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上演一/第一幕


  仕込み


 最近どこそこの夫婦仲が芳しくない。どこそこの男女が懇ろである。どこそこの嫁姑は不穏な空気を醸し出している。

 男ーー城鐘しろがね商店街組合長ーーは、この手の情報に大変聡い人間である。そんな彼は、最近新たな噂を耳にした。『商店街において対立関係にある和菓子屋と洋菓子屋の、それぞれの跡継ぎが好き合っている』らしい。

 男は思う。

(それが事実なら、長年の懸念である二つの店の対立が収まるかもしれない。そうなれば、組合長としての心労が軽くなる。)

 それに何より、男にとって他人の色恋沙汰というのは自身の三か月分の給料より魅力的な話題なのだ。知った以上は首を突っ込みたくなるのがこの男のさがなのである。

 男は、計画を練る。

(舞台は城鐘商店街。演出は私が務めよう。役者は好き合っているらしい二人と、他には……)

 男は顎に手を当てて考える。

(照明はあそこの喫茶の店長にさせるか。音響は……今回は無しでいこう。脚本はもう決まってる。)

 男はただでさえ細い狐のような目を更に細め、ニヤりと笑う。

(小道具は、あそこの店主しかいないな。)

 男は、此度の『上演』に関わることになる面々を脳内に集め、演出家の表情を浮かべる。

(噂が噂に過ぎなければ……その時は一芝居打ってもらおう、文字通り。二店の対立は)

「私が終わらせてやる。」

 最後の一言を声に出し、男、もとい演出家は、傍から見れば悪役とも取れる表情カオで嗤った。



  幕内


 人目につかない夜の公園

 二人の男女が話している

 男は和菓子店紋木屋(もんぎや)の長男紋木露海(もんぎろみ)、女はパティスリーKIRETOの長女切戸樹里(きれとじゅり)


切戸 ねぇ、どうして貴方は貴方なの?

紋木 え、なに? どういうこと?

切戸 貴方が貴方でなければ……紋木家の長男でなければ、こんな思いはしなくてよかったのに!

紋木 でも、僕が紋木家の息子じゃなかったら、君と出会うことはなかったかもしれない。

切戸 そうだけど。

紋木 同じように、君が切戸家の娘じゃなかったら、僕と出会うことはなかったかもしれない。

切戸 ……そうだけどっ!


 紋木は切戸の肩を抱き、彼女の目を真っ直ぐ見据える


紋木 いいかい。僕らは、和菓子屋の息子と洋菓子屋の娘として出会った。それは、変えることはできない事実なんだよ。そして……

切戸 そして?

紋木 そしてそれは、運命でもあると思ってる。

切戸 ……


 二人の前に、闇から溶け出すように男が現れる


男 随分楽しそうですね。

紋木 だ、誰だ?!

男 まぁまぁ、そんなに殺気立たないで。私は……そうですね、神父です。

紋木 はぁ?

男 お二人が、叶わぬ恋慕にお悩みだと聞き及びまして。お力になれれば、と思って馳せ参じた次第です。

紋木 何を訳の分からないことを!

男 そう仰るのも無理はありません。ですが、せめてお話だけでもお聞き願いたい。

紋木 ふざけるな。行こう、樹里。

男 私の手にかかれば、お二人が恋仲になれる可能性も、無きにしも非ずですよ。

切戸 え?

紋木 樹里、こんな奴の言う事なんて真に受けるんじゃない。

男 どう思われるかはお二人の自由ですがね。私は……嘘は申し上げませんよ。


 男、今までのへらりとした口調から一転

 細い目を見開き、至極真面目にそう言う


切戸 本当ですか?

男 ええ。

紋木 おい。

切戸 教えてください! どうすれば……どうすれば、彼と一緒になれるんですか?!

男 簡単なことです。二人で二日間断食をした後、これを飲めばいい。飲んだ後は、私がお迎えにあがります。その時お二人は……永久に一緒になれる。


 男は小さな瓶を取り出して二人に見せる

 瓶には液体のようなものが入っている


男 まぁ、全て自己責任でお願いしますがね。

切戸 ……はい。ありがとうございます。

紋木 おい。そんなもの、

男 では。私はこれで失礼いたします。


 男は小瓶を切戸に渡し、闇に溶けるように消える


紋木 おい樹里。そんなもの今すぐ捨てろ。

切戸 でも、これを飲めば二人一緒になれるかもしれないんだよ?

紋木 だからって、怪しい奴に渡された怪しいモノを飲むのか?! 最悪、死ぬかもしれないんだぞ!

切戸 それでもっ! 私は……私は、露海くんと一緒になりたい。

紋木 樹里……。


 見つめ合う二人

 空には月が輝いている



   開幕


  第一場 夕刻、喫茶(ほん)ベルにて

「ああロミオ、貴方はどうしてロミオなの? お父様をお父様と思わず、名前を捨てて。そうでなければ、私を愛すると誓って……。そうすればもう、私もキャピュレットではないわ!」

 悲しみを湛えつつも凛とした少女の声を意識して、空気を震わせる。それに応えるように、もう一つの声が言葉を続ける。

「もっと聞いていようか、それとも、話しかけてみようか。」

 少年、というにはかなり年を食った声。少し掠れてはいるけれど、場を包み込むような温かさがある。……格好良いっ!

「貴方の名前だけがわた、私の敵……」

 私ーー奥羽おううあやーーの声が、不自然に途切れる。もう一つの声の持ち主ーー氷川一郎ひかわいちろうさんーーは、目線を手元の紙束から私に変えて訝しげな視線を向けた。

「どうしました。」

 所謂『イケメンボイス』と呼称される低音バリトンが、努めて冷静に尋ねる。いや、本当格好良いな、この人の声。

「んふ、ふふふ……」

 口元に手を当てて笑いを堪える。それを見た氷川さんの目線の訝しさが増す。

「奥羽さん?」

「ふふ……すみません。氷川さんのロミオが、その……格好良くて。」

「はぁ、どうも。」

 ロミオーーかの有名な劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの悲劇『ロミオとジュリエット』、通称ロミジュリの主人公だ。

 私達は今、脚本を片手に演技の練習をしている。厳密には、とある高校の演劇部に所属している私の自主練に、バイト先である喫茶本ベルの店長の氷川がさん付き合ってくれている。

氷川さんは演技経験は乏しいらしいけれど、演劇には多少造詣が深い。この喫茶本ベルも、氷川さんの演劇好きが高じた結果。店内の壁の殆どは本棚になっていて、古今東西のあらゆる脚本が整然と並べられている。図書館にもない、ネットにも載ってない脚本だって、ここなら見つかる。お客さんはそれを読んだり、店内の一画に設けられた小さな舞台で演じたりする。氷川さんや私は時に観客、時に共演者となり、訪れた人を演劇の世界に引き込むのだ。因みに、現在飲食物の提供は行っていない。店名の喫茶は過去の名残だ。

「んふふ」

「まだ笑ってるんですか。」

 私は氷川ロミオがツボにはまってしまい、笑いを堪えられない。そんな私に呆れを滲ませつつ、氷川さんは脚本を捲る。その動作さえ色気がありすぎて、さらにツボにはまっていく。

「だって店長のロミオ……んふ」

 最早まともに話すことすらできていない私を横目に、氷川さんは更に脚本を捲る。他人より若干色素の薄い瞳が、若い二人の恋模様を追う。少し俯いた横顔とすっと通った高い鼻に、目を奪われる。

「老けている、とでも言いたいのでしょう。」

「違いますよ! ただ、何て言うか……」

「何て言うか?」

 氷川さんは問い返し、私をじっと見つめる。私はその整った顔を見つめ返しながら答えた。ほんと格好良いよな、この人。顔も声も。『かっこいい』より『格好良い』が似合う。若い頃はさぞ引く手数多だったに違いない、うん。

「イケボすぎて、十代には見えないです。」

 暫しの沈黙の後、氷川さんは脚本に視線を戻す。顔を下げたことで、豊かな銀の長髪が肩へと流れ落ちる。それを鬱陶しそうにかきあげながら、氷川さんは答えた。それ反則でしょ。格好良すぎるって。

「やっぱり、老けている、ということでしょう。」

「……でも、私は好きですよ。氷川さんのロミオ。」

「それはどうも。」

 氷川さんは目線を落としたまま、気怠げにそう返した。これは本当。イケおじの少年役からしか得られない栄養がある。ご馳走様です。

 と若干気持ち悪いことを考えていたら、カラカラと鳴ったドアベルが客の訪れを告げた。

「こんにちはー。……いや、こんばんは?」

 気の抜けた挨拶とともに、一人の男性が入ってくる。白髪混じりの黒髪と目元に刻み込まれた皺が、重ねてきた年月を髣髴とさせる。この人はこの人で、また違った魅力がある。

「いらっしゃいませ。」

 氷川さんが顔をあげ、先程までの気怠さは嘘であったかのようにはっきりとした声でお客様を迎える。一拍遅れて、私も来客時の定型を述べる。

「い、いらっしゃいませ!」

「はは、どうも。お二人は何を?」

 勝手知ったる様子で、男性はカウンター席に腰を下ろす。それもその筈、男性ーー鈴木すずきじゅんさんーーは、この店の常連なのだ。氷川さんとはここが名前通り『喫茶』だった十数年前からの付き合いらしく、暇さえあればこうしてやってきては演劇談議に花を咲かせている。

「奥羽さんが『演技の練習に付き合ってほしい』と言うので、相手をしていたんです。」

「ほお、それはまた面白そうなことを。」

「彼女がジュリエット、私がロミオをっていたんですがね。どうも私に少年役は向いていないらしい。」

 相手が気の置けない鈴木さんだからだろう、氷川さんの声にに先程までの気怠さが滲む。耳触りの良い低音が、些か饒舌になる。耳が幸せ。

「『老けてる』、『十代には見えない』、『おじさん』と、それはまぁ散々に言われましてね。」

 練習に使っていた脚本を片づけながら、少し焦りつつ口を挟む。

「そこまでは言ってないですよ! ……『十代に見えない』、とは言いましたけど……」

 尻すぼみになっていく私の声を聞き流し、氷川さんは話を続ける。

「ま、自覚はありますがね。で、今日は如何致しましょう。」

 半ば無理矢理話に幕を下ろし、鈴木さんにそう問いかける。数秒程考えこんだ後、彼は氷川さんに劣らぬイケヴォで答えた。

「では僕も。シェイクスピアの、『ロミオとジュリエット』で。」

 この店のおじ様達、素敵すぎるっ!



  第二場 逢魔時、喫茶本ベルにて

 陽もすっかり落ちて、差し込んでいた西日も気にならなくなった頃。氷川さん、鈴木さん、そして私は一風変わったロミジュリ談議に花を咲かせていた。

「やっぱり、重なり合う二人をサスで照らすのがいいと思うんです。」

 サス……サスペンションライト。舞台上の役者を真上から照らす照明だ。サスだけを使えば、役者の顔に影ができる。その影が、良い感じに二人の悲しみを表現してくれる。多分。

 次いで、鈴木さんが言う。

「僕はピンがいいと思うけどなぁ。氷川君はどうすればいいと思う?」

「そうですね……敢えて地明かりを狭めるだけ、なんてのはどうでしょう。」

 ピンか。それはそれでいい、のか? でもピンスポットライトって操作大変なんだよな。照準がほんの少しでもずれたら変なところに光が当たるし。かといって、地明かり……舞台上を均一に照らしてる照明を狭めるだけ、ってのもな。センターだけ照らすってことでしょ? それだと他のシーンでも使いそうな演出にならないかな。

 私達は先刻まで鈴木さんのリクエストでロミジュリの脚本を読んでいたのだけれど、今はなぜかそれの舞台での上演におけるクライマックスの照明について話している。

 多分、というか絶対、氷川さんのジュリエット役に笑いを堪えきれず演技どころではなくなってしまった私のせいだろう。本ベルの店員失格だ。解雇クビを言い渡さない氷川さんと話題を変えてくれた鈴木さんに、心の底から感謝、感激、雨あられ。

 ジュリエットは仮死の薬で昏睡状態にある、ということを知らないロミオが毒で自死した後、目覚めたジュリエットはそれを知って悲しみに暮れ彼の短剣で後を追う。その悲しき美しさを表すには、どのような照明を組めば良いのか。私達はその議論に、早小一時間を費やしている。

「でも、地明かり狭めるだけだとあんまり迫力なくないですか?」

 他のシーンでも使いそうですし、という言葉は心の中で付け足して、氷川さんに尋ねる。

「ブルーのフロントサイドかシーリング、若しくは両方を足すとか。」

「あぁー。それはそれでいいかもしれませんね。」

 感心したように鈴木さんが言う。

 なるほど。フロントサイドで斜め前から、シーリングで前からの明かり、それも青の明かりを足せば、それなりに締まりのある舞台になるかもしれない。

「赤ホリなんてのはどうでしょう?」

 突如、第四勢力が話に混ざる。

「わぁ?!」

 思わず素っ頓狂な声をあげる。鈴木さんは少し動揺しつつも声の方を向き、氷川さんは眉一つ動かさず溜息をついた。

「はぁ……組合長。いつも申し上げておりますが、ドアベルを鳴らさず入ってくるのはお控え願いたい。」

 『組合長』と呼ばれたこの人は、本ベルが店を構える城鐘商店街の一番偉い人だ。掴みどころの無い人だけど、そこが良い。さながら悪役のような糸目も好き。

 彼は、この店に入る時は中の人間が話に夢中になっている間にドアベルを押さえて音を鳴らさず入ってくる、という奇癖を持つ。気配も消して入ってくるため、まるで空気から溶け出すように現れたと錯覚するのだ。

「いやなに、随分楽しそうでしたから、邪魔してはいけないかと思いまして。」

「にしては、急に話に割り込んできましたね。」

 氷川さんの言葉に棘が見え隠れするが、組合長は鈍感なのか分かった上でなのか、へらりと言葉を続ける。

「お話を聞いていましたら、自分の考えも言ってみたくなりまして。」

 組合長がハハハと乾いた笑いを零す。そういえばこの人、名前なんて言うんだろう。聞くたびにはぐらかされるからもう諦めてるけど。

 自身の問いを勝手に完結させつつ、氷川さんの言葉を待つ。

「全く、相変わらずですね。」

 呆れを全面に押し出しているのが口調で分かる。二人もここが『喫茶』だった頃から……というか、開店した頃からの知り合いらしい。まぁ、当たり前か。因みに氷川さんは、組合長との関係を『腐れ縁』の一言で片付けている。でもなんだかんだ言って、二人も気の置けない友人同士なのだろう。というのは私の妄想なのだけど。

「で、どうです。赤ホリは。」

 組合長が尋ねる。古典劇で赤ホリはどうかな。高校演劇ではわりと見る手法だけど。舞台最奥のホリゾント幕を赤い照明で照らし、赤地に役者のシルエットを映すことで迫力あるシーンを演出できる。ただ、シェイクスピアみたいな古典劇となると話は別じゃないかな。なんて考えていたら、氷川さんがずばっと言い切った。

「シェイクスピアで赤ホリは無いですね。安っぽくなる。」

 組合長は一瞬目を見開いたものの、すぐいつもの糸目に戻って言う。

「そこまで辛辣に言わなくてもいいじゃないですか。」

 傷付いたような声で話しているが、顔は笑っている。この人、いつも笑ってるよな。糸目も相まって、本当に悪役みたい。考えてることもいまいちよく分からないし。

 と大変失礼なことを考えていたら、組合長は急に話題を変えた。

「そういえば、猫川ねこかわで新作メニューが出たのはご存じですか?」

 猫川……城鐘商店街にあるラーメン屋さん、正式には『ラーメン猫川』だ。私はよく定期テストが終わった後に自分へのご褒美として食べに行く。特に何も無い時でも、何かしらの理由をこじつけて食べに行く。よく頼むのはつけ麺、鶏ささみEdition。

 閑話休題それはさておき。なぜ組合長が急にそんなことを言い出したのか分からず、私達三人は困惑する。

「結構な自信作らしいのでね。是非ご賞味あれ。では、私はそろそろお暇させていただきます。」

 組合長はそう言って席を立ち、ドアノブに手をかける。刹那、氷川さんが光の速さでカウンターの外に出た。組合長の腕を掴み、低い声を更に低くして圧をかける。

「六十分五百円です。」

 わぁお。氷川さん組合長が来たの分かってたんだ。というか、結構いたんだな、組合長。五十六分くらいただ私達の話聞いてたのか。



  第三場 昼時、ラーメン猫川にて

 とある日曜のお昼時。珍しく空いているカウンター席で、私はお冷に浮かぶ氷を眺めていた。少し汗をかいているグラスの中でカランと音を立てる氷が涼を誘う。

 透き通った氷を眺めているうちに、頼んだものが出来上がったらしい。この前組合長がおすすめしてたやつ。

「お待たせぃ。猫川Special、大根おろしEditionだよ。」

 スペシャルとエディションの部分を英語話者に劣らぬ発音で言って、店主の猫川ねこかわ赤次あかじさんがどんぶりを渡す。濃紺のTシャツと頭に巻いた白いタオルのコントラストが些か眩しい。年齢を重ねても溌剌としている彼は、もっと眩しい。

「ありがとうございます。」

 私はそう言いながら、たっぷりと乗った大根おろしを零さないよう慎重に受け取る。……いくらなんでも、大根おろし乗せ過ぎじゃない? メニューの写真の三倍くらい乗ってるんだけど。

 なんとか中身を零さずテーブルに置けたどんぶりを前に、割り箸を割りながら猫川さんに尋ねる。

「あの……大根おろし、こんなに乗ってていいんですか? メニューと全然違うんですけど……」

「いーんだよ。あれは試作品の写真で、かんせー品とは違うんだから。」

 白い歯を見せながら二カっと笑う猫川さん。最初から完成品の写真を載せればいいのでは? と思ったが、声には出さないでおいた。こういう大雑把なところが、猫川さんのいいところでもある。大雑把すぎて日本語の発音が御座なりになる時がある一方、英語の発音はいつでも完璧なところもいい。ギャップ萌え。

「そうですか。……ところで、今日は珍しいですね。日曜のお昼時なのにこんなに空いてるなんて。」

 ああ、と頷きながら、神妙な顔で猫川さんが答える。

「また、いつものだよ。紋木と切戸のところの。」

「ああ、またですか……。」

 紋木と切戸。どちらも城鐘商店街に店を構える有名菓子店だ。紋木家は『和菓子店紋木屋』、切戸家は『パティスリーKIRETO』という店を営んでいる。

 この二店は仲の悪さで有名である。片方が新商品を出せば、もう片方も対抗して似通った新商品を出す。三月は梅、四月は桜、五月は苺、といった具合で。その度に両店は諍い合い、必死に客を呼び込む。大体の客はどちらも食べ比べようと両方買うから、最早ビジネスに思えてくる。それでも両店は演技ではなく本気で毛嫌いし合っている、と私の役者としての直感は告げている。

 そういえば、といつぞやの六月を思い出した。チョコミントシュークリームを売り出したKIRETOに対し、紋木屋が売り出したのはチョコミント大福だった。どちらかが大敗を喫したのはあの時くらいではないか。

 そんなことを考えていると、猫川さんが言った。

「今月は、羊羹らしーよ。あやちゃん羊羹好きでしょ? 後で行ってみたら。」

 羊羹、だと? それは是非とも行かなばなるまいな。なにせこの奥羽あや、羊羹には目がないのでね。

 羊羹、と聞いて目の色が変わった私を見ながら、猫川さんは更に続ける。

「それよりさ、冷めねーうちに食べてくれないかな。早く感想を聞きてーんだ。」

「あっ、すみません! いただきます!」

 綺麗に割れなかった割り箸で、大根おろしの山を崩していく。醤油ベースのスープに溶けていく大根は、さながら水溜まりに消えていく雪のようであった。



             第二幕に続く


 





















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