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13話 断罪②



「では、証言を聞きましょうか。私がエリーナさんに何をしたと?」



 イーノ先生と共に来たその女子生徒に向かって尋ねる。



「え、ええと、それは……」



 しかし、件の女子生徒は困惑してうろたえていた。

 「その」とか「えっと」とかあやふやな言葉を言い、落ち着きなく目を動かしている。

 挙動不審とも言っていい。


「どうしたのですか? 卒業パーティの時ははっきりと言えたのに、今は言えないのでしょうか?」


「公爵令嬢のアイリスの立場を気にしているならば、そんなことは気にしなくていいぞ。第一王子の僕が許す。再び彼女の罪をこの場で言ってくれ」


 殿下は彼女にそう促す。


 女子生徒は公爵令嬢の私を恐れてなにも言えないと思っているらしい。

 その可能性もなくはないが、私の考えは違っていた。


 女子生徒はチラチラとエリーナさんの方を見ている。

 言い淀む理由は自分のリーダーの了解をえていないからだろう。


 彼女がエリーナさんの取り巻きで彼女の指示で動いていることは確実。

 それがない状態で連れてこられたのだからどうしていいのかわからないといったところか。

 

「なあ。エリーナ。君の友人だろう? 君からも励ましてあげてくれ」


「え、ええ。あなたの口からおっしゃって下さい。アリシアさんの罪を」


 

 エリーナさんからの許しが出た。


 ボロを出さないように本音としては黙っていて欲しかったのだろうが、殿下にそこまで言われては許さざるを得ないだろう。

 女子生徒は口を開く。


「はい。ええと、アイリス様がエリーナさんの物を盗んだり、暴力を振るっているところをみました」


「ふ。それみたことか」


 殿下は得意げな顔で笑う。

 

 まったく。せっかちな方ですね。

 話はまだ始まったばかりですよ。



 私は再び女子生徒に向かって尋ねる。


「いじめを行った日。それは何日のことでしょうか?」


「え? 何日?」


「いつそれを見たのかと言っているのです。別に答えるのがむずかしい質問ではありませんわよね?」


「そ、それはその。いつのことかははっきりとは」


「いじめの場面を見て、その証言までしているのに、いつのことかわからないと?」


 そう言っても、彼女は困ったように目を泳がせるだけで、はっきりとしたことは何も言わなった。


 当たり前だ。

 そんなことは起こっていないのだから。


「そうですか。いつのことかわからないと。果たしてそんなあいまいな記憶でだされた証言は信用するに足るのでしょうか?」


「……!」


 エリーナさんの方はというと、憎々しげにこちらをにらみながら顔を歪ませている。


 ふふ。

 甘いですよ、エリーナさん。

 パーティの日と今は違うのです。


 あの時は場の空気を支配していたのは殿下とエリーナさんだ。

 しかも婚約破棄のインパクトで周囲の人たちは細かいことを考えることはできなかった。私も含めて。

 だからこういった答えづらいことは無視して無理矢理にでも話を進めることができた。

 

 だが今は違う。

 私が場を整えているし、時間もたって皆ある程度冷静だ。


 唯一取り乱しているのはエリーナさんだけ。

 話を無理やりに別のことへそらすことなどできないし、そんなことは私がさせない。


「さあ。答えてください。あなた方の言う罪。それがおこったのは何日のいつ?」


 いじめを証言した女子生徒は、頼みの綱であるエリーナさんを当てにして彼女の方を見る。


 だがエリーナさんは彼女のうろたえぶりが不満なのか、睨むだけで何か指示をしようとしなかった。

 直接指示できるわけもないだろうけど。



 そしてその醜態を見て、私は一つのことを確信した。

 彼女たちの策謀はそこまで深いものではないのだと。



 事前に口裏を合わせておかなかったのだろう。


 パーティの時は押し切れると思っていたし、実際にそうできた。

 後で私を始末すればそれでおわりなのだから、細かい帳尻合わせを考える必要はなかった。


 口裏を合わせるのならば、矛盾ないようにしておかなければいけない。

 もちろん彼女たちの間で矛盾なく話を作ることは難しくはないはずだ。


 だけど私のふだんの日程に対しても矛盾なく話を作らなければいけない。

 彼らが証言した日にちに、私が何かしらの予定があったのならば矛盾が生じる。

 そうなったときには証言自体が怪しいものと判断され信用されなくなってくる。

 

 だからこそ具体的な日にちはパーティの時には出さなかったし、決めてもいなかったのだ。


 あの時はそれで逃げられたのだろうが、いまはそうはいかない。



「君」


 皆が黙り込んで話が進まないことに焦れたイーノ先生が口を開いた。


「このまま黙っていてもしょうがないだろう。覚えていないならばそれはそれで構わないから何か言ったらどうだい?」


 助け船が出た、とでも思っているのだろうか。

 女子生徒の表情がホッと安心したように緩む。


「は、はい。その。実は私、よく覚え――」


 しかし、人生はそう都合よくはいかない。



「だがアイリス君の言うことももっともだ。ことは彼女の名誉にかかわる問題。よく覚えていないような曖昧な証言を認めることはできないな。そしてそれはそんな曖昧な証言を口にして人一人の立場を貶めた君に対する信用問題にもなるからね?」


「な――」



 生徒の顔が青ざめる。


 信用問題。

 貴族にとってそれは軽く扱っていい問題ではない。


 

 黙っていれば事が済むと思った?

 覚えていないで言い逃れられると思った?

 そんな都合いい話があるわけない。

 

 当たり前だ。

 これが市井の平民同士の話なら、あるいは婚約の問題でなければそれもできたかもしれないけど。


 でも今は話の次元が違う。


 公爵令嬢の名誉を貶め、王家と公爵家の婚約破棄の問題にまで発展しているのだ。

 子供みたいな言い訳が通用するとは思わないでほしい。



 先生の言葉によって、プレッシャーだけが大きくかかる。

 そしてこういうときに、人はボロをだす。



「そ、その。風の月の15日目です」



 顔を青くしながらも、女子生徒が口を開いた。

 適当な日付をいった。



「その15日目というのは私がなにをやった日ですか? 物を盗んだ日? それとも暴力?」


「ぼ、暴力を振るっているのを見た日です」


 その女子生徒の言葉を聞いて、イーノ先生が口を開く。


「ほう。それは私の聞いた日程と異なりますね」


「……え?」


 イーノ先生のその言葉を聞いた女子生徒は、彼の顔を見た。

 女子生徒だけではなく、殿下もエリーナさんも驚きながら彼を見る。



「今の言葉、どういうことですか?」



「どういうこともなにも、私の聞いた日と違うと言っているのです。他の生徒が証言した日程と、違う日だと」


「ほ、他の生徒!?」


 そう叫んだのはエリーナさんだ。


「あのパーティのとき、私がエリーナさんをいじめたと証言した生徒は彼女だけではありません。他にも複数の人がいました。覚えていますよね?」


「……ああ。確かに。一人だけではなかったな」


 殿下はそう頷く。


「パーティの日には何人もいた。そうだったな、エリーナ」


「え、ええ。皆さん私のために勇気をもって行動してくれた人です」


「先生の立ち合いの下で、昨日までにその生徒たちに確認したんですよ。私がエリーナさんに対していじめを行ったのは何日なのか、と。一人一人ね」


「生徒たち、とは。まさか全員か?」


「ええ。そうですよ」


「……あのときいた者を覚えていたのか?」


「ええ。もちろん」


 私は敵対した者の顔は忘れることはない。

 絶対に。


「……お、恐ろしい女だな」


「お褒めにあずかり光栄です」



 にこりとほほ笑むと、殿下はびくんと顔をこわばらせた。

 む。お礼を言っただけなのに。




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