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【3話】宗教革命を起こさないでください!

十五連勤を終えて、やっと訪れた休みの日。


久しぶりに4時間以上の睡眠がとれる幸福を噛み締め、布団の中でまどろんでいるとピンポーンとインターホンが鳴った。


「誰だ、俺の幸せを邪魔するのは」


身に覚えのない来訪に怒りを覚え、グルルルルと布団の中で獣のように唸っていると、


「私が出ましょう」


と優し気な女性の声が答えた。上から下まで一切(いっさい)肌を出さないぶ厚いシスター服に身を包んだ聖女・カタリナが、居間ですすっていたお茶を置いて立ち上がる。


代わりに出てくれるのは大変有難いのだが…


「いや、待て。なぜ普通に家にいる」


連勤でいくら疲れ切っていようとも、家の鍵はしっかりかけたはずだ。


「山田様はお疲れと見えます。私がお相手しましょう」


「おい、話を聞け」


彼女はコーヒーにミルクを溶かしたような柔らかな色合いのふわふわとした髪を揺らし、不法侵入を感じさせない堂々たる素振りで玄関へ向かう。あまりにも平然としているので、家に上げたっけ?と錯覚してしまうほどだ。やはり魔王討伐を成し遂げた人間は一味違う。


俺が変な感心をしていると、カタリナがかちゃりと玄関を開ける。


その途端、


「おはようございます!突然すいません!あなたはいま幸せですか?!」


過労気味の脳みそに響くけたたましい甲高い中年女性の声が玄関先から飛んできた。


「最悪の相手が来た―――!」


思わず、布団を跳ねのけて玄関に走り寄る。カタリナは異世界で主流らしい「世界の理教(ことわりきょう)」というのを信仰している。古来(こらい)より宗教の違いは、戦争を生んできた。スポーツ、政治に続き、ビジネスシーンの三大タブー話題に挙げられるのも納得の危険を孕んでいる。宗教勧誘なんて、ここまで相性最悪の相手もいないだろう。


中年女性の手には『新・光輪(こうりん)(その) ~みんなで聖なる光に包まれた安息地(あんそくち)を目指そう~』との文字が上部に踊るパンフレットが何冊も握られており、タイトルの下には太陽のように輝く白い光の真下で、白い雲に乗っている長いあごひげを垂らした中年男性を下から手を合わせて仰ぎ、涙を流している老若男女(ろうにゃくなんにょ)群衆(ぐんしゅう)が描かれていた。


「…ほう」


案の定、カタリナのいつも閉じられている糸目が少し開いている。これは…お怒りモード状態!空いた隙間からは鷹の目のような鋭い眼光が覗いており、このモードの彼女の力は魔王にも匹敵するという。


「いやいやいや、すでに幸せなんで結構です!ほかを当たってください!」


危険を察知して、急いでカタリナと宗教勧誘女性の間に割って入る。国家間で争われるような大きな問題を六畳二間の小さな空間で争わないで欲しい。


「いえいえ、もっとお金が欲しいでしょう!幸せになりたいでしょう!」


中年女性はこちらの話も聞かずにぐいぐいと玄関に押し入ってくる。これだから、宗教は嫌いだ。特に新興宗教は【現世利益(げんせりえき)】を強調するため、相手を不幸だと決めつけてくる。


「…山田様。あなたはお疲れでしょう。こちらの女性のお相手は私がしますから、奥でゆっくりとお休みください」


「え」


カタリナの申し出に嫌な予感がする。声音はいつもと変わらず優しいが、彼女はいまや開眼してきっていた。完全にキレている…!


「い、いや。俺が…」


「おや、奥様ですか?!ぜひ、奥様にも有益なお話になるかと思います!ぜひお話しさせてください!」


身の危険を一切察知できていないのか、中年女性の方は話を聞いてくれると勘違いして、顔をほころばせながら玄関に上がり込んでくる。おまえ、この危険な空気に気づいてないのか!


「えぇ、こちらへどうぞ。お茶をお入れします。山田様は奥でお休みください」


「ご親切にありがとうございます!お邪魔いたします」


「えぇ…」


とんとん拍子で進む話にもう付いていけない。まぁ、まがりなりに相手は現地の人間。常識を持ち合わせたカタリナが()ってしまうことはないだろう。


「じゃあ、俺は奥で寝てるから...」


「はい」


「旦那様はゆっくりお休みください!」


二人の剣幕(けんまく)に帰ってもらうことを諦め、狭い寝室に戻る。リビングとの間を仕切る引き戸を閉めるとき、ぎゅっと力強く愛用の杖を握りしめた彼女の眼光に獰猛(どうもう)な光が宿っているように見えたのは気のせいだと信じたい。


―――数時間後。


もう空は茜色に染まり、夕焼けが部屋を赤く照らす。流石に寝すぎて、少し頭が痛い。


「ふぁああ、よく寝た~」


大きなあくびをしながらリビングへ戻ると、


「うぉっ」


電気も点けず、薄暗い空間のなかで相対しているカタリナと勧誘女性の姿がまだあった。


「まだ話してたの…?」


あれから何時間も経っているはずだ。恐々(こわごわ)と二人にそっと近づくと、なにか様子がおかしい。カタリナは糸目をさらに細めた笑顔で女性へにこやかに話しかけているのに対し、中年女性の目の焦点はまったく合っておらず、顔は天井を向いており、口からはダラダラとよだれを流してなにやらぶつくさと唱え続けている。


「はい、リピートアフタミー。『世界の理教(ことわりきょう)はこの世の真実』」


「セカイノ コトワリキョウハ コノヨノ シンジツ」


「『女神さまのお力でこの世は守られている』」


「メガミサマノ オチカラデ コノヨハ マモラレテイル」


カタリナの言葉をうつろな表情で淡々と繰り返す勧誘女性。その姿に戦慄し、俺はそっと引き戸を閉じた。


「…うん、何も見なかったな」


どうやら連勤の疲れがまだ抜けていないようだ。俺はあの恐ろしい光景を忘れようと、再び布団へ潜り込んだ。


―――数日後。


テレビのニュースでは、多額のお布施(ふせ)問題などで話題になっていた新興宗教団体が「世界の理教(ことわりきょう)」と改宗し、ホームレスへの炊き出しを行っている様子が報道されていた。


炊き出しをする団体員はどれもやや白目がちな目がうつろだが、心なしか晴れ晴れとした明るい表情をしているように見える。そのなかに一人だけ宗教観が不明なシスター服に身を包んだ見慣れた女がいたような気がするのだが、俺の気のせいだろう。


「…まさかな」


そう言って、俺はそっとテレビを消した。

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