くらくくらいくろいみち
夜の帳が深く降りた田舎町。そこには「くろいみち」と呼ばれる古い道があった。誰もがその道を避け、決して近づこうとはしない。なぜなら、その道は「人を連れて行く」と噂されていたからだ。
町の歴史は古く、何世代にもわたって語り継がれてきたこの道の恐ろしい伝説は、子どもたちを寝かしつけるための作り話ではなかった。それは、現実に何人もの人がその道で行方不明になっているという事実に根ざしていた。
ある晩、高校生の風谷翠は、友人たちとの帰り道でその道の近くを通りかかる。噂を聞いていたが、興味本位と友人たちの挑発に乗り、誰も歩こうとしないその「くろいみち」へ足を踏み入れることにした。
「そんなのただの迷信だって!」と、友人の一人、玲奈が笑いながら言った。「本当に怖いなら、歩いて見せてよ、翠。」
翠は笑みを浮かべ、彼らの前で「くろいみち」へと入っていった。暗い木々が両側から迫り、月明かりも届かないその道は、ひんやりとした空気に包まれていた。まるで森全体が彼女を見ているかのような不気味な気配が漂っていた。
一歩、また一歩と進むごとに、周囲の音が消えていくのを感じた。虫の鳴き声も、風のささやきも、全てが静まり返り、翠の足音だけが響く。そして突然、彼女は背後に何かの気配を感じた。振り返ると、真っ暗な闇がそこに広がっているだけだった。
「みんな、冗談はやめてよ。」
しかし、返事はなかった。翠は不安を押し殺しながら、もう一度進もうとしたその時、道の奥から微かな声が聞こえた。
「みどり…。」
それは、自分を呼ぶ声のようだった。翠は心臓が跳ねるのを感じた。知っている声ではなかったが、どこか懐かしいような、そんな不思議な響きを持っていた。好奇心と恐怖の狭間で、彼女は声の方へと歩みを進める。
やがて、彼女の前に一人の影が現れた。それは、ぼんやりとした輪郭を持ち、まるで霧のように揺らめいていた。影はゆっくりと翠に向かって手を伸ばした。目が合った瞬間、翠の全身に凍りつくような寒気が走った。
「来て…。」
その声は、まるで遠くの井戸の底から響いてくるようだった。翠は後ずさりし、背後の闇へと逃げ戻ろうとしたが、体が言うことを聞かない。足元が凍りついたように動かず、目の前の影がどんどん近づいてくる。
翠の目に映る影の姿が徐々にはっきりしてきた。それは…かつてこの町で行方不明になった少女、佐伯真奈だった。翠は幼い頃、彼女のことを知っていた。二人は仲の良い友達だったのだが、真奈は突然「くろいみち」で姿を消してしまったのだ。
「みどり、助けて…。」
真奈の瞳は虚ろで、涙が一筋、頬を伝っていた。彼女はそのまま翠の手を掴もうとする。翠は恐怖に震えながら、彼女の手を避けようとするが、その体はもう一歩も動けない。
真奈の手が翠に触れた瞬間、全てが暗転した。翠は意識を失い、そのまま闇の中へと引きずり込まれていった。
翌朝、町の人々が「くろいみち」の入り口で見つけたのは、翠のバッグだけだった。彼女の姿はどこにも見当たらなかった。噂はまた一つ増え、町の人々の恐れは一層深まった。
「くらくくらいくろいみち」。それは、行く者を二度と帰さない、深い闇へと続く道。今でも風に乗って、誰かの耳元で囁く声が聞こえる。
「助けて…。」