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異世界通のデイシューさん  作者: 幕末の幕開け
4/4

4 王手をかけるデイシューさん

「ああ、これは天ぷら蕎麦っていう俺の生まれ故郷の料理でね。なんか突然空から蕎麦粉が入った袋が落ちてきて、せっかくだから使ってみたのさ」


「て、てめえ……」


拳を握り締めるライトニング。


その蕎麦粉は自分たちのものだという叫びが喉から出ないよう堪えていた。


「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」


そう言ってライトニングの横を通り過ぎるハラチ。


「皆様。お待たせしました。今回のメインディッシュです」


ハラチが王城の召使に命令して天ぷら蕎麦を全員分持ってこさせる。


「これは?」


国王はハラチが目の前に置いた料理を尋ねる。


「天ぷら蕎麦という俺の故郷の料理です。蕎麦はマツバ地方アカマツ県コクモツ村で採れたものを使っております」


「ほう、異世界料理か」


「俺の故郷では病気になったときによく食べられているんです。炭水化物、タンパク質、ビタミン、食物繊維なんかが含まれていて、こうして細い麺にすれば身体が弱っていても食べやすい、まさに理想的な食事なんです」


「あ、あのセリフ……全部デイシューが言ってたことじゃねーか!! それに蕎麦の産地まで……あいつ最初から俺たちの蕎麦を奪うつもりで!!」


「よさんかライトニング!! 証拠が無ければただの言いがかりじゃ!!」


暴れるライトニングをガングルグが必死に抑える。


「そうか……それはありがたい……これで王女も元気になってくれるだろう」


「こちらのめんつゆ……黒く透き通ったつゆにこちらの薬味を入れ、そこに蕎麦を浸して、こちらの天ぷらと一緒にお召し上がりください」


ハラチの声で会場の参加者がフォークで蕎麦を食べ始める。













「な、なんだこの不味い麺は!!!!」


蕎麦を食べた国王の第一声は怒号であった。


「麺がボロボロのボソボソではないか!!!!」


「しかも太さも湯で加減もバラバラでとても食べれたものではない!!」


「この黒いつゆは海水か!? 塩っ辛すぎる!!」


「それだけじゃない!! 鼻の奥に突き刺さるような薬味の刺激……これは毒か!?」


「付け合わせの天ぷらとの相性も最悪じゃ!!」


国王の後に続くように参加者の怒りの声が噴出する。


その時、王女が蕎麦と天ぷらを吐き出して椅子から崩れ落ち、床に倒れた。


「大変だ!! 王女が倒れたぞ!!」


「早く部屋にお連れしろ!!」


「医者を呼べ!!」


突如として王城内は大パニックに陥った。


「おい!! あのハラチとかいう者を捕らえよ!!」


王の一言で兵士がハラチを取り押さえる。


「そ、そんな……俺はちゃんとレシピ通りに蕎麦を作ったはずなのに……」


あまりの出来事に唖然とするハラチ。


「こ、これは一体、何が起きているんだ……?」


動揺するライトニング。


もし蕎麦粉がハラチの手に渡っていなかったら、今頃はデイシューがハラチと同じ目に遭っていたのか?


もしハラチがあの蕎麦粉が俺たちのものとバラしたら、矛先は俺らに向くのではないか?


そんな考えがライトニングの脳裏をよぎる。


「な、なあデイシュー。濡れ衣着させられる前にとっととずらかる準備をするぞ。なあデイシュー……あれ、ギルドマスター、デイシューは?」


「知らん。いつの間にか姿が見えない」


「あいつ!! 逃げやがった!!」


「お、おい! 天ぷら蕎麦を作ったのは俺だが蕎麦粉を持ってきたのはあいつらだ!! 俺は悪くない!!」


「やべぇ! ハラチがばらしやがった!!」


「あの者共も捕らえよ!!」


国王の命令で兵士がライトニングとガングルグを囲む。


「クッッ!! 絶体絶命か……!!」


ライトニングが目を瞑り、歯を食いしばった。


「お待ちください」


その時だった。


「お、お前は……あの時ギルドにいた人間の中で気配が最弱だった男……!!」


ハラチの目が大きく見開かれる。


「くっ……裏切られたかと思ったぜ……」


ライトニングが眼尻に涙を溜める。


「デイシュー!!」


いつの間にかいなくなっていたデイシューが、料理を持って現れた。


「お待たせしました。これから私の料理を皆様に召し上がっていただきます」


王城の使用人たちが参加者に銀色の丸い蓋が被せられた料理を配る。


「何を言っているんだ!」


「今は料理どころではないだろう!」


「ふざけるな!」


参加者たちの怒りの矛先がデイシューに向けられる。


「お待ちいただきたい」


ガングルグの低くはっきりした声が会場に響く。


参加者は口を塞ぎ、使用人は動きを止めた。


それは、ガングルグがこの場において絶対的強さを誇ることを誰もが本能的に理解したから。


「彼は儂が国王に無理を言って推薦した者です。どうか儂と国王の顔を立てると思って彼の料理を見てほしい」


そして、国王に向かってウインクを送るガングルグ。


「……全く、ガングルグは昔からいつもこうだ……すまない、皆の者。私からもひとつ、頼む」


そう言って国王は参加者に対し頭を下げた。


どよめく会場。


それまで怒りで立ち上がっていたものは座り直し、大人しくなった。


「ギルドマスター……」


「頑張るんじゃぞ。デイシュー」


デイシューにグッドサインを送るガングルグ。


デイシューは涙を拭い、参加者に向けて話し始めた。


「お待たせしました。それでは、銀の蓋をお取りください」


参加者が一斉に銀の蓋を取る。


「おお……」


「これは……」


「なんと……」



















「こちら、蕎麦の茹で汁、蕎麦湯でございます」

















「「「「「「ふざけるなーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」」」」」」


参加者が一斉に怒鳴り散らかす。


彼らの目の前に置かれていたのは湯呑みに入った蕎麦湯だった。


「貴様は何を考えているんだ!!」


「さっきの惨劇を知っていながらこの狼藉か!!」


「しかも茹で汁とはもはや料理ですらないではないか!!」


「おい!! はやくあの者を不敬罪で捕らえよ!!」


兵士がデイシューを囲む。


「お、おい! デイシュー!! ギルドから蕎麦粉が運ばれて来たんじゃないのか!?」


「いや、まだ来ていませんよ?」


「こ、今度こそおしまいだー!!!!」


頭を抱えるライトニング。


「ま、待て皆の者!! 王女の様子が!!」


ある貴族の呼びかけで参加者全員が王女を見て、驚愕した。


さっきまで一刻を争う容態だった王女が自ら湯呑みを両手で持っていたのだ。


「いい……匂い……」


そして一口すする。


「……おいしい……すっごく……おいしい……」


参加者全員が驚きの表情をする。


さっき吐き出す程不味かったあの蕎麦の茹で汁を王女が美味いと言って飲んでいるのだ。


「……本当に……美味いのか?」


「香りは……さっきよりだいぶいい」


「王女がそう仰るなら……」


ある貴族が蕎麦湯を口にする。


「……美味いッッ!! なんだこの優しい味はッッ!! 美味すぎる!!」


その反応を見た他の貴族が後を追うように蕎麦湯を飲む。


「確かに美味い!」


「さっきの蕎麦とはえらい違いだ!!」


「何度も蕎麦を茹でた茹で汁には蕎麦の旨みが大量に溶け込んでいるということか!」


「さながら蕎麦のポタージュだな!!」


「なんて優しい味と香り!」


「おい! さっきのめんつゆを少し入れると美味しいぞ!!」


「確かに! つゆの塩辛さと薬味の独特な辛さがちょっとしたアクセントになって、倍美味い!!」


「蕎麦湯の優しい味にめんつゆと薬味が包まれるのか!!」


「おい! おかわりは無いのか!!」


参加者に大うけした蕎麦湯が厨房から鍋ごと運ばれてくる。


「デイシューと言ったか」


国王がデイシューを呼ぶ。


「はっ。いかが致しましたか?」


「何故、何故同じ蕎麦を使ったのに異世界勇者と貴殿とではここまで大きな差が生まれたのだ。彼は一体何を間違えたのだ」


国王がデイシューに尋ねる。


「彼の間違いは3つです」


デイシューが説明をし始めた。


「一つ目。彼は病人食を作るという前提を忘れていた。確かに蕎麦は栄養価が高いです。細い麺は病人でも食べやすいでしょう。ですが蕎麦は食物繊維が多く、消化にはあまり良くない。だから病人に食べさせる場合は柔らかくなるまで茹でなければならないのです。でも、彼は半端な茹で加減で蕎麦を作ってしまった。しかもわざわざ冷たい氷の上に乗せて、天ぷらまで添えて。冷たい食べ物と揚げ物はどちらも病人の胃には負担が大きすぎる」


「二つ目。彼は蕎麦を作るということの難しさを忘れていた。いや、知らなかったというべきでしょう。彼は十割蕎麦、つまり蕎麦粉のみを使って蕎麦切り、蕎麦の麺を作ろうとしたのです。しかし、蕎麦粉は小麦粉のように水を加えて練れば互いにくっついてひとまとまりになるなんてことには簡単にはなりません。だから、蕎麦を打つというのは高度な技術を必要とするのです。十割蕎麦ともなればその難易度はつなぎとして小麦粉を加えた二八蕎麦の比にならない」


「三つ目。彼は料理を人に振る舞うということを忘れていた。料理において重要なのは人の心です。料理とは豚の餌のようになんでもよいわけではありません。日々の生活に活力と彩を与えるためにひと手間もふた手間も加えた食物。それが料理です。こと誰かに料理を振る舞うのであれば相手のことを思いやる気持ちは不可欠。ところが彼は同じ依頼をこなす私を敵とみなし、この会場の方々には目もくれなかった。私を追い抜き倒すことに躍起になり、ついには私をこの場所にすら立てないようにした。その証拠に、彼の従者が彼の行いを洗いざらい吐いてくれました」


デイシューがそう言うと、兵士に連れられてハラチのハーレム要員が現れた。


「なっ!? アリス!! シアン!! ルビア!! なんで!?」


「ショウタロウ様。もうこんなことはやめましょう。国王様、コクモツ村の最上級の米と小麦を盗んだのも、デイシューさんの蕎麦粉をドラゴンに盗ませたのも我々です」


「ショウタロウは自分の依頼と同じ依頼を部下にさせると仰ったギルドマスターに小ばかにされたと思い込み、意趣返しをしようと躍起になっていたのです」


「ズルをしたら謝るべきニャ……」


「み、みんな……」


「……王の名のもとに命ずる。この者らを連れていけ」


兵士はハラチらをつれてどこかへ行ってしまった。


「さて、お主には礼を言わねばならんな。娘がこんなに自ら望んで食事をするところを見るのは久しぶりだ。本当にありがとう。感謝する」


そう言って国王はデイシューに頭を下げた。


「いえ。私はただ料理を振る舞っただけ。それをたまたま王女様が気に入ってくださっただけの話です」


「いや、そんなことはない。このまま娘が食事を口にしなかったら娘はいつか病に負けて死んでいたことだろう。お主は娘の命の恩人だ。なにか褒美をやろう。金でも城でもなんでも言ってみるといい」


すると、デイシューは俯いて少し考え、国王をまっすぐ見つめた。


「私が尊敬する異世界の偉人が残した詩にこのようなものがあります。『欲深き 人の心と降る雪は 積もるにつれて 道を失う』無欲で実直な生き方の方が私は性に合っているので、ありがたいですが褒美は辞退させていただきます」


国王は目を丸くしたのち、深く俯きブツブツと呟きながら小刻みに震え出した。


「欲深き……人の心と降る雪は……積もるにつれて……道を失う……」


「やばい!! デイシューが国王を怒らせた!! ギルドマスター! 俺のことはいいから早くあいつを!」


「まてライトニング」















「がーーーーーーーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!!!!!!!!!」


突然、国王が城下町にも聞こえるくらい大笑いをし始めた。


「いやはや、見事!! 実に見事だ!! これほどまで言ってのけた男はお主が初めてだ!! 良きかな!! 実によきかな!!」


そしてひとしきり笑った国王は膝をパァンと平手で打ち、デイシューをまっすぐ見た。


「よかろう! 褒美はやらん! が! 今後もし困ったことがあれば私を頼るといい! むしろいくらでも頼れ! お主のような漢であればいくらでも願いを叶えてやろう!!」


そう言って豪快にデイシューの背をバンバンと叩く国王。


その顔は今まで誰も見たことがないほど笑顔だった。




















「おーい、デイシューは……話しかけられるような状態ではないか」


ライトニングは仕事に打ち込むデイシューに気を使って街で流行りの菓子を持ってきたのだが、とても菓子をつまめるような状態ではないことを悟り、菓子だけ机にそっと置いた。


あれから王国内で蕎麦料理が大流行し、各地の農家で蕎麦が作られるようになり、農家の新しい収入源となった。


その蕎麦の精製機や脱皮機を小型化して蒸気機関で動くように改造するのが今のデイシューの仕事である。


「まさかモルタルさんの製粉所でも製粉が追いつかなくなるとは思いませんでした……」


「あのおっさん、儲かりすぎて忙しすぎてうれしい悲鳴を上げていたからな」


ライトニングは菓子を食べながらデイシューに言う。


「だから俺は最初嫌な予感がして止めたんだ。お前が絶対余計な仕事をこしらえてお前が仕事に追われることになるからな。その内本当に身体をぶっ壊すぞ?」


「でもこうして異世界の日本という国の食文化をこの世界にもたらすことができた。文化はその時代の、その地域の人間によっていくらでも変容する。これからこの蕎麦の文化がどのような進化をするか。今から楽しみでならないよ」


「あー。やっぱりお前は異世界オタクだわ」


「失敬な。何度も言っているだろう。私は異世界オタクではない」


デイシューが顔を上げてライトニングを見る。


「異世界通だ」

読んでいただきありがとうございます。

蕎麦のことについて色々と調べてみましたが私は蕎麦の専門家でもなければ管理栄養士でも医療関係者でもない一般人なので、間違ったことを書いている場合がございます。ご了承下さい。

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