Sheet01:閑散期
とある街の小さなスナック『エンター』。
何故かIT絡みの難事件が舞い込むが、馴染み客と結成したチーム『エクセレンター』が華麗に解決。
【登場人物】
アキラ:『エンター』の店主。性別不詳で通している。ショートヘアで丹精な顔立ち、Tシャツにレザージャケットが定番のスタイル。
客はマスターかママか分からないので、「アキラさん」と呼ぶようになる。
エル:『エンター』唯一の従業員。自称異世界から転移してきたエルフ。尖った耳がユニークな北欧系美人。魔法は使えないがPC、特にエクセルに精通している。"エル"はアキラの付けた愛称。
川口:チーム『エクセレンター』発起人。通称"グッさん"。ダジャレとオヤジギャグを好む会社経営者。
育美:『エクセレンター』命名者。サブカル好きな20代OL。マニアックな知識が問題解決の糸口になったりする。アキラとエルのカップリング推し。
薔薇筆:20代後半の技術系会社員。店のサイトにクイズを送り付けて来た。"薔薇筆"はその際のハンドルネーム。理数系が得意な事から『エクセレンター』のメンバーに加わる。現在育美と交際中。
週末にかけて「十年に一度」といわれる寒波が襲来するらしい、二月の初め。
スナックに限らず、飲食店業界は俗に「ニッパチ」と呼ばれる二月と八月が閑散期だ。
スナック『エンター』はカウンター五席に四人掛けのボックスが二つという小ぢんまりした店だが、それでも満席になる日はそう多くない。
ただでさえそんな時期に加え、この寒波である。客足を期待するのは端から無理というものだった。今日も何組かの客の出入りはあったものの、長居しているのはチーム『エクセレンター』のカップル、薔薇筆と育美だけ。
厳密にはチーム発起人の川口、通称グッさんも来ていたが、二階のプライベートルームで猫のオムとしばし戯れたのち、早々に帰ってしまった。
「あー、帰るのめんどくさいなぁ」酔いが回った育美が、誰に言うともなく呟く。
「ここ泊まってく?」アキラが人差し指で二階を示しながら尋ねた。冗談半分、本気半分といったところだ。
「ねぇ、二人はドウセーとかしないの?」エルが薔薇筆に尋ねる。
交際してそろそろ一年半。単身同士、一緒に住み始めてもおかしくない頃合いだった。
「あ、うん、それはそうと、お店、今日も暇そうですね」
急に話を振られた薔薇筆は、話題を逸らそうと慌ててそう返した。
「そうなんだよな。俺なんて実入りの減った穴埋めに、最近フードデリバリーの副業始めたよ」アキラが言う。「まぁ、あんま乗ってないバイクを動かしたいってのもあるけど」
「私も何かバイトしたいな…休みにアキラが相手してくれないし」
エルがちょっと恨めしそうに横目でアキラを見る。
その沈黙を破るように、何かを閃いた薔薇筆が口を開いた。
「そうだ、エルさん、セミナーの講師やりませんか?」
「セミナーの…コーシ?」エルが小首をかしげる。想定外の言葉に「講師」が結びつかないようだ。
「うちのクライアントの要望で、エクセルの初歩的な使い方をレクチャーできる人を探してるんです。おおよそのカリキュラムはあるんですが…何というか、誰も講師をやるって手を挙げなくて」
薔薇筆は「自分も含めてですが」と、自嘲気味に付け加えた。
「初歩からって、何で今さら? これまで使わなくても仕事回ってたんじゃないの?」アキラが尋ね、育美も薔薇筆に視線を送る。
「ちょっと前に、ある酒造メーカーのシステムがサイバー攻撃を受けたって話、知ってます?」
「もちろん。ウチにも入荷が遅れるって問屋から連絡来てたしな」——今の客入りで大勢に影響がなかったことは、アキラは伏せた。
「案件管理から請求まで、全部クラウドシステムだったらしくて、業務が完全にストップしたそうです。で、その時に活躍したのがローカルで動かすエクセルなんですよ。」
エクセル作業だって充分“電子化”の範疇だが、報道ではあっさり「手作業」と片付けられていた。
確かにクラウドに比べれば手間は多い。件の企業では人海戦術で何とか乗り切ったという。
その反省から、クライアントは“もしも”に備えて社員のエクセルスキルを底上げしたいのだ。
「それに」薔薇筆は続ける。
「この時期、セミナー業界はスナックと真逆で繁忙期なんですよ。」
「三月が決算月のところが多いから?」アキラが問う。
「そう、それです。予算を使い切りたいからセミナーで消化するとか、まぁ色々で。そのせいで人気講師の枠はすぐ埋まっちゃうんです。だから、うちみたいな畑違いのところにも声がかかるんですよ」
「エル、どうする?」アキラが問う。
「うん、やってみたい…でも……」
エルは両手の人差し指で、自分の尖った耳の先端をプルプルと揺らしながら言った。
「コレはどうするのよ?」
——皆が当たり前のように気にしなくなっていたが、彼女はエルフなのだ。




