2話 シドはS級冒険者になる
平民がひとかどの人物となる方法は二つある。
商人か冒険者になることだ。
商人として大成し、多くの金を稼げれば自ずと立場はあがる。
金がなければ成り立たないのは平民も貴族も同じ。
金を持っている者、金を稼ぐことができる者は周りから尊敬されるのだ。
だがいまから商人となって三年後までに大商人となるのは難しいだろう。
元手もなければ伝手もない俺が金持ちとなるには三年は短すぎた。
ならば冒険者だ。
魔物を殺しダンジョンを制覇する冒険者も、大成すれば周りから尊敬される。
もちろんただのチンピラに毛が生えたような質の低い冒険者もいるが、伝説にうたわれるレベルの冒険者だっている。
そして冒険者として上り詰めたら、その立場は貴族どころか王族と同等の扱いを受けることもあるのだ。
トップの冒険者は国が対処するような怪物を一人で倒すことができる。
それほどの力をもつのだからそれくらいの立場も当然である。
冒険者としての最上位、S級冒険者。
それくらいにまでいけたなら聖女と並び立つほどの男だと胸を張って言えるだろう。
これも大商人と同じくらい難しいだろうが、しかし商人となるよりもなれる確率は高いと思う。
難易度の問題じゃなくて向き不向きの問題だ。
こういっちゃなんだが、俺は昔から荒事には向いていた。
街でも有数の美少女であったエリーナには彼女のことを狙った男たちが集まって来た。
ただ口説くだけならばライバルとして競い合うこともあるのだが、力で無理矢理にものにしようとする者も少なくはなかった。
そんな相手に対して俺は同じように力で彼女を守った。
殴り合いの喧嘩から武器を使った殺し合い間近の争いまで。
幸い戦いのセンスはあったのか、そのどれもに勝利してきた。
さすがに無傷とはいかずに怪我をすることもあったから、そのときはエリーナに癒してもらったんだけどな。
これだけでS級冒険者になれる根拠にはならないが、商人となって大金持ちになるよりはこっちの方が現実的な選択だろう。
それにこっちには元手もある。
俺の家は鍛冶屋をしているから、戦うための武器はあるのだ。
「よし!」
冒険者になることを決意した俺は、まずは自分の武器を作り始めた。
これまで他人に売るための剣をつくったことはあったが、自分のために作ったのは初めてだった。
何日も何日もひたすらに剣を作った。
俺よりも熟達した鍛冶屋の父に剣をつくってもらうという道もあった。
実際に父からもそれを提案されたことはあるが断った。
冒険者になる始めの武器は自分の手で作りたかったのだ。
婚約者に並び立つ男になるための第一歩が、他人にやってもらったのでは示しがつかない。
過程でいくつも駄作もできてしまったが、最終的には納得のいく剣をつくることができた。
そして剣を作った後は冒険者ギルドに登録した。
その後は毎日ひたすら魔物と戦う日々。
最初はE級冒険者から始まった。
何度も怪我をしたし、何度も死にかけた。
エリーナが街にいた頃なら彼女が治療してくれたのだが、そのエリーナはもういなかった。
金をかけてポーションを使って治した。
それは彼女の魔法とは比べるべくもない遅い治療速度だった。
そのたびにエリーナは特別な力をもった聖女なのだと感じた。
そしてそんな彼女の婚約者である自分の立場を再認識して身が引き締まった。
常に勝てたわけじゃない。
負けることも逃げることも何度もあった。
しかし修練を続けることで勝つことができるようになった。
一度負けた相手にリベンジして勝てるようになった時、冒険者としてレベルが上がったことを感じた。
エリーナへの手紙はマメにした。
何もなくても週に一度は手紙を書き、何かあればそのたびに手紙を送っていた。
例えば、冒険者ランクが上がった時。強力な魔物を討伐した時。
さすがに全ての手紙に返事を送ってくることはなかったが、彼女は定期的に手紙の返事をくれていた。
手紙の中で冒険者になったことを心配し、それでも俺ならば大丈夫だと勇気づけてくれた。
魔物を討伐したときにはすごいと賞賛してくれ、ランクが上がった時には何枚もの手紙で喜びを示してくれた。
彼女の手紙は愛の言葉であふれていた。
早く三年経ってほしい。
そしたらすぐにシドと結婚して一緒に暮らせるのに。
そういった言葉が何度も見受けられ、全ての手紙の最後には愛しているという言葉でしめられていた。
他にも記念日では手紙と贈り物をしていた。
彼女の誕生日や婚約してから周年ごとにプレゼントを贈る。
冒険者になりたての頃は高い物は贈れなかったから、可愛い服や安くても見栄えのいいアクセサリーを贈っていた選んだ。
花束を贈ることもできたが、王都までの距離は遠いから届けている間に枯れてしまうからやめておいた。
エリーナは俺のプレゼントに感謝と喜びを表した手紙を送ってくれた。
そして彼女自身も記念日ごとに俺に贈り物をしてくれた。
俺はその贈り物を大切にしまい、あるいはお守りとして身に着け、冒険者として戦いの日々を送った。
年月が経ち、冒険者のランクが上がっていった。
E級だった冒険者ランクはD級、C級とどんどん上昇した。
武器も何度も新調した。
さすがにランクが上がってくると、にわか鍛冶屋の俺の武器では魔物に歯が立たない。きちんとした鍛冶屋に依頼をして武器を作ってもらった。
鍛えた体に強力な武器。
俺は冒険者の中でも強い方になった。
冒険者としては順風満帆といったところだが、しかし問題もあった。
エリーナからの手紙が返ってくることがめっきり減っていったのだ。
さすがにもう週に一回と手紙を出すことはしていなかったが、それでも頻繁に手紙を送っていた。
余裕があれば二週間に一回。
余裕がなくても月に一回。
そのくらいの頻度で手紙を送っていたが、彼女から返ってくる手紙の回数はどんどん減っていった。
月に一回の返信は三ヶ月に一回、半年に一回と減っていった。
最後の手紙は彼女が王都へ行って二年目の終わりくらいで、そこから何度手紙を贈ろうが返ってこなかった。
きっと忙しいのだろう。
日々の授業もあるし、聖女として人脈作りもしなければいけない。
三年目は卒業も控えているのだから。
俺の相手をしている暇はないのだ。
そう思うことにして、自分の中の不安や不満を封じ込めた。
腐ってはいけない。
彼女が忙しい分、努力している分、俺は同じくらい――いや、それ以上に努力しなければいけない。
手紙が来なくとも鍛えることはやめず、より一層冒険者として自分を磨き続けた。
全ては聖女となったエリーナに並び立つ者になるために。
鍛え続けた俺は、国を滅ぼすほどの強力な魔物と戦った。
その魔物は強く、そして耐久力も並外れていた。
三日間にも及ぶ戦闘を行い、そして地形を変えるほどの戦いの結果、俺は魔物を討伐した。
その功績が認められて、俺はついに目標だったS級冒険者となった。
念願のエリーナと並び立つ男になったのだ。
エリーナが聖女として王都へ行ってからちょうど三年が経過した。
王立学園の卒業は間近に迫っている。
「ようやく結婚できるんだな」
それはつまり、俺と彼女の再会と結婚の日も迫っていることを示していた。
その時の俺は、自分の希望が儚くも打ち壊されるなどとは想像もしていなかった。