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Sheet03:異なる合計

エルフが講師を務めるという噂は瞬く間に広がり、他の取引先にも伝わった。

結果、「ぜひ我が社も受講したい」と二社ほど新たに手が挙がる。

さらに、先日競技プログラミングを実施したソフトウェア会社からも、「今後の参考のために視察したい」との申し出があった。

そんなこんなで参加者は総勢五十名を超え、薔薇筆の自社会議室では到底収容しきれない。

結局、最寄り駅近くのレンタルルームに特大会議室を確保し、どうにか開催日を迎えることとなった。


セミナー当日。

「こりゃ……思った以上に大ごとになってんな」

会場を見渡したアキラが感嘆の息を漏らす。

「えぇ。私もちょっと想定外です」

隣の育美もやや緊張した面持ちだった。

二人とも、どうしてもエルの様子が気になって様子を見に来たのだ。

店が休みのアキラはともかく、育美は有給を取ってまでビデオカメラを持参している。

まるで子どものピアノ発表会を見守る保護者のようだった。


会場前方では、薔薇筆がスタッフたちに何やら指示を出している。結局、発起人でもある彼が司会進行を務めることになったらしい。セミナー開始まで残り十五分。

すでに参加者はほぼ着席し、持参のノートPCを立ち上げたり、席上のレジュメに目を通したりしていた。

一方のエルは、隣の控室兼音響調整室で衣装を整え待機している。

大人数の前に立つというだけで緊張してもおかしくないが、東京のイベントでの経験もあり、その舞台度胸はアキラたちが思う以上に備わっているようだ。


やがて定刻。マイクを取った薔薇筆が口を開いた。

「えー、それでは皆様。これより――第一回『エルフのエクセル講座』を始めさせていただきます」

照明が落ち、正面のスクリーンにタイトルが映し出される。

壮大でどこか異国的なBGM。やがて、澄んだソプラノの歌声が会場に響く。

「えっ、歌? アニメの主題歌?」

アキラが育美に小声で尋ねる。ビデオ撮影中であることなどすっかり忘れていた。

「エルさんのオリジナルテーマです。音楽AIで作ったんですよ」

育美は小声で答える。後で聞いたところ、作詞は育美自身で、AIが曲を付けたのだという。


控室へ続く扉が静かに開いた。

スポットライトの中をエルがゆっくりと歩み出る。

まるで結婚式の新婦のような入場だった。

拍手の中、彼女はスクリーンの前に立ち、BGMがフェードアウトして会場が明るく戻る。

その凛とした姿に、アキラはなぜか胸が熱くなった。

(俺、娘の結婚式に出てる親かよ)――心の中で思わずツッコミを入れる。


その後、薔薇筆による経歴紹介が始まる。異世界から転移した経緯は彼の創作で、わざと嘘くさいエンタメ仕立てにしていた。

やがて、本題のエクセル講習がスタート。

参加者には事前にダミー業務ファイルが配布され、第一日目は「発注書の入力」をテーマに進行する。内容としてはクラウドシステムの入力とあまり変わらず、キーボードショートカットや、効率的な入力法を実践形式で解説していった。


「我の言うことは理解できるか? 人間ども」

エルのツンデレなキャラづけは、アキラから見ると少々むず痒かった。しかも抑揚の少ない棒読みがそれを倍増させる。

とはいえ、参加者たちは楽しげに笑っており、結果的には成功といえそうだ。


やがて第一章が終わりかけたころ、中央付近の席から手が上がった。中堅社員らしき男性が声を上げる。

「先生、ちょっといいですか? 四行目と五行目で、同じ商品を同じ個数入力してるのに、合計金額が違うんですけど」

エルが近づこうとすると、薔薇筆が手で制してカメラ係を向かわせた。

ほどなくして、その画面がプロジェクターに投影される。

確かに、単価3,000円の品を5個ずつ入力しているのに、四行目は15,000円、五行目は15,600円。五行目の合計が明らかに違っている。


「前にもこういうことあってさ。エクセルって、機械のくせに間違えるんだよなぁ。イマイチ信用できねぇ」

男はやや不機嫌そうに呟いた。エルはその画面を静かに見つめ、一拍置いてから言った。

「どんなに優れた魔法でも――詠唱を間違えれば、正しく発動しません。ときに真逆の結果をもたらすことも、あり得ます」

この世界に転移して本来の魔力を失ったエル。

エクセルスキルという人間界で得た魔法を今魅せる時が来た。

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