいたいのなら、もっと良い呼び方がある。

 (いと)は彼女に向かって優しく微笑みながら、口を開いた。


(りん)は、すっげー魅力的な人だから」


 唐突に名前で呼ばれて、(りん)の顔が真っ赤になる。それを見て、(いと)は「ふは」と笑った。


「恋人だからとか、関係ねー。俺は……誰にもお前を譲るつもりなんざねーんだ。俺にとって、お前は特別な存在で、お前にとっても俺は特別な存在……そうあり続けられるように、もっと頑張るから」


 (いと)は真っ直ぐに(りん)を見つめて、優しく微笑む。その笑顔は、誰が見ても王子様だ。キラキラしていて、眩しいのに、ずっと見ていたくなる。(りん)は、好きが溢れて苦しくなる胸を押さえながら、(いと)を見つめ返した。


「いと君。その……」

「何だよ」

「……君って、本当に王子様なんだね」

「ふは! どういうことだ、それ」

「かっこよくて、敵わないよ……」


 (りん)はふにゃりと照れ笑いする。その可愛らしい笑顔を見て、(いと)も釣られて照れ笑いし、頬を掻いた。

 

「やっぱ、(かなで)には渡したくねーな」

周防(すおう)君?」

「おう。イベントでも言ってたけど、あいつお前のこと好きなんだろ?」

「ああ……本気、なのかな」

「おう。多分な。もちろん、あいつに負けるつもりはねーけど……少し不安なこともある」


 (いと)の言葉に、(りん)は首を傾げた。


「どういうこと?」

「まだ、(かなどめ)に手伝ってもらって調べてる途中だけど……あいつ、なんか闇みたいなもん、抱えてんだよ。今日も、泣いたのか寝不足か分かんねーけど、目が腫れてた。もし今、俺が(りん)のことであいつを負かせたら……あいつは、光を失うことになるんじゃないかなって。傲慢なこと言ってんのは分かるけど、俺、幼なじみとして、あいつのこと放っておけねえんだ」

「そう、なんだ……」


 (りん)は表情を曇らせながら俯き、口を開く。


「あのね、周防(すおう)君が私を助けてくれた時、言ってたんだ。昔、大切な人を高熱で亡くしてるって。お金が無くて、親も家に帰ってきてなくて……助けられなかったんだって」

「そうなのか……?」

「うん。……あのね、いと君。私も、周防(すおう)君のことをこのままにしたくないんだ。周防(すおう)君のこと、初めて会った時は「芸能人」っていう遠い存在の人に感じたけど、今は……彼も、普通の人なんじゃないかって思ってる」

「普通の人?」

「うん。悲しかったら傷ついて、辛かったら泣いてしまうような、私たちと同じ普通の高校生。いと君の話を聞いて、そんな彼のことを、放っておいちゃダメだと思った」


 (りん)は真剣な顔で(いと)を見つめる。


「周防君の気持ちには応えられないけど、私も、周防(すおう)君のために何かしたい」

「ああ。俺もだ」


 その時、(いと)の鞄からスマホのメッセージ受信音が聞こえた。確認すると、しらべからのメッセージだった。


(かなどめ)からだ。(かなで)のことかもしれねえ」


 (いと)(りん)にもスマホを見せながら、メッセージを確認した。

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