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8話 邂逅後



「エーゼンフローヌ?」


 エーゼンフローヌと言えば、王国の公爵家の苗字である。

 その立派な身なりを見る限り、嘘ではないだろう。


 まさか助けたのが公爵家のご令嬢とは思わなかった。



「ええと、エーゼンフローヌ公爵令嬢。ごきげんうるわしゅう」


 貴族式の、右手を左胸に手をあてて頭を下げる礼をする。


 これはS級冒険者になるときに、貴族の冒険者ギルド職員から習ったものだ。


「これから式典で貴族の方とも相手をするんですから。これくらい覚えておいてください」


 といって教えてくれた。


 実際にS級冒険者の任命式の時にそれは役に立った。

 だがやはり本物の貴族のそれと比べると、つたなくて優雅さにかけている。



 俺のなれない挨拶に彼女はふふ、と軽く笑った。


「そんなかしこまった言い方をしなくてもいいです。アリシアと呼んでください」


「そんな、貴族様を呼び捨てなんてできませんよ」


「助けて頂いた方に敬語を使われるのは気が進みません。それに、S級冒険者ほどのお方ならば呼び捨てにしても誰も気にしないでしょう」


「え? 俺がS級冒険者ってわかってました?」


 任命式のどこかで会ってたかな?

 全然覚えてない。

 こんなに美人の女性をそう簡単に忘れることはないと思うのだが。



「シド様の名前を聞けばわかります」


「でも騙っているだけかもしれませんよ?」


「剣に詳しいわけではありませんが、これだけ多くの盗賊達を瞬時に倒した腕前は並外れたものでしょう。S級冒険者と言われても信じます。それに、命を救ってくれた人を疑いたくありません」


 おお……!

 S級冒険者と信じられないことが続いたから自身無くしていたが、 今回は素直に信じられてちょっと感動。


「敬語も必要ありません。どうぞ気軽にお話下さい」


「わかった。じゃあアリシアと呼ばせてもらうよ」


「はい。シド様」


「すまないアリシア。そのシド様というのはやめてくれないか」


 つい最近S級冒険者になったとはいえ、こちとらずっと平民だ。

 様なんてつけて呼ばれるのは慣れないどころか気持ち悪い。


「俺が呼び捨てなんだ。そっちもシドと呼んでくれ。ください」


「……わ、わかりました。シド」



 そう言うと、アリシアは少し顔を赤くした。


「敬称をつけずに殿方の名前を呼んだのは初めてです。慣れませんね」


「え? そうなの? 友達とかは呼び捨てとかにしない?」


「同性の友人はそういたしますが、男性の友人には初めてです。もともと深い仲の異性も少ないですし。その数少ないうちの一人は、ええ、本日あのようなことになりましたし……!」


 途中からアリシアから何か怒りのオーラが発せられていた。

 最近異性関係でなにかあったんだろうか。

 


 さすがに俺みたいに、婚約をいきなり破棄されたとかそういうのではないだろうけどな!

 そんな人、そう何人もいてたまるか。



「お嬢様! ご無事ですか!?」


 馬車の中から侍従の方の女性が出てきた。

 そして周りにある盗賊の死体を見て「ひぃっ」と声を上げる。


「し、死体……!」


「あー。気分いいものではないですよね。すみません」


 冒険者の俺は盗賊討伐なんて日常茶飯事だから慣れているが、普通の人はそうじゃないだろう。


「い、いえ。謝る必要は……うぷ」


 従者さんは吐き気を催したのか口を抑えていた。


「アリシアは大丈夫?」


「……気分いいものではありませんが、私も盗賊退治の見学をしたことがありますので。父に連れられて」


「スパルタなお父さんだね」


「ええ。いざという時のためにこういうのにも慣れておけ、と言われて無理矢理に同行させられました。そのいざという時がくるだなんて思ってもみませんでしたけど」


 苦々しい顔をするアリシア。

 スパルタも役に立つときはあるもんだな。


「ほらエマ。大丈夫?」


「も、もう大丈夫です。失礼いたしました」


 従者さんはフーっと、深く息を吐いて深呼吸している。


「紹介します。彼女はエマ・ラインクロスです。私の従者をしております」


「は、はい。エマです。アリシアお嬢様の身の周りのお世話をしています。助けて頂いて深く感謝申し上げます」


「いえ。困ったときはお互い様です――」


 あ。

 アリシアに対してため口なのに、従者さんに向かって敬語使っちゃだめだよな。


「――いや、お互い様だ。俺はシド・ヴァリス。よろしく」


「え! あのシド・ヴァリス!? S級冒険者の!?」


 目を丸くして驚くエマさん。

 彼女も俺のことを知っているようだった。


 割と俺は有名人なのかな。


 ……じゃあなんでエリーナは俺がS級になったことをしらなかったんだろう。

 謎だ。


「なぜシド様がこのようなところに!?」


「シドでいいよ。様は要らない。俺は故郷に帰ろうとしてこの森を通っていたんだ。あと逆に聞きたいんだけど、公爵令嬢のアリシアがどうしてこんな危険な森の中に?」


 さっき戦ったのは盗賊だったが、この森は普通に魔物も出る。

 そんなところに戦闘力のない女性二人が来るなんて、不用心どころか自殺行為だ。


「どうして、といわれましても私にもわかりません。公爵家の領地に向かうはずだったのに気が付けばここについておりました」


 アリシアはいぶかし気に周りを見渡す。


「そもそもここはどこなんでしょうか?」


「ここは王都から少し離れた森の中だよ。まっすぐ突っ切れば俺の故郷の街につくけど、公爵家の領地とは方向が違う」


 公爵領へは、俺がやらなかった遠回りの整備された安全な街道を通って行く方が近い。


 この森を通っても遠回りにしかならない。

 危険な上に遠回りなんて、何の得もないだろう。


「つまり、私たちはまるで別のルートを通っていたということですか」


「そういうことになるなぁ」


 別の道を進むにしても、魔物のいる森の中に進むなんてことありえるか?

 ただのミスでそんなことにはならないだろう。



「う、ぐ……」



 生かしておいたリーダー格がうめき声をあげた。

 じっとそいつの方を見るが、声を上げただけで起きたわけではなさそうだ。


「お気をつけて! シド。誰か生きてます!」


「あえて一人を生かしているんだ。後で俺が王都まで運ぶ」


「あえて……? なぜ一人だけ生かしているのでしょうか?」


「こういうとき、盗賊は皆殺しにはしないんだ。盗賊は横のつながりが強いから、他の盗賊の何かしらの情報持ってることが多いからね」


 だから皆殺しにはせずに何人かは生かしておくのが国の兵士のやり方で、冒険者の俺もそれに習っている。

 盗賊を引き渡す時は殺すより生かしてた方が喜ばれるんだ。

 生け捕りにした人数が多いほど兵士から感謝されるし報酬も上がる。


 今回は俺しか運ぶ人間がいないから一人しか運べない。

 だから生かしたのは一人だけにした。



「さて、ここに長居してこいつが起きるのも面倒だ。ひとまず場所を移動して、そこで詳しく話を聞いてもいいか?」


「構いませんが、移動する必要があるほど長い話にはなりませんよ。私たちも事情を理解しているわけではありませんし」


「というと?」


「学園から公爵領までの馬車に乗っていたらここにいて、急に盗賊が襲い掛かって来たんです。その後はシドに助けて頂きました」


「ふーん」


 アリシアの言葉を受けて少し考える。

 彼女の言葉が真実なら、ちょっと気になることがあるな。

 

「御者は彼か?」


 俺は倒れている男の一人に目を向ける。

 それは個々に来た時に最初に見た、馬車の近くに倒れている男だ。



「え、ええ。あの方も残念なことに……」


「彼とは長い付き合いなの?」


「いえ。今日初めて会ったはずです。エマはどう?」


「私も彼とは今日出会ったばかりです」


 エマは沈痛な表情で顔をうつ向かせる。


「名前も存じ上げずにいました。こんなことになるなら、名前くらい聞いておけばよかった……」


「名前か。それは本人に聞くとしようか」


「?」



 ここまで話を聞いてよくわかった。

 俺はずんずんと御者が倒れているところに向かう。





「お前生きてるだろ」





 その体を思い切り蹴り上げた。





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