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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第一章 学園の王子様には秘密がある
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10 正直な気持ち

 新聞部騒動の数日後。(りん)は今日も朝から教室で本を読んでいた。


(りん)様、今日も美しいわね……」

「ほんとねえ」


 廊下から、そんな声が聞こえる。普段なら不快に思ってしまうところだが、(りん)は正直それどころじゃなかった。


(いと君と私、今どういう状況なんだろう……)


 そんな疑問がぐるぐると脳内を駆け巡っていて、ここ数日ずっと内心穏やかじゃなかったのだ。疑問だけじゃなく、実際に本を読む目もぐるぐると回っている。まさに混乱の真っただ中だ。だって、こんな状況初めてなのだから。

 両想いになれて、兄にも認めてもらえたのは良かったが、どちらも「付き合おう」とは言っていない。周りの目もあるし、堂々と付き合うのは無理がある。しかし、本音を言うと……。


(いと君と、恋人になってみたい……って、何考えてるんだ私!)


 (りん)は顔を赤らめながら首をぶんぶんと横に振り、溜息を吐いた。


「え、(りん)様、どうしたの!?」

「さあ……」


 そんな周囲の困惑する声も聞こえないくらい、(りん)の頭の中は(いと)のことでいっぱいだった。


(最近ずっとこの調子だし、いと君も何も言ってこないし……私、どうしたらいいんだろう)


 そんなことを考えていた矢先。


「ふーりん。はよ」


 (いと)が登校してきて、いつものように隣の席にドカッと座ったのだ。

 恐ろしいタイミングで声を掛けられて、(りん)はびくりと体を強張らせる。


「あ? 何ビクビクしてんだ?」

「あ、ああ……いや、その……おはよう」

「おう」


 (りん)が笑顔を作って挨拶を返す傍らで、(いと)の心の中も忙しなかった。


(付き合ってくれって言いづれー! いや、そもそも、ふーりんは俺と付き合いてーのか? ただ好きなだけか?)


 そんなことを悩み続けて、ここ数日ですっかり寝不足だ。

 (いと)はちらりと(りん)を見る。傍から見たら普通に本を読んでいるだけだったが、顔は赤いし、先ほどは何故かものすごく怯えられた。その様子から判断するに、(りん)は自分の何かを怖がっている。いや、何かされるのを怖がっている、か。


(付き合ってって、言われたくねーのかな……)


 (いと)は赤い顔で目を伏せながら、鞄からワイヤレスイヤホンを取り出して耳に着けた。

 次のコンクールで弾く予定のベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ二十三番」が鼓膜を揺らす。この曲は、きちんと聴いて自分の中に落とし込んでおきたい曲だった。しかし、(りん)のことが気になって曲の世界に入り込めない。


(ふーりん、何考えてんだろ。でも、こういうときの、ふーりんは……俺には気持ちを言ってくれないからな)


 どうやったら、ふーりんに嫌な思いをさせずに気持ちを確認できるんだ? と、(いと)は一人では解けない疑問を脳内に躍らせながら、目を閉じてピアノの音色に耳を傾けていった。


* * *


 その後の授業でも、二人はどこか上の空だった。

 三時間目古典のペアワークでは、音読を二人そろって噛みまくり、五時間目の英語の授業では(りん)が教科書のページを間違え、六時間目の体育のバスケットボールでは(いと)がボールを取り損ない顔面キャッチを決めてしまって、鼻血を出して保健室へ運ばれる羽目になった。

 そのまま帰りのホームルームも(いと)は帰って来ず、(りん)は配布されたプリントが置きっぱなしの(いと)の席を心配そうに眺めながら、担任の話を聞いていた。


「二日後、今週の土曜日は木崎学園理事長主催のガーデンパーティーだ。昨年と同様にドレスコードがあるから、参加する生徒は準備しとけー。以上」


 号令の生徒の「起立」という声で生徒達が立ち上がり、挨拶をする。それと同時にチャイムが鳴った。

 (りん)は自分の荷物をまとめた後、ちらりと(いと)の机を見る。置きっぱなしのプリントの中には、進路希望調査の用紙も混ざっていた。早いうちに渡した方が良さそうだ。

 でも、自分が持って行って良いものか。


涼風(すずかぜ)ー」


 担任が(りん)の方に歩いてくる。


「君、日和(ひより)と仲が良かったよな?」

「あ、はい。一応……」

「今日渡ったプリント、保健室まで持っていってやってくれないか? 教室まで戻るのも手間だろうし」

「ああ……そう、ですね。でも、私が持って行って良いんでしょうか」

「何言ってるんだ。良いに決まってるだろー」


 担任が大らかに笑う。


「最近、どうも落ち着きがないなと思ったら、やっぱり日和(ひより)のことで悩んでたのか」

「な、なんでそう思うんですか?」

「二人そろって、授業中に上の空だったからだよ。君たち二人は比較的真面目な生徒だから、集中していないとすぐに分かる」


 担任の言葉に、(りん)は気まずそうに苦笑いした。


「すみません……」

「あはは。次から気を付けなさい。まあ、涼風(すずかぜ)は普段から気を張ってるみたいだし、あんまり我慢しすぎずにな。もう少し自分の気持ちを出してもいいと思うぞ。その方が、日和(ひより)との関係も上手くいくだろ」

「そうかも……って、気づいてたんですか!?」


 (りん)は顔を真っ赤にしながら体を強張らせた。自分達が両思いだとバレていたなら一大事だ。もし担任にバレていたとなると、他の生徒達にも勘づかれていた可能性が高い。


「おう。二人が気の置けない仲なのは、ずっと前から気づいてたよ」

「気の置けない仲……」

「ああ、二人は良い友達だよな」

「あ……なんだ、そういうことか……」


 (りん)が胸を撫でおろすのを見て、担任は穏やかに笑った後、「じゃあ、プリントよろしくな」と去って行ってしまった。

 頼まれてしまった以上、届けないわけにはいかないだろう。(りん)は覚悟を決めて(いと)のプリントと荷物をまとめた。


(もう少し自分の気持ちを出してもいい……か。そしたら、いと君との関係も前に進めるのかな……)


 そうだといいな、と心の中で呟いて、(りん)は教室を出た。


* * *


一方、保健室に運ばれた(いと)は養護教諭から鼻血の処置を受けていた。


「血が止まるまで下を向いて安静にしててね」

「はい……」


 (いと)はティッシュで鼻を押さえながら返事をする。


「バスケしてたんだっけ。日和(ひより)君、鼻血は出ちゃったけど突き指はしなくて良かったね」


 「ピアノできなくなったら大変だもの」と養護教諭は(いと)を励ます。

 彼女の言う通りだ。ピアノに支障が出ず、鼻血で済んで本当によかった。まあ、情けない事には変わりないが――。

 眉間に皺を寄せる(いと)に、養護教諭は優しく微笑む。


「鼻血なんてすぐ止まるから大丈夫よ」

「……そういう問題じゃないんです。俺……大事な人には気持ち聞けないし、授業には集中できないし、鼻血は出すし……まじでダサくて」

「あら、青春してるのねえ」


 表情をパッと明るくした養護教諭を見て、(いと)は不機嫌そうに目を伏せる。


「青春って……俺、そんな爽やかな感じじゃないし」

「何言ってるのよ。日和(ひより)君は好きなものに一生懸命じゃないの。漫画のヒーローみたいに爽やかじゃなくてもいい。そういう青春も素敵よ」


 養護教諭に優しく諭され、(いと)は気恥ずかしくて眉間に皺を寄せた。

 彼女の言っていること自体は分かる。自分が好きなものに一生懸命なのも、彼女の意図とは違うだろうが、まあ間違いじゃない。(いと)(りん)のために一生懸命なのだから。

 しかし、彼女の笑顔が見たくて、(いと)は奮闘しているのだ。こんなダサくて情けないところを見たら彼女だってガッカリするだろう。


 ――何が青春だ。やっぱり情けないじゃないか。


 (いと)がそう思ったその時。


「菊川先生、ちょっと生徒のことで相談が……」


 一年生のクラス担任が保健室にやって来て、養護教諭を呼んだのだ。

 彼女は「はーい」と返事をして、保健室を出て行った。

 そうして誰もいなくなった保健室のベッドの上で鼻を押さえながら、(いと)は悔しそうに目を伏せていた。


(顔面キャッチするわ、ふーりんには気持ちを聞けないわ……まじで情けねえ)


 やがて鼻血が止まる。使ったティッシュをごみ箱に捨てて、(いと)はベッドにごろんと仰向けになった。

 白い天井を見上げているうちに、うとうとと眠気が襲ってくる。

 (いと)が眠りに落ちかけたそのときだった。

 ガラリと扉が開いて、(いと)の鞄を持った(りん)が入って来たのだ。

 その姿を見て、(いと)は慌てて飛び起きた。


「ふーりん!?」

「あ、ごめん。起こしちゃったかな?」

「い、いや。別にへーきだよ」

「そっか……」


 (りん)は緊張で顔を強張らせながら、(いと)の隣に腰を下ろす。



「荷物持って来たんだ。帰りのホームルームで配られたプリントも入ってる。進路希望調査もあったから、後で確認してね」

「おう。……あんがと」


 (いと)は荷物を受け取ると、(りん)の顔を見た。やはり今朝と同様に、赤い顔で、ビクビクしているようにも見える。こんな状態の彼女に、「付き合えるか」なんて聞いていいのか分からなかった。

 ひとまず何か話して、緊張を解いてもらいたい。そう思い、(いと)は口を開く。


「進路希望調査、ふーりんは何て書くんだ?」

「わ、私? 私は……大学進学かな。志望する大学はまだ決まってないけど、本に関わる仕事がしたいなって思ってるから、文学部とかかな」

「そーなんだ。たしかに、いつも本読んでるもんな」

「うん。(いと)くんは進路決まってるの? やっぱりピアニスト?」


 (りん)に尋ねられ、(いと)は少し間を置いてから、彼女を見つめて口を開いた。


「ふーりんはさ、俺のピアノ、大人になっても聴きたいか?」

「え? それは、もちろん……」

「そっか。なら、ピアノの道を進むよ」

「で、でも、いと君が自分で決めた道の方がいいんじゃない?」


 (りん)は戸惑いの表情を浮かべていた。自分の意思で(いと)の人生が決まってしまうだなんて、彼に申し訳が無いと思ったのだ。

 しかし、(いと)には自分の進路を(りん)に丸投げするつもりなんて一切なかった。だって、(いと)がピアノを再開した理由は……(りん)だったからだ。


「俺は、ふーりんのためにピアノを弾いてんだ。こんな俺でも、完璧なふーりんの隣に胸を張って立っていたかったから、唯一の特技だったピアノを再開した。でも……今はそれだけじゃないんだ。俺のピアノを聴いて、喜ぶふーりんの顔が見たいよ。誰よりも、近くで」


 (いと)の真剣な眼差しに射抜かれて、(りん)は顔を赤らめたまま目を伏せた。

 ぽつり、と本音が零れ落ちる。


「私も……これからも、いと君の傍にいたいんだ。周りは、許してくれないかもしれないけど……君と、恋人になりたい」


 そう言って、(りん)(いと)の方を見つめる。その顔が、あまりに可愛らしくて……恥ずかしくなった(いと)は頬を染めて顔を逸らした。

 そして、彼女に顔を見せないようにしながら、小さな声で呟く。


「俺も……ふーりんと付き合いたい」

「ほ、ほんとに?」

「おう。ずっと……中学の時から、そう思ってたから」

「そ、そっか」


 お互いに照れてしまって、何も言葉が出てこない。

 気恥ずかしい沈黙が保健室を満たす中、(りん)は勇気を出して口を開いた。


「いと君、こっち向いて」


 (りん)に呼ばれて、(いと)が僅かに逸らした顔を戻す。すると、彼女の優しい笑顔が飛び込んできた。


「これからも、よろしくね」


 穏やかな声でそう微笑まれ、(いと)は頬を緩ませながら頷いた。


「……あ、そうだ。いと君。今週の土曜日、ガーデンパーティーだって。参加するならドレスコードに気を付けろって先生が言ってたよ」

「ああ、もうガーデンパーティーの時期か。なあ、ふーりん」

「ん?」

「ガーデンパーティーさ……一緒にいねえ?」


 せっかく恋人になったのだ。だったら、イベントごとだって一緒に過ごしたいと(いと)は思った。

 ガーデンパーティーは友人同士で楽しむ生徒も多いが、カップルで過ごす生徒だって少なからずいる。

 そして、もともと親友だった(いと)(りん)が一緒にいても周囲は何の疑問も持たないだろうし、(りん)の気持ちだって尊重できるだろう。なかなかの名案じゃないか――(いと)はそう考えたのだ。

 (いと)の申し出に、(りん)は明るい顔で返事をする。


「いいよ。デザートとか、紅茶とか、一緒に楽しもう」

「お、おう。じゃあ、約束な。俺、もう少し休んでから帰るから、先帰れよ」

「分かった。また明日ね、いと君」


 優しい微笑みを残して去っていく(りん)の後ろ姿を見送った後、(いと)は線が切れたようにベッドに倒れ込んだ。

 仰向けになって天井を見上げながら、ぼんやりと溜息をつく。


「夢か……?」


 一方の(りん)も廊下を歩きながら嬉しそうに頬を緩めていた。


(ガーデンパーティー、楽しみだな。何、着ていったら……いと君、喜ぶかな)


 二人そろって、周りの目を忘れてしまうほど、浮かれてしまっていたのだった。

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