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17話 断罪⑥


「そろそろやめろ」


 口喧嘩がヒートアップしてつかみ合いにまでいったところで、二人を止める。


「なんだ、だまってろ庶民! 誰がお前の発言を許可した!」


「そうよ、あんたは引っ込んでなさい! また人を呼ぶわよ!」 

 

「好きにしろよ……」


 この状況で、それが脅しになると思っているのか。


「エリーナの男女関係について議論を交わしていていいのか? それより重要な問題があるだろう」


「あるわけないだろうそんなことが! 初めての女がこんな売女であっただなんて……末代までの恥だ!」



 たぶんその発言の方が恥だと思うけどね。


「そうですか? 彼女の暗殺指示についてはどうでもいいと?」


「あ……そうだ、それがあったか。ふ、ふん。まあいい。そんなこと、冷静に考えれば特に問題ない」


 殿下はそう気を取り直す。


 問題ない?

 いや婚約者が公爵令嬢の暗殺を指示したって、かなり重要な事だろうが。



「別にエリーナがどんな罪を犯したところで、僕に関係はない。婚約破棄すればいい話だ。ああ、そうだ。何を動揺していたんだ僕は。最初からそうすればよかったんだ」



「……驚きました。婚約破棄? この期に及んで、またしてもそのようなことをするのですね」


 アリシアは冷ややかな眼差しで殿下の方を見る。

 

 まるでトカゲの尻尾きり。

 元いた婚約者を捨ててまでつい少し前に婚約したばかりの女を、邪魔になったから即座に切り捨てようなどという思考には反吐が出そうだ。



「なんだその目は。僕が誰と婚約破棄しようが僕の自由だろう。君の知ったことでは……ああ、そうか。そういうことか。そうして欲しかったのなら最初から言えばいいのに。アリシア、君も素直じゃないね」


「素直? 仰る意味が分からないのですが」


「隠さなくていいよ。僕とまたよりを戻したいんだろう? ちょうど妻の席が空いたところだ。それに君の罪は冤罪だったそうじゃないか。なら僕と結ばれる資格はまだ失われていない。また婚約してあげよう」


「《《あげよう》》?」


 アリシアが冷たいトーンで呟く。


「はは、そうだ。僕たちはこれまでずっと婚約者だったじゃないか。少しの間、婚約を解消していたが、誤差みたいなものだ。また婚約者になって元通り。いいや、困難を乗り越えた分、また絆は強くなったに違いない」


「別に殿下とは困難を乗り越えてませんけどね。わたくしが危ないときに助けてくれたのはあなたではありません。ここにいるシドです。あなたはただ、気にいった女と王都で好き勝手に過ごしていただけでしょう」


「な――なんだその口のきき方は。僕は王子だぞ!」


「だからなんですか?」


「僕と結婚すれば君は王の妻になれるんだぞ。なりたくないのか!?」


「別に。そんなものに興味はありません。いいえ、なくなったといいましょうか。あなたのような男と結婚しなければ手に入らない地位など願い下げです」


「ぐ……それなら別にかまわん! 女なんてたくさんいるんだ。お前にこだわる必要もない」


「殿下。本当に結婚できるとお思いですか?」


「当り前だろう。僕は将来の王だぞ? 女なんて向こうから寄ってくるに決まってるじゃないか。今度はこんなあばずれじゃない――、そう、もっといい女を見つけるんだ。優しくて、可愛くて、他の男の影なんてない女を。今のことばかり見て過去のことをきちんと調べなかったのは失敗だった。今度は失敗しない。過去の男がいないか、産まれた頃から調べ上げてやる――」


 


「……気持ち悪い」



 アリシアがそう小さくつぶやいた。


 まったく同じ気持ちだ。 

 どれだけ拗らせたらこんな男になるのだろうか。



 ああ、そうだ。

 殿下は勘違いしていることがあるから訂正しておこう。


「なぜか将来王になることを確信していますけれど、なれませんよ? 婚約者のエリーナが逮捕されるんだから、殿下もただではすみません」


「な!? そんなわけない。こいつとは婚約破棄だ! 縁を切る! それで話は終わりだ!」


「いまさらそんなことをしたところで遅いでしょう。婚約中に相手が罪を犯したのですから」


 そう。

 日程的に考えれば、彼とエリーナの婚約中に事件は起こった。

 いまになってようやく婚約破棄をしても後の祭りだ。


「安心して下さい、殿下。さすがに逮捕まではされませんから。王になる可能性が著しく低くなるか、悪くとも王位継承権がなくなるくらいでしょう」


「王位継承権が? なんで? 全部エリーナの罪じゃないか。僕が何をしたっていうんだ」


「何をした? 理解できないなら教えて差し上げますね。まず王家と公爵家の婚約を勝手に破棄したこと。次にエリーナさんと一緒になって私に対して冤罪をかけたこと。そして婚約者の犯罪に気づかず、その行いを許してしまったことですよ。あなたは王族です。身内の犯罪を、知らなかったでは通りませんよ?」


「な、ななな――。ありえない。この僕が、王になれない――?」


 わなわなとレジス殿下が震える。

 

「そんなわけない。そうだ。このことはまだ握りつぶせる。暗殺も、冤罪も、全員に箝口令をしけばいいだけだ」


 ああ。

 自分の利益のために、自分の後ろくらい所を隠蔽する方向にいってしまったか。

 

 もうすでに暗愚の性質が出始めている。

 こんな奴が王になる可能性が低くなって、本当に良かった。


「出来ると思いますか?」


「できるさ。王都の騎士ならば僕が言えばどうとでもなる。王子なんだからな。抵抗するようなら辺境送りにでもすればいいんだ」


「冤罪についてはどうしますか? 教師は辺境には送れませんよ?」


「たかが学園の一教師だぞ? クビにでもすればいい」


「それで口封じができても私たちがいます」


「なら君たちが黙っていればいい話だ」


「そんなことするわけ――」


「こうすれば、話せなくなるだろう」


 殿下が手のひらを俺とアリシアの方に向ける。


「公爵家に生まれただけの馬鹿な女が! たかが平民の冒険者風情が! 誰を敵に回したか教えてやる! ファイアーボール」


 殿下は俺達に向けて炎の魔法を出す。

 顔程の大きさのファイアーボールが何個も現れ、こちらに向かって飛んできて爆発した。

 どん、どん、と大きな音が何度も響き、室内が煙で覆われる。


「は、はは。僕は魔法は得意なんだよ。どうだ。特大のファイアーボールだぞ。底辺冒険者がこれを防げるわけない。木っ端みじんだ」


「殿下」


「エリーナか。なんだ?」


「二人を殺したの?」


「ああ。そうだよ。なんだ? 元カレが死んでイラついたのか? やっぱりまだ好きだったんだなお前……!」


「そんなわけないでしょ。ちゃんと死んだかどうか確認したいだけよ」


「当り前だろう? この僕の魔法だぞ? あの威力で死んでないわけない」


「なら――」


「ああ。今回のことをは全部もみ消せばいい。公爵令嬢はここには来なかった。もちろん君の暗殺だってなかったことにする」


「殿下……! ありがとうございます……!」 


「お前のためじゃない! 僕のためだ。僕が王になるために、こんなところで躓いてなんかられない」

 

 拳をにぎり、強く自分に言い聞かせるように殿下は呟く。


「ああ、そうだ。こんなところで足を引っ張られてたまるもんか。僕は王になる。輝かしい未来が待っているんだ」




「そんな未来はない」



 煙は晴れてきた。

 殿下とエリーナの姿が見えてくる。


 それは同時に、俺とアリシアの姿も向こうに見えるということだ。 


「お前の未来はいま、完全に終わったよ」


「な、なんで!? なんで生きてるんだ!?」


「なんで? そんなの魔法を剣で切って防いだだからに決まってます。あんな遅いファイアーボールなんて、一瞬で百は斬れますよ」


 ちなみに威力を誇っていたようだが、実は威力も大したものではなかった。

 俺に当たってもかすり傷すらできないだろうな。


 まあ、アリシアに当たれば怪我を負ってしまうから防いだけど。


「なんでただの平民がそんなことできるんだよ、おい」


「そ、そうよ! あんたただの冒険者じゃない。C級とかB級の、どこにでもいるような雑魚……」



「C級? B級? よくわかっていないようですね。俺はS級冒険者ですよ」



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