【2話-1】俺の風呂場は産卵場所じゃありません!
「・・・なんだこれ」
時計の針が回り切った午前0時過ぎ。
仕事で疲れた体を少しでも癒そうと、風呂場に直行した俺を待っていたのは―――
水のたっぷり張られたバスタブに生い茂る草木に、伸びた根が天井と床を覆いつくし、体全体に淡く輝く燐光をまとった小さな妖精たちが飛び回るワンダーランドだった。
「大変、申し訳ございません」
俺の目の前には、また深く頭を下げる女の黄金色のつむじ。この短期間で何回見た光景だろう。女性のつむじをまじまじと見る機会なんて、社畜に限らず人生にそう何回もないはずだが、ここ数週間で貴重な体験を頻繁にしている。
「先日開いたポータルですが、どうも少し穴が開いたままでして...そこから妖精たちが入り込んだものかと」
「なんだと?!」
先日の異世界ポータル事件では、俺の部屋に開いた異世界につながるポータルから魔物が侵攻してくるという一大事件が起こった。あのあとの死体の片づけも大変で、隣に住む勇者の部屋のインターホンを何回も鳴らし、朝の5時半だというのにまだ寝ている呑気なバカを叩き起こして片付けさせたのだ。
それでも血痕がとれずに泣いていたところ、いつも何をしているのか不明な同じアパートに住む謎のお姉さんが「ワタシ、こういうの得意だから」と防護服に着替えてきて、謎の液体を巻いて掃除してくれた。
去り際に「警察が調べてもばれないようにしといたからっ」とウインクされたが、なにか多大なる誤解を生んだような気がしてならない。
それなのに、また次の異世界絡みの事件に巻き込むのはやめて欲しい。
「ただ聖女がポータルを閉じたため、彼女の聖なる力がポータルに満ちています。通れるのは悪意のないものだけですので、ご安心ください」
「悪意がなくても実害は出てるんですけど?!」
現にいまお風呂が使えなくて困っている。明日、というか今日の出社はどうすればいいのだ。・・・いや、意外と問題ない気がしてきた。今日なんか上司の一人が「会社に泊まり込み6連勤中!」と妙なハイテンションで、脂ぎった髪と悪臭の漂う体のままデスクに向かっていた。清潔感がなくても問題ないなんて、社畜とは悲しい生き物だ。
「いまはちょうど妖精たちの産卵シーズンでして。おそらく、天敵の魔物が一切いない場所を探して迷い込んだのでしょう。あと3日ほどで卵が孵る見込みです。妖精は数が減ってきており、希少な存在。よろしければ3日間だけ、場所を貸してあげていただけないでしょうか」
聞けば、妖精の孵化に立ち会えた人間には大きな幸運が起こると言う。風呂に入る必要性もないと判明したいま、社畜からの脱却を願って少しだけ場所を貸してやってもいいかもしれない。日々、激務で心がすり切れていても、すでに産み落とされた命を粗末にするほど人間を捨てたつもりはない。
「わかった。卵が孵るまで、見守ろう」
「山田殿なら、そうおっしゃられると思っていました!」
緊張の面持ちから一転、ぱぁっと華の咲くような笑顔をみせるクレア。その輝くような笑みは、PC画面を見続けて疲れ切った社畜の目にはとても眩しかった。




