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6話 S級冒険者と悪役令嬢①


――『アリシア・エーゼンフローヌ』視点――



 卒業式の翌日、私は公爵家の実家へと帰還することになった。


「はぁ……」



 ため息が出る。


 昨日の卒業式における婚約破棄と私に対する冤罪。

 これからそれに対処しなくてはいけないのだからため息もでようものだ。


 いまから父に昨日の出来事について説明しなければいけないし、婚約破棄のための書類を取りに行かなければいけない。


 私にかかった冤罪を解くためにすぐにでも動き出したいというのに。


 しかし手続き上用意しなければいけないものもあるから仕方ない。

 父への説明だって、手紙で済ませたり使用人に任せるわけにもいかないし。


 殿下の方ではすでにその手続きを終えているということ。

 こういうことだけは用意がいい……。



「お嬢様。大丈夫ですよ」


 私のため息についてどう思ったのか、従者のエマがそう私に言う。


「詳しいことは私にはわかりませんが、えっと、きっと大丈夫です。お嬢様はなんとなく全部上手くいく気がしますから不安にならないで下さい」


「ありがとうエマ。でも励ますならそういうふわっとした言葉じゃなくてもっとはっきりとしたものが欲しいな」


「すみません。私、学がないもので……」


「貴方、王立学園の卒業生でしょう」



 それで学がないという言葉を使えば、私も学がないことになってしまう。


 言葉の通り、彼女は私と同じ母校の卒業生だ。

 卒業したのはもう何年も前になる。

 

 エマもまた貴族の子女。

 エーゼンフローヌ家の派閥の一つであるラインクロス家の長女である。


 彼女は公爵家の使用人として働いており、私の従者として入学の時からついて来てくれた。


 貴族には、その使用人にも格が求められる。

 特に公爵という最高位の貴族に求められる格は相当だ。


 そのためエーゼンフローヌ家に仕える使用人のほとんどは貴族であった。

 エマもその一人だ。


 平民も使用人になることはできなくもないが、よほど父から信頼されるか、あるいはよほど優秀でもなければ無理だろう。


 一人平民出身の方も知っているけれど、その彼は公爵家で商売している最も大きい商会の息子だ。

 それくらいの伝手や才覚がなければ貴族でないものはまず無理なんだろう。



「それにしてもあの聖女。お嬢様から殿下を奪ったばかりか冤罪まで押し付けるなんて許せませんね。私がパーティの時にいたらその場でぶっ殺してやったのに」


「殺しちゃダメよ」


「殴るくらいは?」


「それもダメ」


 あの場で暴力を振るうことは、やってもない罪を認めたことと同じ。

 真実はどうあれ周囲はそう判断する。


 ああ、実際にやったのだな。

 言い逃れができないから最後のあがきで暴力に手をだしたのだな。


 と、そう判断されるのだ。

 暴力というのはそういうものだ。


 少なくとも話し合いの場において、暴力を振るうことは実質的な敗北宣言である。

 

 だから私は、言葉で彼らと戦わなくてはいけない。

 証拠を用意して、反論を考えて、ぐうの音も出ないくらいに言い負かして。 

 そうやって初めてかけられた冤罪を晴らすことができる。



 そうして話をしていると、急に馬車が止まった。

 


「どうしたんでしょうか? 魔物でも現れましたかね?」


「縁起でもないこと言わないでちょうだい」


「まあ魔物でなくても、なにか動物でも現れたか。それか落石で道がふさがってるとか」


 動物はまだしも、落石は勘弁してほしい。


 これでも急いでいるのだ。

 遠回りなんてしたくもない。

 石を壊せるくらいの冒険者でも街にいればいいけど。


 私とエマはもちろんそんなことできない。



「御者さん。どうかしたんですか?」


 尋ねるが、しかし返事はなかった。

 何も返事がないとはどういうことだ?


「? ちょっと見てきま――」


 エマがそう言って馬車の扉を開けようとしたその時。





「かかれぇ、野郎どもぉ!」




 その声と共に、何人もの男の「おおお!」という大声が聞こえてきた。



「きゃ!」


 どん、と激しい音と主に馬車が揺らされる。


 男達の野蛮な咆哮が聞こえて、その後に御者の悲鳴と馬の鳴き声が聞こえてくる。



「な、な――」



 これは。

 もしかして。


「と、盗賊?」


「え。で、でも。街道沿いに盗賊なんて……」




「開けろぉぉぉぉ!」



 ドンドンと扉が叩かれる。


「ひ――」



 その激しい音に、恐怖で頭が真っ白になった。

 

「開けろ、おい! そしたら命は助けてやるよ!」

「大人しく言うこと聞け! どうせもう逃げらんねえよ!」



 扉を叩く音は大きくなる。


「だ、大丈夫です。お嬢様。この馬車は学園の特別性です。簡単に壊れはしません」


「そ、そう。よね」


 扉を叩く音は大きくなる。

 次第に金属がぶつかる音も聞こえてきた。


 武器を使って扉を壊そうとしているのだと、すぐにわかった。 


 確かにこの馬車は特別製で、簡単には壊れない。 

 それでも、なんどもなんども武器で叩いていれば、いずれは壊れるのではないか?

 そして壊れるまでに助けは来るのか?



「だ、大丈夫です。お嬢様」


 そう呟くエマの顔は真っ青だった。

 

「私が、守りますから」


 彼女の手は震えている。


 彼女も貴族令嬢。

 教養として魔術や護身術を学んだことはあっても、こんな修羅場の経験なんてあるわけない。


 怖くて仕方ないんだ。

 それでも、私を安心させようとしてくれている。


「私が囮になります。がんばって、囮になります。だからお嬢様は走って逃げてください」


「囮になるって。どうやって」


「……火の魔法を放ちます。だ、大丈夫です。これでも、魔法の成績はよかったんですよ……!」


 声を震わせながらも、エマはそう気丈に言ってくれる。


「わかったわ」


 彼女の提案をすぐに了承した。


 私も貴族だ。公爵令嬢だ。

 こういうことはいずれ来ると、そう教え込まれてきた。


 自分のために他人が犠牲になる覚悟はできている。

 非道だと思われようが、彼女を見捨ててでも生きる覚悟はできている。



 ただ、問題もある。

 走って逃げるにしてもどこに行けばいいのかわからない。


 ここは間違いなく帰省の度に通っていた街道ではないだろう。

 本来の街道だったら、盗賊がこないような安全なところのはずだから。


 わからなくても、とにかく走るしかない……!



 話している間に盗賊たちの怒声は大きくなり、馬車を壊そうと武器を叩きつける音も激しくなる。


 いくら馬車が頑丈でも長くはもたない。

 扉なんて他の部位に比べたらもろいはずだ。


 ガンガンと武器が当てられ、バキと嫌な音がする。

 それを聞いたエマは涙を目ににじませながらも杖をだし、震えながら扉のほうに向ける。


「お、お嬢様。今までありがとうございました。お嬢様に仕えることができて幸せでした」


 エマは緊張をほぐすように息を大きく吸い、そして吐く。

 覚悟を決める。



「私が魔法を放ったらお逃げください」


「……エマ。今までありがとう。貴方のことは一生忘れない」


「――ッ! 光栄です」


 言葉と共に彼女は杖を扉の方に向ける。




「おらぁ! 出てこい!」


 そしてひときわ大きな声が響き、扉の蝶番が壊された。

 力任せに扉が引き抜かれ――。



「観念し――なんだおまぇ!」


「ぎゃあああああ!」

「やめろおおお!」

「ぐぇ……」



 しかし、扉があくことも彼らが馬車の中に入ってくることはなかった。

 聞こえてきたのは盗賊たちの悲鳴だけだ。



「どう、したんですかね……」


「わからない」


 もしかして、と頭の中で一つの希望が降ってくる。


「助けが来た?」


 馬車の中にいる間に、私たちのことに気づいた衛兵が盗賊を倒しに来てくれた。

 ありえない話じゃない。


「でも、衛兵の声はしませんよ」


 というエマの指摘に「ええ」と頷く。


 確かに、衛兵が来るならもっとたくさんの人の声や足音があるはず。

 それがないのは不自然だ。


 それに聞こえてきたのは戦いの音というよりも、一方的な蹂躙だった。


「どうなっているの?」


 そして悲鳴はすぐにやんで、その場は静寂に包まれた。

 先ほどまでの悲鳴も怒号もなくなっている。



「中に人はいるかい?」



 外から男性が声をかけてきた。


「盗賊はみんな倒した。もう出てきても安心だよ」



 私とエマはお互いに顔を見合わせる。


「ど、どうしましょうか。こう言ってますが。罠かもしれません」


「さすがにこの状況で罠を仕掛ける必要なんてないと思うけど」


 もう扉はほぼ壊れているのだ。

 いつでも無理矢理入ってくることはできる。

 罠なんて必要ない。



「もしかして怪我してる? ひとまずこれを開けるよ」


「え!? あ、あの!」


 静止も間に合わず、バキリ、という音と共に扉が壊されて引き抜かれた。


 ああ。

 結局壊れるのか、この扉は。


 そして壊れた扉の向こうに立っていたのは、一人の青年だった。

 服装的には衛兵とは思えない。

 彼らはもっと重装備だが、青年は軽装だった。




「俺は冒険者のシド・ヴァリスだ。もう安心だよ」




 私たちを助けてくれた人はそう言った。



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