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【1話】異世界事情に俺を巻き込まないでください!

「山田殿、これをどうぞ」

「・・・」

俺の視線の先には、目の前で深く頭を下げる女のつむじ。後ろで一括りにされた綺麗な黄金色の長髪が、お堅い甲冑の上でさらさらと肩に流れて落ちる。その手には『高級和牛セット』を銘打たれた、高級そうな黒い箱。都内の高級デパートの店舗限定で販売されている某高級料亭が監修した最高級すき焼きセットだ。


「いや、そういう問題じゃなく…」

「では、どうしろと?!」

俺の不平気な様子に女は泣きそうな表情(かお)で勢いよく顔を上げる。

いや、お詫びとかそういうのはまず置いといてさ―――


「まずは、開いちゃったポータルを閉じるのが先でしょうがぁあああああ!」

俺が指した先では、古いアパートの薄汚れた壁にできた紫色にまがまがしく輝く楕円状の穴から魔物たちが現在進行形で侵攻中だ。それを魔法使いと盗賊、聖女と戦士が次々と相手にしている。


魔物たちの大群はどんどん穴を通ってなだれ込んでくるが、意外と戦闘はそんなに苦戦しておらず、勇者パーティーによって次々にあっさり倒されていき、その場に死体が積み重なっていく。しかし、勇者の仲間――特に盗賊と戦士がナイフとこぶしで物理的に攻撃するたびに赤い鮮血が壁や天井に飛び散るのが、家主としてはとても気になる。目に見えて修繕費用が膨れ上がっていくのが恐怖だ。


魔物を倒すのは謎のパワーで血も出さずに殺している、魔法使いだけにして欲しい。一人だけ、魔物をその場で圧縮して消し飛ばすという異次元の戦い方をしている。死体も出ないので安心だが、よく考えたら一番殺し方が怖い。今後、彼を敵に回すのは危ないかもしれない。


「そもそも開くとしても普通は勇者の住んでいる隣の部屋だろ?!なんで俺のところなんだよ!」

「それは…おそらく勇者の魔力を探知して魔物が攻めてきているのですが、勇者直通だとすぐに倒されるので、少しずらした場所にポータルを開けたものかと」

「その判断ができるなら、もっと場所をずらさんかい!」

たった一部屋隣なんて、いくらなんでも近すぎる。そんなのすぐにバレるだろう。小賢しいようで、アホな作戦だ。それでいいのか、魔物たちは。


そうこうしているうちに、勇者パーティーは攻め込んでくる魔物の群れを捌ききったらしい。俺の目の前で正座していた女騎士・クレアになにやら手振りで合図している。

「山田殿、お待たせしました。無事に魔物の群れは殲滅したので、ご安心ください」

「あぁ、そう…」

「それでは、我々もポータルを閉じつつ、向こうの世界に戻ります。さらば、山田殿!また会う日まで!」

勇者パーティーが次々とポータルの中へ入っていき、最後にクレアが晴れやかな笑顔でこちらに手を振りながらポータルの向こうへ消えていく。その姿が完全に見えなくなると、その場に開いていた禍々しい光の穴は徐々に小さくなり最後には消滅した。一件落着し、部屋には平穏が戻る。いつも通りの代わり映えのない狭いアパートの一室だ。畳にベッド、こたつとテレビにパソコンに―――


俺と魔物の死体の山。

「いや、置いてくなよ!」

俺の出社予定時間まで、あと10分。パワハラ上司に長時間詰められることは確定だ。


「俺を異世界事情に巻き込まないでください!」

俺の悲痛な叫びは、もう一方の隣に住むアル中親父のどんっと大きな壁ドンの音でかき消された。

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