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18話 断罪⑦



「S級? あんたが――?」


「ああ。そうだよ。手紙で知らせてたはずなんだけど」


 こいつはその手紙を読んでいなかったらしいがな。


「…………」


 エリーナは黙って目を逸らす。



「う、嘘だ! そんな、S級冒険者なんて」


 レジス殿下が慌てふためいている。


「国の英雄じゃないか。なんでそんな奴がこんなところにいるんだ。ありえない」


「別に信用しなくてもいいですよ? 証拠もありませんし」


 俺がS級かどうかなんて、別に今は重要じゃない。

 それを信じようが信じまいが、状況は変わらないのだから。


「重要なのは、お前らじゃ俺には勝てないってことだ」


「ぐ、ファ、ファイアーボ――」


「撃たせるかよ」


 もう撃たせる必要もないし。


 殿下が呪文を唱え終わる前に彼の腹を殴って昏倒させる。


「ぐぉっ……」


 殿下は腹を抑えて地面にうずくまった。

 痛みに声も上手く出せず、その場で腹を抑えながらプルプルと震えていた。


「気絶するほど強くは殴っていませんよ。しばらくは立ち上がれないけど」


「すごいですね。殿下は体術の成績もよかったんですよ。それがまるで子供扱い」


「S級だからね。これくらいはね」


 殿下程度の腕前なら、別にS級じゃなくても倒せるだろうけど。


 魔法の威力や体術を見たところ、彼の実力は冒険者で表せばC級下位くらいか。

 年齢を考えればまあ普通くらいだ。


 とはいえ王族に肉体的な強さは必要ない。教養として学んできたくらいなら、それくらいで十分だろうな。



「シド。ほ、ほんとにS級なの……?」


 一連の行いを見たエリーナは声を震わせながら確認してくる。


「あ、あの。ごめんなさい。私、あなたがそんなに出世してたことなんて知らなくて」


「そうか」


「あなたってすごい強いのね。私と離れてから頑張ったのね。幼馴染として私も嬉しいわ」


「嬉しいのか。それは何よりだ」


 エリーナがなにやら話しかけてきているが、さっきからいまいち要領を得ないな。

 つまり何が言いたいのだろうか?


「え、ええと。それでね? 私たち幼馴染で、婚約者じゃない?」


「元・婚約者な」


「そ、そう。元婚約者。でもね、私、自分でも悪いことをしたと思っているのよ。その、一方的に婚約を破棄するなんて酷いわよね。本当にごめんなさい」


「……別にいまさら謝ってもらわなくていいよ」


「いいえ謝らせて。ごめんなさい。申し訳ありませんでした。でもあなたも酷いと思うわ。S級冒険者だったことを言わないんですもの。人が悪いわ、シド」


 いや手紙で伝えてたろ。

 お前が読まなかっただけだ。


「お互いに悪いところがあったけれど、仲直りしましょう。昔みたいに。仲良しだった、付き合っていた、あの頃みたいに」


「もうその時のように接することはできないよ。俺を振ったのはお前だ」


「ええ。だから撤回させてほしいの。あなたを振ったことを。そのうえで、私たちもう一度やり直しましょう?」


 エリーナがおかしなことを言い始めた。


「もう一度、貴方と婚約させてほしい。私と結婚しましょう、シド。ほら、聖女とS級冒険者なら、お互いに立場の釣り合った素晴らしい夫婦になれるとは思わない? 絶対そうよ、ええ。夫婦同士支え合って生きていきたいわ。シド、貴方を愛してる」


 立場が釣り合った夫婦。

 愛している。


 数日前、俺がエリーナのところに行った日にそれを聞いていたなら喜んでいただろうな。

 もう遅いけど。


「いいのですか?」


 エリーナの言葉を聞いていたアリシアが口をはさむ。


「エリーナさんは今、そこでうずくまっている殿下と婚約しているのですよ。それなのに堂々と愛を語るなど」


「先に婚約破棄を口にしたのはこの男です。なら、私がシドとよりを戻そうとして何の問題があるのですか?」


「法律とか、手続きとか……」


 婚約破棄を口にしたところで法律的には未だ婚約状態だ。 

 別にこの場で宣言したところで婚約破棄できていない。

 俺とエリーナが昔行ったような口約束とは違うのだ。

 正式な手続きの下で行われた出来事なのだから。


「法律なんてどうでもいいの!」


 いやどうでもよくないだろ。


「大切なのはお互いの心。そうですよね?」


「心が大事というのなら、やっぱり俺はお前と結婚しないけどな」


「どうして!?」


 エリーナが驚いて目を丸くする。

 なんでここで驚くことができるんだろう。



「どうして? マジで聞いてるのか? お前のことを好きじゃないからに決まってるだろ」


「どうして!? 私たち、愛し合っていたじゃない!」


「三年前はね。でも今はもう好きじゃない。普通に気持ちも冷めたよ。原因は自分の胸に聞いてみな」


「わ、私が王子を好きと言ったから? 他の男と婚約したから? それは謝ってるじゃない。だからこいつとは別れるって言ってるじゃない。どうして言うこと聞いてくれないの?」


「謝ったからってどうして許さなきゃいけない? どうして言うこときかなきゃいけない? お前が俺に謝罪するのは勝手だが、だからといって俺がお前に何かしなきゃいけない義務はない。あと、さ」 


 エリーナは勘違いしている。

 俺は別に、殿下と婚約したことが許せないわけじゃないのだ。


 それは別にかまわないのだ。

 三年の中で心変わりすることもあるだろう。


 いや、三年もいらないか。

 俺は三年どころか数日で心変わりしたのだから。 

 

 一方的に婚約破棄して殿下と婚約したことに対して確かに不満はある。

 あるのだが、もうそれはいいんだ。

 別に。


 彼女をフるのはそれが理由じゃない。



「俺がお前をフるのは、お前の性格が悪いからだよ。例え婚約破棄されてなかったとしても、お前との結婚なんて俺の方から断りたいくらいだ」


「は、はあ!? 誰の性格が悪いって!?」


「お前だよ。自己中心的で倫理観もなくて自分の欲望が最優先で、不利になれば人に媚び始める。そして気に入らないことがあればすぐに怒る。どう考えても性格悪いでしょ。誰がそんな女と結婚なんてするか」


「う……。ひどい……。わたし、あなたのことが好きなだけなのに」


「また泣くのか? 今度はどこの男に頼る? ここにいるのはお前をフッた俺と、腹を抑えてうずくまっている王子しかいないぞ」


 俺の言葉を聞いて、チラリ、とエリーナはレジス殿下の方を見る。


 婚約者の視線を受けて王子は――なにも言わなかった。

 ただ、体の痛みに敗北してうずくまっているだけだった。



「王子に助けてもらえよ。婚約者なんだろ?」


 

 その言葉が最後の引き金になった。



「うるさい……うるさいんだよ、この平民があああ!」



 怒りが頂点に達したエリーナはこちらに殴りかかってくる。

 もちろん訓練も積んでない女子の拳が当たるはずもなく、俺はひょいと姿勢を変えるだけで避けた。



「だから、お前も平民だろ」


「うるさい! 私は、聖女だ! 王子の婚約者だ! 王族になるんだよ! お前なんかとは違う!」



「そうか。それはよかったな」


 別に、エリーナの婚約まで邪魔しようとは思わない。


 王子と結婚?

 王族になる?

 好きにすればいいと思う。

 自由に誰とでも結婚してくれ。


 公爵令嬢の暗殺未遂で逮捕された後にそれが出来るなら、ね。

 たぶん無理だろうけどなぁ。


「カス! ゴミ! 平民!」


 エリーナが俺に対してがんばって罵倒を浴びせている中、殿下はやっと立ち上がった。


「う……」


「ようやく立ち上がられましたか」

 

「黙れアリシア。そしてシド・ヴァリス、お前ら二人はただで済むと思うなよ……」


「急にどうした?」


 恨み節全開で三下のようなことをいう殿下。


「僕にここまでのことをして、タダで済むと思うな。お前ら二人とも――」




「タダでは済まないのはお前の方だ。愚か者が」




 殿下の言葉に被せるように告げられたその言葉は、俺の言ったものではなかった。


 アリシアでも、エリーナでもない。

 もちろんレジス殿下でもない。



「ち、父上!」



 それは殿下の父親であり、フリージア王国の王でもある、ラングロード・フリージアその人だった。



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