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異世界通のデイシューさん  作者: 幕末の幕開け
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2 地方で人気のデイシューさん

「何時間拘束されるかと思いましたが、随分と早かったですね。ライトニング」


「お前に用があるのは俺じゃねぇよ……」


ライトニングが事務室の入り口を退くと、その後ろからガングルグが現れた。


「ギルドマスター!」


「ふぉっふぉっふぉ。元気かのデイシュー」


「はい。仕事もつつがなく進んでおります。先週税金関係の書類をまとめ終わったのでひと段落といったところですが」


「そうかそうか。それならほれ」


ガングルグから一枚の依頼書を渡されるデイシュー。


「これは……なるほど……またやっかいなものを請け負いましたね。これは私にしかできない仕事でしょう」


「やってくれるかの?」


「特別報酬が出るなら」


「それはもう最高のものを用意してやろう」


「……わかりました。ギルドマスターがそう言うならこの依頼、達成してみせましょう」


「ふぉっふぉっふぉ、よろしく頼むぞ」


そう言ってギルドマスターは事務室を後にした。


「という訳だからライトニング。私はこれから急用のため外回りに行ってくる」


その直後に、いつの間にかコートを着て帽子を被り、大きなリュックを背負ったデイシューが事務室を出ていく。


「あ、そうだ」


デイシューは立ち止まり、事務室の前で盗み聞きをしていた受付嬢たちの方を向く。


「という訳だから、事務作業よろしく」


「ええー!!」という受付嬢たちの声がギルドの外にまで響いた。













「……それで、何故君までついてきているんですか?」


街を歩くデイシューの隣にはライトニングがいた。


「受付嬢共が『なんでお前がデイシューさんの代わりに行かなかったんだ』ってうるせえから有休取ってきた」


「気にしなければいいだけの話でしょう」


「それができりゃ苦労しねえっつの。……んで? これからどこに行くんだ?」


ライトニングが尋ねるとデイシューは立ち止まった。


「先ずはここで駅馬車に乗り、降りた先でロバを借ります」


デイシューが立ち止まったのは駅の入り口であった。












「着きましたよ」


「おいおい、ここって……」


「マツバ地方アカマツ県です。いやあ。マツバ山脈はいつ見ても見事ですねぇ」


「ド田舎じゃねぇか!!」


ライトニングの叫びがヤマビコになった。


「あのなあ。あの召喚勇者はきっと前人未到のジャングルだとか伝説の海域だとかで超レアな食材を調達してくるに決まってる!! こんな田舎の食い物をお前は王女に食わせる気か!?」


「ライトニング君。この方はババンバさんというのですが、我々にロバを貸してくれるようですよ」


「人の話を聞け!!」


デイシュー一行はロバに乗って山道を登り、とある村に到着した。


「んで、どこなんだよこの村は」


「コクモツ村です。以前この村でお世話になったことがありまして。今回は依頼のついでに約束を果たすためやってきたのです」


「ん? あんた、デイシューさんでねーが?」


一人の村人がデイシューの存在に気付く。


「ああ、ストロー村長ですか。お久しぶりです」


「おおおお!! やっぱりデイシューさんでねーが!! おい!! デイシューさんがまた来てくれたぞ!!」


ストロー村長の呼びかけに答えるように家々から村民が何人も出てきてデイシューらを囲む。


「デイシューさん! また来でぐれだんだね!」


「お久しぶりです。ミリットさん。以前来たときはお世話になりました」


「そりゃこっぢのセリフだべや! デイシューさんにはおらだづ頭上がんねえんだがら!」


「そんなこと言わないでくださいフラワーさん。今日は街のお酒をたくさん持ってきましたので、みんなで飲みましょう」


「おい聞いたがおめーら!! 宴会の準備じゃああああああ!!!!」


村長の号令で蜘蛛の子を散らすように各々の家に戻る村民たち。


「さて、今のうちに馬宿にロバを留めて、宿屋に行きましょう」


「ちょっと待て」


ライトニングが呼び止める。


「なんでギルドからこんなに離れたところでこんなにお前は慕われているんだ? 見たところここの出身という訳でもなさそうだし」


ライトニングがデイシューを真っ直ぐ見つめる。


「お前、何か隠しているな?」


「……移動しながら話そう」













「私は以前、仕事でこの村の付近に来たことがありましてね。豪雨によって土砂崩れが多発したこのマツバ地方の魔獣生息域調査でした」


ロバを馬宿に留めてきたデイシューらは宿に向かって歩いていた。


「ですが、土砂崩れによって寸断された山道の方が魔獣被害なんかよりよっぽど深刻でした」


デイシューの手が強く握りしめられる。


「街に収穫物や日常品を売り買いしに行けなくなった村は売りに出すための作物を捨てる他ありませんでした。土砂だって撤去するのに莫大な金がかかるから村の少ない人手でどうにかしなければならない。農作業の合間を使って土砂を撤去するのだから通れるようにするまでに年単位はかかる。売りに出すための作物を作る畑の面倒まで見てられないからその畑を潰さざるを得ない。そうして道が元通りになったら被害の少なかった他の村と市場競争をしなければならない。一度潰した畑を元に戻すにはやはり年単位が必要だから市場競争で大きく後れを取り、ついには市場経済からドロップアウト。収入を得られなくなった村は農具や馬を買い換えられなくなる。あとは悪徳商人に足元を見られて安値で買い叩かれ、借金を背負わされ、人身売買を持ちかけられ、村ごと乗っ取られる。こんなことが過去に幾度も繰り返されてきたのに、また同じことが繰り返されようとしている」


「落ち着けデイシュー!」


ライトニングに肩を掴まれたデイシューは自分が早口になっていたことに気付いた。


「……だから私は、仕事をさっさと済ませてギルドに戻り、予算をなんとか工面し、ギルドマスターに頼んで貴族から金を借りてもらい、なんとか用意した資金で土木屋だの傭兵だのを大勢雇ってマツバ地方に戻り、道路工事をしました」


「それで、このマツバ地方は救われて、お前はこんなに慕われているというわけか」


「この村は特に被害が酷かった上に元々道路があって無いようなものだったので、思い切って再開発をしたのです」


「お前がいつも忙しそうなのは借金返済のためか」


「いえ、それはもう返し終わっています。今は通常業務に加えて他の被災地の支援に関する仕事をしています」


「おい!デイシューさんら! 宴会の準備ができだぞ!! あどは主役が来るだけだ!!」


ストロー村長がデイシューを呼ぶ。


「さあ、行きましょうか」

















「いやー、デイシューさんはマツバ地方の復興だけでねぐで学校だどが病院だどがもつぐっでぐれだんだげどよお!」


「あど商売のやり方も教えでぐれだんだ。そんで儲げの一割だげ貰えればいいっつうんだがらどごまで人がいいんだが」


「おい聞いでるが!! 若けえの!! もっど飲め!!」


「くっそ……もう日が昇るっつーのに……こいつら……酒強すぎんだろ……」


ライトニングは酔い潰れる寸前だった。


「ところで村長、例のものは用意できているでしょうか?」


「……でぎでる。今もっでぎであげっがら」


酔っぱらって真っ赤な顔をした村長はすくっと立ち上がって宴会が行われている村役場を出て行った。


「あの村長、何を取りに行ったんだ?」


「今回の依頼のメイン食材であるこの村の名産です」


「……そうか! コクモツ村っていうくらいだから小麦とかトウモロコシとかの穀物が名産なのか!」


「その通り。しかもこの村は国内で唯一棚田で米を作っている珍しい場所です」


「その棚田の絵でも描いて米と一緒に持って帰りゃ、珍しいもの好きの王族は興味を示すと! お前も考えたなデイシュー!!」


「いえ、そう上手くいくとは思いませんが……」


「お、おい!! おめーら!! 大変だ!!」


村長が顔を真っ青にして戻ってきた。


「デイシューさんに渡す筈の米が盗まれている!!」


宴会に参加していた者たちが一斉に村役場を飛び出して倉庫に向かった。


後から駆け付けたデイシューらが見たのは、倉庫を懸命に探し回る村の人々。


「ない! ない! ない!」


「今年一番出来の良かった最高級の米も! 小麦も! ない!」


「鍵はちゃんと皆で確認してかけた後、おらが肌身離さず持っていたのに……」


村長がとてつもない勢いで土下座をした。


「も、申し訳ねぇだ!! 命の恩人であるデイシューさんにこんな失礼を働いてしまって!! おらはとんでもないことを!!」


「い、いや、なにも村長のせいじゃないっすよ。ていうか村民はみんな村役場にいたんだからこの村の人たちの中に犯人はいないってのは俺でも分かるし」


「い、いや、もうこうなってしまったからにはこの命をもって償うしかッッ!!」


村長が自分で自分の首を絞め始めた。


「わー!!!! 待て待て待て!! おい! デイシュー! お前も何か言ったらどうなんだ!!」


村長の自害を必死に食い止めるライトニングが見たのは、倉庫前の畑の傍にしゃがみ込むデイシューだった。


「……ストロー村長、これをいただきます」


デイシューが指を差したのは、黒い実が実っている穀物。


「「「!?!?」」」


村民全員が驚きの表情をした。


「で、デイシューさん。それは畑の改良材というか飼料用の穀物というか……」


「おらたちも見た目の不気味さから一度も食ったことがない穀物で……」


「えっ!? お前そんなものを王女に食わそうとしてんのか!?」


「そうです。今すぐ収穫してほしい」


「い、いや、デイシューさんの頼みなら……」


そう言いながら村民は畑の穀物を収穫し始めた。


「おいデイシュー。なんなんだこの穀物は」


ライトニングが後ろから尋ねる。


デイシューが振り返ると丁度朝日が畑を照らし、収穫をする村民たちと相まって絵画のような美しさを生み出した。


「これは“蕎麦”と呼ばれる穀物です」

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