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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第一章 学園の王子様には秘密がある
12/54

12 君の前では

 いよいよ、ガーデンパーティー当日。穏やかな初夏の昼下がり、木崎学園高校の薔薇園はパーティー用にセッティングされていた。

 白い丸テーブルには紅茶やケーキなどのお菓子が用意され、バイキング方式で取りに行けるようになっている。

 ドレスとスーツに身を包んだ生徒と教職員も、ある人はお菓子を食べ、ある人は紅茶を片手に談笑し、ある人は会場内に流れている音楽に合わせて楽しそうに踊っていた。

 そんな中、多くの生徒達が注目していたのが……スーツ姿の学園の王子様二人だ。


(りん)様、やっぱり格好いい……!」

「今日も麗しいわ……」


 (りん)は、黄色い声援を背後にショートケーキを皿に置く。その顔は少し疲れていた。


(落ち着かない……)

「予想はできてたけど、ふーりん大人気だな」


 (いと)が面白くなさそうに唇を尖らせる。

 彼女がファンからそういう目で見られることは予想できていたが、いざその様子を目の当たりにすると不愉快だった。

 だって、(いと)にとって彼女は自分の恋人で、みんながもてはやす王子様なんかじゃない。「自分の」恋人だ。自分の……とまあ、(いと)はこういう風に考えていたのである。要するに、周囲に対してヤキモチを焼いているのだ。

 そんな彼を見て、(りん)も頬を膨らませた。


「いと君だって大人気じゃん」


 (りん)はそう言って、ちらりと(いと)の奥にできている人だかりを見た。複数人の女子生徒が、(いと)を見つめて顔を赤らめている。


日和(ひより)君、格好良くない?」

「ね……スーツ着てるとお金持ちの御曹司って感じ」

「普通にイケメンだよね……」


 彼女たちの声を聞きながら、(いと)は鼻を鳴らす。


「フン。こういう時ばっかり色目使いやがって」

「言葉が汚いよ」

「事実だろうが。それに……俺はお前以外からの好意なんて興味ねーから」


 (いと)はぶっきらぼうに呟く。それを受けて、(りん)も赤い顔で言い返した。


「私もそうだもん」

「でも、お前は周りにもいい顔してんじゃねーか。その証拠に、今日の格好……」


 (いと)(りん)が着ているダークブルーのスーツを一瞥する。


「ドレスじゃねーじゃん」

「う……」


 (いと)の指摘に、(りん)はぎくりと体を竦めた。

 木崎学園高校のガーデンパーティーは、男女でドレスコードに差は無い。インフォーマルなスーツか、ドレスであれば、男女関係なく参加できることになっている。

 しかし、それは別として、(りん)が周りに忖度をしてスーツを着たのは事実だ。

 ただ、本音では(りん)だって、(いと)のためにドレスを着たかった……。


「ほんとはドレス着たかったよ」


 (りん)はぽつりと呟く。


「でも、周りの目が怖いんだ」


 目を伏せながら、(りん)はケーキの乗った皿を持った。

 彼女の暗い顔を見て、(いと)は静かに尋ねる。


「ふーりんは、結局どうしたいんだよ」

「え……?」

「周りのために自分を押さえ込む方が楽なのか、それとも、自分の好きなものを貫く方が楽なのか、どっちだ?」


 (いと)の願いは、彼女が自然体で笑ってくれることだ。そのためにできることなら何だってするし、彼女が望む道を全力で応援したい。

 しかし、今の彼女は、自分の道を迷っているようにしか見えなかった。

 そんな彼女のためにどうしたらいいか、何がベストなのか……(いと)は分からなかった。だからこの質問をしたのだ。

 しかし(りん)は、質問に対する答えが分からず、黙り込む。そんな彼女に(いと)は真剣な顔で、告げた。


「どっち選んでも、俺はお前の味方だよ。お前が前者を選ぶってんなら、俺だってもう文句は言わねー。作り笑いでも、心からの笑顔でも……お前の笑顔が見られれば、俺はそれでいいんだ」


 本当は自然に笑って欲しいが、(りん)は周囲を無視して無理に自分を押し通すのが得意な人間ではないと理解している。だから、(いと)はそう告げた。

 どちらにせよ、笑って欲しいという気持ちに嘘は無い。


「いと君……」

「ほら、座ってケーキ食おうぜ」


 (いと)(りん)を促して、食事用のテーブルに歩いて行く。それに慌ててついて行きながら、(りん)は心の中で彼の質問を繰り返した。


(私は……どうしたいんだろう)


 (いと)の背中を見る。

 (りん)がどんな答えを選んでも、彼はきっと(りん)を受け入れてくれるだろう。でも本音だと、(りん)が心から笑顔になれる道を選んでほしいはずだ。そっちの方が、(いと)だって嬉しいだろう。


(私は……いと君の、ためなら)


 (りん)の心の中に、ある思いが芽生える。


(この気持ち、伝えなきゃ)


 (りん)は密かに決意し、(いと)の隣にケーキを置いた。


「いと君、紅茶貰ってくるから待ってて」

「おー、分かった」


 (りん)は彼に断りを入れ、薔薇園の奥のテーブルで紅茶を淹れている緑のドレスを着た生徒に歩み寄った。髪は普段の三つ編みヘアではなく、ハーフアップでまとめられている。そして、眼鏡も掛けていなかった。しかし、(りん)には彼女が誰か分かっていた。


「しらべさん」


 (りん)が声をかけると、彼女……しらべは、にこりと微笑んでポットをテーブルに置いた。


「声を掛けてくださった、ということは……昨日の作戦を実行するということでいいですね、涼風(すずかぜ)さん」

「うん。協力してくれるかな」

「もちろんです。というか、下準備はもうできています」


 しらべは微笑みながら、(りん)に耳打ちする。


美知子(みちこ)先生が、第二音楽室を開けて下さっています。夕方六時までならいらっしゃるそうです」

「ありがとう」


 (りん)は頷く。しらべは力強く微笑んで、(りん)に告げた。


「頑張ってくださいね」


 (りん)はそれに頷き、(いと)の元へ戻っていった。

 紅茶も持たずに戻ってきた(りん)を見て、(いと)は首を傾げる。


「おい、紅茶取りに行ったんじゃなかったのか?」

「うん。あのね、いと君。一個お願いしてもいいかな」

「なんだよ」


 不思議そうな顔をする(いと)を真っ直ぐに見つめて、(りん)は口を開く。


「ケーキ食べ終わったら、第二音楽室に来て。私と一緒に」

「あ? でも、今日は開いてないんじゃ……」

「後で説明するから、とりあえず頷いてくれるかな」


 (りん)の断固とした言い方に、(いと)は戸惑いながらも頷いた。

 何がしたいのか分からないが、きっと(りん)にも考えがあるのだろう。だったら、断る理由もない。


「分かった。じゃあ、これ食べたら抜け出すか」

「ありがとう」


 (りん)は微笑み、フォークを持ってケーキを食べ始めた。耳には、会場に設置されたスピーカーから流れてくるクラシックが入って来る。

 しかし、ケーキの味も、会場の音楽も、緊張でよく分からなかった。


* * *


 ケーキを食べ終えた(いと)(りん)は、パーティーで盛り上がる生徒達の目を盗んで、第二音楽室にやってきた。(りん)の言っていた通り、扉の鍵は開いている。

 (りん)が静かにドアを開けると、中には誰もおらず、壁際に大きな紙袋が置かれていた。

 (りん)はそれを手に取ると、(いと)の前で中身を出した。

 (りん)が取り出したものを見て、(いと)は目を丸くする。


「それ……」

「うん。ドレス。昨日買ったんだ」


 自分の体にマリンブルーのワンショルダードレスを当てて、(りん)は頬を染める。


「いと君の前で着て、君を喜ばせたくて……しらべさんに協力してもらったんだ。そしたら、音楽の先生にお願いして、ここを開けてくれた。私と君が二人きりになれるようにって」

「そ、そうか……」


 (いと)は恥ずかしそうに顔を赤らめて、(りん)から目を逸らす。それに微笑んで、(りん)はスーツのボタンを外し始めた。

 彼女が服を脱ごうとしていることに気が付き、(いと)は慌てて後ろを向いた。


「なっ、何脱ごうとしてんだ!?」

「いと君にドレス着てるところを見せたくて」

「それにしたって、何も言わずに脱ぐんじゃねーよ!」

「あ、ごめん。ちょっと待っててね」


 スーツを脱ぐ、布のこすれる音が(いと)の耳に入って来る。それが恥ずかしくて、(いと)は真っ赤な顔で目をぎゅっと閉じた。


「お前、気にしいなのか大胆なのか分かんねーよ……」


 思わず、(いと)の口からため息が漏れた。(りん)はドレスを着ながら、それに向かって穏やかに答える。


「いと君だから、いいんだ」

「は……?」

「いと君だから、私はありのままの自分を出せるんだ。私、周りの目を気にしてばっかりだけど……いと君は、私が心から笑っているところを見たいって思ってくれてるのが分かるから。だから、私も、好きなものに囲まれて、素直に笑いたいって思う。君の前だけでも」


 その言葉を聞き、(いと)は頬を緩める。

 (りん)が自分のことを信じてくれていることも、自分に心からの笑顔を見せようとしてくれているのも、嬉しかったのだ。

 今まで彼女のことを想って行動してきた全てのことが、報われたような気がした。


「いと君、こっち向いて」


 (りん)の優しい声音に振り返ると……そこには、青薔薇を身にまとったような、上品で美しい少女が微笑んでいた。


「似合う、かな」


 頬を染めながら尋ねられる。あまりにも、綺麗だった。愛おしかった。

 そして、彼女が自分の好きな格好をして、自然に微笑んでくれていることが、何よりも幸せだった――。

 (いと)(りん)に歩み寄ると、そのスラリとした右手を取って、そっとキスをした。

 ゆっくりと顔を上げ、(りん)に微笑む。


「綺麗だ。すごく」


 王子のように微笑まれ、(りん)の顔がぼっと赤くなった。学園の王子様である(りん)も、(いと)の前ではすっかりお姫様だ。


 ——あなたからは、物語のプリンセスのような上品さを感じます。


 (りん)の脳裏に先日のしらべの言葉が蘇る。普段は王子として気を張っているだけで、本来の自分には、そういう一面もあるのだろう。

 (いと)はいつだって、ありのままの自分を好きでいてくれる。認めてくれる。彼の傍では、普通の女の子でいられた。

 彼が、自分をお姫様にしてくれているのだ。


「ありがとう、いと君」


 (りん)は心からの明るい笑顔を覗かせた。それを見て、(いと)も二ッと笑う。

 薔薇園の方から、微かに音楽が聞こえてきていた。先ほどは分からなかったクラシックの美しさも、今ならきちんと分かった。


「いと君、踊ろう」

「は?」

「ほら、音楽が聞こえてきてる」

「……ふは、それもそうだな」


 (いと)(りん)の手を取り抱き寄せる。

 二人はぎこちないステップを踏みながら、それでも幸せそうな顔で踊ったのだった。



* * *


 一方その頃、(かなで)は、東京都心から木崎市へ向かう高速バスに乗っていた。周囲にフローラ・フローラの他のメンバーはおらず、ステージ出演などのためでは無いことが分かる。

 窓際に座る彼の足元には大きなスーツケースが置かれていた。


「……久しぶりに帰るな」


 (かなで)は、ぽつりと呟く。その表情はどこか寂し気だ。


(まあ、(りん)ちゃんに会えるなら……いいか)


 そう心の中で自分に言い聞かせて、(かなで)は静かに窓の外を見つめていた。


(彼女なら、きっと……僕のことを愛してくれるだろうから)


 脳裏に、初めて会った時に、(りん)が一瞬見せてくれた笑顔を思い浮かべる。

 あの可愛らしい笑顔を、自分のものにしたい。

 (いと)になんて取られたくない。


(絶対に、射止めるんだ。彼女のことを)


 (かなで)は仄暗い瞳に空を映しながら、強く決意したのだった。

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