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1話 シドとエリーナ


 

 俺はシド・ヴァリス。

 ここフリージア王国で冒険者をやっている。


 冒険者になってから三年ほど経った。

 故郷の街を出て王国内の様々なところを転々として、そこで戦いながら冒険者として様々な経験を積んできた。


 そんな俺には婚約者がいる。

 同じ街で育った、幼馴染の少女であるエリーナだ。


 彼女とは家が隣同士であり、家族ぐるみの付き合いで仲がよかった。

 遊ぶ時はいつも一緒だったし何度もお互いの家を行き来しあった。

 食事に招かれたことも招いたことも数えきれないほどある。


 エリーナは優しくて明るくて、そして街でも有数の美少女だった。

 幼馴染として、いいや一人の男として、そんな彼女に恋をするのは当たり前だろう。



 そして決心した俺は彼女に告白して、了承してもらった。

 

 初恋は叶わない。

 淡い思い出になる。

 そんなことが良く言われるが、それは俺には当てはまらなかった。


 恋が実った時ほど人生で嬉しかった瞬間はない。

 二人で結婚し、このまま一緒にこの街で過ごすものだと思っていた。


 しかし彼女とは事情があって長い間会うことができていなかった。


 この三年間一度もあっていない。

 彼女と俺は、まるでどこぞの物語のように離れ離れになってしまっていた。


 決してどちらかが愛想をつかして別れたわけではない。

 

 ではなぜ三年もの間、恋人である女性と会うことができなかったのか?

 それはひとえに俺の婚約者であり幼馴染であるエリーナが、聖女なんてものに選ばれたのが原因だった。

 





「エリーナが聖女……!?」


「そう、らしいわ。実感はあまりないけれど」



 15歳の時に彼女は聖女であることが判明した。

 光魔法という聖女にしか扱えない魔法を使うことができることを、教会の関係者が知ったことが判明の原因だ。


 確かに彼女には人を癒す能力があった。

 遊んでいて転んだ時、街で喧嘩した時。彼女のおかげで傷は治った。


 それが何らかの魔法であることはわかっていたけれど、他人を治癒する魔法を他に扱える人は見たことない。

 きっと彼女にしか使うことができない特殊な魔法だと思っていた。


 でもさすがに、聖女が使う魔法だとは知らなかった。


 

「それでね。聖女になったら、私は王都にあるフリージア王立学園に行かなきゃいけないの」


「え、それって……」


 フリージア王立学園。

 詳しく知っているわけではないが、貴族が行く学校だということは知っていた。


 そして、王都というのは俺達から馬車で何十日も離れたところにあることも知っていた。


 ここから王都まで直線距離では大した距離ではないらしい。

 だが魔物が出没する道を避けるために、いろいろなところを遠回りする必要がある。すると到着までそれなりの日数がかかるのだ。

 気が向いた時に遊びに行けるような、たまの休日に会いに行けるような、そんな場所じゃない。



「ごめんね。だからこの街にはもういられない」


「そんな……。ならその学園に俺もついていくよ」


「無理よ。王立学園は普通の学校じゃない。貴族が通うところなのよ? シドじゃ学費も払えないし、入学資格もない」


「エリーナだって貴族じゃないから資格は――」


「私の場合は聖女だから。特別なんだって」


「でも、学費の方は?」


 エリーナの親は俺の親と同じただの平民。

 貴族と同じ教育をうけるような稼ぎはない。


「教会が全ての学費と生活費をだしてくれるんだって」


 聖女は教会に所属することになっている。

 聖女の操る特殊な魔法は神の恩寵とされており、教会の権威の象徴として崇められているのだ。


 聖女であるエリーナの学費は教会が出す。

 しかしただの平民である俺には教会はもちろん誰も金を出さない。


 俺の親の稼ぎじゃとてもじゃないがその学費を払う余裕はないだろう。

 俺が親の家業を継いで頑張って働いたとしてもそれは賄うことはできない。


「断ることは――」

 

「できないわ。聖女になることも、学園に通うことも、断れない」


「……そうか」



 教会は貴重な聖女を逃すことはしない。

 その権威の象徴を放っておくことなんてしない。

 それも、たかが平民の恋人と離れたくないなんて理由でそれを認めはしない。


 彼らは無理矢理にでもエリーナを聖女にするだろう。

 彼女が望まずともそうする。


 そしてエリーナを聖女にする以上、その立場にふさわしい教養とつながりを身に着けさせるのだ。

 彼女を王立学園に通わせる理由はそんなもんだろう。



「でもね。シド。聖女になることも王立学園に行くことも断れなかったけど、卒業後には自由にできることもあるらしいの」


「自由? 何が自由になるの?」


「卒業後には教会で働くことになるわ。そのとき結婚相手は自由にしていいって言われたの。だから学園を卒業したら結婚しましょう」


「ほ、ほんとうに!? いいの!?」


「ええ。それまで三年間。寂しいけど一緒に耐えましょうね」


 そうして俺と彼女は結婚の約束した。


 その日に俺たちは婚約をして、互いの両親にそれを伝えて祝福してもらった。


 その日の夜は両家で囁かな宴会を開いた。


 宴会の中でお互いの家族は二人の婚約を祝福した。

 さらに皆でエリーナが聖女に選ばれたことを祝った。

 そして王立学園に行く彼女の無事を祈った。



「待っていてね、シド。きっと三年後には貴方の元に帰ってくるから。そしたら結婚しましょう」

 


 エリーナはそう言って街を出た。


 彼女が街を出て、見えなくなるまで――見えなくなってからも、俺は手を振って彼女を見送り続けた。





 その日から俺は考えた。


 エリーナは三年後に結婚したいと言ってくれているし、実際に婚約をした。

 教会もそれを認めているらしい。


 だが果たして、他の者たちは認めてくれるだろうか?


 エリーナは聖女。教会の権威の象徴だ。

 それに対して俺はただの平民。


 聖女と平民では釣り合いがとれないと、非難されるのではないだろうか。

 俺だけが非難されるだけならまだしも、その矛先はエリーナへと向く可能性がある。

 

 そんなことはエリーナは気にしないかもしれないが、エリーナが他者から悪し様を言われることは俺が耐えられない。

 その原因が俺だというならなおさらだ。

 


 それに、エリーナと結婚して俺はそれからどうする?

 聖女と結婚したら、街で一緒に元のように暮らすなんてできないだろう。

 共に教会に所属し、その総本山のある街で二人で暮らすことになる。


 そこで俺はエリーナの夫として何かしらの立場を与えられるか、あるいは彼女にずっと養われるか。


 そんなのは嫌だ。

 妻に養われるだけなんてみっともない真似はしたくない。


 仮に何かしらの立場や仕事を与えられたとして、しかしそれは俺が聖女の夫だから与えられたものだ。

 俺が自分の力で手に入れたものではない。

 それは彼女に養われるのと一体何が違うのか?


 違うと感じる人もいるのだろうが、俺の認識では同じだった。


 立場のある女性と結婚して立身出世を目指すという生き方を受け入れている人もいるのだろうが、少なくともそんなものを俺は望んでいなかった。


 俺はエリーナに引き上げてもらうのではなく、自分の力でエリーナと同じところにいたいのだ。

 そのためには平民でもそれなりの立場になっていた方がいい。


 いいや。


 なった方がいい、じゃない。

 ならなければいけないのだ。


 俺は聖女に釣り合う男になれなければいけない。


 今のようにただ街で親の家業を継いで働くことでは、聖女と釣り合いのとれる男にはなれないだろう。






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