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リボンワンピース・プリンス  作者: 月島
第一章 学園の王子様には秘密がある
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1 王子様の秘密

 私立木崎学園高等学校には、「王子様」が二人いる。二年C組の窓側の席。そこで静かに読書をする彼女が、そのうちの一人である。


 彼女の艶のある黒髪は、さっぱりとしたショートヘアにされている。そして長い睫毛に縁取られた大きなツリ目。形の良い薄い唇。その凜とした顔立ちは、男子のみならず女子の心をも奪ってしまう。制服は女子のブレザーだったが、スカートを穿いていなかったら彼女は完璧な美少年だ。


 今日もC組の前の廊下には、彼女を一目見ようとする女子生徒達が集まっていた。


(りん)様、今日も美しいわね……」

「こっち見ないかなー」


 彼女達の声に気がつき、涼風鈴(すずかぜりん)は本に栞を挟んで廊下側を見た。そして、目と目が合って赤面する彼女達に向かって、ふわりと微笑む。すると、廊下から黄色い歓声が上がった。


「きゃー!」

「今、私の方を見た!」

「違うよ! 私だよ!!」


 その声を聞きながら「みんなのことを見たんだけどな……」と、苦笑いする。まあ、(りん)にとっては、こんなの日常茶飯事だ。


 中学校の頃から(りん)は美形で、女子にしては背も高く、文武両道、更に性格も良かった。よって、「学園の王子様」として大人気だったのである。男子も女子も、「学校一のイケメンは涼風鈴(すずかぜりん)だ」と口を揃えていた。

 誰もが、彼女のことを「格好いい」と讃えていたのだ。


(りん)様、やっぱり格好いい……」

「プライベートはどんな感じなんだろう……やっぱり、大人っぽくてイケメンな服とか着てるのかな……」

「きっと、王子様みたいに格好いいんだよ!」


 興奮した様子の女子生徒達の話し声を、(りん)は憂鬱な気持ちで聞きながら、読書に戻る。

 王子のような振る舞いを期待されるのには慣れている。そして、それが悪いことではなく、むしろありがたいことなのも分かっている。

 しかし、そういった期待のせいで時折物凄く生きづらい。

 時折? いや、いつだってそうだ。


 誰かが抱くイメージなんて気にせず、自分らしく生きられたらどんなに楽だろう。思わず溜息が漏れてしまった。

 しかし、彼女が物憂げに溜息をついた途端、やはり廊下から歓声が上がるのだった。


「きゃー! 美しい!」

「やっぱり王子様だわぁ……」


 その様子を、周りの男子まで「やっぱり綺麗だなー」と感心しながら見ているのだから、(りん)は余計に憂鬱になってしまうのだ。


(本当の私を知ったら、みんなはどう思うんだろう)


 本の文字を視界で滑らせながら、(りん)は心の中で呟く。


 誰もに期待されて、もてはやされる生活。

 心休まらない生活。

 そんな生活の中でも、彼女には一緒にいて落ち着ける友人が一人だけいた。


「おい、お前ら! 邪魔!」


 彼は、教室前に群がる女子を乱暴に怒鳴って、教室に入ってきた。


 明るい茶髪に、少しだけ色が濃い肌。切れ長な垂れ目はくっきりとした二重で、顔立ちは優しく整っている。しかし、着崩されたブレザーと耳元に光るピアスのせいで、はっきり言って柄が悪い。背の高さは一七〇センチで(りん)の方が五センチ高いが、手は筋張っているし体つきはがっしりとしている。だからだろうか。やはり威圧感があるのだ。


「うわ、日和(ひより)君だ」

「怖ーい」

「日和君も(りん)様みたいに行儀良くしてれば王子様なのに」

「ねー。本当にお金持ちの御曹司なのかな?」

「見えないよねー」


 女子生徒達は、棒読みで怖がった後、いそいそと教室前から離れていく。

 その姿を振り返って舌打ちをしながら、日和弦(ひよりいと)(りん)の隣の席にドカッと腰を下ろした。


「ふーりん、はよ」


 (いと)(りん)のことを「ふーりん」と呼ぶ。涼「風鈴」だから、ふーりん、だ。

 

「いと君、おはよう」


 (りん)はにこりと微笑みながら挨拶を返した。その王子スマイルを見た(いと)は、「うげっ」と顔を顰める。


「その笑顔まじでやめろ。だせー作り笑いしやがって」

「作り笑いじゃないよ。親愛の笑顔だよ」

「へいへい。お前は学園一の王子様だもんな。俺はそう思わねーけど」

「いと君も王子様だもんね」

「うるせーよ。嫌味か」


 (いと)は心底嫌そうな顔で(りん)を見た後、鞄から英語の教科書を取り出して一限目の予習を始めた。黙々とペンを走らせていく真剣な表情は、男子生徒から見ても女子生徒から見ても王子のように見える。


 黙っていればイケメン。優しかったら王子。それが日和弦(ひよりいと)だ。彼はこの高校で二番目の王子様だった。


 もちろん、柄が悪い(いと)がそんな風に言われるのには、顔が良いこと意外にも理由がある。


 まず、実家が由緒正しい家柄で、金持ちであること。次に、ピアノの腕前が素晴らしく、演奏中の姿が神がかって美しいこと。最後に、時折、気まぐれで優しい行動を見せること。


 彼を王子様だと言う生徒達は、どうやらギャップ萌えをしているらしい。この前、(りん)は廊下をすれ違った女子生徒がそう言っているのを聞いた。


 しかし、(りん)(いと)が自分と同じ「王子様」だから仲良くしている訳では無い。

 彼は(りん)にとって中学時代からの親友で、自分のことを「王子様」ともてはやしてこないから一緒にいて落ち着くのだ。


 別に期待もされていない。そして、彼の前では無理に王子にならなくてもいい。習慣で王子の振る舞いが出てしまうこともあるが、彼の前では比較的に自然体でいられる。


 ただ、そんな彼にも言えない秘密が(りん)にはあるのだが。

 この秘密を言ったら、流石の(いと)ともこれまで通り接することができなくなるのではないか。そんなことは無いかもしれないが、彼との関係を壊すのが怖くて、打ち明ける勇気は無い。


 チャイムが鳴って、担任の男性教師が教室に入ってくる。隣の席から「チッ、もう来たのかよ。まだ終わってねぇのに」と不機嫌な声が聞こえてきた。(りん)はそれにクスリと笑って、小さな声で彼に尋ねる。


「いと君、後で予習ノート見せてあげようか?」

「ああ? 誰が借りるか。自分でやるわ」

「そっか。頑張ってね」

「言われなくてもやるっつーの」


 担任の話も聞かずに予習を続ける(いと)に微笑み、(りん)は担任の話を聞いた。

 その時、彼女のスマホが小さく二回振動した。それに気がつき、(りん)はこっそりと通知を確認して……顔を綻ばせた。


(学校が終わったら、いつものお店に行こう)


 (りん)はそわつきながらスマホを机の中にしまう。今日は金曜日だ。部活も無いし、明日は休み。少しくらい遠出をしても大丈夫だろう。


 早く学校から帰りたい……まだ朝のホームルームが始まったばかりなのに、(りん)の意識は既に放課後に飛んでいた。

 その様子を、(いと)は赤い顔で眺めていたが、彼女に気付かれまいとすぐに予習に戻っていった。


(ほんと、王子なんかやめちまえばいいのに)


 (いと)は小さく呟いた。


* * *


 放課後、(りん)は誰にも声を掛けること無く早足で学校を後にした。大急ぎで一駅先の駅に向かい、トイレの中で普段使っている大きな黒いリュックにしまっておいた普段着に着替える。


 小花柄の、春らしいピンク色のフレアワンピース。そして薄い橙色ストラップシューズ。頭にはリボンのついたオレンジ色のカチューシャも着けた。

 いまの(りん)はどこからどう見ても可愛らしい少女だ。王子らしさは微塵も感じない。


 トイレの入り口についている大きな鏡で自分の姿を確認して、(りん)は満足げに微笑む。


「うん。やっぱりこの服可愛い」


 (りん)はリュックを抱え、駅ホームの隅にある椅子に座る。リュックからピンクのペンギンのマスコットを取り出して、そのファスナーに着けた。


 そうしているうちに、電車がやって来る。(りん)は可愛いペンギンが揺れるリュックを背負い、軽い足取りで電車に乗り込んだ。


 夕方の電車は帰宅する中高生で混み合っていたが、運良く空いていた端の席にリュックを抱いて着席する。

 柔らかく丸っこいペンギンのマスコットをムニムニしながら、(りん)は幸せそうにふにゃりと微笑んだ。


 普段は「王子様」と呼ばれている(りん)の秘密。それは無類の可愛いもの好きだということ。

 メンズライクな服よりも、フェミニンで可愛らしいワンピースの方が断然好きだ。フリルやリボンのついたヘアアクセサリーだって着ける。

 趣味にだって、周りが求める「王子様らしさ」は欠片も無い。(りん)はマスコットやぬいぐるみに囲まれるのが幸せだし、ファンシーなキャラクターグッズを集めるのが大好きなのだ。


 こんなことがバレたら、学校の生徒達には幻滅されてしまうだろう。そう思っていたから、(りん)はファンシー雑貨の店に行くときはこうして学校の最寄り駅から一駅離れてから、可愛い格好に変身しているというわけだ。この格好をしていれば、同級生たちも遠目では(りん)だと気がつかない。

 それが功を奏して、今まで(りん)の秘密は守られていた。


 電車が隣町の駅に到着する。(りん)は軽い足取りで電車を降り、交通ICカードの「ハヤピ」を機械にタッチしてホームを出る。

 ここは学校の最寄り駅から五駅離れた、木崎市の隣町にある「黄花(きばな)中央駅」だ。この辺りで一番大きな駅であり、駅ビルも併設されている。よって、利用者も多い。


 (りん)の目的の店は駅から少し歩いた先のショッピングモールだ。(りん)は人混みの中を歩き慣れた様子で進んでいき、ショッピングモールのある南口を出た。


 ――黄花市一のショッピングモール、「サンフラワーストリート」は、今日も多くの人で賑わっていた。小学校からの帰りだろうか。ランドセルを背負った娘と母が手を繋いで食品売り場の方に歩いて行く。それとすれ違うようにして、(りん)は専門店街へ続く二階へのエスカレーターに乗った。


 服屋、書店、家具屋……と、様々なテナントが並ぶ専門店街をまっすぐ歩いて行き、突き当りにある大きな雑貨店の中に入り、頬を紅潮させた。

 その店の上には「ピンクルージュ」と書いてあり、店内には木目調の床とピンクベージュの壁紙に囲まれて可愛らしいキャラクター雑貨が大量に陳列されていた。手前の棚にはピンクのウサギと緑のポメラニアンのぬいぐるみがミチミチと座っており、その奥にはお洒落な花柄の手帳とペン、メモ帳が並べられている。その他にも、クマやネコ、リスのマスコットが掛けられた棚や、プチプラのメイク道具が並べられた棚など、様々だ。


 (りん)は商品を眺めて目を輝かせながら、店の奥へと歩いて行く。


(可愛い……ほんとに、見てて飽きない。このお店で暮らしたい……)

 

 可愛いが溢れた店内に癒されながら、ふわふわとした足取りで向かったのは、丸いペンギンのキャラクター雑貨がまとめられている棚の前だ。


「いた! まるぺんさん……」


 (りん)は「まるぺん」の棚の前で目を輝かせる。そこには、青やピンク、イエローなどカラフルな丸いペンギンのグッズが、ずらっと並んでいた。まるぺんの手帳、カラーペン、マスコット、キーホルダー……そして、膝に乗るサイズのぬいぐるみ。


「やっぱり、新作出てる……ぬいぐるみ、コロコロしてて可愛いー」


 (りん)はピンクのまるぺんのぬいぐるみを手に取り、もふもふと触って顔を綻ばせた。


「今日のためにお小遣い貯めてたし、買ってもいいよね?」


 自分にそう言い聞かせて、(りん)はぬいぐるみを抱っこしてレジへ向かった。会計を済ませて、リュックの中にぬいぐるみを仕舞う。


 帰ったらどこに飾ろうか。洋服タンスの上は既に他のキャラクターのフィギュアやマスコットでいっぱいだ。勉強机も隅の方はまるぺんの置物や時計で溢れかえっている。となると、やはりベッドに置いて一緒に寝ようか……。

 まるぺんを抱っこしながら眠る夜を妄想して、(りん)は「ふふふ……」とにやける。


(よし。早く帰ろう)


 (りん)は足早に店を出て、来た道を戻っていった。

 しかし、専門店街から一階に降り、出口に向かう途中のフリースペース前で、ある音色が耳に入って思わず足を止める。


 (りん)の視線の先。サンフラワーストリートの北口玄関、その傍にあるストリートピアノが置かれたフリースペースに、人だかりができていた。そこから聞こえてくる耳触りのいい優しい旋律が、周辺の景色を幻想的な花畑に変えていくようだった。


 ——ランゲの「花の歌」だ。たしか、いと君が中学生の時弾いてた……。


 その音色に吸い寄せられて、(りん)は人と人の間から演奏者を覗き見る。すると、そこにいたのはやはり彼だった。

 

「いと君……」


 ピアノに集中し、音色が紡いでいく世界に浸りながら鍵盤を柔らかく叩く(いと)の姿には、普段の粗暴な言動など微塵も結びつかない。あの彼と目の前の彼は同一人物なのか、疑いたくすらなる。

 それと同時に、彼が「王子」と呼ばれる理由の全てが、この演奏に込められているように感じる。こんな姿を見てしまったら、普段の(いと)を知らない女性はみんな彼に恋をしてしまうだろう。いや、普段の彼を知っている人でも、ギャップ萌えを起こして彼を好きになってしまうに決まっている。


 彼に見つかってはいけないのに、(りん)は思わず彼の演奏に聞き惚れてしまった。

 やがて、演奏が終わってフリースペースに拍手が巻き起こる。その音に照れ臭そうに顔を顰めながら、(いと)は立ち上がって頭を下げた。(りん)は彼が顔を上げないうちにそっとその場を離れようとしたが、人だかりの隅に立っていた執事服姿のお団子頭の女性にぶつかってしまった。(りん)が「すみません」と小さな声で謝ると、彼女は驚いた顔で尋ねてきた。


「もしかして、涼風(すずかぜ)様ですか?」

「え……」


 彼女の顔を見て、すぐに思い出した。たしか、(いと)の執事で香田(こうだ)という名前だったはずだ。中学の時に数回会った。


「香田さん……」


 (りん)が自分のことを覚えていたことを知り、香田は嬉しそうに表情を和らげる。


「いつも坊ちゃんがお世話になっております。あの、坊ちゃんにお顔を見せてあげてくれませんか? きっとお喜びになると思います」

「い、いえ……今日はちょっと」


 (りん)の額に冷や汗が流れる。

 うっかり聞き惚れてしまった自分が悪いのだが、今、こんな格好をしている状態で彼に見つかる訳にはいかないのだ。


「私、もう行かないと——」

「香田、待たせたな」


 (りん)がもたついている間に、(いと)がやって来てしまった。彼はワンピースを着た(りん)の姿を見て、彼女を指さしながら固まる。


「ふーりん……!?」

「あ、ちち、違います! ごめんなさい!」


 (りん)は大慌てでその場から走りだした。

 周りをよく見ていなかったせいで、向こうから歩いてくる歩行者とぶつかってしまう。その拍子に、リュックについていたまるぺんのマスコットが地面に落ちた。

 (いと)はそれを拾い、慌てて(りん)を追いかける。

 しかし、(りん)の方が足が速い。よって追いつけない。


「ふーりん! 待てって!」


 (いと)の声が遠くなっていく。そして、もうすぐ黄花中央駅だ。それに安心しつつ、一方で焦燥感に苛まれた。


 ——バレた。可愛いものが好きだって。王子なのに、こんなに可愛い格好してるって……。


 (りん)は駅のトイレに駆け込み、扉を閉めて胸を押さえた。


(来週から、どんな顔して会えばいいんだろう……)


 不安で、怖くて、目に涙が浮かぶ。(いと)にだけは嫌われたくなかった。幻滅されるのは嫌だった。なのに——。


 どうしたらいいの? というか細い声が、(りん)の口から洩れた。

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