7話 S級冒険者と悪役令嬢②
――S級冒険者『シド・ヴァリス』視点――
王都でエリーナに会いに行った俺は婚約破棄をされてしまった。
それだけでなく俺の言動にキレた彼女は、冤罪を吹っ掛けて俺を学園警備の衛兵に捕まえさせた。
その後、王都の衛兵へと引き渡されたのだが。
まあ普通に解放されていた。
「いやーやっぱS級冒険者ってすごいね」
社会的な肩書きがあるって素晴らしい。
捕まった衛兵に対して名前を言ったらS級冒険者のフリをするなと怒鳴られたけど。
ギルドカードを見せてS級冒険者であることを示したら一発で信じられた。
怒鳴った奴は泣きながら謝ってたよ。
聖女を襲ったことについて聞かれたから正直に起こった出来事を話したら、簡単に信用されてあっさりと釈放された。
これも自分の地位を利用したってことになるんだろうか。
釈放された俺は自分の街に帰ることにした。
もう王都に用なんてない。
それに両親にエリーナとのことをいわなきゃいけないし。
そうして帰る途中で、俺は近道を行くことにした。
整備された安全な街道もあるんだけど、それに沿って故郷の街に行くのは遠回りなんだよな。
かなり時間がかかるからあまり使いたくはない。
ならば近道を突っ切った方が早い。
途中に魔物とかいる森があるけど、S級冒険者の俺ならそこらの魔物くらい簡単に倒せるから問題ない。
近道をして森を通っていたら、男達の怒声と激しい金属音が聞こえてきた。
何かと思ってそっちに向かうと、盗賊らしき男たちに馬車がおそわれていた。
馬は殺されて死体は倒れている。
御者らしき身なりの男も倒れていた。
遠くからでは生死の確認はできないが、生かす理由もないだろう。たぶん死んでる。
馬車の中に誰がいるのかしらないけれど、盗賊に襲われているなら助けなきゃいけない。
「近道して良かった」
俺が近道したおかげで彼らを発見できた。
急がば回れとは言うが、今回は当てはまらなかったようだな。
「とう」
盗賊の一団に近づき、まずは後ろから一人を剣で真っ二つ。
俺の存在に気づいた奴が振り返る。
遅い。反応する前に剣で切る。
こういう時に魔法が使えれば便利なんだろうけどな。
離れたところから一気にどかんと一発で仕留める。
それができればこれまでどれだけ楽だったか。
しかし魔力を持たず魔法を使えない俺は剣で敵を切っていくしかない。
だが、逆に言えば俺は剣だけでS級冒険者になった男だ。
たかが盗賊なんてどれだけ数がいても切り殺すことは簡単だった。
「いきなり現れてなんなんだよお前!」
「くそ!なめんな!」
盗賊達は奇襲からすぐに立ち直り、抵抗し始める。
混乱している間に全滅させられると思っていたが、なかなかやるな。
それなりに修羅場をくぐっているのか。
盗賊達は連携しつつ俺に向かってくる。
さっきまでは混乱していたから大したことはなかったが、今の彼らはなかなか動きがよかった。
武器も悪くないし、味方同士でよく連携が取れている。
もしかしてこいつら傭兵崩れか?
よくあるんだよな。
元傭兵が戦争なくなって稼げないから盗賊になること。
傭兵にしても腕はいいから、そうなる前はひょっとするとどこかの国で訓練された兵士だったのかもしれない。
「ま、腕がいいと言っても俺からすれば大したことはないけどね」
残念ながら。
この程度の相手なら、この三年間の間に何度も相手してきたし、なんども蹴散らしてきた。
一人、また一人と削っていく。
斬り殺していく。
俺の剣に反応することもできずに斬られる奴。
反応することは出来たが防いだ剣ごと真っ二つに斬られる奴。
斬り結ぶことができた奴もいたが、たいていが一合が精いっぱいだった。
それ以上持った奴もいたが、二、三合で斬られていた。
「S級冒険者の俺にそれだけもったのなら大金星だろうな」
小さくつぶやく。
自慢ともとれる言葉だが、事実だ。
「さてと……」
周りを見渡す。
さっきまでは二十人以上いた盗賊たちだが、たった三分ほどでそのほとんどが死んでいた。
残ったのはわずか四人。
「二人……いや一人だな」
馬車の中の人のこともあるから二人は難しいか。
一人にしておこう。
「何の話だ!」
四人のうちの一人が向かってくる。
「生かしてやる人数の話さ」
向かって来た奴はたぶん三下っぽい奴だったから殺す。
一人減って、あと三人。
残すのはあの大柄のリーダー格の奴がいいな。
後ろから指示とばしてたし、一人だけ明らかに装備がいいし。
たぶんリーダーだろ。
「……くそ! やってられるか!」
勝てないことを悟ったのか、リーダー格含めた三人は逃げ出そうとする。
このまま逃げるところをゆっくり眺めるような真似なんてしない。
逃げる者は追わずに見逃すほどお人好しじゃないんだ。
特に盗賊は。
昔似たようなことをしたことがある。
逃がした敵が別の人を襲ったと後で知った時に後悔して、以降は余裕があるうちは逃がすことはしないと決めた。
殺すか、逃げられないように捕縛する。
今回は一人は捕まえるが、それ以外は殺す。
逃げるうちの二人に追いつき、後ろから斬る。
最後に残ったリーダー格は剣を足に向かって投げる。
「ぎゃああああ!」
足に剣が刺さって、走ることはできずにおもいきり転んだ。
痛みに叫ぶリーダー格は足を抑えていた。
膝の部分に剣が突き刺さっている。
この足じゃ走って逃げることはできないだろうな。
街に帰って治療したとしても、方法によっては障害も残るかもしれない。
盗賊がまともな治療を受けれるとは思わないからなあ。
「しばらく寝てろ」
寝転がる後ろから頭を殴り気絶させた。
目が覚めたら牢屋の中か治療室だろう。
気絶したリーダー格の装備をはぎ取り、そこら辺に放り捨てる。
彼の体は引きずって馬車の近くに置いておいた。
本当なら縛っておいた方がいいが、縄がないから断念する。
さて、では馬車の中の人を助けようか。
間違っても既に死んでいるなんてことはあってくれるなよ。
さすがに寝覚めが悪いどころじゃない。
「中に人はいるかい?」
できるだけ穏やかな声で語りかける。
「盗賊はみんな倒した。もう出てきても安心だよ」
そう言うと、中から小さくつぶやく声が聞こえる。
どうやら間に合わずに全員が死んでいたという悲劇は免れたわけだ。
少し安心。
「もしかして怪我してる? ひとまずこれ開けるよ」
そういって、壊れかけの馬車の扉に手をかける。
バキリと音がして簡単に扉は壊れて取り外された。
すぐに壊れてしまったあたり、あと少し遅ければあの盗賊達はすぐに馬車に入れていただろう。
まさに間一髪だったというわけだ。
外れた扉を捨て、馬車の中を見るとそこには二人の女性がいた。
一人は給仕服を着た大人の女性で、もう一人は仕立てのいい高価そうな服を着た少女だ。
給仕服の女性の方が従者で、高価な服の女性の方が主人なんだろう。
貴族か、もしくは金持ちの商人の娘か。
従者の方はこちらに対して震えながら杖を向けている。
主人の方はこちらを真剣な顔で見つめていた。
どっちも俺のことを警戒している。
「俺は冒険者のシド・ヴァリスだ。もう安心だよ」
再度、ここはもう安心だと告げて警戒を解こうとする。
「外に出てきてくれていい。君たちを害する敵はもういない」
「本当ですか……?」
従者の方が震え声で尋ねる。
「罠だったりしませんよね」
「罠じゃない。盗賊は全て無力化した。ここはもう安全だ」
「わかりました」
主人の方の娘が立ち上がる。
勇気のある娘だ。
「エマ、外に出ましょう。ここにいても時間を無駄にするだけよ」
「お嬢様。でも……!」
「ひとまず私が外に出るわ。エマは後からついて来て」
主人の少女は馬車から出てきて地面に降り立った。
周りに転がる死体にぎょっと驚き、体をこわばらせたが、死体から目を逸らして俺の方を見る。
「助けて頂きありがとうございました。私はアリシア・エーゼンフローヌです」
「シド・ヴァリスといいます」
アリシアさんから手を差し出されたので、ぐっと握り返す。
これがアリシア・エーゼンフローヌと俺――シド・ヴァリスの初めての出会いであった。