表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第二章 君を知る文化祭
13/54

13 編入生

 ガーデンパーティーが終わった次の週の水曜日の朝。二年C組の教室はざわついていた。普段は(りん)を見て黄色い声を上げている生徒達ですら、彼女から気が逸れているようだ。

 (りん)は不自然な騒がしさを不思議に思って、本を読む手を止めて周囲の声に耳を傾けた。


「ねえ、さっき職員室前通ったら、すごくかっこいい人がいたよ! 転校生かな?」

「あ、知らないの? あの人、国民的アイドルのメンバーだよ? たしか、フローラ・フローラっていう……」


 ……フローラ・フローラ?

 鈴に嫌な予感が過った。

 教室の後ろのドアが開いて、(いと)が入って来る。


「ふーりん。はよ。なあ、なんか今日うるさくね?」

「あ、ああ……なんか、芸能人が高校に来てるらしいよ?」

「芸能人?」


 (いと)は首を傾げる。


「誰だそれ」

「えっと……」


 フローラ・フローラの名前を出したら、(いと)は気を悪くするんじゃないか……と、悩んでいるうちに担任が教室に入ってきた。


「おはよう。今日は編入生を紹介するぞー。ほら、みんな席に着け」


 担任に促されて、生徒達が続々と席に着く。

 教室が静かになったのを確認し、担任は入り口のドアの方に声を掛けた。


「入っていいぞー」


 教室のドアが、静かに開く。

 クラスメイトが注目する中、彼はゆったりと教室に入ってきた。

 長い脚。金のハイライトの入った黒髪。そして……見るもの全てを魅了する甘い顔立ち。

 彼は教壇の横まで来ると、クラスメイト全体を見渡し、にこりと微笑んだ。


周防奏(すおうかなで)です。家族の都合で木崎市に戻ってきました。よろしくお願いします」

「あー!!」


 (いと)がガタリと立ち上がって、(かなで)を指さした。それを見て、担任は不思議そうな顔で「なんだ、知り合いか?」と尋ねる。

 驚きのあまり口をパクパクさせる(いと)の代わりに、(かなで)が微笑みながら「幼なじみです」と答える。


「そうか。なら丁度いい。日和(ひより)の後ろの席が空いてるから、そこに座ってくれ」

「分かりました」


 クラスメイトが見とれる中、(かなで)(いと)の後ろの席に荷物を置き……斜め前の(りん)に向かって、周りに聞こえるような声で告げる。


(りん)ちゃん、よろしくね」


 彼の言葉を聞き、クラスメイトがざわつき始めた。


(りん)様とも知り合い!?」

「一体、どういう関係なの……!?」


 担任が、騒がしくなる生徒達を「こらこら、静かにしろ」と宥める。


「ホームルーム始めるぞ。今日は文化祭準備の連絡もあるからなー」


 担任が今朝の連絡事項を話し始めた。

 それを聞きながらも、(りん)は冷や汗が止まらなかった。

 だって、彼は駅前のイベントの時に自分に言い寄って来た人間で……自分のワンピース姿も見ているのだ。

 下手に近寄られるのも、可愛いもの好きなことをバラされることも不安で仕方なかった。


(これから、どうしよう……)


 (りん)の不安はつゆ知らず、他のクラスメイト達は興奮した様子で朝のホームルームを聞いていたのだった。


* * *


 その日の授業中。国語、生物、世界史、数学……と、順当に進んで、五、六時間目は文化祭準備の話し合いだ。

 クラス委員長の司会で、出し物の案をまとめていく。黒板には、演劇の題材となる物語の名前がいくつも書かれていた。

 その下には、多数決の「正」の字が連なっている。

 委員長の女子生徒は、一番票の多かった「木崎城一夜物語」に赤丸をつけた。


「じゃあ、木崎城一夜物語で決定です!」


 委員長の声に、拍手が起こる。


「では、次に配役を決めましょうか」


 委員長が黒板に「菖蒲姫」「朝霧」「月彦」……と、配役を書いていく。


「ねえ、(りん)ちゃん、「木崎城一夜物語」って何?」


 (かなで)に斜め後ろから尋ねられ、(りん)はビクリとしながらも答える。


「木崎市の昔話だよ。えっと、たしか、あらすじは……」


 ——木崎城には、国一番の美しさを誇る姫君がいた、彼女は菖蒲姫。花のように可憐な笑顔と、美しい紫紺の髪を持つたおやかな姫である。そんな彼女には、国内外から縁談が絶えなかった。

 しかし、彼女が想いを寄せているのは、幼なじみの朝霧という青年だ。朝霧は平民の出身で、身分差がある菖蒲姫とは結ばれない定めだった。

 二人は叶わない恋だと分かっていながら、逢瀬を重ねる。そんな中、菖蒲姫に隣国の貴族から縁談が舞い込んだ。

 彼の名は月彦。月光を浴びたように輝く銀髪に、静かな漆黒の瞳は、美青年と名高い。そして、彼の身分を顧みても、菖蒲姫が縁談を受けることで木崎の国には多くの利益があった。そのため、両親は菖蒲姫の了解を得ずに縁談を進めていった。

 それを知った菖蒲姫は、朝霧と共に城を抜け出す。しかし、それを知った月彦と一騎打ちになり……命を落としてしまうのだった。

 菖蒲姫は彼の死を悼み、彼の刃を胸に突き立て後を追ったのだった。


「っていう、悲恋だよ」

「へえ、そんなのをやるのか」


 (かなで)はククッと笑う。


「人間って、悲しい話が好きだよね」

「主語大きいなあ……」


 (りん)は苦笑いする。

 その横で、わざわざ斜め前の彼女に話しかける(かなで)(いと)は苛立っていた。

 どう考えても、(かなで)(りん)に近づこうとしている。

 しかし、彼女の恋人は自分なのだ。絶対に、(りん)のことは渡したくなかった。

 (いと)がムカついているうちに、話し合いは進んでいく。


「じゃあ、菖蒲姫から決めましょう。誰かやりたい人はいますか?」


 委員長が尋ねるが、主役とあって躊躇われるのか、誰も手を挙げない。それを見て、(かなで)は微笑みながらスッと立ち上がった。


(りん)ちゃんにやって貰らおうよ。そしたら、僕が月彦をやる」


 柔らかい笑顔と共に発せられた言葉に、クラスがざわつき始める。


(りん)様がお姫様……?」

「ちょっと想像できないけど……似合うかも?」

「でも、涼風(すずかぜ)って王子様だろ?」


 その騒ぎ声を聞きながら、(りん)は目を見開きながら固まってしまった。


(私がお姫様……? そ、そんなの……)


 驚いたまま固まる(りん)を見て、(かなで)は後ろからこそりと尋ねる。


(りん)ちゃん、お姫様みたいな可愛いもの、好きでしょ?」

「え……」


 たしかに、可愛いもの好きな(りん)は、お姫様には憧れがあった。物語に出てくる、可憐で美しいお姫様のようになりたいと思ったことだって何度もある。

 しかし、周囲の反応が怖い。動悸がうるさい。息が上手くできなくて気持ち悪い。(りん)は自分のことでいっぱいいっぱいで、(かなで)の意図を考える余裕も無かった。

 (りん)の隣の席の(いと)も、慌てた顔で(りん)を見つめていた。


涼風(すずかぜ)さん、どうですか?」


 委員長に尋ねられる。


「わ、私……」


 どうすればいい? 何て答えればいい? そもそも、私は何をこんなに焦っているのだろう。いつものように、断れば済む話だ。でも……。

 (りん)は隣の(いと)をちらりと見る。

 ガーデンパーティーの時、(りん)(いと)に伝えたはずだ。君の前で、好きなものに囲まれて、素直に笑いたいと。

 だったら……今が、殻を破る時なんじゃないか。


「や……やり、ます。私で良ければ」


 (りん)は小さく頷いた。それを見て、周りの生徒達は静まり返る。

 みんな、王子様の(りん)がお姫様をやることに戸惑っているのだ。

 その沈黙が、(りん)には酷く痛かった。


(やっぱり……断るべきだったのかな)


 スカートの上で拳を握りしめる。身体は少し震えていた。

 それを見て、(いと)は「なら!」と大きな声を出した。


「俺が朝霧をやる!」


 そう言って、後ろにいる(かなで)をびしっと指さした。


「こいつを刀でメッタメタにしてやる」


 (いと)の言葉を聞いて、周りの生徒達はクスクスと笑い始めた。


「朝霧って、月彦に負けちゃうんじゃなかったっけ」

「まあ、面白そうだしいいんじゃね?」

「たしかに、日和(ひより)君に似合いそうだね」


 周囲に笑われ、(いと)は顔を赤くする。教室の空気が和んだのを確認して、委員長も微笑みながら三人の名前を黒板に書いた。


「じゃあ、残りの配役と役割分担も決めていきましょうか」


 「殿様をやりたい人ー」「ああ、それ俺がやりたい! 付け髭着けたい!」「なんだよそれ」……と、和やかに話し合いが進んでいく。それに安心しながら、(りん)(いと)にコソっと微笑む。


「ありがとう」

「へっ、別にいいよ。言っただろ。俺はお前が何選んでも味方でいるって」


 (いと)は二ッと笑い、後ろの席の(かなで)を睨む。


(こいつ……何企んでやがる?)


 (いと)の鋭い視線を受けながらも、(かなで)は柔らかく微笑んでいた。しかし、焦げ茶色の瞳は見ていて心が凍り付いてしまいそうなほど冷たい。


(手ごわいな。(りん)ちゃんも、(いと)も)


 (かなで)は膝の上で拳を握りしめ、心の中で吐き捨てる。


(絶対に、(いと)から彼女を奪ってやる)


* * *


 その日の放課後。(りん)や他の生徒が部活に行ってしまったのを見計らって、(いと)(かなで)の席を振り返った。鞄に荷物を詰めて立ち上がろうとする彼に「なあ」と低い声を掛ける。


「ちょっと待てよ」

「ん?」


 (かなで)は微笑みながら小首を傾げる。それを睨みながら、(いと)は続けた。


「何、企んでやがる」

「ふふ、なんのことやら」

「とぼけんじゃねーよ。お前には、気になることが山ほどあんだ」


 引き下がらない(いと)を見て、(かなで)は冷たい笑顔のまま、尋ねる。


「何が聞きたいんだ? 君にとって良い情報なんて、僕は持ち合わせてないけど?」

「なんで、うちの高校に来た? お前、東京でアイドルやってんだろ。わざわざ都内から出てくる意味が分かんねー」

「朝も言っただろ。家族の都合で、木崎市に帰って来たんだよ」

「嘘吐いてんじゃねーだろうな?」

「事実さ。詳しくは言えないけど。……なんで、そんなことが気になる?」


 (かなで)に笑顔で尋ねられて、(いと)は、ぎり……と歯を噛んだ。苛立ちが抑えきれていない様子だ。


「お前が何か隠してんのは分かってんだよ。俺より年上のくせに、わざわざ二年生のクラスに編入してきたことも、ふーりんに無理やり姫役をやらせたことも……全部おかしい。絶対、何か企んでるだろ」


 (いと)の言葉を聞き、(かなで)はククッと笑う。


「何もおかしくないよ。僕は高二でこの高校を休学してたから、このクラスに来たんだし……(りん)ちゃんをお姫様役に抜擢したのだって善意さ。彼女が可愛いものを好きだって知ってたからさ。お姫様役をやらせてあげたら喜ぶと思ったんだよ」

「でも困ってただろーが! ふーりんは、自分が可愛いもの好きだって気づかれたくなくて、必死に周りに隠してて……!」

「そうだったんだ。でも、彼女もお姫様役を引き受けてくれただろ? なら、彼女の意思を尊重したってことで良いじゃないか」


 (いと)は言葉に詰まる。

 (かなで)の言っていることは間違っていない。でも、もしそれを良しとしてしまったら、今までの俺の努力は何だったんだ? ふーりんが傷つかないように、ふーりんの意思を尊重して、王子でい続けるあいつを応援していた自分の行動は全部間違いだったのか――(いと)はそう思い、唇を噛みしめた。

 そんな彼の心の中を読んだように、(かなで)はニタリと笑う。


「君よりも、僕の方が(りん)ちゃんのことを分かってあげられるみたいだね。……この前の勝負のこと、忘れたとは言わせないよ」

「……あたりめーだ。俺だって忘れてねーよ。ふーりんは、絶対に俺が幸せにする……」

「でも今日のことを考えるに……(いと)、君よりも僕の方が彼女に合っているんじゃない? 君は、女のことを尊重していたつもりのようだけど……ただ彼女の気持ちに従っているだけで、彼女は幸せになれるのかな?」

「ああ?」

「背中を押してあげる存在も、彼女には必要だってことだよ。周りに合わせて我慢しがちであろう、(りん)ちゃんみたいな子は特にね」


 (かなで)はそう言うと、荷物を持って立ち上がった。


「もう聞きたいことはないだろう。僕は帰るよ」


 ゆっくりと教室の扉に歩いて行く(かなで)に向かって、(いと)は静かに口を開く。


「待てよ。……最後に一個だけ教えろ」


 (かなで)は微笑みながら(いと)を振り返った。彼の柔らかい表情を見据えて、(いと)は尋ねる。


「お前も、ふーりんが好きなのか?」


 真っ直ぐな問いかけだった。

 (いと)は、疑問だったのだ。(かなで)が、本当に(りん)を大切に想っているのか。

 先ほどの話し合いでの彼の行動は、理由こそ善意でできていたが、かなり強引なものだった。もし自分がフォローに入らなかったら、(りん)は深く傷ついていたかもしれない。本当に(りん)が好きなら、あんな乱暴な真似するだろうか。

 でも、もし(かなで)に悪意が無く、単純に不器用なだけで(りん)を好きでいるのなら……ライバルとして、正面からぶつかるつもりでいた。だから、尋ねたのだ。

 (かなで)は一瞬微笑みを崩した後、冷たい笑顔を作って答えた。


「愛されたいんだよ。彼女に」


 それだけ言うと、(かなで)はスタスタと教室を出て行ってしまった。

 彼の笑顔と、答えを反芻し……(いと)は表情を曇らせる。


(読めねー奴だな……言葉は善意でできてるのに、表情が嘘くせー。……何が、あいつにあんな顔させる? あいつが本心を隠す理由は何だ? こんな状態で、あいつと戦うべきなのか)


 (いと)は聡い。不良のような振る舞いをしているだけで、他人の気持ちの機微によく気付く。だからこそ、(りん)の気持ちを尊重しようと気を回したり、(りん)を思いやって行動できているのだ。

 そして、彼の聡さは(りん)にのみ発揮されるものではない。(かなで)だって例外じゃなかった。

 (かなで)の作り笑いにも、何か隠し事をしている素振りにも、(いと)は気づいていたのだ。だから、彼のことが気になった。


(助けてやりてーとまではいかねえが……今のままじゃ、あいつをライバルとして認められねえ。あいつを打ち負かしていいのか分かんねえ。……知らなきゃいけない。あいつのことを)


 (いと)は荷物を持って立ち上がった。

 どのようにして、(かなで)から本心を聞き出せばいいか、自分には分からない。しかし、一つ策があった。

 こういう調査が得意な人間を、(いと)も知っていたのだ。


「……(かなどめ)に聞いてみるか」


 (いと)は呟き、新聞部の部室へと足を運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ