3 人望が厚いデイシューさん
「ソバ……なんだその穀物は」
ライトニングが尋ねる。
「異世界で広く食されている穀物だ。短期間で収穫ができるから植えるだけで休ませている畑の空き地対策になり、次の作物を植えるまで雑草が生えないようにする除草効果もある。畑にすき込めば土壌が肥沃になり、飼料にもなる。寒冷地でも荒野でも生育できる。農家にとってはありがたい穀物なんです」
「で? 食えるのか?」
「もちろん。むしろ、ここの蕎麦は一級品ですよ」
「えっ!? デイシューさん、この村の蕎麦を食べだごどがあるんですか?!」
「飼料用として売られていたものを入手しまして。いやはや、あの時は一緒に混ぜられていた他の穀物から蕎麦を選り分ける作業が身に応えましたね」
「何やってんだお前……」
呆れるライトニングの横で心配そうな村長がデイシューに尋ねた。
「で、でも、こんな牛や豚に食わせるもんを王女様に食わせていいんでしょうか?」
「いや、むしろ蕎麦がいいんです」
「はい?」
「蕎麦には炭水化物、タンパク質、ビタミン、食物繊維が含まれています。加えて異世界の日本という国の蕎麦料理では蕎麦を細長い麺にするため、病人でも食べやすい。まさに私が求めていた食材なんです」
「は、はあ……デイシューさんがそういうなら……」
そう言って村長は口を噤んだ。
「まあ、百聞は一見に如かずです。蕎麦の収穫が終わったら蕎麦の食べ方をお教えします」
「っつーか、お前も収穫手伝え!」
デイシューはライトニングに引っ張られて収穫に駆り出された。
「んで? この蕎麦の実を麻袋いっぱいに詰めて持って帰ってきた訳だけど、どうすんだ?」
ライトニングは荷車を引きながらデイシューに尋ねる。
「これからこの蕎麦を製粉するのですが、ライトニング君はもう帰ってもいいですよ?」
「いや、後学のために見させてもらう」
「……何に役立つかは知りませんが、まあいいでしょう」
そう言いながらデイシューはある建物に入った。
「モルタルさんはいますか?」
「お? デイシューの坊っちゃんじゃねーか」
そう言いながら出てきたのは屈強な身体の老人だった。
「以前言っていた蕎麦を持ってきました。早速製粉させてください」
「おうよ! おい野郎共!! 表の荷車に乗ってる麻袋を中に入れろ!!」
「「「おう!」」」
モルタルの号令で屈強な男たちが奥からぞろぞろ現れ、軽々と麻袋を担いで建物の中に入れていく。
「なあデイシュー。なんなんだここは」
「製粉所ですよ。ここの所長とは仕事でご一緒させていただいた際に仲良くなりまして。こうして無理を言って蕎麦の製粉所も建ててもらったんです」
「いや随分と無理を言ったなおい!!」
「いやいや、デイシュー坊っちゃんは俺らの製粉所の経営を助けてくれた命の恩人だからな。工場の一つや二つは建ててやんよ!! がっはっはっは!!」
「それでいいのかよ……ところで、さっきの蕎麦はどこに持っていかれたんだ?」
「おっ! あんちゃんは蕎麦に興味があんのか!! いいだろう! 特別に中を案内してやるよ! ついてきな!!」
「いやいててて!! 腕もげるって!! 自分で歩くから!! やっぱ帰ればよかった……」
モルタルに腕を引っ張られながらライトニングは工場内ツアーをすることになった。
「いいかいあんちゃん。蕎麦ってのはすんごく手間のかかるもんなんだ」
そう言いながらモルタルは巨大な機械をライトニングに見せる。
「最初に蕎麦を精選して不純物を取り除いていく。この時、実入りの悪い蕎麦の実も分けていくんだ」
「こうして分けられた不純物や実入りの悪い蕎麦は主に改良材として畑にすき込まれます」
「へえ。それで出てきたのを製粉していくのか」
「いや、これにはまだ砂が混じってるからここからは手選別で砂を取り除かなけりゃならねぇ」
「えっ!! 手作業で!?」
「まあ最近は罪人妖精に任せてるからその辺はな」
「担当するコンベアの持ち場に流れてくる砂粒を一粒でも見逃すと魔法で電撃が走る仕組みになっています」
「いやえぐすぎだろ!! 人の心がないんか!?」
「その代わり、取り除いた砂粒の量に応じて報酬を与えてます。報酬で好きなものを買ったり刑期を短くすることもできるので鞭に対して飴もしっかり与えています」
「……俺はつくづくお前が狂ってると思うぞデイシュー……」
ライトニングがデイシューにドン引きしている間に、選別された蕎麦が次の機械に運ばれる。
「この黒い皮がついた状態のを玄蕎麦っつってな。これを実の大きさごとに分けて脱皮機にかけると黒皮が剥けてこっちの白い実が出てくる。これを丸抜きっつーんだ」
「黒皮、もとい蕎麦殻は枕に使われたり、ガラス細工や卵のような割れやすいものを運ぶ際の緩衝材に使われたりします」
「へぇー。余すところが無いんだな」
ライトニングが感心していると、モルタルは大量の大きな石臼を指差した。
「そうしてできたもんを石臼でゆっくり挽いていく」
「なんでゆっくりやるんだ? はやく挽けばそれだけたくさん蕎麦粉が作れるだろ?」
「はやく挽くと摩擦熱で蕎麦の香りや風味が損なわれてしまうんです。だから時間をかけて丁寧に挽くことが大切なんです」
「はえー、手間がかかるなー」
「はっはっは。そうしてできたのがこの蕎麦粉だ」
モルタルが機械から出てきた蕎麦粉を袋に詰めてライトニングに見せる。
「うっは!! すっげーいい匂い!!」
「これが蕎麦の香りです」
「うちの蕎麦粉、っつってもうちくらいしか蕎麦なんて扱っちゃいねぇんだけど。それでも他の工場じゃこの香りは出せないぜ」
「モルタルさん。ありがとうございます。この蕎麦粉を使わせてもらいます」
「実はな、今朝伝書鳩でストロー村長から坊っちゃんの事情を知らされてな」
デイシューの両肩に手を置き、ぽんぽんと叩くモルタル。
「頑張ってくれ……ッッ!」
「……はい!」
デイシューの決意が固まった返事を聞き、ライトニングは自分の同僚がこんなにもいろいろな人に信頼されていることに感嘆し、自分が少し小さく見えたという。
そして王城にて王女に食事を振る舞う日がやってきた。
「さて、これから王城に向かう訳だが……ライトニング君。君もついてくるのかい?」
「当たり前だろう! ここまで来ておいて蕎麦を食わないなんてありえないからな」
「ふぉっふぉっふぉ。ライトニングは食い意地が張っておるのお」
「うっせえぞギルドマスター!! いいかデイシュー!! その蕎麦ってやつが不味かったら容赦しねぇからな!!」
「ふぉっふぉっふぉ」
ギルド職員が走らせる馬車にはデイシュー、ライトニング、そしてガングルグが乗っている。
彼らは昼の王族食事会に参加するため城下町を移動していた。
「しかし、これがデイシューの言っていた蕎麦粉……確かにとてもよい香りがするのお。蕎麦料理が楽しみになってきたわい……ぬ?」
ガングルグが警戒し始め、デイシューとライトニングもすかさず辺りを見回す。
しかし、道行く人に怪しい人間はいない。
「ッッ!! 上じゃ!!」
ガングルグが叫んだその瞬間、馬車の天井が吹き飛んだ。
「こ、こいつは……」
ライトニングが抜剣した状態で立ちすくむ。
「ドラゴン……」
馬車の真上にいたもの。
それはドラゴンだった。
「伝説の生き物じゃねえのかよッッ! なんでこんなところにいるんだよッッ!!」
「やめるんじゃライトニング!」
ガングルグの制止の声も聞かず、ライトニングはドラゴンに向かって剣を振る。
が、宙に浮くドラゴンに剣は掠りもしない。
「くそッッ! くそッッ! くそおおおおおおおお!!!! ウワッ!!!!」
ライトニングがドラゴンの前脚に吹き飛ばされ、建物に突っ込んだ。
「ライトニング!!」
デイシューとガングルグがライトニングの下に駆け寄る。
その瞬間、ドラゴンは蕎麦粉の入った袋を掴んで天高く飛んで行った。
「大丈夫ですか!? ライトニング君!!」
「いでで……俺のことはいい……はやく蕎麦粉を……」
「そんなことはどうでもいいから早く医者の所へ行きますよ!」
「どうでも良か……ねぇだろ……ッッ!!」
ライトニングはデイシューの手を払いのけた。
「お前が……行かないで……誰が……蕎麦を……料理……するんだ……」
デイシューの肩を掴んで立ち上がろうとするライトニング。
「それに……有休まで……取ったんだ……ここで……蕎麦を……食わないわけには……いかねぇ!!」
「……うむ。見上げた根性じゃ」
ガングルグがライトニングに肩を貸す。
「デイシュー。蕎麦粉はまだありそうかの?」
「ギルドに一袋、今夜みんなに振る舞う用のものが」
「そうか……皆には悪いが、ギルドの職員にその蕎麦粉を王城に持ってこさせよう。幸い馬車はまだ動く。儂らはこのまま王城に向かうぞ」
「……分かりました。ですが、ライトニングの応急処置だけはさせてもらいますよ」
そう言ってデイシューはライトニングの折れた腕を三角巾で固定し始めた。
デイシューらが王城に着いた時には既に王族食事会は始まっていた。
廊下と見間違えるくらい奥行きが長い会場では王族の他に貴族や他国の貴族、大商人が席についていた。
その会場の一番奥の真ん中にある玉座には国王が。その隣には病で体力を失った王女が気力を振り絞って座っている。
「遅かったか……!」
舌打ちをするライトニング。
「あれ、随分と遅かったですね」
その後ろから声をかける男がいた。
「ハラチ……その手に持ってるのは……」
そう。召喚勇者のハラチである。
そして彼が持つお盆の上には氷の皿に盛りつけられた独特な色をした麺と野菜の揚げ物。
「ああ、これは天ぷら蕎麦っていう俺の生まれ故郷の料理でね。なんか突然空から蕎麦粉が入った袋が落ちてきて、せっかくだから使ってみたのさ」






