Sheet04:表計算魔法
「目に見えているものが全てではありません」
エルは自身が操作中のPC画面をスクリーンに投影した。
彼のエクセルファイルと同様の数値を入れる。四行目と五行目の合計は同じだ。
「ここまではエクセルも人間も間違っていません。でも――人間は常に間違いを犯す生き物なのです」
そう言うと、エルは五行目の“個数”セルを打ち変えた。一瞬の出来事で、見逃した受講者もいた。表示されている個数は相変わらず“5”のままだが、合計金額だけが“15,600”に変わっている。
「小数点……?」と、目ざとい受講者の一人がつぶやく。
「エクセルの計算は間違っていません」
エルは淡々と答えると、変更したセルを選択した。画面上部の数式バーには――
“5.2”
と表示されていた。
続けてエルはセルを右クリックし、「セルの書式設定」を開く。
「分類は数値。個数欄として間違ってはいません。小数点以下の桁数が“0”なのも設定上正しい。でも表示は四捨五入され、計算には小数点以下も反映されるんです」
そう説明しながら、小数点以下の桁数を“1”に変更し、画面上に“5.2”と表示させた。
会場の最後部で、アキラは競技プログラミングの二人が耳打ちしているのを見かける。
エルがその大会で三位に終わった原因――それは主催側のデータに、人間ではあり得ない“年齢”が混ざっていたことだった。
エルはその不正データを除外するようプログラムを組んだが、それが“正解”と乖離し、順位を落とした。
後日、誤りに気づいた主催側は、わざわざ東京から『エンター』まで謝罪に訪れた。そして今日、あの時の二人がこの会場にいる。
そう思った瞬間、そのうちの一人が手を挙げた。
「エルさん、人間のエラーを回避することはできませんか?」
「いい質問です。たとえば、個数の上限が小さい場合はプルダウンで固定してもいいでしょう」エルは実演を交えて答える。
「あるいは“データの入力規則”を使って、整数以外が入力された時にエラーを出すこともできます」
もちろん、ソフトウェア会社の二人がそんな基本を知らないはずはない。
彼らはビギナー受講者の代わりに、あえて質問してくれたのだ。
エルは入力規則の設定を実演しながら補足する。
「ちなみに整数だけでなく、年齢欄などでは“120”より大きい数字を弾く設定もできます」
後方から見ていたアキラには、二人が苦笑しているのがわかった。エルも嫌味で言ったわけではない。
「あなたたちのことは覚えていますよ」――そんな静かなメッセージなのだった。
残りの講義も滞りなく進む。最後にエルはこう締めくくった。「本日は『エルフのエクセル講座』にご参加いただき、誠にありがとうございました。初めての講師役で拙いところもあったかと思いますが、少しでも得るものがあったなら幸いです。
エクセルは、人間が生み出した“魔法”です。
皆さんは今日、魔法使いの第一歩を踏み出しました。――つまり、私は師匠というわけですね。弟子がたくさんできました」
会場は笑いと拍手で包まれた。
エルと記念写真を撮りたい者、握手を求める者で、しばらく誰も退場しようとしない。
「弟子というか……ファンがたくさんできましたね」
ビデオカメラを片付けながら、育美が笑う。
「そうだな。店の方もこれで繁盛するかもしれない」
アキラはやや他人事のように呟いた。
その横顔を見つめながら、育美はふと胸の奥がざわつくのを感じた。
あれほど誰よりもエルを支えてきたのはアキラなのに、今はもう“皆のエル”なのだ。
(アキラさん、ちょっと妬いてるのかな。“俺だけのエルじゃなくなった”って……)
自分も同じ気持ちなのかもしれない。そう気づいた瞬間、頬が少し熱を帯びた。育美は慌ててカメラをしまいながら、
(まぁ、物語としては最高の展開かもね)
と、推しカプの妄想を心の中でそっと締めくくった。
以下の手順で、整数以外の入力があった場合にエラーを表示させることができます。
セルを選択: 制限をかけたいセルまたは範囲を選択します。
設定を開く: Microsoft サポートの手順に従い、リボンの「データ」タブにある「データの入力規則」をクリックします。
条件を指定: 「設定」タブの「入力値の種類」で「整数」を選択します。
範囲を決める: 「データ」で「次の値の間」などを選び、最小値(例: 0)と最大値(例: 99999)を入力します。
エラー表示を設定: 「エラー メッセージ」タブで、無効な値が入力された時のタイトルやメッセージ(例:「整数を入力してください」)を自由に作成できます。
これで、小数(1.5など)を入力して確定しようとすると、即座にエラーダイアログが表示され、入力が拒否されるようになります。




