11 しらべの微笑み
翌日の放課後、鈴はいつものように可愛いピンクのワンピースでお洒落をして、一人で隣町の服屋に来ていた。もちろん、ガーデンパーティーで着る服を探すためだ。
この店は普段着というよりスーツやドレスを取り扱っている店。種類も価格帯も豊富なため、自分に似合うものもきっとあるだろうと思ったのだ。
初めは美琴も誘うつもりだったが、今日はご当地アイドルのダンスレッスンがあるらしく断られてしまった。よって、勇気を出して一人で来たのだが……。
(どれがいいのか、全然分からない……)
色とりどりのドレスを前にして、鈴はすっかり気圧されてしまっていた。
可愛らしい洋服は好きだし、ドレスにももちろん憧れがある。普段の鈴なら、もっと胸を躍らせながらドレスを選ぶことができただろう。
しかし、弦に喜んでほしい……と、思った途端に、何を着れば良いのか分からなかった。
(そういえば、私って、いと君の好みなんて全然知らないんだな)
鈴が困り果てていた、その時だった。
「涼風さん?」
よく通る、透き通った声に呼ばれて、鈴は体を竦めた。恐る恐る振り返ると、そこには木崎学園高校の青いブレザーを着た、しらべが微笑んでいた。
「あ、悪魔の新聞部の……」
「ふふ。京しらべです。こんにちは」
しらべは丁寧に頭を下げた後、鈴の隣に来てディスプレイされたドレスを眺める。
「これだけ種類があると、どれを着れば良いのか迷ってしまいますよね」
「そ、そうだね……」
「涼風さんは、どれにするんですか?」
「まだ迷ってて……どれが自分に似合うのか、とか、どれなら、いと君が喜んでくれるのかとか全然分からなくてさ」
鈴が目を伏せるのを見て、しらべはクスリと笑った。
「あなたがドレスを着ているだけで、日和君は嬉しいと思いますよ?」
「う……そうなのかな。いや、でも……いと君の好みの服が着たいんだ」
「なるほど。そういうことなら、私も力になれるかもしれません」
「どういうこと?」
「学園の王子様である日和君の好みは、私も抜かりなく確認している、ということです。新聞部としてね」
しらべの言葉に、鈴は目を丸くした。さすが新聞部、と言いたいところだが、それと同時に「私の情報も知られているのでは?」と不安になってしまい、苦笑いしていまった。
「すごいね、しらべさん」
「お褒めにあずかり光栄です」
しらべは微笑む。
「もし涼風さんが良ければ、日和君が好きそうなドレス選びを手伝わせていただけませんか?」
「いいの?」
「もちろん」
「あ……ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
鈴が頷いたのを確認し、しらべはハンガーに掛かったドレスを吟味し始めた。
赤いロングドレス、ピンクのシフォンドレープのドレス、オレンジのチューブトップドレス……。しばらく黙って悩んだ末に、しらべはマリンブルーのワンショルダードレスを鈴に手渡した。
「私が思うに、これが日和君の好みに近く、かつ涼風さんにも似合うと思います。試着してみませんか?」
「うん。着てみるよ」
二人は試着室に向かう。鈴は空いている試着室に入ると、ワンピースを脱いでドレスを着てみた。鏡を確認すると、ワンショルダーになっているのがセクシーで、腰には青いリボンがついている。そして、スカート部分はランダムティアードスカートでヒラヒラしていた。まるで、青い薔薇を洋服にしたようで、上品だ。
(私には、綺麗すぎるんじゃないかな……)
鈴は不安になりながらも試着室のカーテンを開けた。
「しらべさん、どうかな?」
鈴が尋ねると、しらべは目をパチパチさせた後、明るく笑って頷いてくれた。
「綺麗ですね。思った以上に似合っています」
「ほんと?」
「ええ。私が思うに、家柄の良い日和君は上品で美しいものが好きなんです。それは、彼が涼風さんを好いていることからも明白……なので、彼の好みに合致してかつ、あなたの持っている品の良い色気を最大限に生かすそのドレスがぴったりという訳です」
「ひ、品の良い……色気?」
「はい。あなたからは、物語のプリンセスのような上品さを感じます。それに加えて周りを魅了する不思議な力も感じる。更に言うと……」
「も、もういい。もういいから」
鈴は真っ赤な顔でしらべを制止した。自分には不相応にも感じてしまう褒め言葉を羅列され、恥ずかしくて仕方がなかったのだ。
「しらべさん、ありがとう。これにするよ」
鈴は照れ笑いを浮かべながら、そう告げた。それを見た、しらべも、満足げに頷く。
「ふふ、お役に立てて良かったです」
試着室で元の格好に着替え、鈴は外に出る。
「じゃあ、次はしらべさんのドレスを選ぼうか」
「ああ、心配には及びませんよ。私は去年着たものがありますから」
しらべの答えに、鈴は不思議そうに首を傾げた。
「え? じゃあ、どうしてこのお店に来たの?」
「あなたが店に入るのが目に入ったからですよ。何を買おうとしているのか、気になったんです」
しらべの答えを聞き、鈴は顔を強張らせる。
すっかり油断していたが、しらべは「悪魔の新聞部」。もしかして、自分がドレスを買っていたことも全校生徒にバラすつもりなんじゃないか……。
「しらべさん、もしかして私のドレスをスクープするつもりじゃ……」
「ああ、そんなつもりはありませんよ」
しらべは屈託なく笑って、続けた。
「興味があっただけです。日和君が心を奪われた人が、どんな人なのか、ね」
「え……?」
「ただの好奇心ですよ。記事にはしませんから」
そう言って笑うしらべを見ているうちに、鈴の頭にある考えが浮かんできた。
——もしかして、しらべさんも、いと君が好きなのかな……。
そう思ったが、確かめる勇気はなく、鈴は黙り込んでしまう。そんな彼女を見て、しらべは笑顔を崩さずに、「早く会計を済ませないと、知り合いが来るかもしれませんよ」と促す。それにハッとして鈴は慌ててレジへ向かった。
会計を済ませて、しらべの元へ戻る。すると、その時。
「ドレスどうしよっか」
「迷うよねー」
聞き覚えのある声が耳に入ってきた。チラリと見ると、クラスメイトの女子二人が店に入って来たのだ。
(まずい……!)
鈴は慌てて、「しらべさん、こっち」と彼女の手を引き、ドレスのコーナーとは反対側にあるワイシャツの棚の陰に隠れた。
「どうしたんですか?」
「クラスメイトが来てて……二人がいなくなるまで、少し隠れさせてくれるかな」
「ああ、そういうことなら」
鈴としらべは息を潜めて、クラスメイトが遠くに行くのを待つ。
「あ、このドレス良いね」
「たしかに! 試着してみよ」
楽しそうに笑いながら、二人は試着室に歩いて行った。
良かった、バレなかった……と、安堵したのも束の間。
「鈴様、ガーデンパーティー来るのかな?」
「きっと格好いいスーツを着て来るんじゃない? だってほら、王子様だし」
「ひゃー! 想像するだけで眼福……当日楽しみだな」
「ねー!」
二人の黄色い声が聞こえてきて、鈴は目を伏せて苦笑いする。
そうか。やっぱり、私はドレスなんて着ちゃいけないんだ。だって、王子様なんだから——。
「……お兄ちゃんのスーツ、借りていこうかな」
鈴が弱々しく呟くのを見て、しらべは静かに首を横に振った。
「周りの目なんて、気にする必要はありませんよ」
「でも、大勢の人の期待を裏切るなんてできないよ」
「涼風さん……」
しらべは悲し気に眉を下げたが、すぐに真剣な顔になって、鈴の両手を握る。
「私に考えがあります」
「え……?」
「とりあえず、店を出ましょう。そしたら説明しますから」
そう言って力強く微笑むしらべを見て、鈴は首を傾げた。
二人並んで店を出て、黄花中央駅へ向かう。駅ホームのベンチに座り、鈴はしらべの話を聞き……目を丸くした。
電車が来る。ホームに起こった風に三つ編みを揺らしながら、しらべは鈴に向かって強かに微笑んだのだった。




