14話 断罪③
「話を戻しましょう」
イーノ先生が告げる。
「彼女が先ほど言った日付は、他の生徒が語った日付とはずいぶん異なっています。それはなぜでしょうか?」
「い、1回ではないのです! 何度も何度も私は彼女に暴力を受けたのです!」
エリーナさんが慌てながらイーノ先生に語る。
「そうですか、ならば貴方が私に暴力を受けたという日を全部言いなさい」
「そ、そんなの……」
エリーナさんは唇をかみ、こちらを睨むだけでその次の言葉をいえなかった。
「いちおう言っておきますが」
イーノ先生は言う。
「私は証言をした者全員に日程を詳細に聞いてみました。しかし皆さんの証言は全てバラバラでした。誰一人として同じ日を言わなかったのです。被害を受けた日が1日もかぶらないというのは……ありえなくはないでしょうが、不審に思えますね」
「……それは」
「エリーナ君。貴方が暴力を受けたというのであれば、いつそれを受けたのか聞いてもよいですか? 辛い記憶とは思いますが、証言の信憑性に関わるので」
「う、うう……」
ここで、適当な日は言えない。
先の女子生徒のように適当なことを言うわけにはいかない。
だって、先生が確認した日とエリーナさんの言う日がかぶっていなければ、さすがに彼らの言葉の信頼性がなくなるのだ。
それがたった一人ならば記憶違いですませることはできるだろう。
だが複数人の証言と日程が違うというのであれば、それは記憶違いではすまされない。
捏造だ。
嘘をついているのが生徒たちなのか、エリーナさんなのか、両方なのか。イーノ先生には判断することはできないが、すくなくともどちらかが嘘を言っているのは明らか。
証言自体が信憑性がなくなる。
「う、うう。どうして……。ひどい……! 私は被害者なのに!」
「はぁ?」
「わ、わたしは暴力を……いじめを受けた被害者です。こんなのあんまりです、アリシア様! 私のことを嫌っているのは知っていましたが、ここまでのことをする必要がありますか!?」
エリーナさんはその目から涙を流していた。
言い直そう。被害者面をしていた。
まあ、先ほどの表情からの変遷からわかる通り、嘘なきでごまかそうとしているだけなのは明らかだ。
仮にそれが本物の涙でも、私も先生もそんなものに同情して誤魔化されることはない。
「おい! もういいだろう! こんなこと辞めろ!」
誤魔化されるお馬鹿さんも一人いたが。
涙を流すエリーナさんの肩を抱きかかえ、殿下は私たちにそう告げる。
「アリシア・エーゼンフローヌ! 貴様どこまで非道なのだ! 僕のエリーナに対していじめをおこなっただけではなく、このように精神的に追い詰めるなど、人としてどうかしている!」
「どうかしているのは殿下では? 彼女はこちらの追求から言い逃れるために涙を流して誤魔化そうとしているだけですよ」
「こ、この性悪のクズめが……!」
「なんとでも言って下さい。で、どうなんですか? エリーナさん」
「もう。もうやめてください。私が一体何をしたと……」
「何をした? 私に冤罪をかけたこと、それをもって婚約破棄をさせたこと、あとは……」
神殿騎士を用いて私を殺そうとしたこと。
先日の神殿騎士による襲撃を思い出す。
だがこれはいまここで言うことではないだろう。
その話は後の機会だ。
「あとは――まあ、これは後で言いますか。とにかく、泣こうがわめこうが何もやめません。貴方が思うほど世間は甘くないんですよ。泣いてすがれば手を差し伸べてくれる人ばかりとはおもわないでくださいね」
「……なにも、なにも覚えていません。思い出したくもないほど、ショックな出来事なのです」
「アリシア! もういいだろう! 彼女の心の傷を開くことがお前の望みか!」
「望みは真実を明らかにして冤罪を晴らすことですが……いいでしょう。何も覚えていないというのであれば、そういうことにしておきましょうか」
「いいのですか? エリーナ君。それは君の立場をよくしませんよ」
知らぬ存ぜぬで逃れられるほど世間は甘くはない。
何も言わないということが守ってくれるものはない。
「……っ! 何も覚えておりません」
「そうですか。証言の日時はバラバラで、被害者であるエリーナさん自身もそれがいつか覚えていない、ということですか」
ふう、とイーノ先生が息をついた。
「私自身、この場にくるまでは半信半疑だったのですがね。アリシア君のいうように冤罪であることが信憑性を持ってきましたよ。そういえば、エリーナ君のいう虐めは暴力だけではないのでしょう? 私物を盗んだり、教科書を破いたりと。まさかそれについてもよく覚えていないということですか?」
「そ、それは……」
「先に言っておくが、先に述べたことについても私は証言した人に詳細を確認しています。私物を盗んだところや壊しているところを発見した日は全員が違う日を答えたましたよ。それも1日や2日のずれではなく、月も日もてんでバラバラでしたね。混乱のあまり休み期間中の日付を唱えた生徒が出た時にはさすがに笑いました」
ああ。あったな。
あれはいくらなんでもおかしすぎた。
「そのうえで聞きますが、君が窃盗や損壊の事実に気づいた日は何日ですか?」
「…………」
エリーナさんは先生の質問に答えることはなく、無言でそっぽを向いた。
それはある意味、何かを言うよりもずっとわかりやすい行動だった。
黙秘は決して有利に働くわけじゃない。
「そうですか。何も言わないと」
イーノ先生はその様子を見て淡々と言葉を発した。
「ま、まってくれ先生。そうだ! いじめ以外にも、アリシアの罪はあるだろう。そっちはどうなんだ」
「罪?」
「お前自身の不貞のことだ。歓楽街にて夜な夜な男と一緒にいるというところをみられているのだぞ」
「それは誰が見たのですか?」
「え? 誰が? いや、それは知らないが」
「知らない? では質問を変えますが、私が歓楽街にいるところを見たと、誰から聞いたのですか?」
「それは……エリーナだ」
殿下のその言葉を聞いて、全員が彼女の方を見る。
「エリーナさんはどのようにして先ほどのことを知ったのですか? 友人からお聞きに? それともご自分で確認を?」
「そ、それはもちろん……友人です」
「学園の友人ですか? 夜の歓楽街で私を見たということは、つまりその方も夜の歓楽街にいたということですね。いったいどなたが? ずいぶん遊び慣れしているご友人がいらっしゃるのですね」
「ど、どなた、とおっしゃいましても」
「あのときパーティにいた全員に確認しましたが、歓楽街については誰も知らないと言っておりましたよ」
その証言者の役は用意していなかったのだ。
理由はなんとなく推測できる。
私が歓楽街にいたことを証言するためには、自分も歓楽街にいたと言っていることと同義だ。
貴族の子女が、不名誉な事実を自ら吹聴することはしたくなかったのだろう。
先ほどのいじめの証言とはちがう。
あれは失敗すれば自分がダメージを負うが、成功すれば自分にダメージが向くことはなかった。
だが歓楽街についての証言は、成功しても自分がダメージを負ってしまう。
そんな捨て駒のような役割、だれもやりたくないに決まってる。
逆に言えば、自分が捨て駒になろうとも彼女を助けたいと思う人はいなかった。
ある意味、そこがエリーナさんの影響力の限界だったとも言える。
「どなたが……それは、そう! 私の友人に冒険者がいるの。その人が言っていたのよ」
「冒険者?」
「え、ええ。私が聖女になる前に、 同じ街に住んでいた方がいたんです。その方は今は冒険者をやっています。その方に聞いたんですよ」
エリーナさんと同じ街に住んでいた冒険者?
最近、同じような話をどこかで聞いたような。
何か予感を感じて、名前を尋ねる。
「……その方の名前を聞いても?」
「私の個人的な友人です。名前なんて聞いてもアリシア様にはわからないと思いますが」
「いいから言ってください」
「ええ。いいですよ。名前は――」
エリーナさんは友人の名前を告げる。
プレッシャーがかかれば人はボロを出す。
このときのエリーナさんは、そうとうにプレッシャーがかかっていたのだろう。
私も思っていなかった――いいえ誰も思っていなかったようなボロを出した。
「名前は、シド・ヴァリスです。私の友人で、今は冒険者をしていますよ」
予感は的中した。
彼女は言ったのだ。
S級冒険者にして、私の同盟者にして、《《今この場にいる彼》》の名前を。
「驚いたよ。まさか俺の名前を言うなんてね」
それまで何も語らなかった私の従者が、声を発した。
「自分から婚約破棄した俺の名前を言い訳に使うなんてな。その面の皮の厚さはすごいと思うよ。まあ完全に裏目にでたが。あといちおう言っておくが、俺はアリシアが歓楽街にいたところなんて見てない。というか王都に来たのは最近が初めてだしな」
彼は顔の変装を解く。
彼は幻覚の魔道具によって顔の形を変えていた。
彼のことはただの従者だと皆が思い込んでいたが、その実態は違った。
「シド・ヴァリスは俺だ。俺の顔は、エリーナはもちろん知ってるよな」
「シド……」
エリーナさんは小さくつぶやいた。
「うそ。貴方がどうしてここにいるの?」
「どうして? そんなの決まってるだろう。お前の罪を断罪するためだよ」
そして、第二幕が始まる。




